生きててよかった 第2部 「pitiable passion」
Episode-06 【永遠への願い】








 「ふぅ〜!間に合った!」

 プラットホームに停まっていた特急列車に飛び乗ったのは、
 発車のわずか2分前!危なかったわ〜〜!

 こんなにぎりぎりになっちゃったのも、みんなあのジジイのせいね。
 楽しくもなんにもない法学の授業を、こんな日に限って時間いっぱい
 延々とやるんだから、もうっ!

 まあ、何とか間に合ったからよかったけど、まったく
 たまったもんじゃないわよ!


 『特急白山16号 糸魚川・富山経由福井行きです。まもなく発車です。』

 車内放送を耳にしながら、切符に書いてある自分の指定席を探す。
 電車が動き始めた直後にそれを見つけ、私は窓際の席に腰掛けた。


 「ふぅ‥」

 バスターミナルから走りっぱなしだったせいで、座ると体が熱い熱い。
 ハンカチで汗を拭きながら、ゆっくりと流れ始めた風景に目を向ける。

 窓の外には、山地独特の山吹色の夕日をバックにしてた真っ黒なアルプス、
 それから、第二新東京市の真新しいビル街が見える。
 知らない土地に旅立つ事を予感させる景色と、リニア独特の気持ちいい加速感‥
 なんだか嬉しくなってきて仕方がない。


 あと二時間もしないうちに、私はあいつの所に‥‥。


 「そうよ、もうすぐよ」

 心の中だけに留めるつもりが、独り言になってしまった事にハッと気づき、
 私は恥ずかしさを抑えながら急いで辺りを見回した。

 幸い、私のほうを向いている人は誰もいない。

 小さく胸をなで下ろし、この二時間近くをどうやって過ごしたらいいかを考える。


 “そうだ!”

 思考開始直後、すぐにいいアイデアが見つかった。


 それは‥‥ズバリ、寝ること!!

 よく考えたら、今夜すぐに寝るなんて、絶対考えられないもんね。
 今のうちに寝ておけば、一晩じゅうキャイキャイ騒ごうが、またシンジが
 スケベな事を言いだそうが大丈夫!


 さあ、そうと決まればさっさと寝ちゃおう。
 いまのうちに、睡眠時間を確保しておくのよ!

 善は急げ。
 シートを大きく倒して、私は早速目を瞑った。



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 そわそわしてたせいか、結局一睡も出来ないまま、新金沢駅に到着。

 夜のラッシュの混雑の中、どうにか正面口の改札をくぐった私は、
 大きなスポーツバッグを片手に辺りをきょろきょろと見渡す。

 約束通りなら、もう迎えに来てる筈だけど‥‥。



 「お待ちどうさま。アスカ」



 「えっ?」

 声に気づいて、人混みに目を凝らすと。
 突然、人混みの中から、懐かしい顔が飛び出してきた。

 見間違うはずのない声、見間違うはずのない笑顔!


 「シンジ!久しぶり!」


 二週間ぶりに会うシンジは、何も変わっていなかった。
 高校時代によく着てたチェックのシャツに、青のジーンズという、
 良くも悪くもシンジらしい服装にも、なんだかホッとする。

