生きててよかった 第1部 「生きててよかった」
Episode-07 【唄】








 『いいわね、アスカ。 エヴァシリーズは、必ず殲滅するのよ。

  シンジ君もすぐに上げるわ。頑張って。』





 「必ず殲滅、ね。

  ミサトも病み上がりに軽く言ってくれちゃって。」



 「残り3分半で9つ。」

 「一匹あたり、二十秒しか無いじゃない!!!」



 「うりゃぁあああ〜〜!!!!」



 少女に残された時間は、残り3分35秒である。

 残酷な命令を振り返る贅沢さえ、彼女には許されない。



 一番近くにいた量産機に直進し、飛びかかる。

 たちまち敵の頭蓋を叩き潰し、その腹をへし折った“彼女”は、

 流れ出る体液を浴びて、赤く、さらに赤く自らを染めあげていった。






              「erst!!」



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 「ぬわぁあああああああ!!」


 休む間もなく、真紅の機体は再び動き始める。



 走り、跳ね、空を翔ける!



 未だ動きの緩慢な量産機、その一体に飛びかかり、

 大きな水柱を立てて敵を水中へと沈める弐号機。





 

 グゥオオオ・・・



 不気味な低い声をあげて、量産機が藻掻いた。



 だが、振り下ろされたプログレッシブ・ナイフによって、その苦悶も

 たちまち終焉を迎えるのである。



 

 ギギ・・



 宙を掴んだまま、2匹目はゆっくりと湖底に沈み始めた。






 「だぁああああああああああっ!!!!!!」



 ナイフの刃を素早くリロードし、さらに疾風の如き突進。



 戦闘用OSを起動させ、ようやく武器を構えた別の一機に飛びかかり、

 その手をナイフで狙う!



 ドサリ、という音に続いて、武器を持ったままの量産機の左手が

 地面の上で跳ね廻った。



 それに満足する事もなく、掴んだ量産機に対して

 二撃、三撃と鋭いナイフが振り下ろされる。





 バキッ



 「ちっ!!」



 過負荷に絶えきれず、ナイフが砕け散った。

 その僅かな間隙をついて、傷だらけの眼のない巨人がつかみかかる!





 「うっ!」



 だが、その攻撃エネルギーのベクトルを逆に利用して弐号機は体の位置を入れ替え、

 すぐさま敵の白い首を絞め始めた。



 

 ウギギギギ・・・



 ブツン!





 だらん、とした首。

 これで3つめ。





 「ん?クッ!」



 だが、一時のいとまさえも戦場には存在しない。



 目に見えぬ殺気を感じとったアスカは、素早く機体をよじらせた。







 ヅシャッ!!!





 反応の早さが幸いした。

 つい先程まで弐号機がいた地面に、飛びかかってきた量産機の槍が、

 深い穴を穿ったのである。





“死ぬもんか!!”





 本能の赴くまま、手近に落ちていた量産機の槍を拾い、

 彼女は襲いくる暫撃を素早くガードする。





 “!”



 刃を返した瞬間、ほんの僅かの隙が量産機に生じた。

 アスカは、それを見逃さない。





 再び、弐号機が攻勢に転じた。



 周囲の土砂を巻き上げながら、何度も切り結ぶ二つの巨人。

 二合、三合と槍がぶつかり合うたびに、砂煙の中に黄色い火花が飛び散った。





 「でぇえええええええええいいいいい!!!!」



 「もう、しつこいわね!!!!!!

  バカシンジなんて、あてにできないんだから!!!!!!!!!」




 力に勝る弐号機が、やがて主導権を握り‥‥。





 「‥‥ぁああ!!」





 バシュッ!!





 勝敗が決したのも、一瞬だった。



 斜めに振り下ろされた巨大な凶器が真っ白な頚部に食い込み、

 量産機は赤い体液を撒き散らしながら地面へと倒れ込んだ。







 『死んではダメよ』



 “わかってるわよ”





 『まだ、死なせないわ』



 “ママが一緒なら、私、生きたい!!”

