生きててよかった 外伝1
【今がいつまでも続きますように】 (2016. 4/18)








 ――「ねえシンジ、デートに連れてってよぉ。」


 僕がこの言葉を聞いたのは、確か先週の土曜日の事。
 アスカが付け加えた。“場所はあんたに任せるわ”という一言が、
 僕を悩ませた。


 自分で決めろと言われてもなぁ‥‥。
 アスカは勿論、女の子と二人で遊んだ事なんて一度もないし。


 困った僕は、まずケンスケに相談を持ちかけた。

 でも、『それこそ、お前が決めなきゃ失礼だろ』ってさらりと答えられた。
 器用に立ち回れなくてもいいから、思ったようにリードすればとか、二人っきりで
 暮らしたことがあるから心配ないとか。そんなに簡単なものかなぁ。

 洞木さんも『お見合いじゃないんだから、どこだっていいじゃない。』だって。


 だけど、デートだよ、この僕が‥‥。
 アスカがどんな場所が好みなのか、全然わからないよぉ。




 明日の行き先、本当に気に入って貰えるかな?
 全然、自信ないや‥。


 ああ、何考えてるんだろ、僕。
 明日は朝が早いんだから、いい加減考え事をやめないと。


 待てよ、新しい服は‥ちゃんと枕元に出してあるよね、

 お弁当の仕込みも寝る前に殆ど終わってる。

 お金も‥ちゃんと下ろしておいたから、何があっても大丈夫。

 よし、今度こそ寝ないと。

 目をしっかり瞑って、羊でも数えよう‥‥羊が一匹、羊が二匹‥






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 「おはよ、シンジ。」
 「アスカ、おはよう。」

 「ねえ‥このバスケット、持ってくの?」
 「うん。昨日、北上さんとこから借りてきたんだ。」
 「ホント!?うわぁ。」


 キッチンの真新しいテーブルの上には、
 見たこともない白色のバスケットが置かれていた。

 中を覗くと、おにぎりとおぼしきアルミホイルの塊や、
 タッパー、フォークなんかが詰まっているのが見える。

 なんだか、すっごくおいしそうな、たまらなく嬉しい予感。

 ちゃんと、準備してくれてたんだ‥‥。

 「ねえ、どこ行くの?」

 「え?秘密にしとくようにってアスカ、言ってたでしょ?
  だから秘密。とか言って、実は大した所じゃないんだけどね。」

 「そっか、そうだったわね。じゃ、黙っといてね。」


 私達のはじめてのデートは、みんなシンジに任せっきりにしてみた。

 勿論、シンジは不器用だから、私が振り回したほうが楽だってわかってる。

 だけど、それじゃいつまでたっても私はかわいい女になれないし、
 シンジのほうも器用になってくれないからね。


‥だから、少々変な所に連れて行かれても、今日は気にしないつもり。


 「はい、朝御飯のトースト。
  早く食べてアスカも着替えてよ。」

 「うん。あれ?ミサトは?」

 「寝てるよ、奥の部屋で。起こさないでって、ぶつぶつ言ってた。」

 「ふ〜ん‥‥。ま、どうでもいっか。
  それより、どんな服着ようかな‥。」



 *           *           *



 結局黄色のワンピにしちゃった。
 だって、おきにだもん。


 来日したときに着てたのと殆ど同じデザインのやつね。
 先週の日曜日、ミサトに買って貰ったやつ。

 動きやすいし、森の緑に映えてきっとシンジにもかわいく見えると思うし、
 初デートはこれで決まりね。

“スカートめくれるからやめてたら?”ってシンジは言うけど、
 要はめくれなきゃいいんだしね、めくれなきゃ。


 「ねえ、この看板見てよ。」
 「なあに?あ‥『大倉山山頂 あと500メートル』って。」


 近所の小さな山を登り初めてもう30分。目指す山頂はもうすぐだ。

 美しい緑のトンネルの中を、ゆっくりと歩き続ける私達。

 人気のない広葉樹林、少し湿った、でも澄んだ空気。

 辺りの梢が風に揺れるたびに、さわさわという心地よい音が聞こえてくる。

 天気は快晴。なにもかも、言うことなし。




 「思ったより近かったね、山頂まで。」

