生きててよかった 第3部 「信仰」
Episode-09 【さよなら、ありがとう】
ママ‥‥‥ママがそこにいるの?
‥‥‥違うわよね、ママはあの時、エヴァの中で殺されたもんね。
このママは、私の心のどこかに残っている思い出ね‥‥きっと。
「もういいの?アスカ?」
「うん!もう、さびしくないよ!」
「もう、わたしがいなくても大丈夫?」
「あたらしいママがくるから、だいじょうぶ!」
「新しいママの事、好きになれそう?」
「うん!!!」
「あら、そこにいる男の子は?」
「いかりシンジ!しょうらい、おむこさんになるひとよ!」
「あらあら、お婿さんだって。気が早いわねぇ」
「でもね、あたしをしあわせにしてくれたの」
「そう‥‥よかったわね‥」
「じゃ、あたしいくね。」
「ええ、いってらっしゃい、私のアスカ‥‥。」
ちっちゃな私がママの前で笑っていた。
ママも笑っていた。
私が手を振り、ママの所から歩き去っていく。
後ろを振り返るたびに、ママの笑顔が見送った。
「さよなら、私のママ。本当のママ。
本当に、さよなら。」
「私を産んでくれて、ありがとう。」
「私、ママの分まで必ず幸せになるから。」
「ずっと、忘れないから。」
――夢が覚めていく。
オレンジ色の光が薄れていく。
シンジの匂いだけがはっきりとわかる。
また、元の体に戻るのね。
ATフィールドのある世界。
互いの心の底は見えない、でも身を寄せ合わなければ生きて行けない世界。
辛い事や我慢しなきゃいけない事もいっぱいあるだろうけど、私は逃げない。
シンジがいる。
みんながいる。
ミサトとも、きっともう少しうまくやっていけるだろう。
何とか生きていて欲しい。
そして‥‥これからは私‥‥もっといい人間になれたらいいと思う。
もっと、自分以外の人の気持ちを考えられるようにならないと。
まあ、こう思っていても、実際はいつも迷惑ばっかりかけちゃう私だけど‥‥
けど、精いっぱいをやるだけね。
自分が正しいと思っている事なんて、本当に正しいか誰にもわからない。
いつも私が信じる事が絶対ってわけじゃない。
実際、14歳の時に信じていたものは、何にもならなかったし。
また私はきっと過ちを繰り返す。
どこかで誰かを傷つける。
後になって真実を知って、苦い後悔をなめるのよ。
それでも、いいの。
そんなバカな私でも、私の周りの人達は許してくれたから。
解け合うよりも辛い世界‥‥だけど、いい思い出もいっぱいあるから。
私のシンジに対する気持ちも、私に対するみんなの気持ちも、
確かに幻なのかもしれない。
でも、一つ一つのシーンに私の心が揺れた事だけは信じられるの。
シンジやみんなと一緒に幸せを感じていた、あの自分の気持ちだけは信じられるの。
だから、きっと大丈夫‥そう信じよう‥‥。
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ターミナルドグマに到着した加持・青葉・日向・伊吹を待っていたのは、
気を失った少年と少女だった。
「シンジ君!アスカ!!」
手を繋いだまま横たわる彼らの体には、誰がかけたのか薄い毛布がかけられていた。
そして、その隣には一人の女性と、老人の屍があった。
「みんな、二人とも生きているわよ。心配しないで。」
その場に居合わせる四人ともにとって、聞き覚えのある声だった。
見覚えのある体格、そして目の脇の泣き黒子‥‥。
呆然とする彼らに向かって、白衣を血で染めたリツコは寂しく微笑んだ。
「センパイ‥‥」
皆の気持ちを代弁するように、マヤが小さく呻く。
任務はもちろん、目の前のアスカ達すら忘れて、
四人は沈欝の世界に沈んでいく。
「さあ加持君、私を捕らえなさい。」
「私は補完を望んだ人間の一人として、ゼーレ側の兵器開発や
アスカの洗脳に参画したのよ。さあ、拘束しなさい。」
むしろ力強ささえ感じさせる彼女の返答に、加持が動く。
通信機を取り出した彼は、チルドレンの保護と赤木リツコの拘束を
司令部に連絡した。
「リッちゃん、御免な」と小さく呟き、細い左腕に手錠をかける加持。
錠が降りる冷たい音が響いたとき、彼女がそっと目を細めた。
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『アスカ!アスカ!!!アスカ!!!』
「か、加持さん‥‥」
『意識が戻ったか!
良かった、さあ、日本に帰ろう。』
「シンジは‥‥」
『ほら、隣を見てみろ。
今は眠っている。』
「ホントだ。‥もちろん無事よね?」
『ああ。
今は安定剤の副作用で眠っているが、さっきまでは起きて話もしていた。
アスカのほうは、どこも大丈夫か?』
「ん‥‥なんか、寒くて頭が痛い」
『どれ‥‥熱があるみたいだな。
とにかく、今は休むんだ。』
「うん‥‥でも、待って。あの‥‥‥」
『?』
「ミサトは‥‥その‥‥」
『ああ、心配しなくてもいい。
ちょうど今頃は、マナウスの病院で手術を受けている最中だろう。
医師の話では、命に別状はないそうだ。』
「そっか‥‥よかった‥‥‥」
→to be continued
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