生きててよかった 第3部 「信仰」
Episode-10 【長い雨があがり、そして、私達の夏がやってきた】








 LCLの世界から舞い戻った翌々日。

 ブラジルの病院で検査を受け、異常なしって言われた私達は、
 加持さんと戦自の軍医の付き添いのもと、戦自の人達より一足早く
 日本に帰る事になった。

 そうそう、病院でちゃんと流産の事も調べて貰ったけど、大丈夫だった。
 いつでも子供を産める状態ですよって言われて、真っ赤になっちゃった。

 ブラジリア発のSSTOで第二新東京市まで約三時間の旅を終え、
 約10日ぶりに日本の土を踏んだわけなんだけど‥‥予期していなかった事態が
 待っていて面くらっちゃったわ、もうっ。




 『惣流さん!ちょっとこっち向いて貰えます?』

 『現在の御心境を!一言で構いませんから、お願いします!!』

 『碇さんと惣流さんは、数年来の交際が続いていると
  お聞きしましたが、事実なのでしょうか!?』


 LCLから戻ったばかりで頭がモヤモヤしているうえ、時差ボケに
 苦しめられている私とシンジにとって、記者団のスポットや質問責めは
 悪夢そのもの。 うっとおしいったらありゃしない!


 ネルフの職員に彼らを追い払って貰い、貨物用のターミナルから
 そっと空港を離れた時には、ホントにセイセイとしたわ。


 なんで私達がマスコミに追われるかって?

 加持さん達の話だと、ゼーレが私やシンジを襲撃した際に
 混乱のために色々と情報が漏れちゃって――以前から私達の正体を
 疑っていた人達がそれに飛びついたってわけ。


 これから私もシンジもどうなるんだろう。
 うかうか街も歩けなくなっちゃうのかな?

 ‥‥だとしたら、やだな。



 そんな私達の不安を余所に、空港を出た車は第二新東京市のはずれへと向かった。

 私のアパートや大学の立っている山間部に向かうにつれて、
 窓越しに聞こえてくるセミの鳴き声が大きくなっていく。

 加持さんが言うには、私達が日本を離れていた間に第二新東京も
 梅雨が明けたんだって。

 季節の移り変わりは、ホントに早いわね。


 雨の季節が終わって、いよいよ夏か‥‥。

 みんなと遊びに行きたいなぁ。



 「さあ、着いたぞ。二人とも、降りて。」

 「「うん」」


 加持さんの運転する車は、私のアパートの前で止まった。

 襲撃であれこれ無くした私とシンジは、二人とも殆ど手ぶらだ。
 シンジが言うには、アルバムやチェロなんかもみんな無くしてしまったらしい。


 でも、構わない。

 ゼーレがいなくなったんだから、チルドレンとしての運命に
 翻弄される事も、今度こそなくなる。

 また、私達の日常が始まるのよ。
 今度は、二度と破られる事のない日常が‥‥。









 7月のゼーレの襲撃でシンジのアパートが壊れちゃったから、
 新しい下宿が見つかるまではシンジも一緒に第二新東京で暮らす事に。


 暮らす‥‥って言っても、ろくなもんじゃないけどね。

 家の外にはマスコミがいつも張り込んでいて、コンビニに
 行くのもままならない。


 海や山に遊びにいくなんてもってのほか!
 どこ行くにしても、あいつら大勢ついて来るんだから!

 セミの泣き声を恨めしく思いながら、私とシンジは
 狭い家の中で時間をつぶすしかなかった。


 でも、毎日欠かさず来てくれるヒカリと鈴原、それから加持さんが私達の味方。
 あと、ケンスケも金沢から何度か来てくれたっけ。

 うんざりと退屈に包まれて毎日を過ごす私達にとって、
 こんなに嬉しい事ってなかったわ。




 ヒカリには、本当にお世話になったわね。

 買い物に外出する事も出来ない私にかわって、御飯の材料とか日用品雑貨なんかを
 買ってきてくれるのはいつも彼女。

 ヒカリは私が少しでも暗い顔をしていると、すぐに心配するのよ。
 私、そんなに子供じゃないからって言ってもダメね。みんな彼女はお見通し。

 私達を責めるような論調の新聞を読んでしまった後とかは、
 そういう気持ちが全部見抜かれちゃって、いつも元気づけられる私。
 何にも昔と変わってないのね‥‥私って弱すぎるわ。