 “ママが一緒なら、どんな辛いことだって!”





 

 ギギギギギ・・・



 「このぉおおおおおお!!!!」


 “お前らなんて!!”





 “畜生!!”



 「うぉおおおおお!!!」



 エントリープラグの中の少女は、病床にあった頃とも、学校で友人に

 微笑んでいた頃とも異なる表情をしていた。




 宝石よりも青く、美しかった瞳はアドレナリンなどの作用で縮瞳しきっていて、

 今はむしろ凶暴性を感じさせる。



 口を大きく開き、絶叫しながら戦い続けるアスカ。




 死の淵にあって、それでも死に物狂いで生き延びようとする

 一人の人間の姿‥‥人間の醜さと美しさのアンバランスなブレンドを

 呈したその表情は、間近で見る者を、おそらくは戦慄させる事だろう。





 「うあああああああああああああああああああああああああ!!」


 バシャーッ!!



 「5匹目!!!」



 すさまじい勢いで血を撒き散らしながら、量産機の上半身が

 回転しながら宙を舞い、地面に落ちた。



 続いて、襲いかかってきたもう一体の足を斬って動けなくし、これで6匹!







 「うっ!!しまった!?」



 だが、足を斬った瞬間にバランスを崩して倒れかかる弐号機。



 無論、敵は容赦などしない。

 一体が弐号機の上に馬乗りになって、赤い機体を羽交い締めにした。





 

 グルルルル・・・



 目を持たぬその怪物は、大きな口を弐号機に近づけ、

 今にも喰いかからんとしている。



 弐号機にとって、これまでで一番の危機。だが、まさにその時!





 「ああっ‥‥クッ!!!」






 バシュ!!
 キシャアアアアア!!!!



 右肩に装備されていたニードルショットが突然発射され、

 唾液にまみれた量産機の顔に突き刺さったのだ!



 「!」



 バシュッ!



 さらにもう一撃!

 頭部をハリネズミのようにしたそれは血を吹き出しながら地面に倒れ、

 やがて動かなくなった。





 “あと一分!”

 『まだ生きていなさい』



 「ぬぅああぁああああっ!」





 光る何かがプラグの中に飛び散る。

 絶叫する彼女が散らしたそれは、汗か、それとも涙か。





 「負けてらんないのよ、ママが見ているのに!!!」



 「こぉれぇでぇラストォオオオオオオオ!!」





 残り二体の量産機、投げを使って上手く二つの体をまとめた所に、

 弐号機が拳を打ち込んだ。

 渾身の力と生への意志が込められた赤い腕は、一体の体を貫き、

 もう一体のコアをその指で掴んだ。





 「ぐぅううううううう!!!!!」



 アスカの、そして弐号機の指に力が篭る。



 量産機はというと、口を一杯に開き、灰色の舌を突き出し、

 悶絶しているかのように見える。





 残り時間は、あと10秒。

 その時!



 「ううううっ!!!ん!?」





 ガキーン!!




 いずこからともなく、量産機の槍が飛来してきた。

 咄嗟に気づいたアスカは、それをATフィールドで素早く防いだ。



 展開される八角形の相転移空間が、オレンジ色の光を放っている。





 「悪あがきを!」







  だが、槍は空中に留まって‥‥急に形を変え‥‥





 「まさか、ロンギヌスの槍!?」



  アスカの顔が、はじめて恐怖に歪んだ。




  彼女にとって無限の一瞬が訪れ――――心の壁を突き破ったそれは、

  無慈悲にも弐号機の頭部に深々と突き刺さった。





 「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!

  !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」





 中途半端に高いシンクロ率が災いし、アスカは即死する事もできず、

 頭を貫くすさまじい痛みに、声をあげて悶えた。



 外眼筋の一部が砕け、だらだらと血が流れ落ちている。



 「ああああああっ!!!!!!!!」

 「あああああああっ!!!!!!!」

 「あああああああっ!!!!!!!」





 槍に串刺しにされ、その上活動限界の弐号機。



 真っ暗になったエントリープラグの中、眼窩から血を流しながら、

 それでも彼女は気違いのようにレバーを引っ張り続けていた。





 “死ぬのはイヤ!”
                           “死ぬのはイヤ!”
        “死ぬのはイヤ!”           
                                 “死ぬのはイヤ!”