 人前での再会に照れているのかな、なんだか落ち着きがないところも前と一緒。



 「あんた、何にも変わってないわね。」

 「アスカだって。ああ、ホントにアスカなんだね。」



 駅のバスターミナルに向かうまでの間、繰り返し彼が私の顔を覗いてくれた。

 私は、そんなシンジに手を繋ぐ事を求め、
 そしてその願いは、すぐに叶えられた。


  *          *         *



 バスが金沢大学前の停留所に着いてからは、私達は夜道を歩く事になった。

 二人とも晩御飯がまだだったから、近くのコンビニでお買い物をして、
 白いビニール袋をぶら下げての帰宅。


 学校から2キロもないんだというシンジの言葉通り、数分もかからないうちに
 私達は目的地に到着する事ができた。


 「ここがシンジの家?」


 街路灯に照らされた小さなアパートの前で、シンジが立ち止まる。


 「うん。見ての通りのワンルーム。
  築三年だから、まだまだ綺麗だよ。はい、鍵開けたから。」


 ガチャ・・



 「たっだいま〜!」

 「ただいまって、何か変だよ。」

 「い〜のよ、私の家は私の家、シンジの家も私の家!
  じゃあ、中、見せてもらうね。」


 さっそく室内に入って、そこらじゅうを見て回る。

 六畳半だと聞いていた割には広く感じられる正方形の部屋と、
 セパレートのバス・トイレ、それから機能的なつくりのキッチン。
 そのどれもが、シンジの家らしく綺麗に整頓されていた。

 初めて見るはずだけど、違和感は全然ない。
 壁際のチェロとか本棚とか、そういうのは一緒に暮らしていた頃と
 何も変わらないし‥‥壁際のコルクに貼られた写真や絵葉書、
 フローリングを覆うカーペット、その辺に転がっている小物類だって
 どれも私の知っているものばかりね。

 勉強机の上の写真立てには、私のアパートとおんなじ
 ツーショットの写真が入っていたのが、また嬉しい。

 なんだか、ホントに自分の別荘にやって来た気持ちにさえなってくる。



 “ここ、本当にシンジの家なんだね。”


 「ねえ、シンジっ!」
 「わあっ!いきなりっ!」

 衝動を無理に抑えようとはしないで、重い荷物とコンビニのビニール袋を
 ドサリと床に置き、シンジに抱きつく。

 久しぶりの人肌の暖かさ、気持ちいい!