 「ええ、。でも、私、結構ここ気に入ったわよ。
  田舎の山だと思って最初は心配してたけど。」

 「あ、ありがとう。」


 その時‥‥

 ヒュウウウウウウウウウ・・・・


 強い風が山道を駆け抜け‥‥。


 「!!」
 「あっ‥その‥‥」

 ばちん



 手が出てしまった。


 「ごめん‥‥つい、習慣で‥‥うん‥。」

 「‥‥見物料?」

 「ううん、タダよ。もう、昔とは違うんだから、シンジは。」

 「タダ!?」

 「‥‥‥‥‥う、嘘よ、嘘に決まってるじゃん。」


 ちょっとだけマジな目でシンジが私をみていたような気がしたから、
 私は冗談を取り消した。

 正直ちょっと、恐かった。

 今になってみれば、あの夜に、体を赦そうとした事が信じられない。

 やっぱり、女っぽい事でシンジに見つめられる事には、抵抗感があるかな、今も。


 「ふう。だからワンピースはヤバイって言ったのに。」

 「だって、この服気に入ってるんだもん。」


 「うん、もちろん似合ってかわいく見えるんだけど‥まためくれちゃうよ。」

 「‥‥スケベ。」

 「ごっごめん。」

 「さ、さ、さ、先に進みましょ!」
 「っ、ちょっとまってよ、アスカ!」

 慌てるシンジを残し、私は緑の山道を先に歩き始めた。




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 ――さらに歩くこと2分。
 視界の悪い森の道を抜け、突然私達は山頂の公園に出た。

 「うわぁ‥」
 「スゴイね、これ‥‥」

 緑のトンネルの先には、広いお花畑が、広がっていた。
 あまりの花と草の匂いに、少し息が詰まる。

 白と緑のコントラストは、たぶんクローバーね。
 所々に見えるピンク色は、ヒルガオの花と、低いネムノキ。
 他にも、所々に見たことのない種類の野草が咲いている。



 それに、景色よ景色!

 第二新東京の大きく新しい街並みと、遥か遠くの大きな山々が織りなす、
 綺麗な景色。

 凄い!

 雲一つない空に、銀色のビルが、緑濃き山々が、くっきりと映えてる。


 「いっぱい山、見えるわね‥‥すっごい景色。」
 「えっとね、正面に見えるのが霧が峰とか美ケ原高原だったと思うよ。」

 「え?シンジ、なんでそんな事知ってるの?」
 「北上さんに聞いたんだ、山の事も、この山頂の公園の事もね。
  いい所だから、いつか惣流さんを連れていってあげたらって。」

 「なるほどねぇ。ちゃんと情報収集してたんだ、私の知らない間に。」

 北上さんってのは、私達のクラスメートで、地元の子。

 どうりで近場を選んだのかと思ったら、そういう事だったのね。
 ちゃんと、色々考えてくれてたんだ。嬉しいな。



 「ねえ、もう12時だから、お昼にしない?」

 「うん!するする!」


 シンジがバスケットの中から小さなビニールシートを取りだして、
 花畑の上にそれを敷いた。

 二人で並んで腰を下ろした。
 もちろん、景色のいいほうを向いて。


 「アスカ、おにぎりとサンドイッチ、どっち先にする?」
 「サンドイッチがいいかな?」



 「はい。パンはあんまり使ったことないから、自信ないけど。」

 そう言って手渡されたプラスチックの小さな篭を見てみると‥
 いろんなサンドイッチが入ってる。

 う〜ん、シンジが作った割にはあんまり見栄えは良くないかもしれないけど、
 味が良ければそれでいいのよ。

 まずは、手前のロールサンドからね。

 「それじゃ、いただきま〜す!」

 「どうぞ。」





 パクッ


 「うん!ちゃんとおいしい!!」

 「ホント?」

 「うんっ!おいしいわよ、これ!!
  見栄えはちょっとアレだけど、味のほうはさすが〜!」

 私の好みに味付けをアレンジしてあるからかもしれないけど、
 すごいおいしい!



 「よかった、喜んで貰えて。じゃ、おかずとフォークも出すから。」

 小さなタッパーに入ったお料理を、シンジが次々に出してくれる。
 スモークサーモンのマリネにミートボール、アスパラガスのベーコン巻き‥
 どれをとっても、私の好みのものばかり。

