生きててよかった 外伝5 「管弦楽同好会」
Episode-02 【第二楽章:アレグレット】
次の日から、さっそく私はシンジと一緒に音楽室へ通うようになった。
毎日丁寧に教えてくれるのは、初日に出会ったあのフルート吹きの先輩ね。
理数科の3年生で、生駒さんっていうの。
一重だけど形の整った大きな目と、黒いストレートヘアがとても綺麗な人。
すぐ近くで見てもかなりの美形だから、本物かな?
それはおいといて、ちょっと大人っぽい雰囲気の漂う、物腰柔らかな先輩だ。
私やヒカリにはないものを持ってるっていうか、その、
女の私から見ても魅力を感じるような女性なの。
「‥‥うん、一週間でここまで音が出れば充分よ。ちゃんとまっすぐ
息が入っているし、惣流さんって、けっこう筋はいいと思うわよ。」
「そう?そうなんですか‥‥。」
「それに、惣流さんって、フルートを手にしているのが凄く似合うんだもの。
きっと上達も早いわ、羨ましい。」
「そ、それって、上達に関係あるんですか?」
「昔から音楽の世界で言われてる事らしいんだけど、
『手にして一番似合う楽器が、その人にとって一番上達の早い楽器だ』って。
もちろん科学的根拠とかはないけど、結構当たるのよ、これ。」
「そう‥なんだ‥‥。でも、全然ダメですよ、今の私。」
あれこれと先輩は私を誉めてくれるけど、スカスカの音しか出てこない。
当たり前だろうけど、なんか悔しい。
シンジのチェロみたいに、自由自在にってなるのは、随分先ね、きっと。
「ローマは一日にしてならずって言うでしょ?毎日がんばれば、
必ず私以上に上手くなれるって。」
「は、はいっ。」
完全にシンジ目当てっていう不純な動機だったけど、
私はいつのまにか、この同好会の事を好きになっていた。
生駒先輩も部長の真田さんも、みんないい人っぽいし、
もちろんシンジとも一緒に家に帰れるし、楽器にも興味が沸いてきたし。
だから、フルートって楽器、今はまだまだ吹けないけど、ちゃんと練習すれば
生駒先輩みたいに上手になると信じて、練習を続けよう。
せっかく入ったんだから、楽器のひとつくらいマスターしなきゃ。
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僕がアスカと一緒に入部してから約半年が経ち‥
今日は、2017年、11月2日。
場所は、学校の講堂、時に、学校の文化祭の定例行事。
急ごしらえのステージの上からは、今は合唱部の歌声が聞こえてくる。
次は僕らの出番だ。
目に見えない緊張と不安、期待‥‥舞台の袖は、そういうもので
今日も充満していた。
楽器を持ったまま待つ時間が、長い。
でも、小さかった頃、チェロの発表会に出た時みたいな、
ガチガチの不安は感じない。
今日の僕は、むしろ前向きな気持ちになっていると思う。
アスカが一緒だから。
仲間がいるから。
一人じゃないって、こんなに心強いとは知らなかった。
同じ人前での演奏とは言っても、一人でやるのと仲間とやるのって、
全然違う‥‥。
「ねえ、何考え事してるのよ。」
「ちょっとね。今日まで頑張ってきて、良かったなぁって。」
「私もそう思うわ。」
僕の隣に、楽器を持ったアスカが立っていた。
フルート吹きとして、この半年でびっくりするほど成長したアスカ。
生駒先輩も言ってたけど、アスカはフルートが本当に似合いだと思う。
「あんまり緊張してないね、アスカ。」
「あったり前じゃん。思い出してもみなさいよ、14歳の頃、私達は‥」
「ア、アスカ、ダメっ!」
「そっか、ごめんね‥‥シンジと二人だとつい、ね。」
「あああっ!いつの間にか、碇と惣流、まぁた二人の世界に浸ってやがる!」
「ちょっと放っておくと、すぐくっつく‥磁石みたいな奴等だな。」
「さあ、二人とも、ここは5人で団結しなきゃ!」
「う‥」
「ごめん‥。」
みんな、見せつけちゃってごめん。
ユースケにトシオにカズミ‥‥このサークルで知り合った三人に、
僕とアスカの計五人。
この同好会では五人だけの一年生だけど、みんな仲は良い。
勿論、トウジ達と違って、ユースケ達は、僕たちの昔の事は知らない。
僕が銃で人を撃ったことも、アスカが兵隊をたくさん殺した事も。
だけど、だからといって、どうって事はないし、気にしたこともない。
全てを知っているわけじゃないけど、僕の大切な仲間なんだって事には、
変わりないんだ。
アスカも同じ事を言ってたと思う。
『では、続きまして、管弦楽同好会の発表に入ります。
まず、最初の曲は、J.S.バッハ作曲「目を覚ませと呼ばわる声が聞こえ」。
では、演奏者の皆さん、入場してください。』
「さ、いよいよだな。」
「ああ。」
場内アナウンスに続いて起こる拍手が、僕の心に不安ではなく、
心地よい緊張を生み出した。
さあ、いよいよ本番だ。
今日は、いける。良い演奏ができる。
そんな予感がする。
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心地よいメロディに乗って、みんなと一緒に。
初心者で最初は大変だったけど、頑張ってよかった。
生駒先輩に言われたとおり、歌うように吹くの。
みんなに合わせて、みんなで吹くの。
大丈夫、譜面は全部覚えているから心配ないわ。
心を込めたアンサンブル。
5人の奏者が、ひとつになる。
ステージの上は、私達だけの世界‥‥。
* * *
――演奏が終わり、おおきな拍手がホールに響いた。
観客席の前のほう、ヒカリやケンスケの姿も見える。
ああ、手を振りたい。
この気持ち、あの二人にも教えてあげたい。
難しい曲じゃなかったけど、それでも繰り返し練習して良かった。
絶対にいい演奏にできたと思う。
今日まで続けてきて、本当によかった‥‥。
* * *
「惣流、かなりよかったじゃん。」
「ありがと。そういうあんたもね。苦労して練習したものね、私達。」
「初心者が半分混じっていてここまで出来れば、凄いよ。」
「みんな、本気になってたからね。
今日の演奏、心がこもってたよ。
技術の事はともかく、本番にしか絶対に出来ない、
そういう演奏ができたと思う。」
「碇君は、最初から最後までアスカばっかり気にしてたけどね。」
「ちっ違うよ!」
「冗談よ冗談。碇君、みんなの面倒見てくれてありがと。」
「ほらシンジ、照れない照れない!」
「ハハハハハ‥‥」
「ときかく、みんな、素晴らしい演奏をありがとう。」
「じゃあ、みんなで、おつかれさま!」
「「「「おつかれさま!」」」
「さあ、後は打ち上げだ!!今日は騒ごう!」
→to be continued
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