生きててよかった 外伝2
【青色の日記帳】








 青色の日記帳 (第一冊目 2016. 4/4〜5/2より、原文抜粋)


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2016 4/3 (土)

 ほぼ一年ぶりになると思うが、今日からまた、こうして日記帳をつける事にした。

 入居地は想像していたよりも静かで広々とした良い所だった。
 子供達は不満のようだが、この緑多き環境には、お金で買えない価値があると思う。
 爆発の影響があるのではないかとも思ったのだが、やはり山間部の
 盆地だけあって、そちらの被害も殆ど無いようだ。

 引っ越し騒ぎで疲れたから、今日はこれくらいにしよう。
 明日からは、思ったことを少しでも書き残すことができればと思う。


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4/4 (日)

 やる事が無いというのは、とても辛い。
 湖畔にいた頃は人手不足が深刻で、私もボランティアまがいの仕事を
 やったりしていたが、越してきたばかりのこの片田舎は、何もする事がないのだ。

 近所の引っ越しを手伝うと言っても、身一つで入居したのは他の人達も同じで、
 荷運びなどの申し出は、全て丁寧に断られた。

 仕方なく、午後はシンジ君と一緒に殺風景な部屋の掃除で時間を潰した。
 自分から進んで掃除をするなんて、私らしくない。
 もっとも、今までがあまりに忙しかっただけなのかもしれないけど。


 夕食の時、アスカに散々にこき下ろされた。
 私が悪いわけではないのに、加持も私を叱った。
 最近の彼は、事あるごとに私にあれこれ文句をつけるような気がする。
 溶け合っていた時は、こんな筈じゃなかったのに。


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4/5 (月)

 朝早く、政府の役人を名乗る黒服が家にやってきて、加持を連れていった。
 薄い笑顔を残し、彼が家を出ていったときの情景が、ああ、今も鮮明に
 思い出すことができる。

 せっかく会えたのに、また彼に先立たれるのかと思い、心が揺れた。
 それでも自分が加持を心の支えにしている事を、改めて痛感させられた。


 加持からの電話で声を聞いて私の不安が解消されたのは、夕方頃の事だ。

 彼の再就職先が見つかった事、私達の預金がすべて保護されている事を
 告げる彼の元気な声に、久しぶりに笑った。

 政府の役人は単に、加持に職場復帰を促す為にやってきただけだったのだ。


 加持が帰ってきた後、久しぶりに煙草を吸った。
 別段旨いとは思わなかった。そんな私を見て、加持は笑っていた。

 子供達さえいなければ、加持と抱き合って、その後に思いっきり吸うのに。


 今日も子供達は相変わらずだ。シンジ君はアスカにかまけてばかり。
 そしてアスカは、一言も口をきいてくれなかった。


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4/6 (火)

 私を避けるためだろう、朝早く、アスカがシンジ君を連れて家を出ていった。
 冷たくなった朝食と一緒に置いてあった書き置きから、
 行き先が洞木さんの家であることを知って私は安堵した。

 夜遅くになっても帰らないので、加持と一緒に迎えに行く。

 向こうの家の玄関を出る時、(クラスメート達にこづかれて、ではあるが)
 アスカが私に初めて謝ってくれた。小さな声で、「遅くなってゴメン」、と。

 本当に小さな事だが、私は自然に嬉しかった。
 私とアスカの関係が好転する、何らかのきっかけになってくれれば嬉しいのだが‥。
 そうそう事がスムーズに運ぶとは思わないほうがいいかもしれない。


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4/7 (水)

 まずは、昨日の続きについて。
 今朝、シンジ君からアスカについて詳しく聞いたところ、
 少し事情が飲み込めたので書き記そうと思う。

 昨日はほぼ一日、洞木さんの家でクラスメート達と過ごしていたそうだが、
 その際に、私を嫌い抜くアスカに対し、友人達があれこれ説得してくれた
 らしいのだ。そして、帰り際にアスカが「じゃあ、表面だけでも
 合わせる事にする」と洞木さんに約束したとも。

 まあ、そんな所だろうと思う。
 いくら何でも、いきなり私に気を赦してくれるとはとても思えないもの。


 それでも、これでアスカとの心の溝を埋めるチャンスが生まれたわけだ。
「話す」という事は、とても意味のある事だと思う。交流のチャンネルを
 持つ事で、彼女の気持ちを私は知ることができるし、アスカも私を知ってくれる
 可能性が出てくる。

