Episode-09【優しさの代償】


 たぶん三日ぶりだと思う。携帯電話の着信音を聞くのは。
 出来合いの寂しい夕食を終えた、八時半ぐらいの事。
 携帯の着信画面に表示された名前を前に、私は動けないでいる‥‥。


“シンジから、初めて電話かけてきた”

 どうしよう。

 とろうか。
 やっぱりやめとこうか。
 シンジと話をするのが‥‥話すのが辛い。
 だけど、もし私がシンジだったら、電話をかけても取ってくれなかったら
 泣いちゃうかもしれない。
 うん、仕方ないわね。
 シンジの為にも、電話を取ろう。

 自分に必死に言い聞かせて、精一杯強引に携帯に手を伸ばした。


 ピッ
「はい、惣流です」
『‥‥』

『あ、あの、碇だけど』

『き、今日、どうしたの?何か様子が変だったけど』

 声、うわずってる。
 あいつ、またガチガチになってるのかな。バカね‥‥‥ホント、あいつらしい。


『あ、あのさ、何かあったの?僕も明日からアスカの学校に行くんだけど』

『よ、よかったら明日から、い、一緒に学校行かない?
 こんな僕でもいいなら、だけど。』

 優しい言葉が、受話器を通じて耳元に囁かれた。
 ホントは私もそうしたい。誰でもいい、一緒に学校行く人が欲しかった。
 

 私‥‥シンジと‥。


 でもダメ。
 絶対ダメ。


『あ、あの、やっぱり僕じゃダメだよね、うん、余計な事言って…』
「‥バカ!」

 バカは私かもね。

 なんで目が熱くなってくるのよ‥‥
 私、もしかして泣いてるの?

 みっともないわね。
 男と話しているときに泣いたことなんて一度もなかったのに。
 まして、あのバカシンジの前で…。


『え?』

「あんたなんか、だいっきらい!!学校で声かけてきたら、絶対殺すわよ!
 あんたと私は、もう他人同士だからね!!覚えておきなさいよ!!」


『アスカ!!どうしたの?アスカ!』
「約束よ!約束破ったら、殺すわよ!」

 ピッ


 ありがとう。シンジ。
 さようなら。シンジ。

 自分にとって何の得にもならない事を、私、しちゃった。
 でも、これでよかったのかもしれない。

 そもそも、シンジが助けてくれなかったら、私、死んでたんだし。

 これでいい。これでいいのよ。
 私、優しいことしたわよね、シンジの為になることしたわよね‥‥。
 ひょっとしたら‥ううん、そんなことないはず。
 私は誰にも好かれない、そんな高飛車な女。
 借りを返しただけなのよ。


 でもなんで!
 あんなにひどいめにあって、その上こうなるなんて!

 そんなに私達、悪い事したのかな?


 ‥‥そっか、よく考えたら、私たちって、人殺しだもんね。
 しようがないのかもね。


 でも、私はともかく、シンジは量産機と戦っただけだし‥


 私は手近にあったノートをビリビリと一枚破って、
 シンジへのメッセージを書いた。

 涙で紙を汚しながら、‘学校で上手に嘘をつくように’って書きまくった。
 嘘をつく方法も。

 シンジが、私みたいにならないで済むように。






 朝。
 一日の始まり。
 嫌な一日の始まり。
 好きじゃない。



 朝7時20分。いつもより早く目が覚めた。

 シンジ、ちゃんとあれを読んでくれてるかな?

 そう何度も考えながら、したくもない登校の準備を私は始めた。
 パンを食べるときも、制服着るときも、何にも嬉しくないし楽しくもない。

 シンジが来たからって‥‥退路を断った私には、それがいじめの改善に
 なるわけでもないし。

 もちろん、シンジが無事なら、それは小さな慰めになるかもしれないけど‥‥
 でも、それも大して保たないような気がする。私もシンジも、あいつらに
 嫌われ、疎まれ続けるしかないのよ‥‥。


 「行きたくないなぁ‥‥」

 さっさと学校に行く準備を整え、溜息の後に壁の時計を見てみる。
 まだ8時。

 充分に時間はあるけど‥‥

 だけど、わざと遅刻ぎりぎりで登校しよう。
 こういうことにはシンジって几帳面だから、遅くに家を出れば絶対
 顔をあわせないで済むと思うから。



     *        *        *




                     :
                     :
 その考えが正しかったのか、私はシンジに会うこともなく無事に学校に着いた。


 まずは下駄箱を開ける。
 今日は何にも仕掛けてない…わね。


 三年C組の教室の横開きのドアを開けると、クラスの人間が一斉にこっちを向き、
 そして一斉にそっぽを向く。で、しばらくすると、いつものように冷たい視線が
 じわじわと集まってくるのが感じられた。