 アスカが絶叫している間にも、エントリープラグの外の状況は

 無情に変化してゆく。



 活動停止した筈のエヴァ量産機が次々に再起動を始めたのだ。



 だらしなくゆっくりと、だが確実に起きあがるエヴァシリーズ。



 いやらしい歯をむき出しにした白い悪魔達は、涎を垂らしながら、

 串刺しになった弐号機をじっと見つめる。








 

 グェエエエエ・・・


 ぞっとするような咆哮に続き、彼らは獲物を貪るために飛び上り‥‥

 禿鷹の如く弐号機に群がった。



 手で、口で装甲板を引きちぎり、あらわになった柔らかな素体に、

 彼らは鋭い爪や歯をたてた。


 皮膚が破れ、筋膜が裂け、むき出しになった内蔵を

 彼らは滅茶滅茶に噛みちぎり、引き裂いてゆく。



 弐号機の体からは青色の体液が飛び散り、白い量産機の体に

 まだら模様の染みを描いた。





 「!!‥‥‥!‥‥ぁああ‥‥!!」



 さらに、堕天使の群は内蔵を引っ張ったまま空に舞い上がり‥‥

 プチンという嫌な音とともに、弐号機の内蔵は引きちぎられた。








 「あ‥‥あああ‥‥‥う‥ううう‥」





 手で押さえられた腹部。

 赤いプラグスーツは、血と飛び出た腸のために、いつもより膨らんで見えた。



 致命傷だ。

 たとえ今救出されたとしても、もう助からない。






 奇妙に体をよじらせて、アスカは悶え続ける。

 痛みは、筆舌に尽くしがたかった。



 「‥‥うっ‥ううっ‥」



 「殺してやる‥‥殺してやる‥殺してやる!!」





 

 ガコン



 暴走を生み出したのは、母や生への執着か、それとも復讐心か。




 弐号機の顎が開き、エントリープラグのディスプレイが再び灯った。

 はらわたの飛び出た赤いエヴァが、ガクガクと動き始める。





 「殺してやる‥殺してやる‥殺してやる‥殺してやる‥殺してやる‥」



 小さく弱々しく、深い恨みの篭った声で、アスカは呪詛を繰り返した。

 ディスプレイに写る敵に、爪の剥がれた手を伸ばす。

 それにつられるように、弐号機も空に向かって弱々しく手を伸ばした。





「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる‥‥」



 アスカの目に写る、眩しい太陽と青い空、飛び回る敵の影‥‥。


 おそらく、見るもの全てが憎く見えた事だろう。






 機体を立ち上がらせようと、彼女は何度も念じた。




 

 ガガガガ・・・

 ぎくしゃくと弐号機が動きつづける。



 だがそれは、虫ピンで張り付けにされた昆虫のもがきそのもの‥‥。




「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる

 殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる」





 

 バシュッ    バシュバシュ






 そして‥‥生きたいという願いは、踏みにじられた。



 処刑人の槍が次々と投擲され‥‥

 それらは、無慈悲な正確さで弐号機の体を貫いていった。









 

 「ハァ‥‥‥ア‥‥アアア‥‥‥‥ア‥‥」

 『ごめん‥ね‥‥アスカ‥‥』





 

 「‥ア‥‥」





 瞬間、不幸な少女の全身から噴水のように血が噴き出した。

 LCLの中はたちまち真っ赤に染まり、プラグスーツから

 飛び出した内蔵が漂い始める。





 痙攣のためにビクビクと震え続ける体。

 大きく見開かれたままの目、口。



 絶命してもなお生への渇望を訴え続けるその姿は、あまりに哀れであった。





                          →to be continued








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