生きててよかった 第3部 「信仰」
Episode-02 【絶望】
「遂に、この時が来た」
「待ち侘びた、魂の補完が始まる」
「人々が失っているもの、喪失した心」
「その心の空白を埋める 心と、魂の、真の補完が始まる」
「不完全な群体としての人類に、終止符をうち完全な単体へと変わり」
「永遠の命と、真の安らぎを得る」
「それが、補完計画」
「議長、アダムとイブの拉致はどうなった?」
「ネルフの妨害に会い、イブは捕捉したもののアダムの拉致には失敗した。」
「失敗だと!?冗談ではない!
アダムとイブを手に入れねば、何一つできないではないか!」
「ネルフ側に気取られた以上、次の作戦はさらに困難を極めることだろう。
どうするのだ?」
「案ずるでない。既に、アダム拉致計画の為の準備は進んでいる。
この本部を嗅ぎつけた奴らは、間違いなくここに攻めてくる筈だ。
その時を狙う。」
「リスクが多きすぎやしないかね?」
「ネルフに対しては、それとなく誤った情報を流している。
肉を切らせて、骨を断つ‥‥勝算は、充分にあるだろう。」
「フィールド展開に問題のあった機動兵器についてはどうなのだ?」
「赤木博士に異常箇所を検索させている。一両日中には修復が
完了するだろうとの話だ。」
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怪しい男達に襲われて、どれくらいの時が経ったのだろう。
「痛っ!!な、何?」
両腕と胸の押さえつけられるような痛みで私は目を覚ました。
体を動かそうとしたけど、動けない。
それもそのはず。体がロープのようなものでぐるぐる巻きにされている。
旧ネルフにいた頃に見た電算室を思わせる、モニターと端末だらけの狭い部屋。
もちろん、見覚えなんてない場所ね。
そっか‥‥私‥‥拉致されたんだっけ‥‥。
「ここは‥‥どこ?」
「天国への門、と言ったところだろうな。
惣流 アスカ ラングレーよ。」
私の独り言に応える声があった。
慌てて声のほうを振り向くと。
私の目の前、赤色のゴーグルみたいなものをつけた老人が椅子に座っていた。
後ろには、たぶんそいつの部下らしい、白衣の男が5、6人。
シンジは勿論のこと、私の知っている人は一人もいない。
「あんた達ね!あんなにいっぱい人を殺して、私をこんな所に連れてきて!!
ここはどこなのよ!私をシンジの所に帰しなさいよ!!」
怪しげな集団は無言のまま、冷たい目で私のほうをじっと見つめている。
本能的に、味方ではない事だけが私にはわかった。
「あんた達は、何者なのよ!」
「私は、キール・ローレンツ。人類補完委員会議長にして、
ゼーレの総責任者である。」
「ゼーレ!?」
「そう。人々の魂を救済する為の組織。」
ゼーレ‥‥聞き覚えのある名前‥‥。
思い出した!
そうだ、サードインパクト後の報道によれば、確かふたつのインパクトを
起こしたのが、ゼーレ。
エヴァを作ったのも、私をパイロットに選んだのも――量産機を派遣して
私を殺したのも、みんなゼーレという名の秘密組織の仕業!
「ゼーレ‥‥ゼーレって、まさか‥‥」
【殺してやる殺してやる殺してやる】
急に目の前が暗くなったような錯覚。
意識の水面下に眠っていた、長い平和な生活のうちに忘れていた
モノが目を醒ましつつある事を私は自覚していた。
【殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる】
エントリープラグ名付けられ檻の中で味わい続け、耐え続けていた、
あの恐怖、あの痛み、あの思いが。
【殺して‥‥やる!!!】
いつの間にか、自分の体が震えだしていた。
畜生!でも、どうする事も出来ない。
“弱みをこいつらに見せるわけにはいかない!”
“戦わないと!隙を見て、逃げないと!”
そう自分に言い聞かせ、歯を食いしばろうとしても、震えが止まらない。
自分の歯がカチカチと情けない音を立てている。
ただ、自分の運命が怖かった。
怖くて、しかたがなかった。
「ママを殺したのも‥‥私を殺したのも‥‥」
「そうだ。量産機を派遣し、お前達親子を贄とする事を決めたのも、我々だ。」
「!!!」
ゼーレという組織への憎しみは、ミサトや加持さんに対する幾千倍も強い筈なのに。
目の前のキールという老人の言葉に、睨み返す事さえできない。
かわりに、目を瞑る自分。
試練に立ち向かうより、情けない自分を責めるより、
目の前の恐怖から今は逃げたかった。
“これは夢よ!悪い夢なのよ!!”
