生きててよかった 第3部 「信仰」
Episode-06 【戦う人々】








 【惣流 アスカ】


 ビリ・・・

 自分の着ていた服の袖を破り、ミサトのお腹にきつく巻き付ける。
 その前に、傷口から弾丸を指でほじり出す事も忘れていない。

 ものすごく雑な処置だけど、床に滴り続けていた血は一応それで止まってくれた。

 遠い昔、セカンドチルドレンと言われていた頃に習った事が
 まさか役に立つなんて‥‥。

 とりあえず、何もしないよりはマシだと自分に言い聞かせる事にした。



 絶望の襲来に怯えながらも、私はミサトの胸に耳を当てた。

 ドクン、ドクン‥‥‥弱々しいけど規則正しい拍動が伝わってくる。

 少し安心。


 「‥‥まだ生きてる」


 ミサトはまだ生きている。

 なら‥‥私はどうするの?

 答えは、ミサトにすがりついた時に出ている。

 加持さんの所まで連れていくのよ。
 私一人で逃げないで、ミサトも連れていくのよ。

 ミサトの事は、今でも好きってわけじゃないけど、
 今ミサトに死なれてはいけないような気がするから。


 何が私をそう思わせるのか、私にはわからない。

 あんなに憎んで、復讐さえ望んでいた相手なのに‥‥。

 けど、重傷のミサトを前にして私の涙が止まらない。
 なんで泣いているんだろう。

 薬の副作用のせいかな?そんな事も考えた。
 そんなはずはないのにね。

 答えはわかっている。だけど、それを認めるという事は‥‥。


 「さあ‥‥いくわよミサト‥よいしょ」

 「‥‥‥はあ‥はあ‥‥くそう‥‥重い‥わね‥」

 長い監禁生活で弱った足腰が恨めしい。

 背中のミサトの重さに、私自身が気を失いそう。



 「うわっ!!」

 バタッ

 案の定、ミサトを背負って数歩も歩かぬうちに
 私はミサトを背負ったまま前のめりに倒れ込んだ。


 「いたた‥‥」

 倒れた衝撃のせいかな、涙腺から絞り出されるように涙が溢れる。

 滲んだ視界をもとに戻そうと目の下を手でこすった時、
 赤黒くなった血が私の手の甲にこびりついた。


 「あの階段さえ登れば‥‥いそがなきゃ」

 ミサトが指さした階段が、細い通路の遙か遠くに見える。
 ダメね、体が言う事を聞かない。
 とても運びきれない。

 私は、大人の体を背負い続ける事に無理を感じて、
 気絶したままのミサトを引きずっていく事にした。


 「ひっく‥‥うう‥う‥‥」

 「‥‥‥」

 「もうすぐよ‥‥」

 歩くほどに床に血の跡が残る。

 ミサトが倒れた所から数十メートルの距離を、よろめきながら歩き続けた。


 そして、ようやく階段に足をかけた時。



 『誰だ?』

 低い声で誰何の声がした。

 声がしたほうを振り向くと、そこには兵士の集団の姿があった。



 “ちくしょう!でも!!”


 『動くな!』

 警告の声に続いて、チン!という跳弾の甲高い音が私の足を止めた。





 “もし、ミサトを放り出して逃げたとしても、きっとすぐに追いつかれる”