 もちろん、鬱陶しいって思う時もないわけじゃないけど‥‥こうやって私の事を
 ちゃんと理解してくれる友達って、大切にしなきゃね。



 あと、彼女ったら、これがいい機会だからって‥‥‥。

 「アスカっ!!
  あなた、またシンジ君にお料理させちゃって!!
  ほら、弾避けゲームなんてやってないで、お料理お料理!!」

 「ちょ、ちょっと待って‥‥今、調子いいんだから。」

 「ダメっ!はい、電源切るから!3、2、1、それっ!!」

 ブツッ

 「な、な、な、なにすんのよ〜〜!!」

 「ゴチャゴチャ言ってないで、ほら台所行って行って!
  今日はテンプラの上手な揚げ方、教えてあげるから!」

 とかく気が緩むとシンジに頼りがちな私を叱咤しては家事を教え込むヒカリ。
 どうやら、シンジから私の家事のまずさを聞き知ったらしい。

 でも、このヒカリのお節介のおかげで、この夏休みが終わった時には
 私も何とか人並み程度にはお料理ができるようになったんだから、感謝感謝。






 次に、鈴原トウジ。ヒカリといつもセットでやってくる。

 彼とは高校が違った事もあって、そんなに仲がいいって感じはしなかったし、
 ヒカリの彼氏だって事以上には意識もしてなかったんだけど‥‥‥



 「ねえっアスカ!これ見て!」
 「な、何よ〜、晩御飯作ってて忙しいっていうのに〜」


 いつもと変わらぬ何気ない夕食時の事だった。
 六時の民放のニュース番組を見ていたシンジが台所の私を引っ張っていく。

 不平たらたらの私だったけど、テレビ画面を見てびっくり!



 「す、鈴原じゃない‥‥。」



 14インチの長方形の中、沢山のフラッシュを浴びる鈴原の姿があった。

 紺の背広に茶色のネクタイ姿の彼。

 淡々とした口調でエヴァ参号機の事や、未だ還らぬ妹の事を語り続けている。




 『‥‥では鈴原さん、惣流さんと碇さんについてお考えの事や御存知の事が
  ありましたら、コメントを。』


 「アスカ、僕達の事になったみたいだよ」
 「シッ!黙って!」


 私はエプロンに菜箸という格好のまま、テレビの画面にくぎ付け。



 『では、歯に衣着せない、正直な事を言わせてもらいます。』


 『今現在、マスコミの皆さんは二人の事をゴチャゴチャ
  おっしゃっているようですが、僕個人としては、やめていただきたいです。

  つい先ほどまで、皆さんには僕個人が旧ネルフから受けたいろんな事々を
  申し上げて参りましたが、あの二人が中学時代から背負わされてきたもん
  いうのは、そんな程度のものと違います。

  中学時代、エヴァを巡って苦しみ続ける二人を僕は見続けて来ました。
  なんも悪い事はしとらんのです、ただ、大人に言われるままに戦うしか、
  彼らチルドレンには術がなかったんです。いつしか、彼らはズタボロに
  なっていきました。僕達クラスメートは、そんな彼らに
  何もしてやれませんでした。』


 側にあった水を飲んで、鈴原はさらに続ける。
 慣れない標準語が少し辛そうだった。



 『ネルフとエヴァの時代が終わり、そして今回のゼーレ騒動が終わって‥‥
  やっとあの二人も人並みの生活を――人並みの幸せを探せるようになったんです。
  ネルフの時田司令のさきの発言にもありましたが、やっと歩み始めた彼らを、
  どうかそっとしておいて下さるよう、切にお願いします。