でも、言い聞かせようとしても、ダメね。
自分を縛るロープの痛み・冷たい床の感触‥‥そういう色々のものが
私を現実から捉えて放さない。
再び目を開けたとき、私の視界は滲んでいた。
恐怖と絶望の涙だと、自分で解った。
たぶん、生まれてから自分がこんなに惨めな顔をした事はないって顔を
していると思う。
なんて諦めが早いんだろう。そう思わなくもなかったけど、
神経の髄に叩き込まれた激痛と悪夢の前に、意志までもが思い通りにならない。
「そんなに怖がらなくてもいい。」
不意に、声がした。
「これから、お前の願いが叶うのだ。」
「だから、怖がらなくていい。」
宥めるような、でも、どこか人を威圧する力を秘めた、乾いた老人の声。
もう私には声のほうを振り向く気力も余裕もなかった。
「では、早速検査を始めて貰おう。精神・身体のな。」
『はっ。』
縛られた私を、白衣の男達が移動式のベッドに乗せる。
どこかに連れていって、きっと色々といじられるんだろう。
セカンドチルドレンだった頃みたいに。
でも、暴れる事も男達に噛みつくことも‥‥何の抵抗も私はしなかった。
できなかった。
暗い廊下を運ばれながら、ただ、震えることしか。
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沢山の検査が、私を弄んだ。
昔ネルフやゲヒルンで何度となく受けたものとあまり変わらない、
いろんな種類の検査。
とても嫌だったわ。
検査を渋ったり僅かでも抵抗の素振りを見せたりすると、容赦無く殴られた。
恐怖のあまり、無謀だと知りつつも、検査室から走って逃げようとした。
でも、その試みはとても高くついたの。
「こいつ!!!」
「下手に出れば!!」
「二度と逃げようなんて思わないように、思い知らせてやる!!」
追いかけてきた三人の男達にたちまち取り押さえられ、リンチをうけた。
口からいっぱい血が出るまで殴ったり蹴ったりされた。
「薬を持ってこい!!尋問の前だが、構わん!!」
羽交い締めにされたあげく、得体の知れない薬を注射された。
「な、何をするのよ!!」
「ええい、動くな!」
「おい、体を押さえろ!」
「イヤ!イヤァアアアア!!!!」
――それから約一時間。
今は、ものすごい吐き気と悪寒に襲われている。
気分は最悪ね。
実際、既に一度、茶色いものがいっぱい混じった胃液を吐いた。
自分の足で立っているはずなのに、宙に浮いているようなぐらぐらした感じが怖い。
今にも自分が死んでしまいそうな、とりとめのない不安も感じる。
私が注射されたのは、いったいどんな薬だったんだろう。
まあ、ろくなもんじゃないのだけは間違いないけどね。
「‥‥体の検査のほうは、以上だ。
ひき続き、君の心のほうを調べさせてもらう。」
「‥‥‥心?」
「そうだ。心だよ。」
暗いランプだけが灯る狭い部屋に連れられ、その中央の堅い椅子に
私は体を縛られた。
四方を白衣の男達に囲まれ、顔に何本もまぶしいライトを当てられ、
怪しげな点滴をうたれた。
たぶん薬や暴力のせいだと思いたいけど、ずっと畏れだけが私の心を支配していた。
憎しみも怒りも、今は感じない。
ただ、怖いだけだった。
熱があるのかな。ますます体が寒くなってくる。
震えはまだ止まらないし、なんだか目も霞んできたような気がする。
舌がピリピリと痺れるような感じも、なんか変ね‥‥。
「まずは、基本的な事を訊いてみようか。
君の名は?」
「惣流 アスカ‥‥です。」
あれ?
「君の恋人の名前は?」
「‥‥‥シンジ。碇 シンジ。」
「そうかそうか。碇 シンジ君だね。
シンジ君の事は、好きかい?」
「うん。大好き。」
私、なんで、この人達と話しているんだろう‥‥。
何も喋ってやるものかと自制しようとしても、私の口は勝手に動いた。
ううん、自制が効かなくなってきている。
「ちゃんと答えられるじゃないか、よし、いい娘だ。」
「うん。」
私は、どうしちゃったんだろう。
猫なで声の目の前の人に逆らう事が、だんだん馬鹿げた事にしか
思えなくなってきている。
何かを考えて行動するのも、億劫。
薬のせいかな?
