Episode-15【私は幸せなの】


 [1st part]


  私は今、シンジの家で第三新東京市に引っ越すための準備の真っ最中ね。
 シンジは晩御飯の買い物に出かけているから、私は今は一人。
 段ボールだらけの部屋の中で、掃除を続けている。

 窓からオレンジ色の陽が差し込んできて、カナカナという
 ヒグラシの声も聞こえてくる、いつもと同じ夕暮れ時。
 そのうえ段ボールばっかりになったつまんない部屋に一人きりって
 いうのは、客観的には結構寂しい状況かもね。

 でも全然寂しいって感じないわ!
 なんてったって、明日にはみんなの所に帰れるんだから。
 ちゃんとシンジとも一緒にね。

 久しぶりのあの学校か‥嬉しいな。


 ヒカリの話だと、校舎が壊れてしまった第一中学校は、
 山の中腹にある、ずっと昔に廃校になった木造校舎を使って
 最近再開したんだって。
 街が壊れたせいで、人数も三分の一ぐらいに、
 一学年一クラスになっているらしい。

 私とシンジは、その新しい(!?)校舎に近い2LDKに当分の間
 住むことが決まっている。
 当然、ヒカリや青葉さん達は、私がシンジと同居することに反対したけど、
 二人で説得してまわって‥‥。

 そしたら、思わぬところから助けの舟が。

 冬月さんが高校入学までっていう条件付きでだけど、
 自分の名義で借りたマンションに住まないかって私達に言ってくれたのよ。

 シンジはあの人に頼ることをとても嫌がってたけど、
 私からもシンジに一生懸命頼んで、何とかオーケーさせたのよね。

 ‥冬月さん、私達の事、それからファーストを助けられなかった事、
 あの人なりに償おうとしているんじゃないかな。
 マヤさんの話だと、他にも影でいろいろとしてくれてるみたいだし。
 シンジ、そのこと知ってて拒んでるのかなぁ。

 だから、頼っても全然いいと思うし、私がもし冬月さんの立場だったら、
 頼って貰った方が気が楽よね。
 ま、私だって素直に‘ありがとう’って言う気には今もなれないけどね。
 ネルフの上層部って、きっと私のママの事も知ってて黙ってたんだろうから。

 「よいしょ‥‥と。」

 クリーナーを置いて、私は幾つ目になるのか分からない空の段ボールを
 手に取った。
 一ヶ月だけだっただけど、最高の思い出のいっぱい詰まった品々
 ――SDATプレイヤー、読みかけの料理の本、電気スタンド――
 それらを手にとってはしばらく眺め、丁寧に段ボールに押し込む。
 どれも、引っ越した先でもきっとお世話になる物ばかり。
 どれも、これからも私が使っていくものばかり。


 思えば、最初は一日だけって言っていたのに、結局私はお風呂の時とか洗濯・
 着替えの時以外は、ほとんどずっとシンジの家にいたような気がする。

 勉強の時ももちろん一緒。御飯の時も、寝るときだって。
 そのほうが、勉強するにしても料理を作るにしても、いろいろと都合がいいしさ。

 沢山の適当な友達に囲まれて過ごすより、不登校で二人っきりで生活してた
 ほうがむしろ良かったかもなんて思うこともある。
 二人だけの生活だったけど、辛いと思ったことは一度もなかったし、
 国語は結構出来るシンジのお陰で、唯一の苦手教科も勉強できたし。

 ‥とにかくよくわかんないけど、いつも暖かかったのよ、心が。


 そいでもって、シンジとは‥今もうまくやってると思う。

 最近ちょっと甘えすぎかもしれないけど、
 シンジは私が望んだことは大抵許してくれた。

 “一緒にみようよ、このテレビ”
 “ねえ、シンジの服買いに行くの、ついてっていい?”
 “手、繋いで寝ようよ”