  僕なんかで構わないのでしたら、知っている事は極力皆さんにお教えします。
  ですから、どうか彼らを、せめて今だけでも、そっとしておいてやって下さい。
  重ねてお願いします‥‥』


 そして鈴原は、沢山のマイクの置かれた机に手をつき、頭を下げる。

 一段と激しくシャッターが瞬いた。

 彼の頭はいつまでも元の位置に戻って来なかった。





‥‥私は、鈴原に対する自分の見方が間違っていた事を知った。

 私は、彼のとぼけた一面しか知らなかったという事を。


 ただの熱血バカというイメージも、ただのヒカリの彼氏というイメージも
 間違いだって、遅まきながら気づいたのよ。


 シンジとは違った強さ、優しさを持った人だって事に、ようやく気づいた。

 ヒカリだけじゃなくて、私やシンジの事も思ってくれているのね。



 なるほどね‥‥だから、ヒカリが好きになったのね。

 私の好みってわけじゃないけど、今はわかるような気がする。

 彼は確かに、いい男だと思うわ。


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 そうそう、ケンスケの事も忘れちゃいけないわね。

 私が家に閉じ込もっている間、
 金沢から三回も来てくれたんだけど、やっぱり最初の一回目が凄かったわ。

 一時間後に遊びに行くという電話がかかってきた時、最初シンジは複雑な表情を
 してたけど‥‥そんなもの、一瞬で吹き飛んだわ。



 ピンポーン



 「ケ、ケンスケ‥‥こ、この女の人は、誰?」


 少し遅れて向かった玄関先、先に出迎えたシンジが石地蔵と化していた。
. .
 私もそれを見たとき、暫くは目をパチパチさせる事しかできなかったわ。

 だって、ケンスケ一人じゃなかったもん‥‥。



 「はじめまして!
  ケンスケが第二新東京行くってきかないからついて来ちゃった!
  へぇ〜、これがケンスケの初恋の相手?
  なるほど、確かにビジンだけど、あたしにはかなわないかな〜!」


 そのショートカットの女はジーンズに真っ白なTシャツというラフな格好。
 綺麗な顔したその女は、自信たっぷりの表情で私を指さしていた。



 “な、何なのよこいつ〜〜!!”

 初対面の相手にこんな風にあしらわれるのって、もちろん初めてね。
 速攻でカチンと来た。


 「あんたね〜〜!!
  初対面の相手に指をさして『これ』扱い!
  その上、『ビジンだけどあたしにはかなわない』?
  あんたバカ?身のほど考えてものを言いなさいよ!!
  だいたい、あんた何者なのよ!!」


 「フン!
  この相田君の魅力に気づかなかったバカ女に名乗る名前なんて無いわ!」

 「なんですってぇええ!!!!!!」



 その後、止めにまわるシンジとケンスケを余所に、私とその女――後になって、
 それがケンスケの彼女で、流城ナオミという名前だと知った――は、
 取っ組み合いの喧嘩をやらかす事になる。


