Episode-02【碇 シンジ】



 みんな、みんな死んだんだ。

 ミサトさんも、父さんも、母さんも。
 カヲル君も消えてしまった。

 本当に死んじゃったんだ。

 僕を知っている人達。

 僕を知ってくれている人達。

 「しっかり生きて、それから死になさい!」
 ミサトさん‥

 「‥‥冬月先生、後は頼みます」
 父さん‥

 「さよなら、シンジ」
 母さん‥



 こんな僕に。
 いつも何もできない、何もしなかった僕に、生きろと言い残して
 みんな死んでいったんだ。

 でも、僕がしっかりしてれば、死ななかったかもしれない‥‥そんな気もする。
 あのとき僕が殻に籠もっていなかったら、みんな死なずに済んだかもしれない!



 「違うわ」

 えっ?

 「シンジは私たちのために精いっぱいやってくれたわ」

 母さん‥。

 「あの時も、みんなを助けようと思って、エヴァ初号機に乗ったんじゃない?」

 それもそうだけど‥

 「あの時、シンジはとても強かったわよ。」

 だけど、母さんの、エヴァの力を最初から使えば、もっとうまく防げたかも
 しれないじゃないか。

 そしたら誰も死なずにすんだかもしれないんだ。
 みんな生き残ったかもしれないんだ。

 いじけた、逃げた僕は、僕にしかできないことをしなかったんだ!
 加持さんに、顔向けできないよ!
 こんなんじゃ、僕と一緒にいた人達を殺してしまったのと同じだよ!


「でも、あなたはアスカを助けたわ」

 ミサトさん!
 いきてたんですか!!

「あなたはアスカを二度助けたわ。浅間山の時と、それから、あの娘が
 なぶり殺しにされてた時に。」

 うん‥‥。

「あなたは、死んでいたはずのあの娘を、二度生き返らせたのよ。」

 だって、好きだったんだ。
 ほんとは、ほんとはアスカが好きだったんだ!

 そんなの、アスカを僕が助けるのは当たり前だろ!

「シンジ君、そう思えるだけでも、とても素晴らしいことなのよ。
 だから、アスカと一緒に、生きなさい。」

 で、でも‥。


「シンジ」

 父さん!

「お前は生きろ」



 でも、僕はこれからどうやって生きていけばいいんだろう?

 僕にはもうエヴァがないんだ。

 僕を支えていた、たった一つの価値もなくなったんだ。

 もう、誰もこんな僕を見てくれないよ。
 こんな僕を大事にしてくれないよ。

 こんな僕なんて、誰も相手にしてくれるわけがないじゃないか!

 僕も生きたいよ、
 でも、さびしいくらいなら死んだほうがいいよ!

 だから、僕は生きたくない。


「あんたバカァ?そんなの、勝手に自分で思いこんでるだけじゃん。」

 誰?誰?

「ねえ、私のために、生きてちょうだい」

 アスカ‥。

 「ねえシンジ、わたしとひとつになりたくない?」
 「こころもからだもひとつになりたくない?」
 「それはとてもとてもきもちいいことだからさぁ。
  このわたしがいってるのよ、さっさときなさいよ。」

 ああ、アスカ!

 勇気を出して、今度こそ気持ちをうちあけたい。
 フラれてもしかたないけど、それでも!



 でも、僕はもうアスカに会えないよ。

 あわせる顔がない!

 だって、あの時、僕は‥‥。

 「あの時?」

 あの時、あの時僕はアスカを‥‥心の中で汚したんだ。

 「……」

 最低なんだ。僕は。
 価値がないだけじゃない。
 人を汚したり、殺したり。
 生きているだけ、迷惑なやつなんだ。
 ‥‥僕は、要らない人間なんだ。


 「まあ、汚い事をしたという事実は消えないね。でも、シンジはアスカを守った。
  自分の危険を省みず、最後まで守りぬいた。これだって、事実だろ?」

 ケンスケ‥。

 「お前は、駄目なところ、駄目なときもいっぱいあるとは思うがな、人間ゆうのは
  駄目なところ、駄目な時いうのもあるもんや。そんなんばっかり気にしてたら、
  人間、どうにもいきていけへんのやないか。」

 トウジ‥。

 「だから、自分に価値がないと思いこむことはないと私は思うわ。
  碇君は、アスカのために、それとみんなのためによくやったじゃない。

  なにより碇君は、人の気持ちや痛みを分かってあげられる人だから。
  それが、ただ自分が痛がりだからだとしても、やっぱり
  それって、とっても大切なことなんじゃないのかな?」

 委員長‥。


 僕は自分の駄目な所ばかり見てきたのかな。

 僕には、もっと他に価値があるのかもしれない。
 いや、たとえ今はないとしても、これから作れるのかもしれない。

 だから、エヴァなんてなくても平気なのかもしれない。

 こんな僕に、どんな価値があるのかな?
 そして、悪いことをした分、これからは立派に生きていけるのかな?