 だったら、ミサトと最後まで一緒にいたほうがいい。

 追いつめられた状況で私が導いた結論だった。




 『こちら第9哨戒群。惣流 アスカ ラングレーを発見した。
  また、ネルフの高級士官を捕虜にした。指示を乞う』

 『‥‥ああ、女性だ。おそらく、葛城ミサトと思われる。』

 『了解。両名を拘束の上、これより帰投する‥‥』


 兵士達に体を縛られている間も、まだ私は泣き続けていた。



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 【白き悪魔達】


 同じ頃、第二新東京市のネルフ本部を襲った三機のゼーレ側機動兵器群は、
 空自の最終防衛ラインを突破、第二新東京の市街地へと突入しつつあった。


 『ぐぁっ!!』
 『怯むな!!撃て!撃ちまくれ!!』
 『ネルフ本部ビルに近づけるな!!何とか郊外に誘導せよ!!』


 地上からの必死の対空砲火を、高い機動性とATフィールドで軽々と突破し、
 彼らはネルフビルの最上階付近に蝉のような格好で張り付いた。

 ビルの内部に手を突っ込む巨人。
 彼らがモゾモゾと身を動かすたびに、地上にバラバラと
 瓦礫や割れたガラスが落下する。


 「ビ、ビルに突っ込みやがった!奴ら正気か!?」
 「まずい!あのエリアにはシンジ君が!!」
 「まさか、直接最上階に張り付くとは‥‥」

 それをスコープで見上げているのは、青葉と日向の両名であった。
 隣では、マヤが携帯用の端末に向かって何かの作業を必死に続けている。
 三人とも、既に敗者の顔つきをしていた。



 「‥‥ダメね。
  金沢を襲った時とは比較にならないくらい強力なATフィールドを展開してる。
  エヴァや使徒ほどじゃないけど、それでもあんな機関砲じゃ手も足も出ないわ。」

 100メートルほど離れた所でさかんに火を噴く対空機関砲を一瞥し、
 マヤは力無げに首を振った。


 「空自の対使徒用大型ミサイルはダメか?」

 「多少のダメージは与えられると思うけど、
  その時は本部ビルのほうが吹き飛んじゃうわよ。」


 肩をすくめて否定を繰り返すマヤ。

 突然、その端正な顔を青葉の大きな手が襲った。


 「キャッ!なにすんのよ!!」
 「危ない、伏せろ!!」

 青葉に顔面ごと押さえつけられ、地面に倒れ込む伊吹。
 自ら素早く伏せる青葉と日向。



 ドォーン!!

 半瞬後、凄まじい爆風が彼らの体に襲いかかった。
 三人は地面に身を低くして体を寄せあい、数秒間にわたる
 局地的なハリケーンに耐えた。


 「いったい何なのよ‥‥」
 「‥‥ったく、派手にやってくれる!!」

 「お、おい、あれを見ろ!!」

 いち早く体を起こした日向が変化に気づいた。
 彼が指し示す方向には、先ほどまで火を噴いていた対空砲が
 無惨な姿を曝していた。


 「畜生‥‥連中、好き放題にやりやがって‥‥!!」
 「シンジ君を救助に上がった奴らはどうなった?青葉は何か知らないか?」
 「さあな。だが、奴らの張り付いた場所が悪すぎる‥‥ありゃ、シンジ君の
  部屋の真向かいだぜ‥」