 それ以前に、私自身、これからはアスカに対する意識を変える必要があるだろう。

 未だにときどき、“あんな小娘、放っておけばいい”と思うことがある今の私には、
 アスカのちゃんとした母親代わりにはなれそうにない。何が、いけないのだろう。

 ‥そういえば、洞木家での雑談の中、ネルフや補完計画の事、
 それからエヴァの事も相当話題に上ったとシンジ君が言っていた。決して
 良い兆候ではないが、その事についてはとやかく言わないようにしようと思う。
 彼らの身辺の安全を考えればやめさせるべきなのかもしれないけど、
 政府も余裕のない今は大丈夫だと思いたい。
 いずれ、注意くらいはしておこうと思う。


 昨日以来、アスカの私に対する態度が、さらに少しだけ変わったと思う。
 消極的ながらも、今日は私の言うことに概ね反応してくれている。

 やはり、同い年の友達が集まった事が良い刺激になった事、間違いない。

 この年代の友達は本当にいいものだと、改めて思った。
 少し、羨ましくも。

 そういえば、私の友人はどうなったのだろう。リツコや、大学時代からの友人達。
 ネルフの仕事仲間にも会っていない。皆、こちらの世界に
戻ってきているのだろうか。

 青葉君や日向君の姿は加持が見かけたと言っていたが、
 リツコの事については、なにも聞いていない事を思い出した。


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4/8 (木)


 昨日の寝る前から少し風邪気味で、何をするにも億劫だ。

 シンジ君やアスカも、あまり体調が良くなさそうだ。
 やはり、第二新東京の内陸性の気候に体がなじんでいないせいだろうか。
 夜の寒さと昼間の暑さのギャップに、食欲もすっかり落ちてしまった。

 明日、我が家にテレビが配達される。街のディスカウントストアで
 加持が注文してきたものだ。昼間の退屈も、これで少しは解消されるだろう。

 二人の子供達も、概ね喜んでいるようで何より。


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4/9 (金)

 シンジ君達の学校再開の通達を今日、受け取った。
 登校先は、『私立島々中学校』という名前の学校だった。地図によれば、
 この仮設住宅のすぐ近くに立っている学校が、どうやらそれらしい。

 登校可能ならば14日に行われる始業式に出席するように、との事だ。
 シンジ君とアスカにその事を訊くと、二人ともすぐに登校すると答えた。


 ふと、いつの間にかアスカが私にきちんと受け答えするようになった事に気づく。

 寝る前、明後日三人で街まで行かないかと誘ってみたところ、
 暫く考えた素振りを見せたものの、アスカは最後には首を縦に振ってくれた。

 シンジ君には悪いけど、明後日は少し、アスカを甘やかしてあげたいと思う。


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4/10 (土)

 一日遅れで届けられたテレビとの格闘。
 やたらと大きな奴だったためか、運ぶうちに腰がギクリと痛くなった。年かしら。
 加持は、なぜこんなに大きなテレビを注文したのだろう。

 子供達にも見たい所を見るように勧めたが、どこのチャンネルも報道特番を
 やっていて、勧める意味が無い。結局、皆でサードインパクトの特集を
 見る。綾波レイをピックアップした報道は多少見られたものの、ネルフやエヴァに
 ついては、未だ衆目には曝されていないようである。


 明日からは加持は第二新東京市で仕事を始めるから留守になると、寝る前に聞いた。
 日曜とはいえ、今の情勢を考えれば仕方ないか。
 暫くの別れを惜しんで抱き合った時、加持に「例の約束は、
 もう少しだけ待ってくれ」と言われる。残念。


 珍しく四人が家に揃っていて、しかも割と和やかな一日だったと思う。
 まだ、家族というにはほど遠い。 それでも、一人でいるよりはずっといい。
 アスカも、そう思ってくれている事を心から願う。


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4/11 (日)

 朝早く、新しい職場に向かう加持を見送った後、
 シンジ君とアスカを連れて家を出発する。
 バスに揺られること約30分、第二新東京市の市街地へ。

 事件の勃発から既に三週間が過ぎたためか、第二新東京の都市機能は
 ほぼ回復していた。が、放火や略奪の生々しい痕跡は、そこかしこに残っていた。
 大学にいた頃に通っていた屋台街も、ひどく荒らされていた。
 セカンドインパクトの時に比べれば遙かにマシだが、それでも全てが元に戻るには
 相当時間がかかるだろう。窓の外を眺めながら、そんな事を考えた。