「そうよ、だから生きて、碇君。」

 綾波!

 綾波、無事だったの?

「私の分までしっかり生きて。」

 やっぱり死んでしまったの?ねえ!

「私の命を、全部あげる。あなたに、全部あげるから。」

 ねえ、綾波!答えてよ!ねえ!




 「ん?」

 「そっか、夢だったのか‥‥。」



 僕が目を覚ました所は、狭い一人部屋の病室だった。
 狭い窓から、見慣れぬ都会の風景が見える。どうやらここは、あの
 第三新東京じゃないらしい。

 頭と背中がズキズキする。何故なんだろう。

 痛む身体を気にしながら、ベッドから少し身を起こしてみた。
 体が悲鳴を上げたはしたけど、決して無理ではなかった。
 僕が動くのにあわせて、側の点滴用パックがタプタプと音を立てる。
 あ、右足と左手がギプスで固定されている。
 そういえば、骨、いっぱい折っちゃったんだっけ。


 それにしても、よく生きてたな‥僕。

 アスカをエントリープラグで見つけて、救助用の信号弾をあげて‥
 そこで僕の記憶は止まっている。僕が意識を失っている間に、何が
 起こっていたのか、空白の日々が気になる。

 辛い記憶と汚れた罪の数々。あの頃の色んな出来事は、これからも
 永久に僕を縛り続けるのだろうか?

 そんなことはない、と信じたい。
 僕は、しっかり生きたいと今は思ってる。
 どんなにみっともなくても、辛くてもそうしたい。
 あの時、みんなが生きろって言ったんだ。
 それがみんなの願いなんだ。
 あの時そう感じたんだ、僕は。そして、今の僕の願いでもあるんだ。

 父さん、母さん、ミサトさん。
 ずっと忘れない。
 でも、僕は、それでも自分の幸せを探します。



 そういえば、夢の中で僕はアスカが好きだと言ってたな。
 うん。

 なぜアスカなのかはわからないけど。
 でも、そうかもしれない。

 ただ、アスカに拒絶されるのがずっと恐かっただけかもしれない。



 ガチャ

 ん?誰だろ?


「あ、碇君、お目覚めですか。気分はいかがですか?」
 白衣の人が僕を見つめている。随分若いお医者さんだ。

「あの‥あなたは‥僕の担当のお医者さんですか?」
「そうです。担当医の河田といいます。よろしくおねがいします。」

 河田さん、か。

「あの、僕は‥ちゃんと治るんでしょうか」
「安心してください。もうとっくに、峠は越えました。
 この調子なら、二ヶ月くらいで退院できるでしょう。」

 そうか。
 二ヶ月か。
 それぐらい、すぐさ。

 そしたら、まずアスカやトウジ達に会いに行こう。
 あと、綾波にも。

「ああ、まだ起きてはいけませんよ。今は、安静にしていて下さい。」

 それもそうだ。
 また寝よう。

 一日でも早く退院できるように。


                   to be continued



 今回は、碇シンジ君の登場です。 主人公・アスカを中心に
 本SSは進めていこうと思います。もちろん、その他の人達も。

 ああ、はやく二人を退院させてやりたい‥‥。(爆)

 では、お邪魔しました。

 2004年注:ちょっと説明補足しますが、元々この話はEOEとは途中から
 話が分岐しています。Airでシンジがアスカを助けた、等々からシナリオが
 狂って補完計画が未然に防がれたという設定、らしいです。
 このため、EOEのアスカとシンジの喧嘩や、人類補完計画発動に伴う出来事が
 起こっていないという前提で進んでいます。ご了承を。

 あと、擬音をそのまま挿入するのはイクナイと今は思います。っていうか
 そこに手をつけると改修工事が大幅にめんどっちくなるのでパス。
 格好悪いけど、敢えてそのままに残してあります。ご了承ください。




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