 「ちょっと!これを見て!!」

 不安げな会話を続ける男二人に、突然マヤの声が割って入った。
 手にしたノートパソコンのディスプレイを指さしている。


 「どうした、マヤ!」
 「何か、あったのかい?」

 「やっと着信があったわよ、ペルーの前線基地から。
  メッセージが入っているわ。」

 「出してみてくれ。」
 「ええ。」

 ピッ


 「嘘でしょ、これ‥‥」

 「おお‥‥」

 三人は信じられないという顔をして互いの顔を見合わせた。
 いたしかたあるまい。
 通信文の内容は、彼らの想像していたものとはおよそ正反対のものであったから。




 「アスカの救出に失敗したうえに、葛城さんが行方不明!?
  そんな!何かの間違いじゃないのか?」

 唖然とする日向の隣では、マヤが歯をカタカタと鳴らしている。

 「バカな‥俺達が入手した情報が確かなら、敗退するはずがないじゃないか!」


 「あいつら‥よくも葛城さん達を‥‥何だ!?」

 一瞬空が陰った。



 三人の中で一番冷静さを保っていた青葉が、その時自分の体を掠めた
 黒い影に気づいた。

 ディスプレイにかじりつく二人を余所に青葉は空を見上げ、
 そして遙か頭上で起こっている事に気づいた。

 翼を持った白色の巨人達が、ビルから離れつつあった。
 大小の瓦礫をバラバラと落下させながら、三つの白い躯が大空へと飛び立つ。

 「おい、マヤ、日向!あれを見ろ!!」


 巨人達は、あざ笑うかのように半壊したビルの上空を
 一回りした後、南の空へと飛び立っていった。


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 【時田 シロウ】


 その日の夜、ネルフ司令・時田シロウによる第三回の記者会見が行われた。

 会見上、まず彼はこれまでの失策に対する責任を取って辞意を表明した上で、
 ゼーレを殲滅するまでは職務を継続する旨をつけ加えた。

 さらに、各国政府に対してゼーレ討伐を要請した事、早ければ一両日中に
 各国合同の緊急派遣軍による再度の攻撃が行われる事も付け加えた。



 彼の発言が一段落し、記者団の質問が始まる。

 戦闘や犠牲者に関する応答が一段落した後、ある一人の記者が発言を希望した。


 彼の質問は、先日ネルフのスポークスマンを困窮させたものと
 全く同じか、語調を強めたものであった。

 ワイドショーや週刊誌上でしつこく報道された、セカンドチルドレンと
 サードチルドレンに関する質問である。



 それに対し、少し間をおいて時田は口を開いた。


 「その件につきましてですが、我々は虚偽を繰り返してまいりました。」

 「ご指摘いただいた通り、金沢市において行方不明になった
  惣流 アスカ は、旧セカンドチルドレン・惣流アスカラングレーと
  同一人物です。碇 シンジについても同様に、旧サードチルドレンであります。」

 「以前より、エヴァ計画に関わった子供は全て死亡したと申し上げて
  参りましたが、実際は彼らを戸籍を操作する事でセカンドインパクト被災孤児
  という扱いにしていたのです。」



 「つまり、隠蔽工作があったという事ですか?」

 別の有名紙の記者が、興奮を抑えきれないといった顔つきで訊ねた。

 時田は顔をハンカチで拭きながら、返答する。

 「まあ、そういう事になると思います。
  事実を内外に発表する事は、旧ネルフ・ゼーレ上層部によって翻弄され続けた
  少年少女の成長上の妨げとなるであろうと、私共は考えて参りました。
  それを避けるためにもやむを得ない措置であったと認識しております。」



 「それで‥‥現在、二人の所在は何処なのでしょうか!?」


 「我々の全力を挙げた阻止行動にも関わらず、両名をゼーレに拉致されました。
  彼らは、この二人のチルドレンを用いて『フォースインパクト』を
  起こそうとしている事も、判明しております。」

 フォースインパクトという言葉に反応して、場内がざわついた。


「皆さん静粛に願います!
 フォースインパクトの防止は、この二人をゼーレから奪還する事
 いかんにかかっていると言っても過言ではないでしょう。
 各国政府・並びにマスコミ各位の皆さんの御協力と御理解を、
 切に望むものであります‥‥‥」






‥約一時間後、会見は大荒れのうちに終了した。


 翌日、新聞各紙は記者会見で発表された事実を朝刊の第一面に挙って掲載し、
 既に18歳である事をいい事にアスカとシンジのカラー写真も併せて掲載した。

 さらに昼頃、常任理事七カ国のうち、フランス・日本・アメリカ・中国の四カ国が
 南米への部隊の緊急派遣を決定した事がニュース速報で発表され、
 人々の注目を集める。

