生きててよかった 第1部 「生きててよかった」
Episode-14 【彷徨】








 シンジを追い立ててから、どれぐらいの時が経ったのかな。
 太陽がだいぶ高く昇ってるから、お昼が近いっていう事だけは
 時計が無くてもなんとなく判るんだけどね。

 辺りの風景なんてもう見飽きちゃった。

 建物らしい建物なんて、見渡す限り壊れてるんだから。

 歴史の教科書に載っている原爆とかN2爆弾の写真みたいに、電柱やビルが
 同じ方向を向いて倒れている事から察するに‥‥きっと、
 ここで凄い爆発があったんだと私は思っている。

 たぶん、サードインパクトの時、湖の中心付近で起こったんだと思う。

 でも、ただの爆発じゃないのは間違いない。


 ずっと湖の畔を歩き回っているんだけど、生き物の死骸
 を見る事が一度もないのよ、おかしな事に。

 さっき、ひっくり返った装甲車の中を調べたんだけど、
 ハッチの内側にもそれらしいものは何も無かったし。

 いったい、私が死んでいる間にここで何が起こったのだろう?



 「ファーストが言ってた事、やっぱり本当なのかな‥」

 一人そう呟き、青い空を見上げた。



 ‥‥いい天気ね。
 緑の綺麗な愛鷹山も真っ黒な富士山も、青空に映えてくっきりと見える。

 そして、遥か彼方に横たわるファーストの顔、ファーストの手も‥‥。


 だけど、空を横切る大きなオレンジ色の筋が目に入ってくると、
 私の心は自然と曇ってしまう。

 太陽の照り返しを受けて蜂蜜色にキラキラ輝く一筋の河が、
 西の空に浮かんでいる。
 あれは言ってみれば、沢山の人達の魂の証なのよね。


 自分の推測が恐い。

 あれがみんなのLCL――命の証で、あれが見える限りは
 私はひとりぼっちなんじゃないかって。

 あそこでヒカリ達が戯れているんじゃないかって。




 “はあ‥‥”


 それにひきかえ、誰もいない、何も見つからない私一人の世界。
 森が吹き飛んでできたのか、変な木の柱みたいなのが
 何本も立っているだけだし。



 「これからどうしよう‥‥。」


 一人きりの湖畔。穏やかな波の音だけが、私の耳に入ってくる。

 この、荒れきった世界に来て以来、シンジ以外の人間の声は勿論のこと、
 セミや鳥の鳴き声さえも、一度も聞いていないような気がする。

 ここには、生き物の気配が感じられない。


 あの男と私の二人きり‥‥まるで地獄ね。




 「みんな、早く戻ってこないかな」


 退屈してきた私はクリーム色の砂浜にごろりと横になって、頭上を見あげた。
 背中に伝わってくる砂の熱さを感じながら、雲一つない空を
 ぼんやりと眺め続ける。

 私の頬を、涼しい風が撫でてゆく。


 “天気はこんなにいいのにね。”
 “お腹、減ったな‥‥。”

 生き返ったのはいいけど、生きていくには食べなきゃいけない。
 この、何にも無い世界で、私はどうやって生きていけばいいのだろう‥‥




 ぐう


 「何とかしなくちゃ。」


 私は食べ物や飲み物になりそうなものを探すために、再び立ち上がった。



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 アスカに嫌われた。
 やっぱり僕は、アスカに赦して貰えなかった。

 だけど、仕方ないか。
 殺そうとしていたんだから、赦されなくったって当然だよね。

 それに‥アスカの言ってたこと、実感あるから。
 やっぱり僕は自分の事しか考えてないんだ、許しを求めていても。



 本当にこんな僕に、生きる価値があるのかなんてわからない。
 アスカを、それだけじゃない、沢山の人を傷つけて生きてきたこの僕に。

 僕が生きていても、きっとさっきみたいにアスカや他の人を
 また傷つけてしまうだけのような気がする。

 そう、どれだけ好きになっても、僕はアスカを傷つけることしか
 できないのかもしれない。どれだけアスカの力になろうとしても、
 結局はアスカの邪魔になるだけなのかもしれない。


 「やっぱり、生きなければ良かったのかな?」



 忘れられそうにないや、朝の出来事。

 みんなに会いたいって、アスカに会いたいって願いながらも、
 僕は――バカな僕は――目の前にいたアスカが恐くて――また嫌いって言われるのが
 恐くて――拒絶を恐れて――首を絞めて‥‥。



 結局僕は、今も何にも分かってないんだ!


“そしてまた、傷つけたから、傷ついたから、こうやってアスカから逃げている。”


 悔しさを何かにぶつけたいという衝動に耐えきれず、
 僕は地面に落ちていた空き缶を思いっきり蹴飛ばした。

 つま先に広がる感覚も、缶の転がる音も、いっそう僕を空しくしただけだった。




 “どうしてこんなに簡単に諦められるんだ?”
 “それじゃ、前と同じじゃないか。”



         『また逃げ出すのか』



 “時間が経ったら、また会いに行けばいいよ”