 汗ばむ一歩手前の陽気の中、冷たいお茶も最高においしい。



 「こんなにいっぱい‥‥。」
 「もっと食べてよ。僕一人じゃ、もちろん食べらんないし。」
 「遠慮なんてしないわよ。ぜええんぶ食べてあげるから。」

 シンジったら、夜遅くまでこんなに色々作ってたのね‥。
 絶対残さないようにしよっと。



   *         *         *



 御飯を食べた後、クローバーの花畑に腰掛けて、
 二人で四つ葉のクローバーを探した。

 クローバーは、ヨーロッパでは幸運をもたらすって言われている。

 だから、いっぱい見つけて白い花と一緒に編んでネックレスを作ろうと
 したんだけど、そういう事はてんで下手クソな私には全然できない。

 結局、シンジが私の為にって、作り始め、それを横から見る事になった。



 いつも思うんだけど、シンジの方が女の子っぽい事は何でも上手。

 料理、洗濯、掃除‥お裁縫もできるし。
 私も、少し教えて貰おうかな。

 なぁんにも出来なくて、シンジにしてもらうばっかりは、
 いくら何でもあんまりだからね。
 私も、ちょっとは女の子らしい事が出来るようになっとかないと。



 「‥‥できたよ、アスカ。」

 そして、シンジから手渡された白と緑のネックレス。
 草の匂いがするそれを首にかけたら、ちょっとくすぐったかった。


 「幸運のおまじないかぁ‥‥。ホントに幸運になったらいいなぁ。」

 「僕は‥‥幸運だと思うけどな。」

 「えっ?どういう事?」

 「好きだったアスカと一緒にまた暮らせるんだよ、僕。
  ミサトさんも加持さんも、トウジ達も戻ってきたし。
  僕、どれももうダメかと思ってたから、充分幸運だよ‥‥。」


 シンジの頬が、ほんの少しだけ赤みを増したような気がする。
 二人きりだからか、私の頬も少し火照ってきたと思う。


 「そう?そっか、じゃあシンジって、幸せ者なのね。
  私は‥自分が幸運だなんて、そんな風に思ったことないけど‥。」

 「そう?アスカ、変わったよ、サードインパクトの前と比べて。
  よく笑うようになったし、かわいくなったし‥‥幸せそうだけど。」

 私だって、シンジといるときは、ほら、幸せよ。

 だけど‥‥二人でいるときだけだもん、幸せなのって。
 これじゃダメよ。


 「でも、家に帰ったらまたミサトと顔を合せなきゃいけないし、
  もう誰も私をヒーロー扱いなんてしてくれないしさぁ。」

 「‥‥アスカ、まだそんな事思ってるの?」

 「‥うん。やっぱり、チヤホヤされてた頃の気持ちよさって、
  なんか忘れられないのよね。そうそう、友達も減っちゃったし。」

 「前言ってた、サードインパクトの時に喧嘩したから??」

 「うーん‥‥そうかもね。みんな再会できたけど、今も付き合っている
  のは半分くらいかなぁ。」


 あれ?
 ‥いつの間に、こんなに難しい話になったんだろ。

 「あ〜!もうヤメよヤメよ。
  せっかく天気も景色もいいんだし、小難しいのはやめようよ。」


 「そうだね。ご、ごめん。」

 「シンジが謝る事ないわよ。
  それよりねえ、今度は何する?」

 「さっきさ、向こうのほうに池を見つけたのよ、そこ行ってみない?」

 「うん。」




    *         *         *



 綺麗な景色とお花畑、それからシンジ、ホントにそれだけの日曜日だった。

 何にもないといえば何にもないデートだったけど、
 それで足りないと思うことは全然なかった。

 ミサト達と暮らすようになってからは、チャンスがなかなか無かったから――。
 二人だけの世界にいた頃みたいにベタベタとくっついたり甘えたり。


 ポッキーを「あ〜んして」ってやったら、シンジ、すごく嬉しそうにしてた。
 すぐに照れちゃうけど、それがまた見ていてよかったし、私もシンジもそれを
 楽しんでいるところがあったと思う。



 木陰で彼と並んで座ったとき、彼の肩にもたれてみた。

 じっと目を瞑ったとき、ああ、これが探していたものだと思った。

 うん、どれも、他の人が見たらバカみたいって言うことかもしれないけど、
 間違いなく今の自分は幸せだった。




 そして‥‥太陽が西に傾き、楽しい午後にも終わりがやってきた。

 長い影を引きずりながらの夕暮れの道を、初めて手を繋いで歩く。


 誰かに見つからないかと、ビクビクするシンジだけど、
 顔は笑ってたから、許してあげよう。

 初めてのデート。
 帰り道だけは、妙に足どりが重かった。


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 「おやすみ、シンジ君、アスカ。」

 「おやすみなさい。」
 「‥‥おやすみ。」


 時刻は、10時をまわったところだ。
 まだ寝るには早い時間だけど、今日は、もういいや。いろんな楽しい事があったし。


 バタン

 僕達の部屋に戻り、いつものように押入から二人分の布団を出した。

 布団をひき終わるや、アスカはぱたりと横になり、たちまち寝息を
 漏らし始める。


 「アスカ、楽しかったね。」
 「‥‥。」

 電気を消しておやすみをいう僕に、やっぱり返事はなかった。
 けど、それでも僕は、構わないと思った。

 また明日、色々話せばいいんだから‥‥。





                                 おしまい








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