 それらの国々が、加持等ネルフの活躍によってゼーレの支配から
 完全に自由であると言う点についても、マスコミは等しく報じた。




 そして、シンジがさらわれて二日目・アスカがさらわれて五日目の朝がやってきた。




 「では、行って参ります、時田司令。」

 「ああ、皆、無事に帰って来てくれ。」

 第二新東京市のはずれ、戦略自衛隊・豊科基地を離陸しようとする
 輸送機のタラップの前で、別離の短い会話が交わされていた。


 連日の徹夜に疲れ果てた上司に敬礼で応じるのは、
 加持リョウジ・青葉シゲル・伊吹マヤ・日向マコトの計四名。

 皆、戦略自衛隊への技術協力を目的としてネルフから派遣される。



 「葛城君やチルドレンも含め、必ず無事に帰ってきて欲しい。
  みな無事だった暁には、是非おごらせて欲しい。」

 冗談の裏に秘められた微かな本心。

 官僚にしては柔軟で切れのある能力を持ちながら、
 情を押し殺す事が出来ないが故に出世できない男の、
 それは短所なのかそれとも長所なのか。



 「ありがとうございます。必ず、ええ、必ずそうさせて戴きます。」

 「司令、覚悟しといて下さいよ。ミサトさんったら、凄い飲みっぷりなんだから。」


 「ああ、楽しみにしている!」


 数分後、轟音と共にジェット輸送機の大部隊がつぎつぎと
 空へ舞い上がった。



 「彼らと付き合って、もう五年‥‥」

 「最後まで私は官僚失格だったな。」

 輸送機が青い空に溶け込んでしまうまで、彼は空を眺め続けていた。




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 【碇 シンジ】


 薬物を投与された碇シンジを前に、キールの顔が笑みに歪む。

 涼しげな二重瞼が大きく見開かれ、鳶色の瞳に狂乱の影がちらついていた。

 両腕を縛る電磁手錠をガタガタと言わせながら、シンジは自分を拉致した
 組織の長を鋭く睨みつけている。


 「お前ら‥何をしたんだ‥」

 「‥‥‥何なんだよ‥これ‥き、気持ち悪い‥‥」

 シンジにしては妙に低い声だった。

 声帯の筋肉に対する、薬の微妙な作用の発現である。
 彼の全身を巡る麻薬が、効果を発揮しつつあるという事の、徴候のひとつであった。



 「すまないな。君に恨みがあるわけではないが、全人類の幸福と
  安寧の為と思って‥‥壊れてくれ。」



 「なに?」

 「よし、連れていけ。
  時間が無い。
  短時間で徹底的にやって貰いたい。」


 わからないという表情の浮かべたシンジを無視するように、
 キールは部下達に指示を出した。


 シンジにとって残酷すぎる時が、訪れようとしている。



 彼を待っていたのは、アスカが受けたような拷問や洗脳では無かった。

 いや。

 むしろそれとは正反対の性格のものですらあったのだ。




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 うずくまる少年、傍らの白衣の男。


 白衣の男は、小刻みに震えるシンジの左手を手に取り、アルコールの
 染み込んだ脱脂綿を肘の窪みに擦りつけた。

 そこには皮下静脈をなぞるように青黒い痣が点々とできていた。



 「イヤだ!やめろ!!僕はそんなの要らない!!」
 顔を伏せたままのシンジが、絞り出すような声で抗した。

 「要らない?
  今更何を言うんだよ、嘘つきはいけないなぁ。」

 “やめろ、やめるんだ”と繰り返す少年を無視して、
  男の手に握られた注射器の先端が光を放つ。


 「うう‥‥ちくしょう‥‥」

 「‥‥ほれ、打ち終わったぞ、これで震えは止まる筈だ。
  気持ちいいか?んん??そうだろう。
  高濃度のヘロインに赤木博士の薬だもんな、そりゃ気持ちいいわけはないよな。」

