生きててよかった 第1部 「生きててよかった」
Episode-02 【不快感、悲しみ】
極秘 TOP SECRET |
惣流=アスカ=ラングレーのパーソナリティに関する中間報告(第8回)
2015年8月20日
フリンツ=フォン=メルダース
(第三支部精神科医師)
拝啓 特務機関NERV神経内科御中 並びに 冬月コウゾウ先生御机下
いつも御高診くださり、ありがとうございます。
今回お求めになりました、セカンドチルドレンに関する精神心理学的資料
(第8回)について、私見を交えつつではありますが、その概略を報告します。
尚、分析結果の詳細については、後日再び送らせていただきますので、
そちらのほうも宜しくお願いします。
1.生活空間内における脈絡(参)
被験者:惣流=アスカ=ラングレー (13歳、女性・12/4生)
国籍:アメリカ 最終学歴:ルール大学理学部応用生物学科卒(2014)
エヴァンゲリオン弐号機専属パイロット
被験者は、EVAパイロットに選抜された事・若年で大学を出た事を自慢する
ような言動が目立ち、己と同格の人間にはしばしば攻撃的である。
赤い色を好む・開放的な服装を好む・他人への過干渉的な態度など、
積極的な指向も特徴的ではあるものの、叱責するとひどく落ち込むなどといった
報告が指摘するとおり、それは極めて表層的な気質であり、アンビバレンツで
不安定な価値観が隠れている可能性が今回の調査でも示唆されている。
なお、第三支部情報部勤務者・加持リョウジに好意を寄せている模様。
自他共に認める美少女であるが、その事についても多少はプライドを
感じているように見受けられた。
2.生活史(参)
2001年12月4日生。ドイツ陸軍の軍人と第三支部科学部勤務者との間に
生まれる。幼い頃は両親、特に母親に愛された満足な幼年期を過ごしていた。
2003年07月:母親と父親が別居、以後、父に会うことが殆ど無くなる。
2004年12月:母親がエヴァンゲリオン弐号機(以下、EVAー02と表記)との
接触試験にて精神異常をきたす。
2005年08月:母親、縊死。既に愛人と再婚していた父によって引き取られたが、
父も同年12月にベルリン郊外の演習場にて事故死している。
以後、継母にあたる人物が養育責任者となった。
(補足:ちょうどこの時期、被験者はマルドゥック機関によって
EVAー02専属操縦者に選抜されている)
2008年01月:保護施設より脱走するも、2日後に郷里の駅操車場にて警察に
保護されるというエピソードを経験する。以後、同様の事件は無し。
その頃から現在のような快活な気性になったようである。
脱走した理由は「訓練と教育が嫌になったから」(本人談)。
2008年03月:英語の教育開始、以後極めて優れた学習能力を‥‥‥‥
「ふう」
そこまで目を通して、溜息を一つ。
苦いコーヒーをすすった後、もう一つ。
セカンドチルドレンに関する資料に目を通す伊吹二尉、
その表情は暗く、吐息は重い。
彼女と青葉以外には誰もいない夜の第二発令所の出来事だ。
大きなスクリーンには、今は何も写っていない。
MAGI独特の駆動音と電子音だけが、この施設が現在も眠りについていない事を
声高に主張し続けていた。
「青葉さん、先輩、どこ行っちゃったんですか?」
「さあ‥‥葛城さんと日向の奴も見かけないし。
こんなんで使徒に襲われたら、それで終わりだよ」
答える青葉は、デスクの引き出しに入っている自動小銃の手入れに今日も余念がない。
あらかた作業が終わったのか、今はマガジンの数を勘定しているようである。
「そんな武器、役に立たないものね、使徒には。」
「まあな‥‥。エヴァとそれを支える人間、それが全てさ。」
青葉が“これから先、銃が役に立つ時が来るかもしれない”
と繰り返していた事を、伊吹はよく憶えている。
が、その真意については何も判っていない、否、敢えて判ろうとしない伊吹。
それが彼女の長所でもあり、短所でもあるのだが、
青葉はそのことに最近強い危惧を憶えていた。
そんなわけで、“どんなに純真でも、死んだらおしまいだからな”という言葉が、
最近の彼の口癖となっていた。
「だけど、寂しくなったわね‥‥少し前までは、みんな元気だったのに。」
「そうだな。 ところでマヤ」
「えっ?な、なにもこんな所で名前で呼ばなくても!」
「誰もいないからいいだろ?」
「‥‥うん‥‥‥」
伊吹が少し嫌そうな顔をしていた。
後ろ向きの青葉には、それに気づく術は無いが。
「アスカの事だけど、なんかわかったの?」
