生きててよかった 第1部 「生きててよかった」
Episode-19 【嵐の前兆】








 「お、おはよ。」

 「おはよう‥‥ふわぁ〜〜‥‥」

 朝、二人は殆ど同時に目を覚ました。


 「うわ、アスカおっきい口。」

 「ん‥‥うん‥」


 寝ぼけ眼のシンジの髪が、ピン、と空を指している。

 アスカもアスカでぼさぼさの髪を気にする素振りも見せず、
 床の間を飾る置物を見つめたまま、放心状態を続けている。

 間抜けそうな表情の二人。
 まだ眠そうだ。


 「ねえ、今何時?」
 
 「時計時計‥と。
  あ、9時だよ。」

 「ずいぶん寝たわね」
 「そうだね。」


 窓から差し込む白い日差しが、二人の横顔を弱々しく照らしていた。

 今日は曇りか雨かもしれないな、とシンジは小さく呟いた。


 「あああ〜〜っ!!あんた、目にクマなんて作っちゃって!
  もしかして、キスの後に変なことしてたんじゃないでしょうね!」

 「す、するわけないじゃないか!!そんな事!」



 「そ、そんなに怒らなくても‥‥ごめんね。」

 「う、怒ってないよ、怒って聞こえたなら、こっちこそ、ごめん。」





 「それにしても‥‥」

 「なあに?」

 「アスカが今みたいに僕に謝ってくれるなんて、今でも信じられないや。」

 「なにぃっ!! あ、言われてみればそうね。初めてじゃないかしら。」


 昨日の朝より穏やかな空気が、彼らを包んでいる。

 それもその筈。
 あの後二人は、身を寄せ合いながらお喋りを何時間も
 続けていたのだから。

 月明かりのもと、繋いだ手に互いの暖かさを感じながら、夜更けまで
 彼らは心の中にあったものを吐き出し合い――互いの気持ちを確認しあったのだ。


 「さて‥と。ブラシ、どこ〜?」

 「畳の上に転がってない?」


 「あ、あった。シンジもちゃんと寝癖ぐらい治すのよ。」

 「わ、わかってるよ、それぐらい!!」


 「そうそう、芦ノ湖まで行くんだから、急がなきゃ。」

 「うん。まず、顔洗いに行こう」

 「うん、いこいこっ!」




  *          *           *


 それから数時間後‥‥。


 湖岸の廃墟群に、二人の元気な姿はあった。
 崩れた白いコンクリートの上に腰掛けて、昼食をとっている。


 メニューはカロリーメイトと午後の紅茶という、至って簡素なものだが、
 歩き疲れた人間にはそれでも御馳走となるのが人の常。

 空っぽのお腹にそれらを放り込みながら、二人は和やかな一時を
 過ごしていた。


 「なんか、荒れてきたね」
 「うん。早いとこ、帰らないと」


 空は、刻一刻とその不機嫌さの度合いをを増しつつあった。
 朝は白っぽかった空も、今は随分と黒みを帯びている。


 「ほら、湖見てよ。いっぱい波が立ってる。」

 「ほんとだ。雨、降ったらどうしよ。ずぶぬれはイヤね〜。」

 ぱたぱたと風になびく栗色の髪を手で押さえながら、憂鬱な空を見上げたアスカ。

 淡い太陽を雲間に見て“ねえ、降りそうだから急ごうよ”と言うや、
 彼女はその場を立ち上がった。

 「そうだね。行こうか。アスカは海岸を右に、僕は左に行くから。
  3時にはここで集合しよう。」

 空き缶やゴミを足下に置いて、シンジもそれに倣った。

 立ち上がり、辺りの景色を彼は確認する。



 「ええ、あんたもよ。この場所、忘れるんじゃないわよ」
 「解っているって。」

 座っていた場所を起点に、別々に動き始める二人。



 「うわっ!強い風!」

 「な、なんだ!アスカ、気を付けてね。」



 一陣の風が、そんな彼らを乱暴に撫でていった。



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 ‥‥人がいる。



 湖岸に沿って歩き始めてすぐに、僕は人影を確認したんだ。

 一人や二人じゃない。
 すごい数の集団だ。

 たくさん、戻ってきたんだ!



