生きててよかった 第2部 「pitiable passion」
Episode-08 【sweet-junkie girl/寂しがり屋の彼女】
【1.碇 シンジ】
一週間で最後の講義が終わり、僕とアスカは家路につく。
なんでアスカが一緒なのかって?
アスカはうちの大学の学生じゃないけど、僕といたいからって、
最近は学校までついて来るんだ。毎日、ほとんど欠かさずにね。
「今日も、アスカのせいで迷惑したよ‥トホホ‥‥」
「迷惑?でも、一緒にいられたら嬉しいでしょ?」
「う、それは勿論なんだけどさ‥学校でベタベタくっつくの、やめてよ」
‥‥始めて一緒に講義棟に入ったとき、クラスメートの反応は凄かった。
『い、碇!この女の人は?』
『あ、あの、その‥‥』
『惣流 アスカっていいます。シンジとは、ずっとお付き合いしてます。』
『碇!お前、いつの間にこんなビジンと‥‥くぅ〜!俺は悲しいぞ!』
『こんの裏切りもん!!!』
とびきりの美人だって事や、第二新東京大学の学生って事に驚いたけど、
その後のアスカの振る舞いの数々に、みんなはさらに驚くことになった。
学校で手を繋ごうとしたり、肩にもたれ掛かったり。
それだけならまあ、別にいいんだけど‥‥学食で耳をかじったり
キスしたりするのはやめて欲しい。
ついでに同棲している事もいつの間にかバレてしまって、
そんな僕達につけられたあだ名が、「碇夫妻」。
今日もご多分に漏れず、散々にからかわれた‥。
「ねえ、私がここにいるの、迷惑?」
「えっ?あっ、そんな事ないよ、ハハハ‥‥」
「やっぱり迷惑なんだ‥」
僕の隣でうなだれるアスカに、おろおろしてしまう。
たとえそれが演技の表情だと薄々知っていても。
アスカを好きだけど、学校まで来るのが迷惑なのは確かだもんな‥‥それに、
本当の事を言えば、アスカには第二新東京にそろそろ戻って欲しい。
洞木さんやミサトさん、加持さん達がすごく心配している事を、
アスカはちゃんと心得ているんだろうか?
「‥‥えっと、迷惑じゃないけど、その、学校ついて来てくれる時は、
もうちょっと、距離を置いて貰わないと、やっぱり、クラスの友達に悪いよ。」
「‥‥‥うん、ごめん。」
「ありがとう、わかってくれて。
じゃあ、夕食のおかず、何にする?」
アスカが謝ってくれたから、もっと言いたい事は心の中に留めて、
僕は話題を切り替えた。
「そうね、久しぶりに、お刺身とか。あと、煮っ転がしとかもいいなぁ。」
「また日本食なんだ。わかったよ、一緒に作ろう。」
途中、スーパーに立ち寄り、
材料と刺身のパックを選び始める僕達二人。
「いらっしゃい、今日もお揃いだね、お二人さん!」
「こんにちは!」
「え、あ‥‥こ、こんにちは‥」
気のいい魚屋のおじさんにからかわれながらも、アスカは平気そうにしている。
やっぱり、この辺は今でも僕とアスカの違うところ。ちょっと羨ましいかな。
「今日は、スズキのお刺身が安いわね。」
「ホントだ、どれどれ‥うん、身も締まってる。」
「おいしそうだな〜。」
買い物かごにパックを入れながら、嬉しそうにしているアスカの横顔を
見ていると、ああ、自分は幸せ者なんだなと思ってしまう。
やっぱり、僕の口から帰れとは言いづらい。
トウジ達に頼まれてはいるけど、どうしようかな‥。
* * *
家に着くと、珍しく留守電のランプが点滅していた。
誰からだろうと思って再生してみると、それは、ミサトさんと
洞木さんからのものだった。
『ミサトです。シンジ君、そっちにアスカが行ってない?