 髪を引っ張りあい、互いの恋人を罵りあう醜い争いを続ける事、小一時間‥‥。

 気づいた時には彼女と私は親友になっていた。

 不思議なんだけど、喧嘩しているうちに妙にウマが会う事に気づいたのよ。


 「あ、あれがケンスケの‥‥付き合っているっていう‥‥」

 「あ、ああ。いつもああなんだ。
  まあ、根は素直でいい奴だから、ほら、アスカともう仲直りしてる。」



 その日は、シンジと私、ケンスケと彼女で騒いだ。
 派手に酔っぱらってたわね、ケンスケもナオミさんも。

 後になって、彼女が一言もチルドレンとかについて口にしなかった事を思いだした。

 ニュースや新聞で顔が出ているんだから、知らない筈はないのにね。

 あんなにへべれけになっていても、私達に嫌な思いをさせないように
 気を使っていたのかもしれない。






 あと、シンジのと私の関係が少しだけ変わったっていうのも
 忘れちゃいけないわね。

 というか、私が変えさせちゃった、っていうのが正しいのかな。



 日本に帰ってきて三日目の夜、布団を並べて寝ていた彼が、
 私のほうににじり寄ってきた‥。


 「ねえ‥‥」

 「イヤっ!側に来ないで!!」

 「ご、ごめん‥‥」




 去年の私の誕生日以来はじめて、私はシンジの求めを一方的に拒んだ。


 自分の布団にすごすごと帰っていくシンジに、私は正直に言った。

 本当はずっと嫌だったという事。ずっと怖かったという事。
 何より、もう二度と妊娠したくないという事を。


 その夜は、シンジは私に口をきいてくれなかった。



 でも、次の日の朝、たぶん泣きそうな顔をしていた私を、彼は今までと同じ
 口調と表情で慰めてくれた。

 不安に震える私の肩を抱き、髪を撫でてくれた。


 私の耳元に、彼が囁く。

 「大丈夫。
  僕は、ずっと待っているから。
  いつになるのかわからなくても‥‥」

 「ありのままのアスカでいいんだよ。」


 「本当に、いいの?
  シンジ、こんな私でもいいの?」

 「いいんだよ。」


 「こんな私でも、捨てないでいてくれる?」

 「心配症なんだね、アスカは。」

 それ以上は何も言わず、私の頭をシンジはただ撫で続けていた。



 以来、約一か月。
 シンジとはキスしかしていないけど、何も私達の関係は変わらない。





‥‥そんなこんなで、室内に篭もりっぱなしの八月が過ぎて行った。


 私の周りにいるみんなが、私を庇ってくれる。見てくれているという自覚。
 いくつもの暖かい手の存在を自覚しながらの生活は、
 私にしっかりとした‘何か’を与えてくれたと思う。




 お風呂の中に体を横たえる時なんかに考えごとをすると、
 決まってみんなの顔が脳裏に浮かんくる。

 私の事を知ってくれる大切な人達の大切な顔。


 だけど、どれも今までも変わり無かったものなのよね、きっと。


 ただ、私が自分の事しか考えてなくて‥‥それに気づかなかっただけ
 なんじゃないかって思えてならないの。


 私、そういう事に本当に鈍感だったから。
 昔のシンジの事、とてもじゃないけど悪く言えない。


 そういえば‥‥ミサトに一度もまだ会ってないわね。
 早く会いたい。

 会って話がしたい。


 それと、心配かけているみんなに何か、したい。



 だけど私に、何ができる?
 こんな、いつも甘えてばかりの私に。

 何かしたいけど‥‥何から始めればいいのかな。




 そっか‥‥まず、マスコミに追い回されて
 何かとみんなに迷惑かけてるのを何とかしないと‥‥。


    *        *        *



 「もしもし、加持さん?」

 「あのね、私、もうマスコミから逃げ回るのやめたいんだけど。
  それでちょっと‥‥」

 「それで‥‥ネルフのほうでは、どう考えてるの?」

 「そっか、よかった。じゃあ、私、やるね。」

 「ううん、シンジも一緒に行くつもり‥‥もう、
  ヒカリや鈴原に迷惑かけっぱなしってわけにいかないもん。
  八月中、ず〜〜っと来て貰ってたのよ、」

 「心配しないで。
  そんな事にはならないって。」


 「‥‥うん、うん。」


 「だって‥‥‥私は、もう一人じゃないもん。」


 「そう‥‥ありがと。」

 「うん、何かあったら、お願いね。
  もちろん、自分達だけで出来るだけ何とかしようと思ってるけど。
  じゃ、もう切るね。」



 ピッ

 電話を切り、シンジのほうを振り向く。
 いつも以上に綺麗な目をしたシンジが、私のほうに微笑みを返した。
 大学の入学式の時のスーツが全然似合わないけど、特に気にはならない。
 だって、それがシンジだもんね。