 小馬鹿にしたかのような男の声。

 それに対して、シンジは溜息とも深呼吸ともつかない
 大きな息を吐いただけだった。



 「もう手遅れなんだから楽しめよ、シンジ君。」

 「誰が‥‥お前らなんかの言いなりに‥‥」

 「その割には、いい顔してんじゃないか、俺は心底羨ましい」

 「違う!!こんなの、気持ちよくない!!」

 だが、充血しきった割にとろんとした病的な彼の目は、
 はっきりと恍惚と快楽を写し出している。


 男は白衣のポケットから一枚のディスクを取り出し、
 そんな彼の眼前にちらつかせた。



 「ほれ、ここにあるDVDディスクが何かわかるか?」

 「‥‥くっ‥‥」


 「さっきまで、お前さんがこの部屋でやっていた事の一部始終だ。」

 傍らにあったプレイヤーにそのディスクをセットし、男は
 再生スイッチを押す。

『薬で狂っていたんだ!お前らの麻薬のせいだ!!』という
 悲痛な叫びがプレイヤーの回転音に重なった。


 「僕は‥僕は‥‥僕は‥‥」

 「違うんだ‥‥僕はこんな事望んでいなかった‥‥違うんだ‥違う‥」


 スピーカーからどす黒い快楽と欲望が流れだす。
 シンジはそれを黙って聞いている事ができなかった。

 モニターに写る光景から目を逸らしながら、シンジは
 喘ぎにも似た弁解を繰り返した。




 「麻薬によるものとはいえ、ひどい有様だな、碇シンジ君」

 「違う‥‥違う‥お前らが‥‥お前らが‥」


 「だが、これが事実である事は君も否定はすまい。
  君がこの女達と繰り広げた狂態は空想のものか?
  いや、事実だろシンジ君?
  これを君の純真な恋人が見たら‥」

