生きててよかった 第1部 「生きててよかった」
Episode-05 【愛ゆえに】








(1電脳空間)



 午前5時45分。

 地下深く、人の気配がする。



 セントラルドグマ第三層、そのデータバンクのマイナス3度の世界は、

 本来ならば無人であって然るべきである。





 それゆえ、女がこの時間、この場所にいるという事は本来ありうべからざる事であり、

 もし諜報部に発見されれば、それは何らかの処分の対象となるであろう。



 ネルフ作戦部長、葛城三佐ほどの人物がそのリスクに気づいていない筈はないのだが、

 どうやら今の彼女にはそんな事はどうでも良いようである。



 うなるようなコンピューターの駆動音をバックに、

 せわしないキーボードの音がかれこれ2時間は響いているだろうか。





「そう‥‥。

 これがセカンドインパクトの真意だったのね」


 独語に混じって、白い息が漏れた。




 液晶ディスプレイいっぱいに映し出された文字列を見るミサトの

 表情が険しい。



 そう、彼女はMAGIにアクセスして、ネルフ、ゼーレの最高機密を

 盗み出していたのである。



 もし見つかれば、作戦部長といえどただの処分では済まない事ぐらい、

 知悉した上での行為だ。






 ピーーーーーーーーッ





 「気づかれた!?」



 突然のBEEP音と共に、ディスプレイが朱に染まる。



 銃を手にして、立ち上がるミサト。

 慌てたためにコーヒーの缶を蹴飛ばしてしまい、気まずさが高い音を立てて

 地底空間に響きわたった。





 5秒、10秒。



 だが、何も起こらない。









 「いえ、違うわ。」



 「始まるわね」





 ガシャッ





 突然、全ての機器の電源が落ちた。

 血生臭い戦いは、こうして幕を開けた。







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 (2赤木 リツコ)







 警報が鳴ってすぐ、私の予想通りにドアが開いた。



 明るい光を見るのは久しぶりね。





「わかってるわ、MAGIの自律防御でしょ」



「はい、詳しくは第二発令所の伊吹二尉からどうぞ。」



 光の中に浮かび上がる男の声は、冷たく、儀礼的なもの。



 そんなこと、当たり前だって分かってはいるけど。





「必要となったら、捨てた女でも利用する。

 ホント、エゴイストな、男性ね‥‥。」





    *         *         *







 「私、バカな事してる。

  ロジックじゃないものね、男と女は。」



 「そうでしょ?母さん?」



 あの人の為に、私はすべき事をした。



 Bダナン型防壁。

 これで、36時間は外部からの侵入は防げる。

 外部からは。



 私の仕事は終わった。

 後は‥‥これだけ。





 

 ピッ





 赦して、母さん。



 私、最後まで女でいたいから。



 せめて、最後の瞬間くらいは、母親として娘の願いを叶えて下さい。











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 (3 殺戮の意志)



 一方的な破壊と殺戮は、午前7時きっかりに始まった侵入以来、

 絶えることなく続けられていた。



 ジオフロント内部に潜入する戦略自衛隊、その兵士達の集団。

 その、殺人と破壊の高度なシステムは、ジオフロント内部に入ってからというもの、

 ネルフ側の散発的で稚拙な抵抗を文字通り蹴散らし、たちまちのうちにその主要な

 機能を奪っていった。





『南ハブステーションは閉鎖』



『柳原隊、新庄隊、速やかに下層に突入!』



『第二発令所、左翼下部フロアに侵入者。』





 無慈悲な、或いは悲鳴のような言葉の群れが、その場に居合わせている人間達を

 マルスの忠実なる下僕へと変えていく。



 銃声が狭い廊下に木霊し、爆発音が人々の鼓膜を叩くたびに、

 彼らは命を奪い、そして散らすのである。





『エヴァパイロットは発見次第射殺。非戦闘員への無条件発砲も許可する』





 武器を持った戦闘員を殺すだけに飽きたらず、手を挙げて降伏する者にも、

 彼らは容赦しない。



 男も女も、子供も皆殺しである。





 それが、戦場という名の、地獄であった。





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 (4 付属病院第一脳神経外科 午前八時)