まあ、どうでもいいわ。
でも、この寒さと気持ち悪さは、とっても不愉快‥‥それさえ何とか
してもらえれば‥‥
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「薬が効いてきたようですね。」
「ああ。border line syndromeの実験体に投与した時と、ほぼ同じ反応だ。
赤木リツコ博士‥‥精神薬理にも精通しているようだな。
18の娘が、これではまるで幼児同然ではないか。」
「では早速、そろそろ本格的な質問に入るとしよう。」
「了解。ステージをフェイズ2に移行します。スコポラミンと
塩酸モルヒネの追加、準備お願いします。」
「ねえ、あんた達何しゃべってるの?むつかしい事、わかんない。」
「気にしなくてもいいんだよ、アスカちゃん。
これから、おじさん達の聞くことに、きちんと答えてくれれば、
それでいいんだよ。」
「は〜い。」
私、どうしちゃったんだろ。
自分が生まれ変わったような感じね。
懐かしい‥‥。
気持ちいい‥‥。
心が、すーっとする‥‥。
この感じ‥なんなんだろ‥‥‥これが、ずっと私が待っていたものなかな‥‥。
ずっと、ずっと‥‥。
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「すいませんが、10分でお願いします。
ネルフ本部に向かうヘリは、もう駐屯地のほうに入っているので。」
「はい、わかっています。」
黒い背広を着た係官の、努めて事務的な声が少し気に障った。
けど、僕は何も言わない。
ただ、ワンルームマンションの裏手に向かって走るだけだ。時間がないもんね。
アルミサッシについたままの窓ガラスの破片を手でどけて、夕日の射し込む
自分の部屋へと踏み込んだ。
「‥‥。」
ガラスと埃にまみれた六畳半部屋を眺めると、とても悲しいものがある。
部屋の隅にあったチェロのケースにもいっぱいガラスの粉が積もっている。
“元気出さないと”
悲しみにのめり込まぬようにと自分に言い聞かせ、洋服ダンスを開ける。
持ってきたスポーツバッグに着替えや下着なんかを片っ端から放り込んだ。
洗面用具や携帯電話にノートパソコン、S−DATも忘れずに。
「これはどうしようか‥‥」
押入を開けたときに、見たくないものを見つけ、僕は手を止めた。
「だけどな‥‥」
手に取ったのは、A4サイズのミニアルバム、合計四冊の入った段ボール箱だ。
中は殆ど全部、僕とアスカの思い出の写真で占められている。
手にとってパラパラとめくると、一年分の沢山の笑顔が
無邪気な眩しさで僕を苦しめた。
アルバム、どうしようか。
当分ここには戻ってこれないかもしれない。
置いていくのもイヤだし、かと言って持っていってどうするんだ‥‥。
アルバムを眺めて泣き暮らすとでも言うのか?
そんな事、耐えられない。
「碇シンジ君!!時間です!!」
表のほうから、係官の大声が聞こえた。
迷った僕は、結局手にしていた一冊だけをバッグの中に押し込み、
その場を立ち上がった。
「さよなら、僕の家」
電気を消して、再び窓をくぐって部屋を出る。
再び地平線を見ると、もう、紅い太陽は沈んでしまっていた。
僕は、また泣きそうになったから、後ろは振り向かずにマンションの表に
向かって機械的に歩いていくことにした。
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アスカがさらわれて、二度目の夜。
私は惜しい時間を削って自宅に帰り、やはり多忙を極める夫と
時間を共有していた。
言うまでもなく、ただ一緒にいるわけではない。
アスカが言うところの、『不潔な大人の付き合い』っていう奴。
勿論、私はいけない事だとは考えていない。
特に、今夜の私と彼は‥‥。
「久しぶりだな、こうやって抱き合うのは」
「そうね。夫婦だって言うのに、職場以外ではろくに顔を合わせないものね。」
この4年間ですっかりシミだらけになった仮設住宅の天井を眺めながら、
私は加持の男らしい腕に包まれていた。
正式に結婚して、ちょうど今日で3ヶ月。
周囲の私達を見る目は少し変わったけど、私達の営みには変わりようが無かった。
仕事と情欲が不透明なオブラートとなって、優しさと裏に秘められたエゴを
包み隠しているような曖昧さの残る関係‥‥それでも、何かを信じあえる関係。
私も加持も、今はこれでいいと思っている。
「いよいよ、明後日には出発だな。」
「ええ。あなたの持ってきてくれた情報、頼りにしてるわよ。」
「頼りにしているのは、情報だけかい?」
「えっ?」
「俺も行くの、聞いただろ?
