生きててよかった 外伝6 「KENSUKE」
Episode-05 【友情と愛情と欲情と】
【2019. 8/7】[友情と愛情と欲情と]
今日は、中学時代の仲間、それから管弦楽同好会の仲間と一緒に海水浴だ。
カップルはシンジ達とトウジ達だけだから、まあ、そんなに
嫌な思いをするわけじゃないだろう。そう踏んでいた俺だったが。
第二新東京駅から普通列車に揺られて約一時間、到着した新糸魚川第二市営
海水浴場で俺は困り果てる事となる‥‥。
* * *
「じゃ〜ん!!!ほらみんな、見て見て!!」
「うわぁ〜!!似合う似合う!」
「は‥‥はぁ‥」
“か、かわいい‥‥”
「でしょ〜!これ、一目惚れで買っちゃったんだ!」
目の前にいるアスカは、ツートップの水着姿。
アスカの好きな色なのだろうか、淡い水色を基調にしたそれが、
いつか見た彼女の下着を連想させる。
素直に誉めるシンジと、無邪気に喜ぶアスカがいる。
それと、気を許すと、すぐに見とれてしまう俺。
俺は、雑誌で知っている程度の事以上には、水着がどうのっていうのはわからない。
が、少なくとも俺にとって、目の前にいる彼女の水着姿と白い肌、そして相変わらずの
綺麗な顔の組み合わせは、どんなアイドルも顔負けの強烈な魅力を放ってやまない
ように思えた。
“おい、またかよ‥”
心の疼きが始まった。
その時から、俺は自分の中を蠢く興奮を抑える事に全ての神経を
使わなければならなくなった。
今までも、学校の水泳大会とかの時にアスカの水着姿は
見たことはあったけど、こんな風にはならなかったはずだ。
アスカは確かに美人でスタイルもいいに違いないけど、だからと言って、
そんな見慣れた姿に見とれるなんて可笑しい事じゃないか。
水着のせいってのもあるのかもしれないが‥‥いや、それは洞木とかだって同じだ。
なのに俺はアスカだけを意識してしまっている。
「ほら、ヒカリ〜!カズミ〜!あの島まで泳ぎに行くわよ〜!」
「えっ?ホントに泳ぐの?」
「あったりまえじゃん〜!オバサンみたいに砂浜で
ゴロゴロするのはまっぴら御免よ〜!」
「ああっ!ちょっと待って、ねえっ!」
遠くではしゃぎ回る女の子達の声が、穏やかな潮騒とともに聞こえてくる。
周りの風景を見渡すふりをしながら、俺は彼女達の――実際にはアスカ一人の――
姿を目に焼き付けた。
あの夜の出来事から数カ月‥‥。
突然の訪問は、突然の想いを俺にもたらしたのだろうか。
もしくは、無意識のうちに気にしていた事を、表面化させたのか‥‥。
ああ、間違いなくそのどちらかだ。
認めるのは、背徳行為そのものだけど‥‥。
最初の一月くらいは自己否定を続けてきたが、もうその気力もない。
沖に向かって泳いでいく彼女の姿を眺めていると、気が変になりそうになる。
砂浜に横になっている時も、シンジ達と一緒に魚を追いかけまわしている時も、
無意識のうちに視界の中にいつも彼女を探してしまう自分は、イヤらしい男だと思う。
今までずっとただの友達だったのに、今までと全く違う感じがする。
自分自身の振る舞いも、アスカの姿も。
これが、恋って奴なのだろうか?
仲間達の話や本に書いてある事が間違ってないのなら、たぶん、そうなのだ。
昔からかわいい顔だとかシンジに甘える態度が女らしいとか思ってはいたけど、
最近はそれらに加えて、上手く表現する事のできない、熱いものを感じる。
だが、よりにもよって、何故アスカに!
俺の親友で、シンジの“女”のアスカに!
できる事なら、シンジのように、何気なく髪を撫でてみたい。
一緒に暮らしたい。
手に触れてみたり‥‥‥キスしたりも‥‥。
“バカか俺は!?”
いつの間に、こんな愚かな妄想を抱くようになったんだ、俺は。
全て、決して叶わぬ夢だと、判っているというのに‥‥。
「よお、ケンスケ!砂の上で何を辛気くさい顔しとるんや!」
「え?ああ。辛気くさい事はないさ。ボーッとしてるのが好きなんでね。」
タイミング良く声をかけて来たトウジに応じる事で、
自分の恋心、否、『妄想』を断ち切ろうと試みる。
「シンジの話やと、最近お前、体調悪いらしいなぁ。
補講の最中も、よう居眠りしとるって、どういうんや?」
だが不幸にして、頼るべき親友の口から出てきた言葉は、俺をますます混沌の底に
陥れるものだった。
夜眠れない為の寝不足。それが、どうして起こったものか、
俺には充分すぎるほど分かっている。
“仕方ないんだ、どうにもならない事になったんだ!”
叫べるものなら叫びたいその声も、だが押し殺すしかない。
「い、いや、気のせいだよ。」
「そうか?ここ何ヶ月かの間ぐらい、ずっと変やってゆう話やん。」
「な、何でかな?ハハハ‥」
「シンジだけやない、惣流も、ヒカリも、みんな知っとる。」
「うーん‥‥。」
「なあ、誰にも言わん。今なら、周りに誰もおらん。
何かあるなら、言うてみんか?」
「‥‥。」
トウジの言葉に、辺りを見渡す。
確かに、三人の女の子は沖の島まで泳ぎに行ってしまって、今はいない。
シンジやユースケ達も、磯のほうで何か騒いでいるから、大丈夫だ。
そして、トウジは、いつになく真面目な顔をしていた‥。
“俺は‥‥俺は‥‥”
“‥俺は、狂っているから‥‥今だけ狂ってるだけだから‥”
でも、いくらトウジとはいえ、とても言えない。
「いや、最近、ずっと頭が痛くて‥‥」
「ホンマか?それは?」
「‥‥ああ。」
「‥‥そうか、ちゃんと病院行っとけよ。」
「ああ。すまんな、心配かけて。」
トウジはそれ以上は何も言おうとせず、シンジ達の方へと去っていった。
* * *
泳ぐことと己を抑制する事に心身を使い果たし、家に帰り着いたのは
夜も随分遅くなった頃だった。
シャワーで海の塩気を念入りに落とした後は、
自分のホームページを更新するためにパソコンの電源を入れる。
数秒後、ディスプレイに映る、己の全てを費やしてつくられた夢の世界。
だが、俺がそれを知覚する事は無い。
代わりに、網膜に焼き付いたままの昼間の光景の数々を、
脳は壊れた映写機のように再生し続けていた‥。
「‥アスカ‥‥」
何かを抑える為に、今日は一度も口にしていなかったその言葉。
とても甘く、だけど酸味が効いているように思える。
「アスカ‥アスカ‥‥」
次第にホームページの更新にも、スケールモデルの制作にも興味を
失いつつある自分に気づいている。
どこか狂っている。
俺は、狂い始めている。
恋はいいものだと人は言うが、俺はどうだ。
これのどこが、いいって言うんだ‥。
そのくせ、まんざらでもない自分もいる。
今日も、彼女の横顔を眺めていたときは、
確かに俺はこの上なく幸せだったじゃないか。
じゃあ、これから、俺はどうすればいいのだろう。
いずれにしても、このままでは本当に俺は潰れてしまうだろう‥。
「何なんだよ‥‥もうイヤだこんなの‥‥」
結局その日、俺は何一つせぬままパソコンの電源を落とした。
→to be continued
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