アスカの家に電話しても、いつも留守なのよ。もしいたら、
学校ちゃんと行ってるか訊いといて。それじゃ。』
『洞木です。アスカ、そこにいるのはわかってるのよ。
月曜の英語の先生、カンカンになってるから、来週の月曜までには
必ず戻ってきてね。』
アスカの顔が、たちまち曇っていく。
「あの‥‥アスカ‥‥」
恐る恐る、声をかける。
「‥‥学校‥」
アスカは何も言わないまま、僕の目をじっと見つめていた。
たちまち潤んでいく青い瞳に、言おうとしていた言葉が消えていく。
「‥‥アスカ‥」
アスカがこの家に来て、10日になる。
それ以前にも、二、三度学校を休んで来てくれた。
こんなに僕を慕ってくれるのは嬉しいけど、
だんだん滞在期間が伸びているのは‥‥
“いわなきゃ。僕が言わないと、アスカはきっと帰らない‥”
“今は、アスカは本当に僕だけを‥‥”
と、突然アスカが僕に抱きついてきた。
無言のまま、僕の唇にキスをする。
「うっ!」
あまりに急だったので、僕は目を閉じる事ができなかった。
やがて、歯の間をこじ開けるように、アスカの舌が口の中に入ってきた。
暖かいアスカの舌が、僕の舌と絡み合う。
「‥‥。」
最後まで僕は目を閉じなかった。
閉じられた恋人の瞼から涙が雫れるのが見えたから。
ふたつの唇が離れるまで、僕はアスカの涙から目をそらせなかった。
何故、アスカは泣いているんだろう。
答えは簡単だ。
だけど、そこまで僕の事を‥。
「アスカ、泣かないで」
「まだ、金曜日だから、ね。あと2日間はいてもいいんだから。」
いまにも爆発しそうな表情で、今も僕を見つめている。
「そんな顔したら、悲しいよ。」
“僕は、僕は‥‥”
“今、アスカにしてあげられる事は‥”
これじゃいけない。
そう思いながらも、結局僕は彼女を安心させる為に、
彼女の細い腰に手を伸ばした。
「イヤ‥‥何すんのよ‥」
涙目の、かわいさに負けたわけじゃない。
決して、そうじゃないんだ。
「ずるいよ‥こんな時に‥」
嫌がるアスカの体にのしかかり、僕のほうからキスをした。
こんな事で誤魔化すのがいけないって、わかってる。
ずるいやり方だってわかってる。
だけど、抱いた後はアスカが落ちついてくれる事、
僕は知っているから‥‥だから‥‥。
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【2.葛城 ミサト】
「はぁ‥‥‥」
加持に説得される事、計6回。
洞木さんと会ってアスカの事を聞き出すなんて事、私は本当はしたくないのに。
だけど、もうすぐ彼女はここにやって来る。
実に気乗りのしない『儀式』だ。
諜報四課の活動によって判明した、最近の二人の目に余る行動、
それを母親として注意する為の口実を得るための、『儀式』。
洞木さんも、決してバカではない。
これから根ほり葉ほり二人の事を訊いてしまった時、
我が家の実態について彼女が何を考え、何を見抜いてしまうのかを
思うと‥あまりいい気分がしない。
ピンポーン
「は〜い、どうぞ〜!」
玄関まで迎えに行き、ドアを開ける。
数年ぶりに会う洞木さんは、ポニーテールのとても似合う女の子になっていた。
顔の輪郭や服装の選び方、優しげな声音から、微かに中学校の頃の面影を
思い出すことができるものの、別人のようにも見えなくはない。
時間が作り出す優しい悪戯に、私は微かに戸惑いを覚えていたかもしれない。
「すみません、葛城さん。遅れちゃって。」
「ああ、これくらい気にしない気にしない。私が無理言って
来て貰ったんだから、謝るんなら私のほうよ。」
さっそく居間に入ってもらい、本題に移る。
「じゃあ、電話で言ってた事だけど、お願いね。」
「はい、私の知ってる事なら、何でも。」
私が質問して彼女が答えるという形式で、効率的に会話を進めていった。
無邪気な彼女の口から次々に語られる、アスカの現状。
それは当然の事ながら、諜報活動によって把握されるアスカ達の堕落ぶりと、
綺麗に一致するものであった。
“これで、アスカ達を思いっきり叱る事が出来る。
盗聴している事なんて、知られるわけにいかないから。”
目の前に座っている無垢な娘と視線を合わせるたびに、
そうやって自分にしっかり言い聞かせなければいられない。
自分の行為の正しさを確認しなければならないのだ。
大人らしい汚い言い訳だとは思うが、仕方がない。
真摯にアスカの事を心配している洞木さんの姿は、今の私には少し辛い。
「‥‥そっか、アスカったら、あなたが注意しても学校に来ないのね。」
「はい、もう、何度も電話したし、学校で偶に会った時にも色々
言ってるんですけど‥」
「保護者の私が何とかしないと‥‥。」
「だけど、さっきも言いましたけど、加持さんはともかく、
葛城さんの事は今でも赦せないって、いつもアスカは‥。」
「‥‥そう‥そうね。でも、こういう事って、
母親代わりの私のほうからがんばらないとダメでしょ?
