生きててよかった 第1部 「生きててよかった」
Episode-23 【夢の終わり】
‥‥私がヒカリと再会したのは、
おんぶされて対策本部に向かう途中の事だった。
どこか見覚えのある姿を見つけたのよ。
焦茶色の髪の毛をリボンで結んでいる、私達の中学の制服姿といえば‥‥。
うん、ヒカリよ!
ヒカリを私が間違える筈がない。
「もしかして‥‥ヒカリ!?」
シンジの背中の上から、その人影に恐る恐る声をかけた。
「誰?‥ア‥アスカ!無事だったんだね!!よかった!」
「足、怪我してるけどね。でもほら、シンジがおんぶしてくれるから大丈夫。」
「久しぶりだね、洞木さん。」
「碇君!あ、加持さんとミサトさんも!お久しぶりです。」
「こんにちは。」
「久しぶりね、洞木さん。」
“そんな奴等に挨拶なんて要らないわよ!”
「改めましてこんにちは。
でもよかったぁ、碇君とアスカも、ちゃんと戻って来てて。
探したけど向こうじゃ全然見かけなかったし。」
私を探してた?ああ、私が内に篭ろうとしてた頃の事ね。
だけど‥‥その前、ヒカリは私を見向きもしないで鈴原ばっかりだった事もあった。
でも‥今は、それについて責めるつもりはない。
私が今シンジを好きなように、ヒカリは、鈴原が好きだから、仕方ないといえば
仕方ないと思う。
ヒカリ達は、私を友達としてはちゃんと探してくれてたし。
「こいつとはね、これからもずっと一緒なのよ。ねっ!」
「うわぁ!」
「え!?」
再会の喜びのあまり、調子に乗ってしまった。
見せつけようと思って、私はシンジの首に抱き付いた。
ほっぺをスリスリ。
シンジったら、慌てちゃって!
人前だからいけない?
違うわ!人前だからなのよっ!
「ア、アスカ、く、苦しい〜!」
「あ、あの‥二人とも‥‥。」
「ご、ごめんねシンジ。」
私達を見て、ヒカリったら目をパチクリさせてる。やっぱりびっくりしてるのね。
ふふ〜んだ、後でシンジの事、もっといっぱい自慢しちゃおっと。
「え、えっと、そ、それより皆さん、今からどこに行くんですか?」
「ああ、これからどうすればいいかわからなくてね。
その辺の人に訊いたら、まず対策本部に行けって
言われたから、向かっているところだけど‥」
「うん。IDの確認をやったら、配給とかテントとかが割り当てて貰えますから。」
ミサトに答えながら、ヒカリが大きなテントを指さしてる。
なんか、ヒカリが大人達と話している間じゅう、いい気分がしなかった。
それにしても。
配給とかテントの割り当てとか‥。
教科書にしか載ってない言葉じゃん、どれも。
私達、ホントに大丈夫なのかな?
「あと、病院が裏手にくっついているから、アスカを連れてってあげてください。」
「そうか、すぐに連れていくよ。いろいろ、ありがとう、洞木さん。
じゃ、行くぞ、シンジ君、アスカ。」
「ねえ、ヒカリは、どこにいるの?」
「西区の108っていうテントだから。近くに他のみんなもいるわ。」
「じゃあ、後で必ず行くから。」
「うん。だけどその前に、ちゃんとお医者さんに見てもらうのよ。」
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対策本部で簡単な書類の手続きを終えた後、ヒカリに言われたとおりに
野戦病院に入ってお医者さんに足を見てもらった。勿論シンジに連れられてね。
加持さんとミサトはって?