 「いいじゃない、もう、二人きりなんだからさぁ‥」

 「‥‥アスカったらぁ‥‥」

 立って抱きついたまま、シンジの頭に手を回す。
 中学時代からなんにも変わりのないフワフワの髪を撫でながら、
 私は耳元に囁いた。


 「後で、また遊ぼうね。」



 「‥‥うん。」

 やけに短く、小さな声で彼は頷いた。

 照れてるのか、嬉しくてしかたないのか‥‥うーん、両方かもしれないわね。


 なんだか気分だけがどんどん時間を追い越しちゃって、困っちゃう。

 御飯食べて、お風呂に入って。
 こーゆう事は、その後よ。

 だけど、未練がましく、私はシンジの耳に“フーッ”と息を吹きかけた。

 「こらっ!くすぐったいよアスカ!」



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 同じ頃、第二新東京市、葛城邸‥‥。


 キッチンのテーブルを挟んで向かい合ったまま、加持とミサトが
 神妙な顔つきで対峙している。

 二人の視線の行きつく先は、テーブル上の一枚の紙切れ。
 それを見つめながら、男と女は延々と話を続けているのである。


 「書いちまうと、意外とあっさりしてるもんだな。」

 「そうね、その程度のものなのかもしれないわね。」


 「嬉しくないのか?」

 「ううん、嬉しいわよ。」

 答えながら、ミサトが薄い笑みを浮かべる。
 加持も、それに合わせるようにどこか不器用な笑みを浮かべた。

 「嬉しいのか悲しいのかわからないな、俺は。
  なんせ、もう浮気出来なくなるからなぁ。」

 「ええ、シンジ君達も見てるわよ、誤解を受けるような言動は
  厳に慎んでね。」

 「ああ、わかっている。結婚とは、人生最大の牢獄。
  俺達は、ますます大人らしく振る舞わないといけない‥。」

 端から見て嬉しいのかそうでないのか判らない顔つきの二人だが、
 それでも、この一生に一度の状況を心から楽しんでいるようだ。

 一枚の紙切れ、婚姻届は、昨日役所から取ってきたものだ。
 二つの名前がサインされたそれを前に、男と女の話題は尽きない。


 「大人‥‥‥ね。そうだ、加持、いつになったら子供つくるの?」

 「じゃあ、今から。」

 ボコッ


 「バカいうんじゃないわよ。」

 「痛てっ!じょ、冗談だ、本気にするなよ!」

 「あんた、私は本気で訊いてたのよ、失礼しちゃうわ!」

 「いや、ホントの所は、どうしたもんだろうなぁ‥‥」

 「今は、仕事とあの二人の面倒で手一杯だもんね‥‥」

 「ミサトのほうの仕事は、他の人に任せたらどうだい?それでもいいだろ?」


 「本当は、そうやってしまいたいけど、そうもいかないわ。
  ここで逃げたら私、後悔しそうだから。
  この状況下であの二人を放っておいて、自分の子供なんて作ってられない。」


 「‥‥やっぱり、答えは出たみたいだな」

 「あんた、わかってたっていうの?ほんと、いじわるね。」


 「そう怒るな。まあ、その日が来るまで、俺はいくらでも待つさ。
  だから今は、今しか出来ない事にお互い専念しよう。
  子作りは、後からでもいいじゃないか。」



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 「アスカ、朝だよ、そろそろ起きてよ。」

 「ん‥‥‥」


 久しぶりにシンジの声で、眠りから醒めた。

 やかましい目覚まし時計じゃありえない、穏やかな目覚め。

 低血圧で朝は苦手の私だけど、だから気分はそれほど悪くなかった。


 「おはよ‥相変わらずシンジは早起きね‥ふぁああ‥‥‥」

 カーテンの隙間からは、眩しい朝の光が漏れている。

 パジャマの裾で顔をごしごし擦って、まだぼんやりした目を凝らすと、
 もう普段着に着替え終わったシンジが、何かを手にして近づいてくるのが見えた。

 あれは‥‥ああ、ティーカップね。


 「おはよう。はい、お茶。」

 「あ、ありがとう。」

 白いシーツから上半身だけを起こし、持ってきてくれたティーカップを受け取った。

 顔を近づけると、ミルクティの匂いと白い湯気がフンワリと私を包む。

 眠気を追い払ってくれる熱いお茶を、猫舌の私はふーふーやりながら飲んだ。


 「こういうの、なんか嬉しいなぁ。」

 「アスカ、朝は苦手だし、折角の休みだからね。」

 「私がお嫁さんになったら、休みの日にはいつもしてくれる?」

 「な、ななに言ってんだよ!」

 「だって嬉しいも〜ん!」


 照れるシンジのおでこをピン、と突っついて、
 飲み終わったティカップをシンジに返す。


 「ごちそうさま。明日もね。」

 「うん。こっちにいる間は、ずっと作ってあげるから。」

 「えっ!?ホント?嬉しい!」

 「約束するよ、僕。」

 毎朝起きるたびにシンジのモーニングティ‥‥ああ、夢みたいね。


 だけど、いつまでもパジャマ姿で夢に浸っている場合じゃない。

 よいしょ、と体を起こし、私は顔を洗うために洗面所に向かった。


   *        *        *


 “よしっ!髪型もオッケー、化粧も大丈夫。”

 持ってきた鏡で入念にチェックして、ようやくゴーサイン。


 シンジは素顔が好きだから、日焼け止め以外には、ファンデーションと
 薄めのリップグロスしか使わない。よし、大丈夫!