ありがとう、今日は、色々と教えてくれて。」
「いいえ、こちらこそ。お願いします、アスカを何とかしてあげてください。」
「わかってるわ。じゃ、洞木さんも、アスカをよろしく。」
「ええ。それじゃ、失礼します。」
こうして、アスカの友人の短い訪問は終わった。
帰り際、洞木さんが残していった『アスカをよろしく』という言葉が、
いつまでも私の耳に残っている。
最後まで心配そうな顔をしていた洞木さん。
諜報部の事を頭にちらつかせ、自己欺瞞ばかりを重ねていた自分。
‥シンジ君やアスカと直に触れ合っている友人達。
学費や生活費を送るだけの自分。
本当に私は、二人の力になれるのだろうか。
本当に私は、彼らに危機が降りかかった時、力になれるのだろうか。
シンジ君には、きっと大丈夫だ。
インパクトの前、ぎりぎりの所で私は逃げずに立ち向かえたから、自信がある。
アスカに対しては?
シンジ君は、アスカからは絶対に逃げないようになってくれたし、
加持も、アスカとの距離を埋める事に少しづつ手応えを感じている‥‥けど。
けど、私は、また逃げ出すかもしれない。
もう二度と、逃げる事は許されないってわかっていても。
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【3.惣流 アスカ】
日曜日の夕方頃になって、私とシンジの数ヶ月ぶりの喧嘩が始まった。
明日から学校だって事で、家に帰るようにシンジに勧められたのが
事の始まりだったと思う。
最初は何気ない言葉の掛け合いだったものが、
次第にイヤな熱気を帯びていく。
「アスカ、いい加減学校に行かなないとまずいよ。
このままだと、いくら何でも留年しちゃうんじゃないの?」
「‥‥わかってる。でも、まだ大丈夫。」
「洞木さんが、言ってたじゃないか、月曜日の英語、まずいって。」
「やっぱり‥私が邪魔になってきたの?」
「そんなんじゃないよ、なんでそんな言い方しかしないんだよ!」
「だったら、ミサトみたいな事言わないで!私は私よ!
もう18なんだから、学校行くのもここにいるかいないかも、
自分で決めたっていいでしょ!」
年に一度くらいの最悪の事態は、いつも突然に。
次第にエスカレートする互いの感情を抑制できないまま、
私達は互いを思うがゆえに、結果として互いを傷つけ続ける。
本当は、互いに好きな筈なのに‥。
こんな事に意味があるのか‥‥あるはずがない。
だったら、やめればいいのに‥。
「僕もミサトさんも、みんなアスカを心配して言ってるのに!
なんでそれがわからないんだよ!」
「だいたいミサトがどうして出てくるのよ!あんな奴が、私を殺した奴が、
本当に私の事を心配してるとでも言うの?あんたバカ?」
「どうしてそんなにわからずやなんだよ!
みんな、どれだけアスカの勝手で心配したり迷惑してるか‥‥」
「やっぱり私がここにいたら邪魔なんだ〜!」
* * *
‥‥喧嘩が始まって、随分経った。
口も聞けなくなった私とシンジは、
台所と居間を分けるドア越しに背中合わせになっている。
何も言わないけど、どうやらシンジは二人分の夕食を作っているみたいね。
でも、晩御飯なんてどうでもいいのよ。
冷たいフローリングの上にうずくまったまま、私は待っている。
“ゴメンねアスカ”という、ただ一言だけを。
それが甘えだっていう、我侭だっていう自覚はあってもね。
ガチャ
「御飯、できたよ。」
でも、現実は甘くない。
何の会話もしないまま、暗く沈んだシンジと二人きりの夕食が始まった。
昼間に私が作ってってお願いしていたビーフシチューも、全然おいしくない。
リビングに響く空しい食器の音に、怒りと悲しみだけが膨らんでいく。
「テレビ、つけようか?」
「やめてよ、そんなの。」
“空しいだけよ”
何も言えぬまま、口と箸だけを動かした。
時間だけが、黙々と過ぎていく。
一言も喋らないシンジを見ていると、怒鳴りつけたくなる。
そして、一人の寂しさより二人の寂しさ‥‥忘れていた空しさと怖さが蘇る。
私は、シンジと過ごすことで、やっと孤独の地獄から抜け出す事が
出来たんだから、こんな事でシンジを失えない。
喧嘩なんてやめなきゃいけない。
怒鳴りつける事も泣きわめく事もいけない。わかってる。
だって、私はシンジ無しじゃ生きていけないもの。
また元の生活に戻るなんて我慢できないから、シンジと仲直りしなきゃいけない。
でも、私の気持ちをわかってくれずに、帰れ帰れと言ったシンジは
許せない。これだけ長いこと一緒に生きてきて、まだ私の気持ちを
分かってくれないシンジの事が。
“シンジは、私にとって誰より大切な男性、失いたくない‥‥”
“だけど、互いに解り合えないのは、イヤ!そんなの、たくさんよ!”