 「おおぉ〜い!!」

 声をあげて走り寄った。と、その中に見覚えのある制服もチラホラ見える。
 あれは‥‥そうだ!ネルフの職員の制服だ!!



 僕を知っている人、いないかな?

 誰か、いないの?


 「誰だ!?ああ!シンジ君じゃないか!!」

 「日向さん!!」

 青葉さんと日向さん、それに伊吹さんがいる!
 他にも沢山の職員の人達が、僕を歓迎してくれた。

 「みんな‥‥戻ってきてくれたんですね‥‥」
 うれしさのあまり、思わず僕は日向さんにしがみついた。
 
 「お、おい、シンジ君‥‥」

 当惑する日向さんを気にする事もなく、
 そのとき僕は、自分の体からスッと力が抜けていくのを感じていた。

 いままでどこか緊張していたのかな?僕。



 「シンジ君‥‥‥。
  だけど、もう大丈夫よ。」

 「ちゃんと元気にしてたのかい?」

 「はい、元気です。アスカと一緒にいました。」


 日向さん達があの世界で構ってくれなかった事なんて、その時の僕は忘れていた。

 ただ、もうみんなに一度会えて、こうして迎えてもらえた事が、
 嬉しくて仕方がなかったんだ。



 「シンジ君が!?アスカと?」
 「ホント?あんなに向こうでは喧嘩してたのに‥‥」

 「ええ、いろいろあったんですが、でも、今はすごく仲良しです。
  二人だけで過ごしていたんです。もちろんこれからも一緒にいるつもりです。」

 心の中で、なんとなく余裕を感じながら、心配顔で僕に訊ねた伊吹さんに
 笑顔で応じる僕。


 なんか、アスカの事を話す自分が、妙に誇らしげに思えた。



 「そっかそっか。」

 「仲良くなったのはいい事さ、何にしても。」

 「これからも上手くやってくんだぞ」


 「見ていて辛かったわ、あの頃のあなた達。でも、もう大丈夫よ。」


 伊吹さんの言葉に一瞬、僕は怒りを覚えた。

 だけど“あの時あなた達は何もしてくれなかった!”という叫びを
 僕が発することは、なかった。


 「もう、みんな終わったのよ。」

 「これでやっとまともな生活ができるな、碇君。」

 「まだ若いんだから、無茶はするなよ。」

 「ハハハ‥‥」

 暖かな言葉と笑みの洪水が、心の叫びを押し流していったんだ。

 こんなの社交辞令だ、僕をぬか喜びさせるだけだと言い聞かせようとしたけど、
 それでも僕は心の底で‥‥やっぱり喜んでいる。



 ふと、自分の心の動きに冷たい意識を向ける。

 揺れる感情のままに反応する僕自身。

 この人達に対しても、アスカに対しても、僕はその場のその場の感情で
 行動しているだけなのか??





“だけど‥‥嬉しいものは嬉しいんだ。嬉しい気持ちだけは本物なんだ‥‥”





 「ところで、シンジ君の同級生を見かけないな。」
 「おお、そうだそうだ。見かけなかったかい?シンジ君?」

 「!?もしかしてトウジやケンスケ達も!?」


 「トウジ?‥ああ、鈴原のおやじさんの息子さんかね。」

 「来るゆうてはったよ。」




 「鈴原君達はまだ来てないようだが‥そういえば、
  葛城さんや加持さんが先にこっちに向かった筈なんだが、
  シンジ君、あの二人も見ていないのかい?」

 「加持さんとミサトさん!?いえ、知りません。」

 「そうか‥‥どこにいるんだろう‥‥。」




 「あの、僕、アスカを呼んできますね。」
  向こうの海岸で、今も銃を探してウロウロしていると思うから。」

 「銃?おいおい、物騒だな。」

 青葉さんがくるりと振り向いて、肩をすくめる仕草をした。
 でも、顔は笑っていなかった事に、僕は気づいていた。

 「アスカが、身を守るためにあったほうがいいって‥‥。
  今日は、その為にここまで来たんですよ。」






 「そっか、それもそうね。じゃあ、私のを貸してあげる。」


 「えっ?」

 伊吹さん、何言ってるんだ?