 ハンドバッグだけを手にして、シンジの待つ玄関に向かった。


 「お待ちどうさま、さあ、行きましょ!」

 「良かった、お化粧してないや。」

 嬉しそうに微笑む彼。

 ほぉら、やっぱり全然気づいてない。
 乳液とか化粧水のたぐいしか使ってないと思いこんでるみたいね、今日も。


 「ねえ、どこ連れてってくれるの?」

 「うーん‥‥どこがいいかな‥‥まだ僕も、この街に来て時間が経ってないから‥」

 「まあ、私はどこだっていいわよ、ほら、こうして一緒にいられるなら。」

 ぎゅっと彼の左手を握って、わざと私は視線を逸らす。


 「アスカって、手繋ぐの、どうしてそんなに好きなの?
  今日、絶対熱くなるから僕は‥‥」

 「じゃあ、イヤって言うの?」

 「う‥‥その‥‥」

 「そんなにモジモジしてるんなら‥‥」

 「わっやめてよ!」



 「こうしてやるっ!」

 恥ずかしがるシンジに私は背中から飛びついて、
 おんぶされる格好でしがみついた。


 「アスカ、お、重い‥‥」

 「これに比べたら、手繋ぐなんて平気でしょ!?」

 「アスカ、バカ!人が見てる!」

 「誰が?誰もいないわよ」


 背中越しにシンジの苦しそうな声が聞こえてくるけど、
 それくらいじゃやめてあげない。

 子供連れの夫婦に、大学生、遠くのほうで農作業しているおじいさん‥
 実際は、通りがかりの人達がこっちを見てるけど、まあ、いいや。
 知らない人なんて、関係ないもんね。

 フフッ!
 やっぱり広い背中って、いいなぁ‥‥。


 「ほらシンジ、どうすんの?手繋ぐ?
  それとも、ずっと私をおんぶして歩く?」

 「わ、わかった、繋ぐ、手繋ぐから、ねえ、やめてよねえっ!」

 「ホント?」

 「ホント、ほ、ほんとだから‥‥。」

 「そう!ありがとっ!嬉しい!」


 シンジの背中から降りて、シンジの左手をぎゅうっと握る。
 それから、ゼイゼイ言うシンジの耳元に、「ご・め・ん・ねっ!」


 「アスカ‥‥はあ‥はあ‥‥いつのまに悪女に‥‥」

 「そう?この私が悪女?
  この一途で純真な乙女が?」

 「この、シンジ君が一番大好きなアスカちゃんが?」

 自分にできる中で一番かわいいと思ってる表情を作って、
 思いっきりシンジの顔を覗きこんだ。

 まだ息の荒い運動不足のシンジを、じいっと見つめてにっこり笑ったその時‥




 チュッ




 「なっ何すんのよ!バカ!ひ、人前でしょ!」

 突然シンジの反撃!

 しっ、信じらんない!

 白昼堂々、音がするようなキスをしてきた!


 「だって、誰も、見てないんでしょ?」

 うそぶくシンジの言葉に辺りを見渡すと‥げっ‥‥さっきの人達、まだ見てる!
 それどころか、5人、6人‥‥増えてるじゃない!


 「え、ええ。
  だ、誰も見てないわよ、私達の事なんて‥‥。さささ、い、いきましょ。」

 「うん。行こう、アスカ。」

 照れた私を見れた事に満足したのか、シンジはさっきとは比較に
 ならないくらい元気そうな顔で私の手を握り返してきた。

 私は‥‥たぶん、赤くなってると思う、ううん、間違いなく真っ赤ね。



 「シンジ‥‥や、やってくれたわね‥‥覚えてなさいよ」


 ちょっと悔しいけど、いいや。

 でも、こんな事で身が保つのかなぁ。
 第二新東京に帰るまで、まだ一週間もあるんだから、少しはセーブしないと‥。



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 初日はまだまだ長いと思っていた一週間は、そんな私の思いとは裏腹に、
 あっと言う間に過ぎていった。

 楽しかった何よりもの証拠ね。

 一応、金沢の名所巡りもやったけど、ただ、街をシンジと歩いたり、御飯の材料を
 スーパーで選んでいる時が、いちばん時間が経つのが早かったような気がする。



 シンジが作ってくれた最後の晩御飯は、私の好きなドイツ風の料理だった。
 豚肉やジャガイモを中心の食材に、パプリカ、ガーリック、ブラックペッパー‥。
 私が小さい頃から食べ慣れた味付けに、シンジの愛情を感じた。


 その後、生まれて始めて男の人とお風呂に入った。

 以前からシンジには一緒にお風呂に入りたいって言われてた。

 恥ずかしいからずっと断ってきたけど、『今夜でまたお別れだから』という
 一言に負けちゃった。

 昔からの約束通り、シンジは私の背中をこすってくれた。
 私もシンジの背中をこすってあげた。

 『また入ろうよ』        『ダメっ!』

 『なんで?』   『だって私の体ばっかり見るんだもん!』


 だけど、もう一緒には入らないつもりよ。
 あ〜んな明るい所で裸どうし、しかも、シンジの目つき!