 こういうのを、みんな叶えてくれた。
 ううん、それどころか、むしろ喜んで一緒にいてくれる。

 もちろん、今でも喧嘩することだってあるけど、
 昔と違って、いつもすぐに仲直りできるしさ。

 実際、喧嘩するような時はたいていは私が悪いし、
 そんな時は私がきちんと謝るから、ね。

 で、シンジはそんな時、私を許してくれるだけじゃなくて、
 決まって『僕も悪かったよ。ごめんね、アスカの気持ち、気づかなくて』
 って言ってくれる。

 だから、喧嘩のたびに、むしろ仲が良くなっていくような気がするの。



 そうそう、喧嘩といえば‥一緒に住むようになってしばらくして、
 ヒカリ達が遊びに来たのよね。
 私の『半同棲』生活を見て、みんなびっくりしてたなぁ。

 特に、ヒカリなんかは不潔不潔ってすごい騒ぎになった。

“勘違いしないでね、ヒカリ。私達、そういう事はまだ全然だから。”

“まあ、たま〜〜にキスすることと、ときどき抱きつくこと、
 それから‥‥そんなものよ、結局。”

“洗濯!?洗濯はちゃんと自分の部屋でやってるわよっ!もうっ!”

“一緒に住んでるったって、中学生同士よ、青葉さんにも色々と言われてるしさ、
 裸で抱き合うようなことは、私、しないわよ!!”

 何を言ってもヒカリったら、私たちのこと、怪しんでるんだから!
 あなた達とそんなに変わらないわよ、私達も!!

 ‥‥多分、だけど。




 その時にみんなから進路のこととか、勉強の進行状況とかについて
 色々と教えて貰ったのよね。
 聞いた感じだと、私は私立の進学校に余裕で入れそうだけど、数学と
 英語が苦手なシンジは結構危ないみたいだった。
 私はシンジと同じ学校に行くってもう決めてるから、それ以来、
 シンジにはっぱをかけて勉強させまくってる。

“ほら、私と一緒にいたいならしっかり勉強しなさい”ってね。

 本当だったら‘お願い、私についてきて’ってお願いしたい気分だけど、
 そこまで言うとさすがに格好悪いから、ここだけは私は格好をつけてる。

 とにかく、受験勉強がんばってね、シンジ。
 私が色々教えてあげるから。


 ピンポーン


 あっ!帰ってきたかな?

 「はぁ〜い」


 「ただいまぁ〜」

 やっぱり!!

 「おかえりなさい!」


 冴えない顔して両手に白い買い物袋、そんなシンジに抱きつきっ!

 毎度毎度だけど、びっくりして目を白黒させるシンジ。

 で、素早く回り込んでシンジの耳を優しく噛んじゃう!

 ハムッ



 ドサッ


 あ、シンジ、ま〜た買い物袋落としたわね。






[2nd part]


 トントントントン


 台所にて。

 シンジが包丁でジャガイモを綺麗に切っている。
 規則的な音が、とても気持ちいい。

 私はというと、隣のガスコンロでサーモンの切り身に火を通しながら、
 手際よくシチューの材料を用意する彼の様子をじっと眺めていた。


「どうしたの?アスカ?手、休めちゃって大丈夫?」
 ジャガイモを切り終え、冷蔵庫からニンジンを取り出しながら、シンジが
 そう言った。
 こっちを全然見ないで調理しながらしゃべるのが、ちょっと憎らしい。

「え、こっちはいいのよ、あとはもう、適当に火を通すだけだし。
 相変わらずシンジは上手だなって思ってさ、手さばき見てただけよ」

 手元を見てみると、フライパンの中身はまだ半焼けみたい。
 もうしばらくシンジのほうを見ていて大丈夫‥‥よね。

「そんなことないって。
 それよりさ、この一ヶ月で料理だいぶ上手になったんじゃない?
 もう僕に追いついたんじゃないのかな?」

「な〜にいってんのよ、味付けとかなんて、まだまだ駄目よ」

「そうでもないよ」

 生返事だけ返して、シンジがニンジンの皮をむき始める。
 皮むき器も使わずに、包丁でさらさらと剥いていく手つきはさすがね。


“あ〜あ、横顔ばっかり。ちょっとはこっち向いてくれないかなぁ〜”

 こんな事思う私って、駄目な女かしら?
 ま、いっか、ダメでも何でも幸せならそれでいいじゃない!

