こんにちは、匿名希望です。

 前回は萌え萌えでしたが、今回はやや堅いです。

 それはともかく、続けます。では。






 Episode-14【務め】



  冬月は、いつもと変わらぬ多忙の中に身を置いていた。
 午後をまわっても、彼の広いデスクには常に大量の書類が積まれ、彼に
 決裁される瞬間を待っている。どれだけ処理してもそれ以上に増え続ける、
 ほとんどが目を通す価値すらないような無個性な書類の群。
 それをただ片づける為だけに家にも帰れない生活を強いる事は、いかな
 我慢強い冬月にとっても堪えるものがあった。

  一ヶ月ぶりの青葉からの電話も、多忙だが退屈なその日の午後にかかってきた。


“そろそろ、お茶の時間か‥”
 時計のほうを見て、そう思った時だった。
 クラシックなデザインの電話機が、柔らかいベルで着信を告げた。

 『もしもし、仕事中、申し訳ありません。青葉です。』

「ああ、何かね?」と答える口調が、どこか明るい。

 苦楽を友にしたかつての部下の声を聞くのは、随分久しぶりだった。
 仕事に疲れた冬月にとっては、それすら心の癒しに感じられるのだろう。
 これはきっと長くなると感じたのか、冬月は電話機を持ったまま席を立ち、
 近くの客人用のソファに座りなおした。

 『冬月さん、チルドレンの事で何か聞いてませんか?』

 「いや、公安部のほうからは何も報告はないが」

 『ちょっと嫌な事です、昨日シンジ君達から電話がありまして‥‥』


 「ふん」

 「それで」

 受話器を手にした冬月の顔がみるみる曇っていく。

 「‥構わん、続けて話してくれ」

  電話中に紅茶を運んできた女性士官の表情から、冬月は自分が
 どんな表情をしているのか、大体の見当をつけることができた。

“あの子達のことになると、やはり心穏やかではないようだな、私は”
 使徒との戦いに次第に神経をすり減らし、心身ともに疲弊しながらも
 戦いを強要されていたチルドレン達の顔が、冬月の脳裏に浮かんだ。

“もう、彼らがエヴァのために苦しむ理由など、どこにもあってはならない筈だ”
 冬月の子供達に対する贖罪の思いは、堅く、そして強い。

 「それで、情報の具体的な拡散規模は?
  把握してない?
  うむ、君の権限では致し方ないところだが‥‥」

 「わかった。すぐに善後策を検討する。‥最悪、君や伊吹君に復帰して貰うかも
  しれん。そのときは許してくれ」

 「ああ、それは安心していい、あの子達にこれ以上辛い思いは絶対にさせない。
  学校の方への説明は君に任せよう。では、また何か解ったら、連絡を頼む」

 ガチャリ

 受話器を置いた冬月は、ソファから立ち上がると、ふう、と大きく息をついた。

 ちょうどその時に卓上時計が合成音声で3時を告げる。
 すっかり冷めてしまったストレートティーを一気に飲み干した後、
 冬月は再び電話機に手を伸ばしてダイヤルを回しはじめた。

 「私だ。公安部のチルドレン担当者をまわしてくれ。そうだ、畑中三佐だ」


 『はじめまして、冬月司令。畑中と申します。』

 「何故報告しなかった?」

 『何のお話ですか?』

 「何故彼らのことを報告しなかったかと聞いているのだ、私は。」

 『もしかして、セカンドとサードの件ですか?多少学校生活に
  支障がでているようですが、他には特記すべき事は‥‥』

 「貴公、その学校生活の支障の原因を知っているのかね?」

 『‥いえ。そこまでは‥‥』

 “どうもだめだな”

 電話向こうの畑中という人物は、あまり使えない人物だという
 印象を冬月は抱いた。
 青葉が知らせてくれた件について相手が全く知らないであろうことを
 想定し、彼は努めて穏和な声で説明を始める。

「‥青葉三佐からの報告でね。チルドレン達の学校内で、戦自からの
 “事件”データが垂れ流しになっているらしいんだ。
 セキュリティ−の面で重大な支障が生じかねない状況だ。」

『そうなんですか?』

 エヴァと大多数の人間を失い、もはや政府や国連の左遷先でしかない
 滅びゆく組織・ネルフ。
 そこに自然と集まるのは、使えない‘駒’。
 彼らとの不毛で煩わしい関係も、冬月の心を日々疲弊させていた。

「そうなんですかはないだろう、君。
 さらにそれが原因で、チルドレン達は不登校に至っている。
 君の課だ。対応策を言いたまえ。」

『やはり、戦自に対する圧力、それと箝口令ぐらいでしょうか。』
「その辺は当然だ。そうではなく、学校の子供達、それとチルドレンだ!」

 “監視の対象が大人ではなく子供だという事を、理解していないようだな”

 青葉や日向、赤木や葛城といった、かつての優秀な部下達が思い出される。
 彼らなら、冬月が期待する子供達への配慮にも機転を利かせただろうし、
 そもそもここまで問題が拡大する前に、自分の権限の許す限り
 対応していたに違いない。

 しかし‥‥今度はなかなか返答がない。

 答えがすぐに返らないということから察するに、畑中という男は
 自分が試されているというこの状況だけはどうも理解しているらしい。

 悪い意味で官僚的だと、冬月は断定した。


 ‥‥それから20秒ほど経って、ようやく回答は帰ってきた。

 『情報封鎖のための‘クリーニング’の実行、そして二人のチルドレンの
 監禁もしくは殺害』が彼の答えだった。

 それが冬月の期待したものでなかったことはいうまでもない。


 冬月は畑中の更迭と後任者の名前を告げると、電話を素早く切った。

 “所詮は政府の役人か‥あんな男にはあの子たちの世話を任せられない‥
  ということか。”