 駅前に着いた後は、これからの生活に必要な衣服や生活用品、
 学校指定のノートパソコンなどを買い漁る。
 多忙のうちに、午前中は過ぎていった。

 意外だったのはアスカの態度だ。
 シンジ君より贔屓にすると彼女が機嫌を悪くするので、途中からは二人を
 分け隔てなく扱った。シンジ君には、事前に話をつけてあったというのに‥。

 これまでのアスカには無かった事だ。
 今までは、シンジ君よりも常に上の待遇を求め、
 ひいきされる事を当然の事と思っていたアスカ。
 私には相変わらずの醒めた表情だが、シンジ君に対するときの笑顔には、
 柔らかさばかりが感じられる今のアスカ。

 これまでとのギャップに、どうも戸惑ってしまう。

 この変わりようの原因は‥‥恋?なのだろうか。
 アスカとシンジ君のやりとりを見ていると、どこか、恋人同士という
 雰囲気が感じられないのだが‥‥。
 確かに仲はいい。キスをしている所を目撃した事もある。
 だが、何か、変な感じがする。
 上手く表現できないが、とても違和感があるのだ。

 私の気のせい、あるいは私が単に羨ましいだけなのかもしれないが‥。



 帰り際、デパートの入り口に飾ってあったペンギンのぬいぐるみを見て、
 ペンペンの事を思い出した。
 どうなったのだろう、ペンペンは。
 戻ってこなくてもいいから、せめてこの世のどこかで生きていて欲しい。

 悲しい顔をしていたからだろう、シンジ君が「どうしたんですか」と
 その時私に声をかけてくれた。シンジ君は、優しい子だ。


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4/12 (月)

 あの頃の傲慢なアスカではなくなったという事実に、まだまだ私は慣れきって
 いないというのだろうか。今日も、その事でトラブルを起こしてしまった。

 今日の振る舞いを見ていても、やはりアスカは昔とずいぶん違う感じがする。
 私に対しては相変わらずのアスカだが、シンジ君には驚くほど気を使っている
 のが解る。

 アスカは変わった。
 少なくとも、同い年の友達に対しては態度を変えるようになった。
 早く、この事実に慣れなければならないと思うのだが、どうしても第三新東京市に
 住んでいた頃のイメージが先行して、その度にアスカの機嫌を損ねてしまう。

 今日という一日については、これ以上、特に書くことは無かった。
 せいぜい、少し風邪で微熱があるといった程度だろうか。


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4/13 (火)

 仕事場に泊まり込みだった加持が、久しぶりに帰ってくる。
 無精髭をボサボサに生やしたいつもの姿での朝帰りだ。
 シンジ君が作った卵粥をかき込むや、倒れる勢いで眠りにつき、
 夜まで目を醒ますことは無かった。
 目を覚ました彼に訊いたところによれば、明日以降の仕事はさらに大変らしい。

 仕事が忙しいのはわかるが、もう少し家にいて欲しい。これでは、
 ドラ猫と同じではないか。


 シンジ君とアスカは、明日から始まる学校が楽しみなのか不安なのか、
 そわそわと落ちつかない様子。
 明日以降、昼間は私一人になると思うと、やはり少し寂しい。
 二人でいつもくっついていて、あまり私に構ってくれないシンジ君とアスカだけど。
 とはいえ、誰もいないよりは二人がいたほうが私は楽しいのだろう。そう思う。


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4/14 (水)

 加持も子供達も送り出して、一人きりのリビングでこれを書いている。
 寝る前に日記を書く事が常だったが、する事がないので、この昼間に
 日記を書いてみようと思うのだ。

 正直、あの二人がいなくなった事がこれほど堪えるとは思っていなかった。
 それほど一緒に話し合ったりしたわけではないが、どこかで私は
 彼らから安らぎを得ていたのだろうか。


 テレビをつけても、時間を延長したワイドショーが中心で、
 報道特番を茶化したようなくだらない構成に見る気も失せる。
 NHK以外は人命救助や第三新東京市の中継も減って、サードインパクトに
 出てきた水色の髪の少女(間違いなく、レイの事だろう)の話や、
 いわゆる『美談』が多く目につくようになってきた。
 私はああいう俗な企画はどうも好きになれない。
 レイの事は確かに気にはなるんだけど。

