生きててよかった 外伝5 「管弦楽同好会」
Episode-05 【第五楽章:アレグロ】








 あの、思い返すのも辛い演奏会から4日が経った。

 咳は今も止まらないけど、熱も引いたし体も随分楽になったから、
 明日からは学校に行こう。

 家に寝てばっかりはつまらない。
 早くクラスの仲間とお喋りしたいし、部活動にも復帰したいし。


 ユースケ達の所に戻ったら‥‥もう、あの時の事で暗い顔するのはやめよう。

 何も出来なかったのはホントだけど、それを胸に、
 次の時には必ずできるように、またがんばる。
 それが、ベストだと信じよう。

 私の友達は、みんないい人ばっかりだから、
 きっと、それが、一番いいと思うんだ。


 シンジとも約束したしね。
 また、楽しく音楽をやるって。


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 久しぶりに教室に入るや、心配顔のヒカリが私に話しかけてきた。

 「アスカ、もう大丈夫?」

 表情だけじゃない。
 声のトーンも、いつもと全然違う。

 ヒカリ自身が沈んでいる時とも微妙に違う、
 私の事を気にかけてくれている時の声だ。

 確かヒカリ、鈴原と一緒にあの時私を見てたはずだし‥‥。



 「うん!ご覧の通り、ぜんぜん平気よ。」
 私の為に浮かない顔をしてくれている友人に、努めて明るい声でそう言った。


 「ホントに?」

 「ホントのホントよ。」

 念を押しても、ヒカリったらまだ心配顔してる。

 無理も無いんだけどね。
 シンジもそうだけど、ヒカリも昔の私の事、よく知ってるから。


 「心配してくれるのは嬉しいけど、今回は、もう大丈夫。
  シンジも同好会のみんなも励ましてくれたから。」

 「そう?そっか。」


 キーンコーンカーンコーン

 「あ、授業始まる!」

 突然鳴った始業のチャイムに、ヒカリは自分の席に帰っていく。
 自分の席についても、しきりにこちらを見ているヒカリ。


 私は、この友達に随分心配をかけてしまった事を、改めて感じていた。

 ああ、ヒカリやシンジの為にも、早く元気にならないと。



   *        *       *



 そして放課後は、久しぶりに音楽室へ向かう。

 もう大丈夫、と自分に言い聞かせても、やはりみんなに顔を合わせるのが
 少し怖かった。だけど‥‥


 「よう、久しぶり!!」
 「アスカ、もう楽器吹いて大丈夫?」

 「ずっと碇に看病してもらってたってマジかよ!?
  まぁったく、やっぱりお前らの頭、イチゴジャムだな。」

 「あ、う‥‥。」
 「し、仕方ないよ!ウチは家に誰もいないから、僕がアスカの面倒見なかったら、
  誰が面倒見るって言うんだよ!」


 「ほぉらそこの彼氏、熱くならない熱くならない。」

 「碇が用意した言い訳としては、まあ上出来だったな。75点くらいか?」

 「だからと言って、脳味噌が砂糖漬けじゃないとは思わないけどね。」


 “みんな‥‥”

 待っていた仲間達は、今までと何一つ変わらぬ様子で私を迎えてくれた。

 いつもは憎らしくて仕方のないトシオの“イチゴジャム”とか“砂糖漬け”
 にも、今日は親しみすら感じる。


 「惣流、まだ何か元気が無いのかな。」
 「そうね。いつもはからかうとキーキー喚くのに、今日は静かね。」
 「無理はいかんぞ、無理は。まあ、もう暫く碇に甘えて‥‥」

 元気、出さないと‥‥。


 「甘えて?甘えてとは何よ、甘えてとは!
  私がこのなよなよシンジに甘えているですって?
  下手に出ればいい気になって‥‥」

 「をを!!始まった!」
 「また誰も信じないような弁明を‥‥。」
 「でも、惣流はこうでないとな。」



 どれも、友達として当然と言えば当然の事なのかもしれない。
 他の高校生にとって、こんなのは空気を吸うのと同じくらい
 自然な事なのかもしれない。

 だけど、友人達の変わらぬ笑顔が、嬉しい。


 昔の大人達と違って、私の失敗が失敗しても責めないみんな。
 私が悪いのに、それでも私を気遣ってくれるみんな。


 エヴァに乗っていた頃とは全然違う。
 私の周りのみんなが、こんな不出来な私なんかを見てくれるの。
 そして、シンジは‥一番、私を見てくれるの。


 「きぃいいいいいいっ!!
  何で私が毎日毎日からかわれなきゃなんないのよ!」

 「碇君とラブラブだからよ。」


 「そこ、ツッコんじゃダメ!
  ああ、もうやってらんないわ。練習しよっと、練習!
  ほらほら、あんた達もキリキリ練習しなさいよ、怠けてばっかりでもうっ!」


 「練習を盾に俺達を非難するとは、なんて汚い事を!」
 「で、でも、正論には違いないな。仕方ない、俺も練習するか‥‥。」
 「そうね、後で、休憩の時にたっぷりお話しましょうね〜、
  愛しのアスカおねえさま。」


 余計な一言を残し、みんなが練習に戻っていく。

 私も、楽器ケースからフルートを取り出した。



 「さてと‥‥」

 銀色に輝く楽器は、何も言わないけど‥‥



 「また一からやりなおしね‥‥」




 もう、負けてられない。
 自分にも、みんなにも。

 まだ、全部吹っ切れたわけじゃないけど、くよくよしてる場合じゃない。

 せっかく変わらずに迎えてくれるんだから、ここでいじけてたら、私は最低よ。


 いままで以上にたくさん練習して、たくさん曲を吹いて、
 たくさん楽しまないと。

 もう、この人達になるべく迷惑はかけたくない。
 楽器の事もそうだけど、それ以上の事でも。


 だから‥‥私、これからもがんばろう。


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 【エピローグ】


 私が楽器を手にしてから、もう2年と半年が経った。

 最後の演奏会を終え、打ち上げも終わり‥‥今、
 疲れた体を私は横たえている。


 シンジはもう寝たみたいね。
 今日は全てを許す覚悟だったけど、おあずけ決定。



 まあいいわ。
 それより、これでおしまいなのね。

 やれる事をやって、今、去っていく。



 今はいない先輩達から貰ったものは、できる範囲でだけど、後輩に
 伝えられたと思う。

 生駒さんほどの立派な先輩になれた自信なんて、全然ない。
 だけど、こんな私を、二人の後輩は慕ってくれる。



 『惣流先輩みたいに、上手で、綺麗で、大人っぽい先輩になりたいです』

 『私、まだ下手くそだけど、がんばります。
  だから、先輩、夏合宿には必ず遊びに来て下さいね。』

 後輩達の、そんな言葉を思い出した。

 そういえば、自分も、先輩がいなくなる時に同じ事を言っていた
 ような気がする。


 きっと、後輩達は、あの時の私と同じ気持ちなんだろうな。

 そして、ひょっとしたら、あんなに大人っぽく見えた先輩も、
 今の私みたいな気持ちだったのかもしれない。






 なんて幸せな放課後、なんていい仲間達。
 ドイツにいた頃には経験したことのない、甘く、辛く、あっと言う間の時間。

 二年半の月日は、あまりに短かった。




 もう二度と帰れない、私を育ててくれた処、管弦楽同好会。

 辛いことも、嫌な事もいっぱいあったけど、
 きっと私にとって一生ものの想い出になるんだろうな‥‥。








 生きててよかった 外伝5 「管弦楽同好会」 完






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