 冬月は、後任者と決めていた人物を呼び寄せることを決めた‥‥。







 その女――レノラという名前だったろうか――も、
 朝にはいなくなっていた。

 微かに残る香水の匂いが、悲しい。

 泊まり始めて10日ですっかり散らかったホテルの部屋を見回し、
 男は小さな寂しさと大きな虚しさを噛みしめていた。

 床に散らばる沢山の荷物と書類、それからウイスキーの空き瓶が半ダースほど。
 机の上には、注射器も幾つか転がっている。

 頭が痛んで仕方がなかった。酒、それとドラッグのせいだとわかっていても、
 わかったところで痛みは引いてはくれない。嘔吐感も少しあるようだった。

 それでも男はぎすぎすと不平を言う体を起こし、寒気が入ってくるのを
 覚悟の上でベッド脇の石造りの分厚い窓を力任せに開ける。

“うっ!”

 ごおっという音と共に、勢いよく吹き込んでくる白い雪に、
 男は慌てて窓を閉めた。

 窓を閉めると、たちまち不健康な静寂に部屋は覆われた。


 “俺は、一体何をしているんだろう?こんな異国の地で”

 そう思いながら、日向は自分の財布を開いた。


“‥‥‥”

 端の切れ切れになった写真のなかで、かつての上司は今日も微笑んでいる。







 「もしもし、青葉です。ああ、アスカだな。今日決まった事だけ言うぞ。」

 「君たち、やっぱりしばらくは転校できないよ。
  手続きが終わり次第、鈴原君達の学区に移してやりたいんだが、
  もう1、2カ月はかかりそうなんだ。それまでは家で自習してくれ。
  学校の先生にはうまく話をつけてあるから、シンジ君と一緒にしっかり
  勉強しておけよ。」

 「‥‥もちろん買い物とかの時も、しっかり気をつけるんだ。君たちは
  これからも学校の子供達に嫌われっぱなしだって、絶対忘れるなよ。」

 「それから、君たちの監視がきつくなる。これはしようがないよ。
  で、俺がその責任者になっちまったんだ。だから、君たちのプライベートを
  全部俺は知ってしまうことになる。すまんが、許してくれ。」

 「ああ、悪いけど、昨日のことも全部知ってる。
  まったく!男の子の家に泊まるなよな、アスカはまだ14だろ?」

 「ハハハ、なんだ、そうなのか。まだ若いんだから無茶はするなよ、
  先は長いし、シンジ君はアスカを捨てて逃げたりしないさ。
  思いっきり甘えてやれよ、シンジ君もそれを望んでるだろうから。」


 「まあまあ、そう怒るな。おっと、忘れていた。
  それから、悪いが今度、君たちのパソコンを触らせて貰いたいんだ。
  エヴァや俺たちに関わるデータを、もう一度デリートさせて欲しいんだ。
  何かのはずみでハックされたら、君たちの立場が危なくなるからね。
  ゼーレの残党もいる事だし。」

 「何言ってるんだよ、電話番号とか写真とかは、プリントアウトして家に
  しまっておけばいいじゃないか。君たちのまわりが静かになったら、また
  俺がmailで送ってやるからさ、だからな、それまで我慢してくれよ」

 「そうか、すまんな、いろいろと。
  じゃ、彼氏にもよろしくな。何かあったらまた電話くれよ。」

“こりゃ、仕事っていうより、なんだか二人の兄貴みたいな感じだな”

  アスカとの会話を思い出すと、任された仕事がどうしてもそんな風に
 思えてならない青葉だった。もちろん、彼はチルドレン達のプライベートを
 観察する立場にありながらも、秘密裏にしった事については口出しせずに、
 すべてを見て見ぬふりをしなければならない特殊な立場なのだが‥。


“若い奴らのお節介なんて。
 俺も少しは歳をとったってことか…”

  つい口出ししてしまいそうな未来の自分を想像して、青葉はフッと軽く笑った。
 汚れのついてない彼のま新しいデスクに目を向けると、部下に頼んでおいた
 資料が既に山積みになっていた。
 チルドレン監視日誌。
 ここには、退院後のシンジとアスカの生活の全てが書かれている。

 その、分厚い日誌の最後尾のページを開いて、表情を崩す青葉。

《 9月3日 0004 セカンド、101号室に移動。        》
《 同日   1142 301号室に帰宅。             》
《 同日   1224、衣類・ノートPCを持って再び101号室に移動》
《 同日   1433 セカンド、サード、共に近隣の商店街に外出。 》

  そこで日誌は切れている。
 彼らの関係が良い方向に変わってきている兆しを見て、思わず
 青葉の顔もほころんだ。

 “がんばれよ、二人とも”

  ノートPCのディスプレイに表示されている二人のイメ−ジファイルを
 見比べながら、青葉は誰にも聞こえないような声で呟いた。


→to be continued



  まずは、ここまで読んで下さった方、ありがとうございました。

 またまたつなぎ的なお話で申し訳ないっす。

 結局、日向さんも見捨てないで行く事にしました。
 直接な描写は避けますが、時々顔を出すと思います。

 よろしければ、また読んでやって下さい。では、次のお話へ。

 2004年注;書き換え疲れてきたー。しんどいよー。








 →上のページへ戻る