後の事は、保安部の日向君に総て任せてあるって。」
「嘘‥冗談やめてよ。」
私の黒い髪を手で掬いながら、加持が“公私混同も甚だしいが、
行かせてもらうよ”と小さく呟く。
「本気なの?あんたが‥‥」
「だから、日向君に任せると言った筈だ。
万が一の事があっても、彼なら十分に対処できるだろう。
日本をはじめとする各国のゼーレを駆逐した以上、
渉外部が担うべき仕事の量は激減することだし‥‥な。」
「そうじゃなくて!!」
男らしい鈍感さを見せる夫に抱きつき、頬を舐めた。
加持の体から、微かに男らしい汗の匂いがした。
私が、ネルフの職員である前に、シンジ君達の母親である前に、
一人の弱い女である事をわかって貰おうと、両手で加持の体を掬う。
もう30を回った女のする事じゃない?
いいえ、そんなの、私には関係ない。
これが私なのよ。
「そうじゃなくて、私はあなたの心配をしているのよ。」
「もう時田司令には許可は貰っている。直
属の部下と一緒に君の部隊に随伴する事になる。
‥‥君のお目付役も兼ねてな。」
「アスカの救出もゼーレの討伐も、私達に任せればいいのに‥‥どうして」
「葛城ひとりに任せておけないからさ」
加持はそう言って私の頬に口づけした。
「‥‥加持君のいつもの癖ね。あなたは、いつもそうやって
私の制止を振り切る。私には、あなたが必要なのよ。」
「‥‥。」
「次にあなたが死んだとしても、もう二度のインパクトは無いのよ!
それを防ぐのが私達の仕事なんだから。」
短い静寂の後、“すまん”という小さな声が、
私の鼓膜を微かに振動させた。
「素直に謝るのは、反則よ。」
「そうだな‥‥だが‥‥すまんとしか言いようがない。
許してくれ。」
謝罪を繰り返す加持に、私はハッとして顔を彼に向けた。
「そんな顔するなよ、葛城。」
四年前、一度死別したときの事を私は思い出しながら、
見慣れたはずの彼の顔をただ見つめる。
いつの間にできたのだろう。
ほんの僅かだけど、私は加持の顔に皺を認める事ができた。
「‥‥すまん。
子供みたいなわがまま言って。
だが、俺だって今はお前が必要なんだ。
葛城ひとりを死地に送り込むなんて、できないんだ。」
「‥‥あんた‥。」
「俺だって、人間だからな。」
「‥‥‥。」
「なあ、葛城」
「‥‥なに?」
「この戦いでゼーレを潰して‥‥」
「‥‥」
「それと、シンジ君とアスカがもう少し安心できるようになったら‥‥」
「‥‥‥‥」
「子供でも、育てないか?」
「‥‥そうね。」
「ありがとう。」
「今から、っていうのはどう?今日は、たぶんその‥‥」
「それも悪くないな。」
加持が、私の体に手を伸ばしてきた。
「もう‥‥せっかちね‥‥」
いつもは私の方からなのに、珍しく彼の方から。
体の力を抜いて、今は全てを男に委ねる事にした。
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ゼーレ本部は、その殆どが巨大な地下迷路によって構成されている。
徹底的にカモフラージュされた地上開口部から地下最深部までの
高低差は約1000メートルにも及び、箱根のジオフロントを模して
作られた各部署には「セントラルドグマ」「ターミナルドグマ」といった名称が
つけられ、膨大な数の実験設備をその内部に抱えている。
対人防衛システムも、極めて高い水準を誇っている。
警備にあたる人員だけでも約一個連隊の戦力を擁し、
さらに要所に設けられた小型の無人砲台群やセンサーが侵入者に対して
常に目を光らせているのだ。
世界中から資金と人材を集め、この巨大な地下基地を建設させたのは、
他でもない、人類補完委員会委員長キール・ローレンツである。
常に人類の未来を憂い、この計画に全てを賭けている彼は今、
施設の最深部・ターミナルドグマの一角にある、人工進化研究室に来ていた。
「久しいな、赤木リツコ君。」
「‥‥‥。」
様々な実験機器に囲まれた空間の中央、脳髄を象った灰色の物体の前に
彼女は立っていた。