 綺麗なものを見たくなるのは、当然じゃないかっていう言い訳にも、
 私は耳を傾けなかった。



 その後、二人で一緒にワインを飲んで、私達はベッドに潜り込んだ。



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 「シンジ、どうしてそんな事ばっかりしようとするの?
  キスだけじゃダメなの?」

 「う、うん‥‥‥いけない?」

 「う、ううん。だけど、私、こうやってだっこして貰ってるだけの方が
  ずっと好きよ。」


 「じゃあ、ダメ?」

 「やだっ!いきなり胸さわんないでよ!離して!」

 「‥‥うう。」


 「ごめんね‥‥だけど、このままじゃダメなの?」

 「‥‥アスカ、僕と溶け合ったから、知ってると思うけど‥‥」

 「‥‥。」


 「明日でお別れだから‥それに、これって、僕、愛の確認だと思うんだけど‥」

 「でも‥‥‥」



 「アスカだって、僕と一緒になるの、嫌いじゃないだろ?」


 “本当は‥本当は‥”


 『私、あんたの言うこと何でも聞くから。だから、シンジ、私を捨てないでね。』

           『何でも?そんな大げさな‥』

   『本気よ、私。あんたが私の体が欲しいっていうなら、いつでもいいから。
    他にも気に入らない事があったら、何でも言って。私、シンジにもっと
    好かれるかわいい女になる。』

              『アスカ‥‥』

         『だから、絶対に恋人をやめないで。』



 “だけど、もう、後戻りはできない。”

 “私は、この男性を信じる事にしたんだから。”

 “私は、この男性無しじゃ、もう、生きていけないんだから。”