 「セカンドチルドレンのエヴァ弐号機への移動、終了しました。」



 「よし、では、第一脳神経外科はこれにて解散する。各自、本部の情報に従って、

  セントラルドグマまで逃げてくれ。」



 「あの、先生‥‥」



 「何かね。」



 「フォースチルドレンの妹さんはどうするんですか?」



 「‥‥せめて、楽にしてあげなさい。」



 「‥‥はい。」







      *           *           *





 「おはよう、鈴原さん。」



 「まま〜、ずっとこなくてさびしかった」



 「あのね、また戦争みたいなの」





“参号機との接触から三ヶ月、結局最後まで退行現象は消えなかったわね。”

“今日も、看護者の私を母親と思いこんでいる‥‥。”





 「せんそう?こわい。」



 「ええ‥‥。でも、だいじょうぶよ。

  さ、あさのお注射しましょうね。」





 「あっ!ちゅうしゃしないで、イヤ!いたいのイヤ!」



 「ごめんね」



 「いたいいたいいたい!!!」





 「がんばったね。さあ、だっこしてあげるからね。」



 「うん!」








 「あれ?ねむくなってきた。おきたばっかりなのに。」



 「‥‥ごめんね。」



 「まま、なんであやまるの?」



 「なんにもしてあげられなくて、ごめんね‥‥」



 「‥‥う‥眠くなって‥‥きた‥‥」



 「ごめんね、ごめんね‥‥‥」







 バタン 





 パン パンパンパン







 「エリア59にて、正体不明の少女を発見。命令を乞う」





 『対象はチルドレンの可能性有り。射殺せよ。』





 パン パンパン







 「射殺を完了、更なる命令を乞う。」



 『調査班到着まで、その場にて待機。』



 「了解」









 「罪のない子供や看護婦を殺すのは、いい気分じゃないですね」



 「ああ‥‥。

  命令とはいえ、酷いもんさ。」



 「ま、この仕事をやらないと、もっと大勢殺されるんだ。

  諦めて、手を汚すしかないさ。」



 「しかし、こんな所で待機か、女子供の死体を見て過ごすのは、趣味じゃないな。」



 「おい、せめて目を閉じてやれ。開いたままは、可哀想だ。」



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 (5 その頃‥‥)







 吉澤の目の前の4つのディスプレイに、めまぐるしく変化する戦況が

 表示されている。



 ひっきりなしに鳴り響くコールに対応しながらも、彼はそれら全ての情報機器を

 器用に操り続ける。



 コーヒーと無駄話ばかりが好きなオペレーター達も、今は仕事に集中しているようだ。







 「そんな事は、現場で判断しろ!なんのための中級将校だ!」



 「西館の陽動部隊は、そのままD通路を経由して第2層へ。」



 「捕虜については、状況如何では殺してもかまわん。

  ただし、最小限にな。」





 “損な役回りだ”



 吉澤は、信じていた。

 これは、サードインパクトを防ぐための戦いだと。



 全人類の未来のための、やむを得ない武力行使であると。



 “成功すれば、ジュネーブ条約違反で左遷、下手をすれば更迭‥”



 “失敗すれば、人類の滅亡、か。”





 「双子山に何故一個大隊も残しているんだ!!さっさと余所へ回せ!」







 美名の元の殺戮。



 しかし、酔っている者など一人もいない。

 ただ、ピン張りつめた空気が、狭い発令所を支配している。





 「地底湖にて発見?そうか、すぐに攻撃しろ。爆雷がなければ、代わりに

  なるものを使うんだ!機転を利かせろ!」





 “こいつら、防衛大で何を勉強してきたんだ!?”



 “失敗すれば世界の終わりだという自覚が、足りないな”



 「よし、それでいい。すぐに弐号機に対して攻撃開始。起動する前に、破壊しろ」








 だが、不幸にも、ゼーレの真の思惑を、日本政府の人間は誰も知らない。

 戦略自衛隊は、『その為』の捨て駒に過ぎないということも。





                          →to be continued








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