 ほら、今も教室の後ろの方で私の話をしているヤツらがいる。
 あいつら、一人ではなんにも出来ないくせに。

 私は確かに嫌な女かもしれないけど、あいつらはもっと嫌よ。


 でも、これって、やっぱり負け惜しみよね‥‥。
 それに、私は‥‥。
 あいつらのいうように、本当に人殺し‥‥あいつらの親を、何人も殺してる
 んだもの‥‥。



 キーンコーンカーンコーン

 「起立」
 「礼」
 「着席」

 今日もまた、いつもの朝礼が始まった。

 「おはようございます、みなさん。今日は、転校生を皆さんに紹介します。
  じゃ、碇君、入って下さい。」

 先生に紹介されて教室に入ってくるあいつは、のっけからきょろきょろと
 教室を見回している。

 私のことを捜しているのは、ミエミエね。


 ヤバい。
 目があった。

 私の方から視線をそらす。


 “…こんなの、やだな……”


 「あの、碇シンジです。転校生ですが、よろしくお願いします。」


 パチパチパチ.....


 フン!
 なんていやらしい拍手!!

 私の時も最初は拍手して、男共に至っては「おおっ〜」って
 間抜けな声あげていたくせに!!

 どうせシンジの正体を知ったら、コロッと手の掌返すくせに!!

 ホント、嫌な奴等!!


 「じゃあ、木村くんの隣の席が空いてますから、そちらに座って下さい」
 「はい」


 シンジが席についてすぐ、授業が始まった。
 今日の一時間目は、世界史。

 私にとっては常識以上でも以下でもない、くだらない授業が続いていた。

 退屈でしかたないなぁ。

 でも、授業中はあいつらにいじめられることはないから、
 休み時間よりは私にとっては過ごしやすかったりする。

 情けない話ね。
 もしヒカリがこの話を知ったら、どんな顔されるかわかったもんじゃない…。


 する事もないままに窓の外を見てみると、御殿場駐屯地のヘリコプターが
 緩やかなカーブを描いて飛んでいくのが目に留まった。
 やがてそれは、山の向こうに消えていく。

 いいなぁ、自分の力で飛べるって。私も、鳥みたいになって、自由に
 飛べたらなぁ‥‥。


 私、シンジを連れてこの地獄から逃げだしたい。
 ヒカリやトウジの学校に帰りたい。

 もう、こんな生活はいや。


 シカトされて、悪戯されて、昼休みと掃除の時間にはいつもいじめられて。

 誰も私の事なんか分かってくれない。
 人殺しっていじめるだけ。

 でも、私だって死にたくなかったもん!

 私だって、人殺しなんて!!


 誰も、誰も、誰も!!!


 ピーッ

“何?”

 ノートパソコンから微かに聞こえてきたBEEP音で、私は意識を現実に
 引き戻された。
 ディスプレイには、着信を表すマークが表示されている。


 一応メッセージを読んでみることにする。
 どうせ、また嫌がらせの匿名メッセージだろうけどさ。


 ピッ
 『アスカ、どうして?どうしてなの? BYQ01414:碇 シンジ』


 シンジからだ!

 慌てて誰かに見られてないかと辺りをきょろきょろと見回す。
 大丈夫。この位置なら、まわりからはノートの液晶画面は上手く見えないわね。


 私は、忙しくキーを叩き始めた。

 『私はクラスの人間にシカトされている。エヴァのパイロットだからって。
  シンジは気をつけて。バレないように FZQ02102:惣流 アスカ』

 送信して、しばし待つ。
 シンジのことだから、すぐに返信はあるだろう。

 やっぱり。一分ほどで返信はあった。

 ピッ
 『だったらなおさらほおってはおけないよ。
  何か、僕に出来ることはないの? BYQ01415:碇 シンジ』


 私はなんとか本当の心の欲求を抑えて、今伝えなければならないように
 思える事を送信した。


 『無駄よ!あんたなんかに何が出来るっていうの!
  そうやって、かまってくる事自体、すっっげぇ迷惑!
  これ以上メッセ送ってきたら、ただじゃ済まないから! FZQ02102:惣流 アスカ』


 その後はもう返事はなかったけど、一度だけ、私の前のほうの席にいるシンジが
 こっちを振り向いた。

 私は、思いっきりにらみ返した。
 ううん、にらみ返したつもりっていうのが本心ね。

 実際に私がどんな顔をしていたか、自信はない……


   to be continued



 ご覧の通り、アスカサイドのお話です。
 うーん、出来はいいのか悪いのか‥‥。

 無気力ダラダラSSの筈なのに‥‥。

 この9話は次の10話、そして11話など、
 近隣の話とセットで読んで欲しいな〜などと都合の良いことを考えてます。

 では、さらに10話を続けます。m(__)m

 2004年注;EOEを初めてみた直後に書いたものです。何とも言えない気持ちを
 抱えながら、せっせとSS打っていた記憶が残っています。





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