 だけど、僅かな沈黙に続いて伊吹さんが差し出したのは、まぎれもない拳銃だった。


 驚いた。
 僕だけじゃない、日向さんや青葉さんも、とてもびっくりした顔をしている。
 だって、伊吹さんが、銃だからね。

 他の職員の人なら別に驚かないけど、あの、訓練も嫌いだった伊吹さんが‥。



 「さあ、持ってって。どうせ私は人なんて撃てないし。」

 目の前に差し出された鈍く光る黒い拳銃。

 手に取ることを躊躇う僕に、伊吹さんが「使い方は訓練で習ったわよね。」と促す。



 「でも、僕は‥‥」

 「死んだら何にもならないわよ。子供だからって、
  悪い大人は遠慮してくれないのよ」

 伊吹さんの言葉に、隣の青葉さんも頷いた。


 「伊吹さんは大丈夫なんですか?」

 「私にはシゲルがいるから、大丈夫よ。」

 「‥‥。」


 「無理に使うことはないんだ。どうしようも無くなった時のお守りだと
  思って、持っておくだけでもいいんじゃない?そうそう使うもんでもないだろ?」


 日向さんもそう言って僕に勧める。




 「うん。じゃ、お借りします。」


 迷う心を残したまま、僕はそれを手に取った。

 久しぶりに持った本物の銃は、とても重く感じられた。


 「あの、これから皆さんはどうするんですか?」

 「向こうにいる間に、他の県の仲間に迎えをよこすように言っておいたんだ。
  だから、ここで待ってみるつもりさ。連中、さっさと帰っちまったから、
  早めに迎えに来るんじゃないかな?」

 「そうですか。じゃ、いったん僕はもう行きます。また、後で。」
 「ああ。アスカによろしくな。」

 「はい!」

 ロックがかかっている事を確認した上で銃をポケットにしまい、
 僕はアスカの向かった海岸に走りはじめた。



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 「マヤ、どうしたんだ?あんなに人殺しが嫌いだったお前が?」
 「ベレッタなら扱いも簡単でしょ?」

 「そういう問題じゃなくてさ。お前が銃を子供に持たせるなんて‥」
 「いけないかな‥」

 「いいや、そんな事はないさ。セカンインパクトの頃を思うと、
  あの子達に銃を持たせてやるのは、間違っているとは思えないだろ?
  第一、二人とも保護者がいないんだからな。」

 「うん‥。」

 「無理して笑顔まで作って。」

 「でも、そうしないとシンジ君、手にとってくれないって知ってるから‥‥。」

 「確かにそうだな。ホントによくやったよ。」

 「‥‥‥でも‥‥」


 「あの子達が、他人を無闇に傷つけると、マヤには思えるのか?」

 「ううん。」
 「前に青葉君も言ってたでしょ?
  撃たなきゃ死ぬぞって。あの子達を死なせたくなかっただけよ。」


 「ああ。確かにそう言ったな‥。」

 「私のお母さんはね‥‥銃があれば‥銃さえあれば‥きっと助かってたと思うの。」


 「‥‥!?」

 「ずっと忘れてたけど、思い出したのよ。レイちゃんが迎えに来たとき。」

 「そうか‥‥」




 それ以上は何も言わずに、青葉はマヤの肩にそっと手を乗せた。


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 砂浜にできた彼女の足跡を追って、ようやくアスカを僕が発見したのは、
 それから小一時間経った時の事だった。


 “雨、降ってきそうだ‥‥”

 お昼には僅かに見えていた太陽も、今は見えない。
 煙色の分厚い雲が、低く空を覆っていて、とても憂鬱な感じがする。




 「早く帰らないと。」

 遠くの砂浜に見える栗色の点に安堵を覚えて、そう呟いたとき。


 (お前なんか‥‥)


 「何?アスカ?」


 風に乗って一瞬、遠くのアスカの叫び声が聞こえたような気がした。
 立ち止まり、じっと耳を傾けると‥‥。


 (お前なんか‥‥)
 「お前なんか‥‥」

 程なく疑惑は確信に変わる。


 急がないと。
 やっぱりアスカの叫び声だ。


 「アスカ、どうしたの!!」
 「アスカ!!」

 向かい風の中、名前を走りながら何度も大声で呼び続けた。
 きっと聞こえないだろうけど、そうせずにはいられない。

 “間違いない。アスカが叫んでいる。”


 「お前なんか死んじゃえ!!」

 「お前なんか!お前なんか!!」


 次第に声がはっきり聞こえてきた。
 アスカの姿も。
 ん?アスカ一人じゃない!?