 「!?」

 そこまで言ったとき、シンジの顔色がサッと変わった。

 怒りの赤から、恐慌の青への変化だった。
 男は、愉快そうに笑った。


 「そうか、怖いのか?
  そりゃそうだろう。
  君はあの娘を本当に大切にしているものな」

 「やめろ!やめてくれ!!お願いだ!!!」

 もう、シンジの顔からは快楽を見いだすことはできない。
 少年の顔は、さらに土気色に変化した。


 「そう言われてやらないわけにはいかないんだよな、シンジ君。
  こっちも仕事でやってる事なんだ、すまないね。」


 男の涼しげな返答に、シンジの吠え声が重なった。


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 【再び 惣流 アスカ】


 同じ部屋に連れ戻された私を待っていたのは、今まで通りの薬物投与と
 今まで以上に苛烈さを増した“洗脳”。



 「お前は、誰にも望まれない子供だったんだよ!」

 「わかるか!?そして今も実際には要らない人間なんだ!
  碇シンジも、貴様の体が目当てなだけさ!
  お前の、その媚び媚びな姿が心地よいだけさ!」


 七色の光に苛まれた事も、一再じゃない。

 でも、私は何とかぎりぎりのラインで耐える事ができた。
 鬱になっていくふりをして、常に頭脳を回転させた。


 “負けちゃダメよ、アスカ‥‥”
 何度自分にそう言い聞かせただろうか。

 今、自分を失ってはいけない。
 今、私が私を失ってはいけない。
 絶望したいけど、それには早い気がするもん。


 ミサトの必死の形相と平手打ちが心に残っているもん。

 勘違いかもしれないけど、大切な事に気づきそうな気がしてならない。

 だから、耐えた。


 挫けそうな時にはあの通路での出来事を思い出して、私は自分を守り続けた。

 ゼーレの人間の前では呆けたふりを続け、心の中に掴みかけているものを
 離すまいとがんばった。




 ‥‥でも。
 それも長くは無かった。




 「今日は、君にプレゼントがあるんだ。」

 「ほら!お前の王子様を連れてきてやったぜ!」



 ドサリ

 「シンジ〜〜!!!!!!!」

 「‥‥あ‥う‥‥うう‥う‥」

 私の独房にシンジが放り込まれるたの。

 頭を押さえる彼に、私は駆け寄った。


 「シンジ、大丈夫?」
 「あ‥‥アスカ‥‥‥‥うう‥う‥」

 でも、どこか様子が変だった。

 私が声をかけ顔を覗き込むたびに、彼は頭を振って視線をそらせようとする。
 それどころか、私を避けるように部屋の隅へと逃げていく。

 「ねえシンジ、どうしたの?」
 「ねえっ!」


 私の必死の呼びかけにも、シンジはブツブツと意味を為さない
 呟きを漏らすだけで、こっちも向いてくれない。


 「なんで私のほうを見てくれないのよ!!!」



 その時、部外者の声が部屋の天井のスピーカーから聞こえてきた。


 「何故シンジ君が君を避けているのか、不思議だろう。」

 「えっ?」



 「今、教えてやるよ。」

 「彼は、後ろめたい事をやったんだよ、君に知られたくないような事を、ね。」


 「ど、どういうこと?」

 意味を理解できない私。
 でも、シンジの反応は素早かった。

 「やめろ!!やめてくれ!!!」
 「お願いだ!!アスカには!!アスカだけは!!!」


 プツン

 突然、今まで一度もついた事の無かった天井のモニターが灯った。



 「何よ‥‥これ‥‥」



 「アスカ、アスカ、アスカぁああああああ!!!!!」




 絶叫するシンジの隣で、私は石のように身を堅くした。


 モニターの中には、情欲に溺れるシンジがいたのよ。

 それも私以外の相手と。





 「嘘‥‥」


 「イヤ!
  イヤ!
  イヤァアアアア!!」


 私は、自分の中で何かが崩れていく音を確かに聞いたような気がした。



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 【葛城ミサト】


 「ここは‥‥」

 ここは天国?
 違う。あまりに現実的すぎる。

 鼻をつく酢酸と消毒液の刺激臭が忌々しい。
 天井の白い蛍光灯が眩しい。

 そこは狭い、機器だらけの部屋だった。

 きょろきょろと辺りを見回して、私は一人の女性の姿を見つけた。
 白衣を身に纏ったその女性が、こちらを振り向く。


 「目を醒ましたのね。久しぶり。」


 「あなた‥‥リツコ‥‥」

 見覚えのある美しい顔に、私は言葉を失った。

 濃い眉も目の脇にある泣き黒子も、寸分たりとも違わない、リツコそのものだった。

 ただ、どこか落ち着かない瞳だけが、彼女らしくなかったけど。


 「当たり所が良かったとはいえ、大した生命力ね‥‥。」

 「‥‥うっ‥‥まだ痛い‥‥」

 「‥‥口を動かさないで。今は、安静が一番よ。」

 「でも‥‥なんで私を‥‥」



 それでも聞こうとする私に首を振る仕草を見せ、
 “だから今は何も喋らないで”と言うリツコ。


 彼女の笑みには、かつて留置所で会った頃の面影が残っていた。

 だから私は安心して目を瞑り、再び眠りに落ちていく事に恐れを感じなかった。



 やはり体力を激しく消耗しているのだろう、たちまち私の記憶は
 現実を離れていった。





 だから私は知らない。
 リツコがその後どんな顔をしてどんな呟きを漏らしたのかを。


 ずっと後になって彼女から聞いたところでは、私が眠るのを確認した後、
 リツコは子供のようにずっと泣き続けていたのだそうだ。


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 「アダムとイブは既に我々の手にある」

 「補完の時は来た。後は、調整を待つのみ」

 「ここに至るまでの犠牲は大きく、多くの同志を失った」

 「だが、あと一歩の所まで来ている。
  飢餓も争いのない理想の世界‥‥失われた母へと還る時が、近づいている」


 「今日、サードチルドレンを用いてセカンドチルドレンを再破綻させた。
  後は、二人をLCL化してしまうだけだ。」

 「それは重畳。
  大いに期待している」


 「では、さらばだ諸君。
  全ては、我々人類の未来のために。」



 “こやつらとこうして話し合うのも、これで最後だな”


 ピッ


 「セカンドチルドレンとサードチルドレンを移送しろ。
  しかる後、神経接続を開始、S2機関を臨界にしてLCL化させる。」





                          →to be continued








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