「うん。やっぱり子供の頃の事、大きいみたいね。
今、別の医者の報告書を読んでるけど、これもたぶん同じ。
それであんな事が続けば‥誰だってああなっちゃうわよ。」
「だけど、わかってどうするつもりだよ?俺たちには関係ないだろ?」
「そうなんだけど、ね‥‥。」
「マヤが責任感じる事、ないんだぞ。」
「そういうんじゃないと思う。」
「そうか‥‥じゃ、俺、チェック終わったから先に帰るわ。後、留守番お願い。」
「ええ‥‥」
青葉が発令所から出ていく。
空になったコーヒーカップを机の上に置いて、伊吹は再び
ディスプレイに目を落とした。
‥‥‥、これをもって、ルール大学の卒業論文とする。
2015年01月:月経始まる。以後の経過については、Fig.4-1を参照の事。
2015年04月:ストックホルムにおける世界風力利用シンポジウムに
参加。自己の論文を発表し、好評を博する。翌日、ホテルにて
母を呼びながら意識を失い、手当を受けるという
エピソードがあった。
3.意識的な自己像について
では、各種心理テストの結果について、簡単に報告する。
【1】MMPI
まず、MMPIによる分析結果について、各論的に概説する。
反応歪曲尺度群について、以下のような結果が出ている。
○強い性格的決断力を持っている。
○知能も極めて高い。
○社会的に望ましい姿を見せようとする態度が著明、自己防衛的態度がしばしば
選択肢に影響を与えている事を、考慮に入れなければならない。
次に、臨床尺度群について。
心気症尺度:健康に対して、殆ど関心がない事が印象的であった。
抑鬱性尺度:活動的・社交的な被験者の特徴が色濃く表れている。
ヒステリー性尺度:未熟で自己中心的なヒステリー的性格が窺える。
精神病質的逸脱性尺度:利己的で無責任な、信頼できない点がある。
男性度/女性度尺度:活発、自己主張的。伝統・権威に拘束される事を嫌う傾向。
妄想性尺度:疑い深く、思い込みが激しく、自分の敵意を相手に投射し帰属させ、
非難するといったエピソードが想像される。
精神衰弱性尺度:被験者の通常の言動とは正反対の、緊張が強く、自信が無く、
優柔不断な性格。
精神分裂性尺度:強い疎外感・注意の集中力に欠けるなどの所見が見られるが、
思春期性のアイデンティティ混乱に端を発する部分の多い尺度
故、信憑性に欠ける。
軽躁性尺度:衝動的、かつ情緒不安定で他動的、多くのものに興味を‥‥‥
ピッ
「こういうのを見るって、他人のことでも気持ち悪くなるわね。」
愛用のノートパソコンのディスプレイに埋め尽くされている、
少女の内面についての“解剖結果”に、辟易した伊吹。
それらのデータを保存して電源を落とした彼女は、
椅子に座ったまま静かに目を閉じた。
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ネルフの病院に着くや、白い服の女の人達にごしごしと体を洗われた。
私の体臭に、大人達が微かに顔をしかめるのがわかった。
嫌そうね。
仕事じゃなかったら、絶対してくれないんだろうな‥。
匂いのいいボディシャンプーなんかじゃなかった。
茶色く泡立つ消毒液が、私を包んでいる。
ブラシでこするその手つきは、モノを扱うのと同じ感じね。
おむつと導尿をされて肌着も他人に着せてもらって‥‥
ベッドに寝かされた後、医者に触られたり点滴をうたれたりした。
一人になったとき、体を動かそうとしてみた。
でも、弱り切った体は、私の思い通りには動いてくれなかった。
赤ん坊同然に扱われている自分。
もはや動くことさえ出来ない体。
惨めね‥‥。
睡眠薬が醒めた時に、寝ているフリをして何度も聞いた。
大人達の会話を。
“303病室の子、もうエヴァを降ろされるんですって。”
“いつもそれを鼻にかけてたみたいじゃない、あの娘。かわいそうねぇ。”
“え?継母が蒸発?じゃあ、あの子、これからどうするんですか?”
何を言われても、別に腹は立たない。
もうお払い箱って事も、誰も私を引き取ってくれない事も、私わかるもん。
シンジも、ミサトも、誰も来てくれない。
‥‥やっぱり、エヴァに乗れない私って‥‥誰にとっても無価値だから、
見るべき所がないから、きっと来ないんだよね。
だったらなんで、私を生かしておくのかな。
この人達にとっても、誰にとっても、私には価値はないのに。
生きているだけ、無駄な人間なのに。
ああ、眠くなってきた‥‥。
きっと、薬のせい‥‥。
やだな。
どうせ、ろくな夢なんて見れないのに‥‥。
→to be continued