 しかし、こうして日記を書いたところで大して時間は潰れない。当たり前か。

 もう、今日は書くのをやめよう。これでは日記としての意味がない。

 これからどうやって時間を潰そうか。
 夕食でも作ってみる?
 もっとも、私の作ったまずい夕食なんて、食べてくれる人がいないか。


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4/15 (木)

 朝、二人の中学生を送り出した後は、今日もする事がない。
 自分は、この家の穀潰しと言うにふさわしい。
 朝食も夕食もシンジ君が作るし、稼いでくるのは、今は加持一人。

 いつの間に、仕事を取ったら何もない人間になっていたのだろう、私は。


 毎日が退屈だ。加持は、どうせ今夜も仕事で帰らないだろう。

 シンジ君とアスカは‥‥特にアスカは‥お互いだけを見つめていて、私なんて
 見向きもしないし。

 自分には価値がない。
 旧い世代の学生が言いそうなキャッチフレーズが、頭をよぎった。
 エヴァやネルフに縛られていたのは、シンジ君やアスカだけではないという事か。

 ただ、加持が真摯に私を見つめてくれること、それを信じる事だけが
 私のささやかな慰めになっている。もしこの一線を失ったら‥‥。


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4/16 (金)

 今日も退屈な一日だった。
 時間の無駄遣いを自覚しつつも、ゴロ寝してテレビを見て昼間は過ごした。
 日記に何かを書き記す気力も無し。


 子供二人は、朝に家を出たきり、夕方遅くになるまで今日も
 帰ってこなかった。きっと、学校帰りにどこかで遊んでいるのだろう。

 自室に閉じこもったまま、夜遅くまで何かを話し続ける二人。
 あの二人はもう、ただの親友ではないのだろう。


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4/17 (土)

 今日も変わらぬ日々。記録すべき出来事、特に無し。

 シンジ君が台所で何かをやっているようだが、興味もない。
 本当に無気力な一日だった。


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4/18 (日)

 今朝も10時頃まで寝坊した。一体何時間寝ているのやら。
 これでは、私は寝て食べるだけの動物だ。
 いや、不平を言う分だけ、それ以下かも。


 私が目を醒ましたとき、『夕方に帰ります』と書き置きを残してシンジ君と
 アスカは既にいなくなっていた。
 後になって聞いたところでは、二人で初デートに出かけていたのだそうだ。
 昨日の夜の準備は、たぶんお弁当の仕込みだったのだろう。
 相変わらずなシンジ君。


 最近に、無性に友人に会いたい。
 大学時代の友人やネルフの仕事仲間、誰でもいいから会って話がしたい。
 けど、アドレス帳等は全てサードインパクトの時に紛失したから、
 誰かに電話する事もままならない。

 ただ、この一人には広すぎる簡易住居でゴロゴロするだけとは。辛い。


 昼間は独りぼっちを何とかしなければ、このままでは私は変になってしまいそうだ。
 近所のスーパーでレジ打ちのバイトでも探してみたほうがいいのだろうか。


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4/19 (月)

 遂にというか、早くも、というか。来るべきもの、恐れていたものが来た。
 こんな形で退屈から逃れる事だけは、避けたかった。

 今日、シンジ君とアスカが、背広姿の不振な人物に声をかけられたそうだ。
 サードインパクトの事について、報道されている以上の事を知らないかと
 訊かれたところを、走って逃げ帰ったという。


 事を境に、アスカはまた私に話しかけてくれなくなった。
 久しぶりに見た、刺すような彼女の目つき。
 アスカがどんな思いで私達大人を見ているのか、
 今更ながらに思い知らされたような気がする。

 今こそ、二人のために私が何かをすべき時ではないだろうか。

 とにかく、まずは加持に相談しないと。


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4/20 (火)

 シンジ君が言うには、今日も怪しい男の尾行を受けたそうだ。
 怯えたアスカがシンジ君にしがみついたまま離れなくて、
 学校ではちょっとした騒ぎになったとも聞いた。

 あの勝ち気だったアスカが怯えるとは‥‥よほど、もうネルフやエヴァに
 関わりたくないのだろうか。彼女はLCLになる前、
 なぶり殺しにされたのだという。一体、どういう経験なのか、
 私には見当もつかない。