 「アスカって、何着ても似合うんだね。
  入学式の時に男が寄ってきたのもわかるよ。」

 「どう?これならテレビの前に出ても変じゃない?」

 「大丈夫。全然心配ないよ。
  綺麗だよ、アスカ。」

 「もうっ!いつのまにそんなお世辞を覚えたの?」

 「ほ、ホントの事言っただけだよ〜!」


 私は私で、久しぶりに堅苦しい格好をしてる。

 履くのはもちろんハイヒールね、
 足が痛くなるからあんまり好きじゃないんだけど、今日は我慢しないと。



 「あ、アスカ!タクシー来たよ!!」

 「う、うん、すぐ行くから。」

 玄関のほうからクラクションの音が聞こえてくる。


 「ちゃんと、玄関鍵かけた?」
 「あったりまえじゃない、オッケーよ。」


 さあ、行くわよ、アスカ。
 記者会見なんて、どうせろくなものじゃないだろうけど‥

 でも、もう、これ以上ヒカリ達に頼ってばっかりはいけないもんね。



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 タクシーで市内のNHKのテレビ局に着くや、私達は第三スタジオという所に
 通され、そこでインタビューの打ち合わせをした。


 プライバシーの侵害に配慮したプログラムにして欲しいという私達の要求に対して、
 まずは納得できる提案が示される。

 もしかしたら、加持さん達が後ろで手を回してくれているのかもね。

 私もシンジも、もちろん首を縦に振った。



  *          *          *



 『放送一分前です!』

 周囲の動きが急に慌ただしくなる。

 照明が焚かれ、目の前の机のマイクにスイッチが入れられる。

 私達に質問するアナウンサーが、向かいの椅子に着席した。

 緊張気味のシンジとは対照的に、私は何故かリラックスしていた。


    *        *       *


 『では改めて、今日お越し下さったお二人を皆さんに御紹介します。

  旧ネルフにおいてサードチルドレンと呼ばれ、人造人間エヴァンゲリオン初号機の
  パイロットをやっていた碇シンジさんと、同じくセカンドチルドレンと呼ばれ、
  エヴァンゲリオン弐号機の元パイロットだった惣流 アスカさんです。
  今日は、どうぞよろしくお願いします。』


 『よろしくお願いします。』


 打ち合わせの通りの滑り出しで始まった対談形式のインタビュー。

 その後も全てが順調だった。


 約40分間の生放送の間、私とシンジは幼い日の体験に始まり
 ゼーレによるフォースインパクト未遂に至るまでの間の経緯・当時の思いなんかを、
 プライバシーに差し障らない範囲で答え続けた。



 『‥‥僕はその時、完全に無気力になっていました。
  彼女の絶命を聞いた瞬間も、初号機を前に、ずっと座っていました。』

 『‥‥いえ、上手く言えないんですけど、とにかく、これは本当の幸せじゃないと
  思ったのは間違いないです。僕が大切な人達の姿を思い浮かべたとき、
  綾波の姿が消え、自分の体がはっきりしていくのを感じました。』

 『‥‥何日経った時とかは覚えてませんが、彼女と暮らし初めた後、
  急に沢山人が戻ってきたんです。理由は‥僕にもわかりません。』


 シンジがサードインパクトの時の事を色々と話し‥‥



 『はい、ネルフは私達をいつも監視していたようです。
  盗聴器を仕掛けたり監視員をつけたりして、常にプライバシーの
  情報を得ていたと、ゼーレの人間からから聞き知りました。』

 『バス停で待っていた時、突然黒ずくめの男達に襲撃されたんです。
  逃げまどう子供や老人も容赦無く殺していく彼らに怯えるだけで、
  私は何も出来ませんでした。』

 『‥‥乱暴は一度もされませんでしたが、麻薬は毎日…
  それも何度も投与されました。
  薬をうたれて意志が弱っている所に、精神汚染が待っていました。
  思い出すのも辛い、悪夢のような日々でした。』


