生きててよかった 外伝6 「KENSUKE」
Episode-09 【再会】








 【2020. 1/16】[再会]


 センター試験翌日の放課後、偶々アスカと二人きりで会う機会があった。


 「こんにちは。」

 「あ、久しぶり。」


 シンジが一緒の時とは違って、どこか他人行儀な挨拶で会話が始まる。

 誰もいない学校の屋上に行こうというアスカの提案に、俺は素直に従った。



 「うわ‥‥寒い‥‥」


 冬の屋上は、強い風のせいもあってか、とても寒かった。


 冬服の上にセーターを着込んだアスカは、失恋した筈なのに
 やっぱり誰よりもかわいく見える。これじゃ、いけないのだろうけど。



 長い間まともに喋っていなかった事もあってか、随分と話し合った。

 センター試験の自己採点や、最近のニュースの事、トウジや管弦楽同好会の
 仲間達の事‥‥そして、俺達の事に話題は移っていく。



 「ケンスケの事、薄々前から気づいてはいたんだけど‥‥言えなかった。
  もし勘違いだったらどうしようと思って。」

 「‥‥いや、そうだろうな。
  いいさ、そんな事。もう、済んだ事だし。俺は、充分だったよ。」




 失恋の傷はまだ癒えていない。
 アスカを可愛いと思う気持ちに変わりは無い。
 他の誰かが見つかるまでは、俺にとって誰よりもいい女でありつづけるだろう。

 だけど好きになった事に、後悔はしていない。
 お前には、シンジがいる。
 あいつを、誰よりも何よりも、大事にしてやってくれ。

 それが、今の俺の願いだ。
 そして、お前に心を焦がしていた頃の、俺の願いでもあるんだ。

 横恋慕とはいえ、アスカを好きになって、俺は良かった。
 この恋に、後悔はしていない。



 要約すればそんな事を、俺はアスカに話してしまった。


 アスカの本当は脆弱な心に負担をかけぬように、アスカが俺なんかの
 事で悩まないで済むように。
 シンジだけを真っ直ぐ見つめていられるように。

 そう思っての言葉の群は、アスカの胸にどこまで届いただろうか。


 だが後で思い返し、それらが自己満足の結晶である事に気づき、
 俺は自分に恥じ入る事になった。



 それでも、とにかくアスカは、俺の言葉を一生懸命聞いてくれた。


 バカな男の戯言に近い言葉に、耳を傾けてくれた。



 出会った頃、あんなに尖って、あんなに我が儘だったアスカが、
 いつの間にこんなに優しくなったんだろう。


 何度も泣きそうになったが、泣くわけにはいかないと思って必死に堪えた。

 この娘の前で、俺は泣く所を見せてはいけない。
 泣いてはいけない。笑顔を作らなければならない。

 本当に俺は、アスカが好きだったから。
 この女性を、俺なんかの独りよがりで悩ませたくないから。






 涙が出そうな時は、そのたびに訊ねる。

 「アスカ、シンジの事、好きか?」
 と。



 そのたびに、アスカは“うん、誰よりも好き。”と答えてくれた。



 “ああ、俺の大好きなアスカだ。”

 残酷にも思えるその言葉が、どんな優しい言葉よりも救いに思える。


 そして、アスカという女を好きになれた自分に、
 ほんの僅かだが、誇りと歓びを感じる事もできるのだ。




 やっぱり、振られたとはいえ、俺は、幸せな恋をする事が出来たんだと思う。

 だから――アスカ、本当にありがとう。





Fin

  










  ---/ INE00102 INET GATE /-----/ 2020 年 4 月 25 日 (月) 21:10:09
  1 INET GATE INE00102 20/04/25 20:16
  題名:久しぶり、元気してる?

  Date: Mon, 25 Apl 2020 20:13:11 +0900
  From:“相田 ケンスケ” {thunderbolt@mxa.zoonet.or.jp}
  To:“惣流 アスカ” {FZP02102@niftyserve.or.jp}

  惣流 アスカ 様


   こんにちは、お元気ですか?
   シンジと別々の暮らしでも、お変わり無い事と信じているケンスケです。


   今日は、ちょっと恥ずかしいけど、いい事があったんで、メールしました。  

   いい事っていうのは、俺、彼女が出来そうなんです。

   アスカとは全然違うタイプの、どっちかというとカズミに近い感じの女の子だけど、
   妙にウマが合います。二人きりで遊びに出た事も、いっぱいです。
   今度のゴールデンウィークは、二人で能登半島まで遊びに行く予定も立てました。  
   彼女の提案で、夜は新輪島市の民宿で泊まります。ちょっとドキドキです。

   まだ、知り合って一ヶ月も経っていない、お互いを何も知らない
   関係だけど、それでも、恐いとは思わないし、これから知り合っていく
   事が楽しみです。


   正直、アスカの事、まだ全部は吹っ切れてないと思います。
   これって、相手の女の子にすごく悪いと思ってはいるんだけど、まだだめです。
   だけど、昔みたいにアスカと友達でいる事を自然に振る舞える日が
   いつか来るだろうって、ようやく信じられるようになりました。


   今は、ただ、感謝してます。
   ありがとう、アスカ。

   シンジがいるって解っていて、辛い事もあったけど、
   それでも俺は幸せでした。
   恋って、どういうものか、少しだけ教えて貰えた事にも感謝しています。

   いつか、恩返ししたいです。だけど、何かをするより、
   また昔みたいな仲に戻れる事が、一番の恩返しなのかなぁとも
   思っていたりもします。


   ああ、何だか、自己満足なメールになってしまいましたね。
   ごめんなさい。
   どうも、アスカに迷惑をかけっぱなしみたいで、頭があがりません。



   それじゃ、シンジにもよろしく。あ、シンジには俺自身が学校でいつも
   会ってるから、その必要はないかな。

   シンジ、アスカに会いたいって、口癖みたいに言ってますよ。


   それじゃ、またいつかお手紙します。




   恋を教えてくれたあなたへ

                    あなたに憧れていたケンスケより

  ―――――――――――――――――――――――
  AIDAショップ 主催
  http://www2s,bigrobe.ne.jp/~AIDA/comport.html
  AIDA
  thunder@mxa.poonet.or.jp
  こと 相田 ケンスケ(ホームページ再開しました)
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手垢のついたアルバムの最初のページ

遠い昔の辛くて悲しくて‥‥でも、大切な思い出なんです


見てはいけない夢なのに 憧れてしまったあの頃

後ろ姿を見るたびに 何もできない自分が悲しかった

綺麗すぎる髪――撫でたいから、僕の日常は終わりを告げる

大人と子供の狭間で途方にくれる僕に 優しい君の言葉

だけど 僕は苦しむことしかできなかった



振り向く君の青い瞳 夏の日に二人きり

“出来ることなら奪いたい”‥‥でも、いくじなし無しでよかったと今は思う

恋人のいる彼女への恋はいけないと知っていても

無邪気な時代にはもう帰れない  それが『恋』の真実

このまま奪いたい……儚い夢と悲しい現実……愛の意味がわからなくなる

『この女性にはシンジオトコがいるから』 決断した涙のメリー・クリスマス

それでも僕は必ず いつか必ず幸せになれると信じています




セピアに染まったアルバムの最初のページ

遠い昔の辛くて悲しくて‥‥でも、大切な思い出なんです




ページめくれば 今でも胸が痛い


だけど 今日もあなたのことが とても、好きでした








 生きててよかった 外伝6 「KENSUKE」 完






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