“‥‥そうだっ!”

「ねえ、シンジ、この新しいエプロン、今日の服に合ってる?
 こないだヒカリにもらったのよ。」

「ん?」

 ほぉら、こっち向いた!
 ああ、私の大好きなシンジ!!

「ねえ〜〜ほぉらぁ〜〜〜ちゃんと見てよ」

 格好、ちゃんと大丈夫かな‥

 青のジーンズにお気に入りのTシャツ、それからヒカリのネコエプロン‥
 シンジに気に入って貰えるかなぁ。


「大丈夫だって。アスカ、かわいいからどんな着あわせでも似合うよ」

「ま〜た〜!!そうじゃなくって‥もう‥‥」

「何?何?」

「もっと気の利いたこと、言えないの??その‥‥」

「‥‥ごめん、とにかく、かわいいよ、その格好も。」


「ふぅ‥‥かわいいかわいいって‥相変わらずこういうの下手ね‥‥
 まあいいけどさ、このままのシンジでも。ねっ」

 人差し指でシンジのおでこをピンと弾く。


 軽く目をつぶるシンジも、見ていてすっごくいい感じ。
 って、結局私はシンジの全部がいいんじゃない!


 あ〜あ、やっぱりベタ惚れって事ね、これって。


「あ、アスカ‥」

「何よ」

「フライパン‥‥」

 シンジの顔が少しひきつっている。

 何だろ?


 「うそっ!!!!!」

 フライパンの上のサーモンは、すっかり焦げあがっていた。




「シンジが悪いのよ!!あんたがもっと魅力のない男だったら
 こんなことにならなかったのよ!!」

「アスカ、何言ってるんだよ!!それって無茶苦茶じゃないか!!」

「うっさいわね〜!!あんたの顔見てて焦がしたんだからさ〜!
 シンジも半分悪いわよ!!あんたの魅力でこのアスカ様が
 メロメロになったんだからね!!」

「ハ、ハハ、わかったわかった、謝るよ。ごめんね。」

「バカね〜!!もちろん冗談よ、シンジ。
 焦げたとこ、ちゃんと私食べるから。」


「いいよ、僕が食べるよ、アスカがかわいそうだよ」


「‥‥そう言うことなら、半分づつにしようよ。譲り合ってたら、きりがないわ。
 いつも庇いあうんだから、私とシンジって。」

「‥‥そうだね、僕らって。仲がいい証拠かな?」

「そうそう、なかよしなかよし。じゃ、続けましょ。
 もう一枚はシンジが焼いてみてよ、私がお野菜切るから」

「うん、じゃあ、アスカは野菜のほう、お願いね」


 シンジがフライパンにサラダ油をひくのを合図に、
 私たちは再び無言で晩御飯をつくり始めた。


 今度はなんにも喋らない私とシンジ。


 でもね、今は何も言葉を交わさなくても、
 こうして隣にいるだけで、私は幸せ。





 [3rd part]


 楽しい、でもちょっと焦げ臭い夕食から数時間後。

 このアパートで過ごす最後の夜がやってきた。



 電気を消した暗い部屋には、クーラーの静かな稼働音だけが響いている。


 いつものように並べたおふとん。
 私たちはお互いの顔を見ていた。

 暗闇になれた目には、段ボールばかりが目に付く藍色の背景が
 遠くにぼんやりと映り、そして間近にあるシンジの顔だけが青白く、
 でもはっきりと見えている。


 一緒に寝るようになって以来、毎日私達はおしゃべりしながら
 寝る前の時間を過ごすのが常だった。

 まるで、眠ってしまうのがもったいないって感じで。


 今日は‥どんな事を話そうかな?