「LCLプラントの準備はどうなっている?」
「仕事の邪魔よ。」
所々が黒く汚れた白衣を身に纏った女は、手にしたキーボードを
カタカタ言わせる事に夢中になったまま、老人を一顧だにしない。
キールは、むしろその事に満足したように大きく頷くと、
再び言葉の糸を紡ぎ始めた。
「投入した三機の“ピクシー”が、ATフィールドを展開しきれずに、
ネルフと陸自の前に撤退を余儀なくされたそうだ。
パイロットの話によれば、フィールドを展開すると出力が‥‥」
「修理したわ。」
「何?」
「出力系の一部が、長時間の飛行に耐えきれずに焼き切れていたわ。
次の出撃については、問題ないはずよ。」
「そうか、ならば良い。」
憑かれたように仕事に精を出すリツコ。
それをバイザー越しに眺める老人の表情が、僅かに曇った。
“薬の使いすぎか‥‥”
薄汚い白衣のポケットに、携帯用注射器の小箱が入っている事も、
老人は見逃していない。
“このままでは、長くはないかもしれんな。”
“道具としての彼女には、まだ利用価値がある。
もう暫く、保って貰わないと‥‥”
「赤木君、少しは体を労ったらどうかね?」
善意を装った打算が、声となってキールの口から飛び出した。
「薬さえあれば、何も要らないわ。」
「そうか‥‥」
“学者共め‥‥薬漬けにしすぎおって‥‥”
プルルル プルルル
とその時、突然電子音が響いた。
慌ててキールは懐から小型の通信機を取り出し、スイッチを入れた。
「私だ。」
「何か?」
「‥‥それは重畳だ。すぐに、セカンドチルドレンの“調整”を開始せよ。」
「何?」
「妊娠?セカンドチルドレンが妊娠しているというのか!?」
「わかった、すぐに堕胎させろ。手術が不可能なら、薬を使え。
私も、これからそちらに向かう。」
ピッ
「つくづく愚かな娘だ‥‥」
独語と忌々しそうな舌打ちだけを残し、キールはくるり踵を返すと、
さっさと部屋の外へと出ていった。
『薬漬けの狂女などを構っている事態では無い。
急いで新たな事態に対応する必要がある。』
彼はそう考え、アスカの捕らえられているブロックへと急ぐ。
彼らしい、迅速で正しい判断であった。
だがそれ故に、リツコが示した自嘲の笑いを彼は見逃す事となった。
「フッ‥‥愚かな娘‥‥アスカじゃないわ。」
「それは、私の事ね」
ほんの一瞬、彼女が妙に静かな目をした。
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「ほら、ここでおとなしくしてるんだぞ!お嬢さん!」
バタン
私が男達に無理矢理放り込まれたのは、殺虫灯みたいな
青紫の光に包まれた、とても殺風景な部屋だった。
堅そうなベッドと、トイレ以外には本当に何もない、直方体の空間。
いわゆる独房って奴ね。
部屋から抜け出せないかを一通り試した後、
諦めた私は堅いベッドの上に横になった。
「‥気持ち悪い‥‥何されたんだろう‥‥」
目を瞑り、今日初めて体の力を抜くと、急に気分が悪くなってきた。
たぶん、あの薬のせいだろうとおぼろげに思った。
“これを飲め!!”
“‥‥‥イヤ”
“痛い目には、もう会いたくないだろう。諦めて、さっさと飲め。”
“‥‥‥”
10分ほど前に、とても苦い薬をたくさん飲まされたのよ、私は。
薬がどんな効き目なのかは全然わからないけど、不安ね。
どうせ、奴らにとって都合のいいような恐ろしい効き目に決まっている。
疲れ果てた体が、眠りたがっている。
でも、寝るのは怖い。
眠いけど、怖い。
寝ている間に、何をされるのかわかったものじゃないし、
こんなに気持ちが悪いんだから、きっと良くない夢を見るような気がする。
眠りたくない、でも、眠い、ああ、眠い‥‥‥。
こんな時こそ、ちゃんとしないといけないのに‥‥
アスカ‥頑張ってよ‥‥こんな時こそ‥‥
→to be continued
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