 でも、アスカに脅されて以来、僕は殆ど止まらずに歩き続けていると思う。



 あの後、湖の岸辺をアスカがいたのと反対方向に歩いていって‥‥。

 喉が乾いたから湖の水を飲もうとしたけど、それは塩水だった。
 それが始まり。


 口に渇きを覚えながら湖の周辺を彷徨ううちに
 小さな河を見つけたのが、確か昼頃の事だったと思う。

 綺麗かどうかはわからなかったけど、何とかありつくことができた水を、
 僕はたっぷり飲んだんだ。



 ‥‥‥その河を遡りはじめて、もう大分経つ。

 さっきは遠くに見えた背の低い緑の山は、ずいぶん大きく見えるようになったし、
 湖も彼方に小さく見えるようになった。

 相当遠くまで来たんだな、僕。


 “熱いな‥‥”

 太陽はもう、大分東に傾いている。

 吹き出る汗をハンカチで何度拭ったか、もう覚えていない。



 とりあえず、水がいつでも飲めることだけが救いだ。
 空腹は満たしようもないけど。



 “でも、まだ緑や建物が残っているような所に出れば”

 そう、世界が全て壊れたわけじゃないんだ。



 “でも、アスカを置き去りにしてどうするんだ?”

 そうだ。
 アスカの事、どうしよう‥‥。


 今この世に存在する事がわかっている、たった一人の他人が、アスカなんだ‥。
 僕は、また同じ過ちを繰り返したくない。

 これ以上、アスカを傷つけるのも、また自分がアスカに傷つくことも‥‥。

 “でも正直、今はアスカに会うのは恐い。今すぐ会わないほうがいいかも。”
 “湖までは、もうかなりの距離がある‥。”

 地表の破壊の度合いがマシになってきているような気がするから、
 とりあえずもう暫くは前に進もうというのが、結局出てくる結論。




 “僕、逃げてるよ”



 そう判っていても、お腹が減っている事だし‥このまま川沿いに進もう。
 食べ物がある所まで歩いてみて‥見つけてからでも遅くはないよ‥。

 ほら、もうすぐだよ。きっと、見つかるよ‥‥。



 「あ、あれは!?」

 そう思っていた矢先、目指すものを見つけた僕。


 「‥‥残っている!!」

 僕の喜びは、素直に声の形をとる。

 一軒のコンビニ、それと何軒かの小さな集落が残っていたんだ!


 そのコンビニの側を見ると、湖側の方角に小さな岩山がある。
 たぶん、この岩山のお陰で爆風の直撃を逃れたに違いない。


 あ、よく見ると、その隣の本屋や一般家屋も‥‥。
 みんな窓ガラスは破れているけど、どうやら無事みたいだ。



 ガタン・・・

 フレームだけになったドアを開けて、まずは無人のコンビニに入った。
 勿論、食べ物を探すためだ。

 そこらじゅうひっくり返っているけれど、無事なものも多い事に、僕は安堵する。

 缶詰に色々な飲み物、懐中電灯、乾電池にライター‥‥。

 助かったんだ、とりあえずは助かったんだ‥‥。



 本能がそうさせるのだろう、僕は何もかも忘れて食べ物に飛びついた。
 まずは一番手近にあった鰯の缶詰の蓋を、無我夢中で開ける僕。

 蓋を開けると漂ってくる旨味の匂いが、暴走寸前の胃袋から歯止めを奪っていった。

 “ああ‥‥おいしい‥‥”
 “こんなに食べ物がおいしいなんて‥”

 アスカの事も何もかも忘れて、僕は、満腹感が睡眠をもたらす瞬間まで、
 ひたすら食べ物を貪り続けた‥‥。



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 寒く、風の強い夜だった。


 綺麗な星も、明るい月も、今は要らない。
 私が今欲しいのは、人の気配や、人の作り出した灯りと温もり。

 でも、この世界には人なんていないのよね。
 私とシンジを除いて‥‥。



 夢の中の私と、まるで変わらない。
 あの時と変わらない、寂しくてしかたない気持ち。

 人工の灯りのない孤独な夜に、私は膝を両手で抱えて怯えている。




“ああ、懐中電灯とか安物のラジオとかで構わないから。”

 食べ物を探すついでに、そういうものも探してみたんだけど。
 だけど、一日中湖の周りを歩き回った挙げ句、結局私が見つけたものといったら、
 ライフルや拳銃、それから壊れて動かない通信機――それで全部。


 “寒い‥‥”


 何も見つけることも出来なかった私は、結局シンジと別れた場所に戻ってきていた。
 意識してじゃないけど、いつの間にか、元の砂浜に戻っていた。


 シンジが恋しかったのかな?
 ううん、それはない。
 あってたまるもんか。


 でも、寂しさよりもお腹よりも、今は喉の乾きが深刻だと思う。
 口の中がカサつき始めて、気分が落ち着かない。


 朝から私、何も飲んでいない。
 昼間はあんなに汗をいっぱいかいたのに。
 一度、湖の水を飲んでみたけど、塩辛い海の水でとても飲めるものじゃなかった。

 今はその時のせいか、喉までヒリヒリする。



 こんなんで私、眠りにつけるのかな?

 風も、なんだか冷たくなってきたし。




 欠けた月に照らされた冷たい砂浜の上は、あまり快適なベッドとは言えない。
 これだと私、砂と風のせいで体温を奪われてしまうと思う。

 それでも私は眠りにつくために丸くなって目を閉じるしかない。
 疲れているから。

 でも、目が覚めて明日になったとしても、一体私は何をすればいいのかな。

 本当に私、どうすればいいの?



 「あいつ、戻ってこないかな‥‥」


 あ、何を私、バカな事を呟いてるんだろ?





                          →to be continued








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