生きててよかった 第1部 「生きててよかった」
Episode-05 【愛ゆえに】
ピッ
赦して、母さん。
私、最後まで女でいたいから。
せめて、最後の瞬間くらいは、母親として娘の願いを叶えて下さい。
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(3 殺戮の意志)
一方的な破壊と殺戮は、午前7時きっかりに始まった侵入以来、
絶えることなく続けられていた。
ジオフロント内部に潜入する戦略自衛隊、その兵士達の集団。
その、殺人と破壊の高度なシステムは、ジオフロント内部に入ってからというもの、
ネルフ側の散発的で稚拙な抵抗を文字通り蹴散らし、たちまちのうちにその主要な
機能を奪っていった。
『南ハブステーションは閉鎖』
『柳原隊、新庄隊、速やかに下層に突入!』
『第二発令所、左翼下部フロアに侵入者。』
無慈悲な、或いは悲鳴のような言葉の群れが、その場に居合わせている人間達を
マルスの忠実なる下僕へと変えていく。
銃声が狭い廊下に木霊し、爆発音が人々の鼓膜を叩くたびに、
彼らは命を奪い、そして散らすのである。
『エヴァパイロットは発見次第射殺。非戦闘員への無条件発砲も許可する』
武器を持った戦闘員を殺すだけに飽きたらず、手を挙げて降伏する者にも、
彼らは容赦しない。
男も女も、子供も皆殺しである。
それが、戦場という名の、地獄であった。
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(4 付属病院第一脳神経外科 午前八時)
「セカンドチルドレンのエヴァ弐号機への移動、終了しました。」
「よし、では、第一脳神経外科はこれにて解散する。各自、本部の情報に従って、
セントラルドグマまで逃げてくれ。」
「あの、先生‥‥」
「何かね。」
「フォースチルドレンの妹さんはどうするんですか?」
「‥‥せめて、楽にしてあげなさい。」
「‥‥はい。」
* * *
「おはよう、鈴原さん。」
「まま〜、ずっとこなくてさびしかった」
「あのね、また戦争みたいなの」
“参号機との接触から三ヶ月、結局最後まで退行現象は消えなかったわね。”
“今日も、看護者の私を母親と思いこんでいる‥‥。”
「せんそう?こわい。」
「ええ‥‥。でも、だいじょうぶよ。
さ、あさのお注射しましょうね。」
「あっ!ちゅうしゃしないで、イヤ!いたいのイヤ!」
「ごめんね」
「いたいいたいいたい!!!」
「がんばったね。さあ、だっこしてあげるからね。」
「うん!」
「あれ?ねむくなってきた。おきたばっかりなのに。」
「‥‥ごめんね。」
「まま、なんであやまるの?」
「なんにもしてあげられなくて、ごめんね‥‥」
「‥‥う‥眠くなって‥‥きた‥‥」
「ごめんね、ごめんね‥‥‥」
バタン
パン パンパンパン
「エリア59にて、正体不明の少女を発見。命令を乞う」
『対象はチルドレンの可能性有り。射殺せよ。』
パン パンパン
「射殺を完了、更なる命令を乞う。」
『調査班到着まで、その場にて待機。』
「了解」
「罪のない子供や看護婦を殺すのは、いい気分じゃないですね」
「ああ‥‥。
命令とはいえ、酷いもんさ。」
「ま、この仕事をやらないと、もっと大勢殺されるんだ。
諦めて、手を汚すしかないさ。」
「しかし、こんな所で待機か、女子供の死体を見て過ごすのは、趣味じゃないな。」
「おい、せめて目を閉じてやれ。開いたままは、可哀想だ。」
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(5 その頃‥‥)
吉澤の目の前の4つのディスプレイに、めまぐるしく変化する戦況が
表示されている。
ひっきりなしに鳴り響くコールに対応しながらも、彼はそれら全ての情報機器を
器用に操り続ける。
コーヒーと無駄話ばかりが好きなオペレーター達も、今は仕事に集中しているようだ。
「そんな事は、現場で判断しろ!なんのための中級将校だ!」
「西館の陽動部隊は、そのままD通路を経由して第2層へ。」
「捕虜については、状況如何では殺してもかまわん。
ただし、最小限にな。」
“損な役回りだ”
吉澤は、信じていた。
これは、サードインパクトを防ぐための戦いだと。
全人類の未来のための、やむを得ない武力行使であると。
“成功すれば、ジュネーブ条約違反で左遷、下手をすれば更迭‥”
“失敗すれば、人類の滅亡、か。”
「双子山に何故一個大隊も残しているんだ!!さっさと余所へ回せ!」
美名の元の殺戮。
しかし、酔っている者など一人もいない。
ただ、ピン張りつめた空気が、狭い発令所を支配している。
「地底湖にて発見?そうか、すぐに攻撃しろ。爆雷がなければ、代わりに
なるものを使うんだ!機転を利かせろ!」
“こいつら、防衛大で何を勉強してきたんだ!?”
“失敗すれば世界の終わりだという自覚が、足りないな”
「よし、それでいい。すぐに弐号機に対して攻撃開始。起動する前に、破壊しろ」
だが、不幸にも、ゼーレの真の思惑を、日本政府の人間は誰も知らない。
戦略自衛隊は、『その為』の捨て駒に過ぎないということも。
→to be continued