 「う、うん。そんなにイヤじゃない。でも‥‥優しくしてね。」



   *         *        *



 結局、私達は抱き合う事になった。

 怯える私に、シンジは今日も優しかった。



 雑誌とかに、気持ちがいいような事が書いてあるけど、
 私には、まだ、よくわからない。

 今夜も例外ではなく、気持ち良いといえば気持ち良いし、気持ち悪いといえば
 気持ち悪い、そんな感じだった。


 勿論、シンジは幸せそうだし、私だって、好きな人と
 誰よりも間近にいられる・一緒にいられるっていうのはとっても嬉しい。

 だけど、今でも何かが怖いの。
 中学時代ほどじゃないけど、全てを委ねる事には、抵抗を感じる。

 恥ずかしいから?
 それもあるけど、それだけじゃないと思う。


 シンジは、きっとどこの彼氏よりも優しくしてくれてると思う、そう信じている。

 けど、それでもお酒を飲まないと怖くていられない。

 だから、毎夜の“愛の確認”は、ワインの匂いの中で。
 電気をつけずにカーテンを閉めて、暗闇の中で。


 ああ、早く、終わって欲しい。

 私は、こんな事は、本当はしたくない。

 こんな恥ずかしい声、出したくない。


 側にいる歓びだけでは満足できない、男という生き物が、
 私にはよく解らない。それが、辛い。



    *        *        *



 「これで寝ちゃったら、お別れだね。」

 「‥‥うん。」


 再びパジャマを着た後は、穏やかな気持ちでいっぱいね。
 シンジも、いつも以上にトロンとした声をしている。

 男に抱かれるのはイヤだけど、この心地よい一時は、私も好きかな。

 手を繋いだまま、私達は暗い天井を見上げる‥‥。


 「また、会えるよ。会いたくなったら、土日に行き来すればいいんだし。」

 「でも、リニアに乗ればお金がかかっちゃうのよね‥バイトでも始めようかな。」

 「うん。加持さん達からの仕送りだけじゃ、しょっちゅうは無理だよね。
  僕も、やろっかな。」


 話題は、自分達のこれからについてのものばかり。

 無理ないか‥。

 楽しい一週間だったから、それだけに日常に戻った後を思うと憂鬱。
 また会いたい、また一緒にいたい、その事に思いが飛ぶのは、シンジも
 私と同じみたいね。

 五月病にならないように注意しなきゃ。


 「いつか、また一緒に暮らしたいなぁ‥‥」

 「でも、僕らは、もう子供同士じゃ‥‥」



 「じゃ、私をお嫁にしてよ。そうすればノープロブレム、問題なしよ。」

 「そっか、そうだね、それがいい。」

 「ホ、ホント?」

 「うん、ホント。僕、アスカだけ好きだもん。」

 勢いで言った言葉を、シンジは否定しなかった。
 半分冗談めかしていたけど、でも、半分は私の本心、私の願い。

 本当の自分の、願い。

 嬉しくなった私は、さらに言葉を続ける決意をする。


 「そうなったらいいな‥‥私ね、それが夢だもん。」

 「アスカの夢?」

 「うん。あんたに一生大切にされるの。私も、シンジだけを大切にするの。
  それだけって言えば、それだけよ。」

 「‥‥‥。」

 「エヴァの操縦とか、大学を出てキャリアウーマンになるとか、そんな
  一人でできる事じゃなくて、シンジが私を好きじゃないと、叶わない夢なの。」

 「‥‥‥。」

 「シンジ‥‥あんたが私を、好きでいてくれなきゃ、絶対ダメなの。」

 「僕は、大丈夫。ずっと好きだよ。」

 「だから、私を捨てないで、ずっと見ていて。」

 「うん。でも、僕でいいの?」

 「その“僕”じゃなきゃイヤなの。」

 「ありがとう。僕も、アスカじゃなきゃ、イヤだよ。」

 「嬉しい。私、シンジの為ならどんな事だってやるから。」


 信頼と愛情を込めて、繋いだ手に力を込めた。
 シンジもそれに合わせるように、握った手を堅くする。

 本当に、この人で良かった。生きてて、本当に良かった。

 この気持ち、シンジと付き合い始めて何度目になるのかわからない。


 だって、シンジが、私の一番の夢を叶えてくれるっていうのよ。
 私を、ずっと見てくれるって。

 信じられない!ううん、信じたい。
 この人が言うんだから、信じてみたい。

 なんて幸せな、私。

 睡魔に身を任せるまで、今日はいっぱいお喋りしよう。
 この嬉しい気持ち、私の気持ち、シンジにも届けないと‥‥。


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 そして翌日、別れの時が来た。

 金沢駅の改札口まで、シンジは見送りに来てくれた。

 列車の発車まで20分くらいあったから、誰も見ていないと自分に言い聞かせ、
 人混みの中で少しだけベタベタした。


 「また、来るんだよ、必ず。」

 「あんたもよ、私も、向こうで待ってるから。」



 第二新東京駅でシンジを見送った時とは違って、泣きそうにはならなかった。

 昨夜の出来事のせい?
 それとも、また必ず会えるって、今は実感してるから?

 私には、そのどちらでもないという事だけが、はっきりしていた。


 「次に会えるのはいつになるかな?」

 「もうすぐよ。心配しないで。まとまった休みが取れたら、すぐ行くから。」


 “待ってなさい、シンジ。びっくりさせてあげるから。”


 「うん、僕も、そうするつもりだよ。じゃ、いってらっしゃい。」

 「いってきます。」

 私はシンジの頭をひとなでして、改札に向かって歩き始めた。


 そろそろリニアの発車時刻、時間がない。

 急ぎつつも、何度も後ろを振り返った。

 シンジの姿が、だんだん小さくなっていく。

 いつまでも私のほうを見ている寂しそうな顔に、
 やっぱり心が疼くのを感じた。





                          →to be continued








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