 「な、何をしてるんだ!?」

 “アスカの足下に誰かがいる。誰だろう。”



 「アスカ!!」

 僕をアスカから引き離すように吹き付ける強い向かい風、鬱陶しい。


 「痛っ!」

 目に砂が入った。
 目をこすりながらも、それでも前に進みつづける。


 「大嫌い!!お前なんて!!」

 「なんで戻ってくるのよ!!」



 “アスカ、いったい何を叫んでるんだ?”



 痛みをこらえて再び目を開けると、見たくないものが僕の目に飛び込んできた。



 「アスカ‥‥」


 彼女の足下に、ミサトさんが倒れていた。
 背中を丸めて耐えるミサトさんを、叫びながらアスカが蹴り続けていたんだ。


 「アスカ、やめるんだ、アスカ!!」

 華奢な体に飛びかかり、背中からアスカを押さえつけた。

 だけど、『止めないで!止めないで!』と繰り返しながら、彼女は
 僕を振り解こうと身をよじらせる。


 「こいつはだけは生かしておけない!!」

 「絶対に許せない!!」

 「こいつだけは!!こいつだけは!!!」



 「だから、お願い、離して!!」

 涙の混じった声で、なおもアスカは僕に訴え続けた。



 「何が保護者よ!」

 「何が母親よ!!」



 「この嘘つき!!」

 「私はいつも見殺しにして、シンジばっかり!!」

 「あの時だって、私を、私を、私をぉおおおおおお!!!!!!」


 絶叫したアスカが、足で砂浜を蹴る。

 細かい砂がパッと舞い上がり、ミサトさんの背中に白いヴェールを被せた。


 「やめるんだ、落ち着いて!!」


 「なにさっ!!」

 宥めようとした僕のほうを不意に振り向き、
 キッと睨み付けるアスカの目は、潤んでいた。



 「シンジまで!!なんで止めるのよ!!」

 「なんで私をわかってくれないのよ!!約束が違うじゃない!!」

 「私の気持ち、知ってる癖に!昨日の夜、みんな話したのに!!」

 「ちっ違うよ!」




 「それでもミサトのほうが大事なのね!!あんたも嘘つきなのね!!」

 「違う!違うんだ!!そんなんじゃないよ!!だけど、だからといって‥‥」

 「うるさい!!」


 一瞬、抑える力がゆるんだその瞬間、アスカが僕の腕の中から抜け出した。



 そして、振り向きざま―――僕をぶった。


 「‥‥。」

 頬が痛い。
 心も痛い。

 でも、なんとかしなければならない。
 今がんばらなきゃ、なんにもならない!!



 だけど結局‥‥‥あまりのことにピクリとも動けず、
 ただ泣き叫び始めたアスカを見ている事しかできない僕。


 なんて情けないんだ!