沢山の感情を持て余したまま整理がつかず、身動きが取れない。
結局、思いを言葉にする事ができなくて、
私は黙っていることしかできなかった。
「ごちそうさま」
「ごちそうさま‥‥皿、洗ってくる。」
「‥‥。」
“皿、洗ってくる?
皿洗い!?あんた、そんな事しかしないの?”
シンジは、私と視線を合わせる事を避けるようにして食器を片づけ始めた。
“私に、なんにもしてくれないの?”
横顔を睨み付けたけど、こっちは見てくれない。
あの時、あの頃、あの表情を思い出す。
それが、私の心に火をつけた。
「いいわよ、私がやるわよ!」
シンジから箸も茶碗もひったくって、大股で流し台に歩いた。
「もう私出ていく!」
「これ洗ったら、帰る!帰ればいいんでしょ!」
水道の蛇口をひねり、立て続けにそう言い放った。
突然の私の叫び声に、シンジは何も言えないまま、
私の側に立ち尽くしている。
私の顔を見ないで、私の足元を見ている。
それが、ますます私の気に障った。
『ねえ、だから見て、私を見て!ねえっシンジっ!』
“なんにもわかってくれない!”
「そうよ、どうせ私はダメな女よ!」
「あんたの家にゴロゴロしているだけで、学校でも見境無く甘えて」
「料理だってろくに作れないし、勉強の邪魔ばっかりして‥ええ、
要らなくなっても当然よね。」
「わかったわよ!帰ればいいんでしょ!」
「行くわよ、学校行けばいいんでしょ!もう、いいっ!」
皿を洗っているうちに、また泣き始めてしまった。
皿を洗いながら、鼻をすすっていた時、シンジがティッシュの箱を持ってきた。
「ごめん、これ、使って。」
「要らないわよ、こんなもの!」
ばちん
カッとなってしまい、シンジをぶった。
ティッシュボックスが乾いた音を立てて床に転がった。
シンジは右頬だけを赤くしながら、私のほうをじっと見ている。
流し台のほうから、空しい水の音だけが聞こえてくる。
時が止まったかに思える一瞬。
私達は、ようやく互いの目を見つめあう事ができた。
「私が欲しいのはこんなものじゃないって、ホントに気づいてないの?」
「なんであんた、止めてくれないのよ!」
「なんで帰るって言った私を、あんたは止めてくれないのよ!」
「わっ!」
バタン
立っていたシンジに飛びついた。
勢いで、シンジがバランスを崩し、その上に私がのし掛かる。
台所のフローリングの上で、私とシンジは抱き合う格好になった。
「‥‥どうして何も言わないのよ‥‥」
相変わらず無言のシンジの胸に、顔を埋めた。
「ちくしょう‥‥ちくしょう‥」
「わかってるわよ‥‥あんた達のいう事なんて‥でも‥」
「やっぱり帰れないよぉ‥‥‥」
「離れられないのよぉ!!!」
シンジの胸にしがみついたまま、声と言うより熱いモノを喉から吐き出す。
彼のTシャツがくしゃくしゃになるのも構わずに、涙目を何度もこすりつけた。
「‥うっ‥うっ‥‥」
「アスカ、もう泣かないで。」
「なによ」
「もういいよ、もう。今日は、帰らなくていいから。」
「‥‥‥。」
「もう、いいんだ。
僕は、アスカがそんな顔するのが、一番辛い。
それくらいなら、学校行かなくても。」
「ほんと?」
「うん。アスカがそこまで言うなら、いいよ。
僕だって、アスカが側にいてくれたほうが、嬉しいんだから。」
「‥‥。」
「ごめん。
まだまだアスカの事、全然わかってないから、こんな事に‥」
本気なのか、それとも‥‥ううん、私の知っている、私を救ってくれた、
今のシンジらしい言葉だと思う。
その言葉に、また泣いた。
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>「ごめん。
> まだまだアスカの事、全然わかってないから、こんな事に‥」