 『‥‥結局それは、シン‥碇君がサードインパクトの時に思った事と同じなんだと
  思います。私はただ、自分を今日まで大切にしてくれた人達に会いたかった、
  そう思ったんです。一人の人間として、不完全で不出来な一人の人間として、
  もう一度彼らに接したい。彼らと一緒に過ごしたい。そう願っただけなんです。』


 主に私は今度の事件についてコメントした。


 言わない予定だった事まで喋ってしまうほど、つい熱くなってしまった。

 他人にエヴァの事やそれに類する色々の事を話すという体験はこれが初めて。

 全部話してしまった後は、不思議とすっきりした気分だった。




 放送終了まで、あと2分という時、アナウンサーが私達二人に
 これで最後の質問をする。


 『最後に、お二人にお聞きします。
  LCLの世界から戻ってきて、良かったと思っていますか?』


 暫く間をおいて、“はい、僕はそう思っています”という声を私は聞いた。



 私も、カメラが私の顔をアップで撮るのを見計らって口を開く。


 「私も、もちろんよかったと思っています。
  そして今は、私をこの世界に留めてくれたすべての人に、感謝しています。」




     *          *          *


 放送が終わって控室に帰ると、自分の携帯電話にメールが入っていた。

 誰からだと思ったら、加持さんから。

 マナウスの病院で治療を受けていたミサトが、明日のお昼頃に
 SSTOで日本に帰ってくるって言う内容だった。




 「明日、空港まで迎えに行こう。」

 液晶の画面を見つめたまま動けない私に、シンジが声をかける。

 私は、うん、と小さく頷いた。



     *        *        *



 NHKのビルの玄関をくぐった途端、今度は民放や週刊誌のカメラマンと
 記者の大群。

 パシャパシャと眩しいフラッシュを浴びせかけ、マイクをつきつけてくる。

 遠慮を知らない顔、顔、顔‥‥とてもじゃないけど、好きになれそうにないわね。



 『碇さん!会見を終えた現在の御心境を!』

 『すいません!こっち向いて下さい!そう!!笑顔を作っていただけませんか?』

 『あの、お二人が数年前から現在まで交際中という話を聞いたんですが、
  真偽のほどについて何かコメントを!』


 空港の時以上にひどい質問責めに、イライラする。

 頼んでおいたはずのタクシーが、遅いっ!



 『碇さんと惣流さんは、現在同棲なさっているようですが、これは
  交際を意味していると考えてよろしいのでしょうか?』

 『何か、コメントお願いします!』


 “まったくうるさいわね‥‥”


 群がる記者達を前に、数分後には忍耐力が限界を越え、私は完全にキレた。



 「いい加減にしなさいよ!!」



 『『!!??』』

 私の突然の叫び声に、記者達が静まり返った。



 「黙っていれば言いたい事を言いたい放題、うるさいわね!!!
  私達なんかに構わないで、いつもみたく芸能人追いかけてなさいよ!!」

 「そ〜んなに記事になるようなネタが欲しいの?」

 「わかったわよ!!
  欲しいならくれてやるわよ!!」


 そこまで叫んでおいて、私は隣のシンジの両頬を掴む。

 そして、無理矢理キスをした。




 目を瞑っている間、沢山のシャッターの音だけが聞こえてきた。



 シンジから唇をゆっくりと離したとき、ちょうどタイミング良くタクシーが
 滑り込んできた。




 しつこい記者達にあかんべーをして、シンジと一緒に後部座席に乗り込む。




 「急いで第二新東京大学の方向に!
  おもいっきり飛ばしてね!!」


 シートに深く腰掛けた後、私はシンジのほうを向いた。

 ああ、やっぱりシンジったら顔の端をひきつらせちゃって。



 「シンジ、ごめんね。」

 「でも、これがあなたの大好きなアスカでしょ?」

 「私の事、それでも好きだよね?」


 にっこり笑う私。

 口では何も答えず、シンジが私の肩にそっと手を回した。




 運転手が咳払いするのを確かに聞いたけど、聞こえないふりを決めこんだ。





                          →to be continued








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