ああ、あいつらとは別行動よ、もちろん。
なんか、対策本部の偉い人と会うとか会わないとか言ってた。
ま、これで暫くは会わなくていいっていうなら、セイセイするだけね。
もう、あいつらにみたいな残酷な大人には、できるだけ関わらないで
生活したい。
『‥‥とにかく、安静第一ですよ。湿布と松葉杖を出しておきますから、
一週間後にまた来て下さい。』
「ありがとうございました。」
お医者さんは右足を診て『ただの捻挫ですよ、大丈夫』と言ってたから一安心。
無茶はもちろんいけないけどね。
で、松葉杖と湿布を受け取ったら、後はヒカリの所に。
久しぶりにちゃんと会える友達。すごく嬉しいな。
「西108って書かれたテント‥‥確か、ここよね?」
「うん。じゃ、入ってみるよ。」
ヒカリに教えて貰った番号のテントは、苦労しないですぐに見つかった。
自衛隊の軍用品なのか、ずいぶんと地味な色の奴だけど、近くで見てみると
割と居住性は良さそうな感じがする。
「ごめんください‥」
「こんにちわ〜。」
さあ、入ってみよっと。
「いらっしゃい、二人とも!」
「あ、アスカさんだ!久しぶり!」
「こんにちは、はじめまして。姉のコダマです。」
少し暗いテントの中に入る私達を、元気な声が出迎えてくれた。
ヒカリの家で前に会ったことのある妹のノゾミちゃんは、
小学校の5年生の、かわいい女の子。
初めて会うコダマお姉さんは、すごい美人ってわけじゃないけど、
初対面の私を安心させるような、そんな何かを感じられる人だった。
見てるだけでも仲の良さそうな3姉妹だけど、
それでも、喧嘩とかもするのかな‥。
「こんにちは、惣流アスカです。で、こいつがシンジ。よろしくお願いします。」
「さ、奥に入って。他にも会わせたい人、連れてきてるわよ。」
え?会わせたい人?
‥‥って、誰だろう‥‥。
ああっ!
このダサいジャージ姿と、オタクっぽいメガネは‥!!
「ケンスケと鈴原!!な、なんであんた達がここにいるのよ!」
「こ、こんのぉ〜!再会の第一声からそれかぁ?わ、わいも
碇が来るゆうから来ただけなんに!!」
「久しぶりの再会っていうのに、イヤーンな感じぃ!」
私が叫び声をあげるやいなや、テントの奥の方にあぐらをかいていた
二人が立ち上がり、こちらに詰め寄って喧嘩を売ってきた。
‥あ、売ったのは私のほうか‥まあ、気にすることないわよね。
「あの、アスカと碇君が来るから、二人を呼んだんだけど‥。
もしかして、迷惑だったかな‥」
「そ、そんなことないよ、ね、アスカ。」
「そんなこと、ある〜!」
慌ててフォローにまわるシンジに私は背中から抱き付きながら、
私は鈴原に舌を突き出してみせた。
「べ〜〜〜っだっ!!」
「そ、惣流〜!お、お前、シンジにくっついて!!アタマ変になったんと違うか?」
「ますますもってイヤーンな感じぃ。」
「ア、アスカ、人前でやめてよっ!もうっ!」
嫌がるシンジ。
でも、離れてあげないよ〜だっ!
「人前だからよ、鈍感ね〜!シンジは私のものなのよ!」
「なにぃっ?」
「は?」
「アスカ!?」
『シンジは私のもの』って言った瞬間、みんなの視線が凍り付いた。
言葉の意味をよく考えてみて、私自身もちょっとだけ固まった。
洞木三姉妹も、鈴原も、ケンスケも、ああ、シンジまで‥。
やだ‥みんな、黙ってこっちをじっと見てる‥。
な、なんか緊張してきたかも‥。
「‥‥‥もっ勿論じょ、冗談よ。このわわわ私が
こっこんなボンクラバカに惚れる筈がないじゃない!ええ、そうよ!」
「惚れる?惚れるゆうたぞ‥あの惣流が‥この高飛車女がシンジに‥‥」
「アスカ、熱でもあるんじゃないのか?
なあ委員長、アスカの面倒見てやったほうがいいんじゃないか?」
「ちょ、ちょっとあんた達!」
「‥‥‥お姉ちゃん、これって照れ隠しよね‥アスカさん、あたふたしてる」
「え?え、ええ。そうね。」
「ヒ、ヒカリっ!」
他のみんなも、ウンウン頷きあってる‥。
ひょっとして、墓穴を掘ったって奴?