> 本気なのか、それとも‥‥ううん、私の知っている、私を救ってくれた、
> 今のシンジらしい言葉だと思う。
> その言葉に、また泣いた。
涙。
シンジのTシャツが、べとべとになっていく。
だけど、私の涙はもう綺麗なものじゃない。
弱虫の流す涙は、弱さゆえに美しくない。
私の涙は、だから美しくない。
甘えているだけだもん。
私、わかる。
本当は、第二新東京に帰るのが、私のため、シンジのため、私の事を
思ってくれるみんなのためだって、そんな事ぐらい勿論わかってるもん。
「きれいな涙だね。笑ってる顔もいいけど、泣き顔も、かわいいよ。」
私の顔を手で持ち上げて、シンジが頬を伝う涙を手で拭った。
茶色い瞳に、私の待っていたものを湛えて。
「見ないでよ!もう!」
照れ隠しなのか、それ以外の気持ちを見抜かれないようにする為か、
私は再びシンジの胸に顔を埋めた。
湿ったシャツ越しに微かな暖かさを感じながら、また、
想いを目から溢れさせる。
シンジから離れられない、自分。
中毒のように男に依存し、その暖かさを忘れられない自分。
やっと手に入れた本当の温もり、本当の優しさを、私は手放したくない、
片時もシンジから離れたくない。
シンジを失うくらいなら、私は、他の何だって犠牲にしてもいい。
こんな私って、間違っているのかな‥‥。
「シンジ‥‥」
「何?」
「バカな私を、お願い、許して‥」
「‥‥うん‥‥」
「‥‥駄目な女ね、私。」
* * *
「また、私、シンジを困らせてるね。」
「うん。でも、それでいいんだ。僕を、困らせるアスカでも、いいんだよ‥。」
「えっ?」
「アスカは本気で僕を見てくれる、大事にしてくれるから、いい。
困らせるけど、でも、アスカのお陰で、僕は寂しくなくなったんだよ。」
「嬉しい。そう言ってくれるのが、一番嬉しいな。」
「よかった。」
「シンジも、もっと私に凭れていいのよ。私、シンジの為なら何でもするから。
私も同じ。
あんたのお陰で、やっと私も幸せになれたのよ。」
「ハハッ、
こんな、学校休んでまで一緒の僕達って、
駄目だとは思うけど‥‥幸せだよね。」
「うん。」
「こうやって、アスカを抱いてると、思い出すよ。
昔の、お互い傷つけ合う事しか知らなかった頃を。」
「‥‥そうね‥‥ここまで来るのに、ずいぶん遠回りしたわね、私達。」
「アスカも、あんなのはもう二度とイヤでしょ?」
「イヤ!絶対イヤ!
あの頃に戻るくらいなら、死んだほうがマシだわよ!」
「そうだよね。アスカが、それと僕がどんなに傍目から見て駄目でも、
あれに比べたら絶対マシだよ。僕も、アスカから離れたくないんだ。」
「ありがとう。でも、こんな私でも、いいの?」
「うん。僕は、どんなに辛くても、どんな事があってもアスカを離さないから。」
「よかった。私、シンジだけ見てるから、安心して。」
今夜、何度目になるだろう。
会話が止まると、シンジが私の体に手を伸ばしてくる。
「また?」
「明日は、僕も学校休むから、ね。」
朝まで、こんな事をするのかな?
でも、今夜はいいや。
私は、シンジの為なら何だってできる、できなきゃいけない。
お互い、慣れてきたのかな?最近は、だんだん辛くなくなって、
少しだけ、気持ちいいような気もしてきたし。
シンジと一緒にいる為なら、寂しい頃に戻らないようにする為なら、
学校も友達も要らない。
こんな汚らわしい事にも、こんなおぞましい大人の愛の確認にも、
私は絶対に耐えてみせる。
あの、寂しい毎日を送らなくていいなら、私はどんな事だって‥‥やってみせる。
→to be continued
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