 夜遅くに帰ってきた加持に事情を話し、私に出来そうな事はないかと訊ねたが、
 加持は「心配するな」の一点張りで、何も答えてくれなかった。

 おそらく、加持は既に内部事情も掴んでいるのだろう。そして、シンジ君達を
 守るために、独りで動いている。それだというのに、
 私には何も話してくれないのだ。

 リツコといい、加持といい。
 私の親友達は、いつも全てを自分一人で背負い込む。
 私は、いつも何もする事ができないまま、彼らの所業を見ているだけなのだ。


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4/21 (水)

 今日も、シンジ君達に対する下手な尾行が続いたようだ。

 アスカは、ますます神経質になっている。
 時折、大声で恨み言を言って私に当たる彼女の姿に、
 精神崩壊を起こす寸前の記憶が蘇る。

 私は、また保護者として何も出来ないままなのだろうか。
 また、過ちを繰り返すのだろうか。 それだけはイヤだ。
 私は、今度こそ彼らの保護者らしく振る舞いたい。
 それがたとえ、私の中の偽善的な気分からくるものであったとしても。

 だが‥組織に属していない今の私は、殆ど無力な存在だ。

 もちろん私も銃火器の扱いには多少自信があるが、その気になったところで、
 プロのヒットマンや誘拐者からあの子達を守り抜く事は、到底無理だろう。

 そして加持は、今日も帰ってこなかった。 電話一つ寄こさない。
 あの男は口では偉そうな事ばかり言っているが、あの男こそ、本気で
 家族の一員になるという自覚が無いのではないか。
 シンジ君達が大変なこの時期に、連絡もよこさないで何をやっているのだろう。


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4/22 (木)

 アスカがどうしても学校に行きたくないと言うので、今日は休ませた。
 シンジ君を送り出すときのアスカの顔つきが忘れられない。

 今のアスカにとってシンジ君がどういう存在なのかを、
 彼女の不安げな顔から私は窺う事ができた。


 女二人になるや、アスカは殆ど自分の部屋に籠もって出てこなかった。
 やはり、私に会うのは今でも嫌なのだろう。

 昼食の時も、御飯だけをさっさと食べて、すぐに部屋に引き返す。
 結局、シンジ君が学校から帰ってくるまでは、会話らしい会話は殆ど
 出来なかったと思う。

 シンジ君が帰ってきたときのアスカ。
 私がいるのを憚ってか、「おかえりなさい」と素っ気なく言っただけだが、
 青い瞳は、全てを語っていた。

 あの時のアスカは、今までで一番かわいい顔をしていた。
 私も、あんな綺麗な瞳で男を眺めた時代があったのだろうか。

 セカンドインパクト前には勿論、加持と出会ってからも‥あんな目をしていた
 という自信はない。

 もしも願いが叶うなら、私もあんな乙女の心を取り戻したい。


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4/26 (金)


 朝刊の第一面のトップで、私は一気に目を覚ました。驚愕、その一言に尽きる。
 シンジ君とアスカも、多かれ少なかれ同じ様子だ。

 何しろ、あのゼーレの名がトップを飾っていたのだから、驚いた。
 そればかりではない。ネルフの事、エヴァの事、サードインパクトの真意に
 ついても、かなり詳しく正確な記事が掲載されていた。ほぼ、補完計画について
 私や加持が知っている全てが衆目に曝されたと言っていい。

 しかし、エヴァパイロット――シンジ君やアスカ達チルドレンに関しては――
 何一つ正確な情報が漏れていないのだ。エヴァンゲリオンは基本的に
 無人兵器であり、REI・KAWORUと名付けられた二種のダミーで
 コントロールするものであるという、誤った情報が流されている。

 テレビもつけてみたが、どのチャンネルも、同じ様な報道一色だ。
 やはり、チルドレンについての情報は流されていない。


 二人を学校に送り出した直後に、加持が帰ってきた。
 寝不足のせいだろう、彼は真っ赤な目をしていたが、
 構わずに胸を掴んで問い詰めた。眠そうな彼の口から語られる事々は、
 いずれも私の予想どおりのものだった。

 日本政府とマスコミにタレ込んだのは、やはり加持だった。
 その準備の為に、ここ一週間ほどは寝ていないらしい。

 アスカ達の件については、戸籍改竄などの情報操作を繰り返す事で、
 エヴァパイロットは死んだという事にしてあるという。
 今、私の目の前にいる二人は、「加持が養子として引き取った、
 普通のセカンドインパクト孤児」なのだそうだ。