 「ええ、どうせ私はミサトにはかわいがられなかったわよ!」

 「ミサトに一人でかわいがられようっていうんでしょ!!あんただけ!!」

 「やっぱり、優しい女なら誰でもいいのね、で、用無しになった
  私はもう、使い捨てなのね!!お払い箱なのね!!!」


 「違う!違う!!アスカは使い捨てなんかじゃない!!
  アスカは、一番大事なんだ!」



 「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょ〜〜〜〜〜!!!」

 だけど、逆上したアスカには、僕の言葉は届かない。



 「ミサトもあんたも、大っきらい!!!」



 僕の耳に絶叫だけを残し、アスカが凄い勢いで駆けていく。




 「追いかけて‥‥」


 足下には、アスカの履いていた靴の、右足だけが残っていた。




 「シンジ君、追いかけて‥‥」

 「ミ、ミサトさん‥‥」

 声に気づいて振り向くと、砂だらけになったミサトさんが
 ちょうど起きあがろうとしているところだった。



 顔や手にあざをたくさん作った彼女もまた、泣いていた。

 何故泣いているのか、僕にはわからなかったけど、確かに泣いていた。



 「今追いかけないと、取り返しのつかない事になるわよ。」
 「でも、ミサトさんは‥‥」

 「いますぐ行って。」
 「だけど‥‥ミサトさんを放っておけないよ。」



 「あなたが追うのよ‥‥今すぐ!」

 懐から取り出された銃が、躊躇う僕を睨んでいる。


 「行ってあげて‥‥!」

 絶え絶えになった声で、ミサトさんはそう叫んだ。




 「‥‥わかったよ、ミサトさん。」



 まだアスカが遠くの方に見える。
 今なら見失わずに済むかもしれない。



 「すぐ戻るから。」


 一言言い残し、僕はアスカの後を追った。

 走りながらも、ミサトさんの涙の意味を、僕は考えていた。



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 “ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!!”
          “なんで私が!!この私が!!!”

          “どうしていつもこうなのよ!!”

        “幸せはいつもすぐにすり抜けてしまう!”

     “やっと信じられたと思っても、幸せは逃げてしまう!!”

      “やっぱり、心の壁、開けるべきじゃなかったのよ!!”
     “どんなに寂しくても、私は一人で生きるしかないのよ!!”





 『私の事、好き?』        『うん』

 
 『僕もおんなじだった。裏切られるのが恐かったんだ。』

 『だから、曖昧にしといたんだ‥』



        “なんでそれがわかってて私を裏切るのよ!!”
         “なんでそんなにひどい事ができるのよ!!”



 『アスカが全部僕のものになるのなら‥‥僕は、全部アスカのものになるよ。』

 『シンジが本当に全部私のものになるんなら、私、あんたを信じてみる』


 『シンジは‥私の事‥好き?』  『好きだよ。』

 『世界中の誰より、好き?』   『うん。』



      “嘘ばっかり!!ミサトを見たとたんに手のひら返して!
           私の気持ちをわかってくれなくて!!”



 『絶対に、絶対にずるい男にならないでね。』

 『うん。約束する。』



              “いちばんずるい男じゃない!!”



 『私‥‥生きててよかった。』



       “よくも‥よくもよくも‥‥私の気持ちを裏切ったわね!!”
        “せっかく信じたっていうのに、よくも裏切ったわね!!”


      “あの頃と同じじゃない!!私の心を、また傷つけたわね!!!!!”









 「ちくしょう!!ちくしょう!!あっ!!!」


 ドタッ

 「痛っ!!」

 足元の瓦礫につまずたアスカは、前のめりに転倒した。
 地面に顔面がぶつかって、口の中に嫌な砂の味が広がった。


 「‥‥ぅうう‥‥ちっくしょう‥‥ちくしょう‥」

 唾をぺっと吐いて、再び立ち上がろうとする彼女。



 「っ!!‥うわっ !!!‥くそう‥‥くそう‥‥」

 だが、突然右足を襲った激痛に、彼女は再び地面に倒れ込む。


 その時にはじめて、アスカは自分の靴が脱げていた事に気がついた。

 怒りと悔しさのあまり、彼女はずっと気づかずにいたのだ。


 「痛っ‥‥痛い‥‥」


 白かった靴下はいつの間にか真っ黒に汚れ、所々が紅く滲んでいた。



 「これからどうしよう‥‥」

 涙を拭いて空を見上げる。

 夕刻間近なのだろうか。
 いっそう暗くなった空が、彼女を不安にさせた。


 “でも、今更‥‥”

 “今更、今更!!!”






 「お、かわい〜!」

 “何?”

 途方に暮れていた彼女の耳に、突然聞き覚えのない男の声が入った。



 「こっち向いた!!」

 「ほんとだほんとだ」


 声の方に振り向くいた彼女の目に、見慣れぬ男達の姿が映った時、
 アスカは自分の行為に僅かな後悔を覚えていた。




 「おい、見ろよ。」

 「こいつはすげぇや。」

 「ねえ君、何て名前?」


 「ねえ、僕らと遊ばない?楽しい事しようよ。」

 「そうそう、楽しい事、楽しい事!!」



 下卑た笑みを浮かべた男達が、アスカを見下ろしていた。





                          →to be continued








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