「違うのよ!誤解なのよ!まさかあんた達、私がこんな奴にときめいてるって
思ってるの?」
「ときめく‥」
「おい、今度はときめくゆうたぞ!」
「アスカ‥‥。」
「ああん!!なんでみんなそう思うのよ!!シンジとは何でもないんだから!!」
その時、今まで黙っていたシンジが急に‥‥
「アスカ、前も言ったけど、僕、キスとかしなくてもちゃんと好きだから、
そんな事言わないでよ。」
ボソリと呟いた。
「ふっふっふっ不潔よっ!!二人ともっ!!!!!」
その後、私とシンジが“公認”になったのは、言うまでもない。
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私とシンジ、友人達との生活は、こうして再開された。
テントでの窮屈な生活は一週間足らずで終わりを告げ‥‥。
すぐさま私達は第二新東京市内の仮設住宅に引っ越す事ができた。
だけど、私達をすし詰めにしたトラックが着いた先は、
第二新東京とは名ばかりの、山の中に並ぶ急ごしらえのプレハブ住居。
都会に行けると思ってたから、最初は唖然としたわ。
一番近いコンビニまで20分もかかるようなド田舎だもん。
しかも、私の同居人にシンジだけじゃなくて加持さんとミサトまで
登録してあったときては‥‥ねぇ。
毎日を不機嫌に過ごしていた私に対して、大人達は
優しい言葉をかけてくれたり私の我が儘を叶えてくれたりと、
尽くしてくれたと思う。
けど‥‥やっぱり好きにはなれなかったし、これからもなれそうにない。
シンジがかわいそうだから、もちろん好きになるように努力はしたつもりよ。
でも、どこか態度に不自然なものを感じたからか、
二人を好きになることはどうしてもできなかった。
市街地まで買い物に出た時も、夕食のメニューを決める時も、
猫なで声で私ばかりにやたら聞いてくるのよ、シンジの事をさしおいてまで。
だからこそ、ほら、思惑が逆に見え透いているように思えるでしょ?
私のご機嫌を取ろうっていうのが。
あいつらを嫌っている私の事を、向こうのほうも腫れ物みたいに思っている、
そんな気がした。
シンジにはホントに悪いと思っていたし、実際迷惑をかけてしまった
かもしれないけど、どうしても、どうしても好きにはなれなかったのよ。
確かに、二週間の間に、何とか表面は会わせる事はできるようになったわ。
ミサトの好きな言葉で言えば環境適応って奴かな?
だけど、心の中では恨みと憎しみばかりが大きくなっていった。
訴訟でも私刑でも、何でもいい。
いつか、必ず‥今まで私やシンジが受けた地獄の苦しみを晴らしてやりたい、
最近はそんな事も考えるようになってきた。
絶対あいつらの私に対する優しさは、シンジのそれと違う。
シンジは、ホントに私が好きでそうしてくれる感じだけど、あの二人は
そうじゃないからね。
だから私は‥‥これからも二人の事を心の底で恨みながら生きようと思う。
それで、間違いはないと思う。
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‥それから中学校の授業が再開されたのは、引っ越した二週間後、
4月14日の事だった。
キーンコーンカーンコーン
「起立、礼、着席」
先生の声とともに、私達の中学校最後の一年が始まった。
見知らぬ片田舎の学校でようやく始まった、私とシンジの新しい“日常”。
もう、エヴァもネルフも私達には関係ない。
これからは、シンジやヒカリ達と、私は一緒に生きるの。
もう、嫌な過去が私を苛む事もないわよね、全部終わったんだから。
今、シンジがいてくれる事、ヒカリや友達がいてくれること、
それだけで私は充分。
後は‥‥ママの事もエヴァの事も、みぃんな忘れちゃえば、
きっと私は幸せになれる。そう、信じている。
周りの友達と、人並みに遊んで、人並みに勉強して、人並みに恋もして‥‥
それだけでいいんだと思う。
そうすれば、きっと今までよりずっと幸せになれるのよ。
「みなさんはじめまして。これから1年間、3年A組の担任をさせて貰います
樫村と言います。第三新東京市から来た人も、昔からここに住んでいた
地元の人も、仲良くやっていきましょう。困難な時代ではありますが、
そんな時代だからこそ、皆さんの‥‥‥‥」
最初の朝礼が始まった。
昔の第一中学校の制服によく似た制服を着た、新しい私がいる。
私のすぐ後ろの席にはシンジが、その周りにはケンスケや鈴原。ヒカリの姿もある。
もちろん、全然知らない人もたくさんいる。
地元の人達とも、上手くやってけるといいなぁ。
今の夢を忘れぬよう、胸に刻みつけよう。
エヴァや大人に振り回される事もないだろうから、普通の中学生として、
これからは私もシンジも思いっきり楽しい毎日を暮らす事、それが私の今の夢。
そして、昔の事なんてどうでもいいくらいに、私、幸せになる。
必ず‥‥今度こそ、必ず幸せになる。
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