 もっと詳しいことを聞きたかったのだが、彼は既に意識が朦朧としており、
 やがて、揺すっても起きないほどの深い眠りに落ちていった。



 夕方、学校から帰ってきたシンジ君達。アスカは、今日は元気そうだ。
 加持の工作が身を結んだのか、今日は特に尾行に会わなかったらしい。

 二人と鈴原君がエヴァパイロットであるという事実を知る旧クラスメート達も、
 口を噤む事を約束してくれたという。

 その辺は、あの洞木さんが上手く立ち回ったとか。  有り難い事だ。

 彼らはみんな、わかっているのかもしれない。
 もし、ここでエヴァパイロットであるという秘密が
 どこかに漏れてしまったなら、シンジ君もアスカも鈴原君も、
 再び大人達のモルモットにされるという事を。

 シンジ君もアスカも、学校ではいい友人に恵まれているようだ。


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4/27 (土)

 目を覚ました加持に、今日は詳しく話を聞くことができた。

 そもそも日本政府と国連は、既にかなり深いレベルまで
 サードインパクトや補完計画について調査を進めていたらしいのだ。
 A−801によって政府が制圧した第三支部のMAGIのコピーデータ解析が、
 予想以上の成果をもたらしたのだという。

 サードインパクトの混乱にも関わらず、これほどの活動を日本政府だけが
 続行できた理由は、内務省上層部の采配が素早く的確だったためと聞いた。

 他国政府が混乱の極にある中、トップのいない組織をいちはやく再編し、
 救援活動やゼーレの調査を実行に移したのは、あの時田シロウらしい。
 混乱に乗じた政府の調査結果と加持の情報提供によって、ゼーレの正体の
 洗い出しはようやく第一歩を踏み出す事ができたようである。
 何かが判ったら、詳細は加持が教えてくれるだろう。

 そして、シンジ君達の件――すなわちチルドレンについては、すべて
 実験段階で「処分」された事になっているという。コード707についても
 同様。全て、他国政府が立ち入った事を調べる前に抹消されたという。

 後は、マスコミも誰もシンジ君達に気づかなければ、万事okなのだが‥。
 それでも、「この先暫くは、それでも予断を許さないと考えるべきだろう。


 こうして、あれこれ考えながら書いていると、私も仕事がしたくなってきた。
 ネルフ作戦部長というポストが、懐かしい。


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4/28(日)

「今日は政府の要人に会う」と言って、加持はまともな背広姿で家を出ていった。
 同棲しているとはいえ、日曜日も一緒にいられないなんてひどい。
 大学時代の飯事とは違うと、割り切るのは難しい。

 彼がこうして働いているお陰でシンジ君達がまともに暮らせるのだと
 自分に言い聞かせようとしても、感情を上手くコントロール出来ないのは、
 やはり私の短所なのだろうか。


 アスカとシンジ君も、今日も洞木さんの所に出かけているから、
 また、私一人の留守番だ。

 テレビを見ることにも飽きてきた。
 私にも、誰かと一緒に何かをする場が欲しい。

 仕事でも、趣味でもいい。
 これまで考えたことも無かったが、ボランティアをやるのもいいかもしれない。
 もし、明日も退屈なら、少し考えてみよう。


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4/29 (月)

 案の定、今日も私は独りだった。
 誰もいない家にいても仕方がないと思い、気分転換に第二新東京の市街地まで
 独りで出かけた。

 銀行で預金を降ろした後、あてもなく街を歩き、
 気に入った服を買ったり映画を見たり。

 まともな格好をしていたせいか、私に声をかける男が結構いた。
 やはり、男が振り向くというのは、単純に気分がいい。
 30過ぎたとは言え、まだまだ私も現役?

 夜遅くに帰った私は、シンジ君とアスカに『帰りが遅い』と言って叱られた。


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4/30 (火)

 昼頃、嬉しい知らせがあった。内務省の係官からで、ネルフへの
 「再就職」を要請する内容のものだった。

 ネルフが、日本政府と国連の管理の元、内務省調査局を核に
 再発足されるというのだ。
 驚いたが、持て余していた暇を解消できると思い、私はすぐに了承した。

 少し遅れて、加持からも同じ内容の電話があった。


 しかし‥‥今更、一体何をしろと言うのだろうか、この私に?
 補完計画がフイになり、兵器としての、或いは補完のヨリシロとしてのエヴァも
 全て消滅した今、ネルフという組織には何の存在意義も有りはしないように
 思えてならないのだが。第一、今は国連と内務省の管理下に有るはず――。

 それでも、何もしないよりはマシだろう。明日、ちゃんと出頭しよう。
 アスカ達は学校や外でも特に問題となるべき出来事は無かった事だし、
 私が家を空けたとしても、それほど問題とはならないだろう。


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5/1 (水)

 内務省に出頭した私を待っていたのは、JA事件で顔を合わせたことのある
 時田シロウだった。驚くことに、彼が新生ネルフの司令職についていたのだ。
 内務省が母体とはいえ、かつての司令とのギャップに戸惑う。

 開口一番、「無能な官僚がどうしてネルフの司令なんだと
 思っているんじゃないかな?」と時田。

 ギクリとした私をおもしろがるように、「いや、それでいいんだ」と彼は笑った。

 或いは人間的には深い男なのかもしれない。
 無論、だからと言って有能かどうかは別問題だ。この男の顔からは、
 碇司令のような鋭さは何一つ感じられない。
 こんな人物にネルフは任されるような組織に成り下がったのか。



 その数分後、単刀直入に部署と仕事を言い渡された。

 私を待っていた肩書きは、ネルフ情報部諜報四課、課長。
 その仕事の内容は‥‥チルドレン及びチルドレン適格者の監視と保護。
 仕事に慣れ次第、情報部の部長か部長補佐に昇格する、そうだ。

 「君の家のチルドレンを拉致し、エヴァの再建を企む“不穏団体”から
  守ることが君の仕事だ。加持君の御推薦で、君に全てを任せることにした。」
 私を部署に直接案内しながら、時田はそう言った。

 ありがとうございます、と素直に私は答えた。

 時田はさらに続ける。
 「真実を塗り替えたとはいえ、彼らと、彼らが搭乗したエヴァの秘密を
  知る人間はまだまだ存在する。まして、ゼーレが知らぬわけがあるまい。」
 「そのうえ、初号機・弐号機のデータは、ドイツ第三支部の件で全世界に
  拡散している可能性が高く、神経系のインターフェースを欲する
  テロ国家が彼らを狙うという事態も考えられる。
  先日調印された国際規約など、彼らの前には有って無きが如しという事は、
  旧ネルフにいたあなたが一番よく知っている筈だ。」

 はい、と答えた私に、時田は最後にこう言った。


 「全ての裏死海文書もエヴァも、全て失われなければならない。新生ネルフは、
  そのために再結成された組織だ。力を貸してくれ」



 エヴァの技術を闇に葬ること、そのための新しいネルフ。
 そして、ネルフがチルドレンを守るのは、機密を守るため。

 状況によっては、時田司令は彼らを殺せと私に命令するのだろうか。
 少なくとも、碇司令なら、必要とあらば躊躇わずにそう言うだろう。

 その時‥‥
 今の私はどうするのだろう?


 あの二人を直接守る事のできるという意味では、私にとって意欲の出そうな
 職場かもしれないが、今際の際に、恐ろしいことになりはしないか。

 時田の横顔を見ながら、そんな事を私は考えた。


 最後に、施設内の見学と、他部署の紹介。

 懐かしい顔ぶれが皆そろっていて、安堵した。
 加持は渉外部のサブチーフの席に納まっていた。
 表と裏の世界で顔が利くから、とても頼りがいのある人物だそうだ。
 青葉君、日向君、伊吹さんの姿も、情報部で見かけた。
 皆、私を笑顔で迎えてくれた。うれしい。

 後は、リツコだけ。彼女と、再会できるのはいつなのだろう。
 そもそもリツコは、こっちの世界に戻ってくるのだろうか。


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5/2 (木)

 最初の仕事日。
 久しぶりの仕事のせいか、家に帰った時にはぐったりと疲れていた。

 仕事の内容自体は、非常に単純なものだ。
 シンジ君とアスカ、それから旧チルドレン適格者を、盗聴器や監視員を
 使ってモニターし、有事には彼らを保護する事。
 私はその主任として部下達に指示を与え、モニタリングの結果を
 司令に報告する。

 仕事の最中、部下に嫌なものを聞かされた。シンジ君達の部屋にいつの間にか
 仕掛けられた盗聴器のテープが録音した、二人の会話だ。

 会話の中、私にいつか復讐してやりたいとアスカは言っていた。
 繰り返される、私への恨みや憎しみの言葉。

 家に帰って、涼しい顔をしているアスカを見たとき、
 強い私は怒りと悲しみを覚えた。


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                                 おしまい








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