 「ねえ、アスカ」


 「何?」


 「僕たち、ずっとこのまま続くのかなぁ。」

 何を聞こうか考えていた矢先、シンジの声がした。

 本当にたまにだけど、シンジはこんな感じの悲しいことを言う。
 そう思っていても口にはして欲しくない、未来への不安。


 「当たり前よ、私はシンジが好きだし、シンジも私を
  好いてくれるんでしょ?だったら、あったりまえじゃん。」

 そう答えてみても、私も同じ事を何度も感じたことがあるから、
 あまり安心できない。


 沸々と沸いてくる、いつか来るかもしれない『別れ』への不安な気持ち。


 “私、シンジと絶対に別れたくない。”
 “この幸せ、もう二度と手放したくない。”

 こんな気持ちに偽りはないし、私はそのために努力もしているつもり。
 そして、シンジの事を信じてはいるけど‥‥

 今がこんなに幸せだから、別れが恐い。
 絶対に耐えられない。



 シンジはしばらく間をおいて、“うん、僕もそう思う”と答えて、
 私に背中を向けて窓のほうをくるりと向いた。


 何だか、今も心が寒い。


 『どうして私を安心させてくれないの?
  どうしてみつめ続けてくれないの?
  どうしてキスでごまかしてくれないの?』

 そう言いたい心の我侭を、今日も私は我慢。



 そのかわりに、シンジのおふとんに無理矢理潜り込んだ。


 「わっ!アスカ!」

 びっくりしてこっちを振り向くシンジ。


 「フフッ!こんばんわ〜!お邪魔しま〜す!」

 で、素早くシンジの胸板に顔を埋める。
 私とお揃いのパジャマの肌触り、シンジの体温、どれも心地いい。


 耳を胸に当てると、シンジの心臓の音が聞こえてくる。
 ドキッ、ドキッてね。

 こうしていると、何故か心が落ちつくのよね。


 「シンジ、生きてるわね、心臓の音、聞こえる‥」

 「そ、そんなの当たり前だよ、アスカだっておんなじだよ。」



 「ねえシンジ?今日は私の、聞いてみたい?」


 「うん‥‥でも、いいの? 胸‥‥」


 「正直者は得よね〜〜!!」


 「うわっ!何するんだよ!
  うっ!む‥‥」


 私は戸惑うシンジを無理矢理布団の中に引きずり込み、
 自分の胸の間にシンジの顔を押しつけた。

 それは中学生の男女がやるにはちょっと危ない状況だったかもしれないけど。

 けど、けどけど、私は全然危機感なんてなかったし、
 心臓が早鐘を打つこともなかった。

 シンジが自分の側にいるっていう、安心感と満足感だけが私の心を包んでいた。



 「どう?聞こえる??」

 「うん‥‥聞こえる。ちゃんと生きてるよ」

 「あったりまえじゃん。死んでたら恐いわよ」


 私の胸の間から、目をつむってじっといているシンジが見える。



 リンスの効いたふわふわのシンジの髪の毛を、
 私は撫でてみた。

 女の子顔負けの細くて柔らかい髪は、とても触り心地がよかった。


 「いいな‥こうしてるのって‥なんか、アスカの体、あったかい‥」

 「うん‥‥でも、動いちゃダメよ、一応、胸の間なんだし。」


 「‥そうだね。でも、もう、いいよ‥‥」

 私からちょっと顔をそらして、シンジがかすれた声で言う。



 誰も知らない、誰も見ていない、私たちだけの秘密のじゃれあい。

 なんだか嬉しい、けど、ちょっと恥ずかしい。



 私はシンジの耳を軽く噛んで、それから自分のおふとんに戻った。


 「じゃ、おやすみ、シンジ。」
 「おやすみ、アスカ。」




 こうして、御殿場での最後の夜も、
 幸せのうちに終わろうとしていた。


                           to be continued




 ここまで読んで下さった皆さん、ありがとうございます。


 変なアスカ&シンジかもしれませんが、まさにオレアスカ&オレシンジ
 してます。

 見たかぁああ!!!これが(匿名希望)脳内に組み込まれた、
 ダミーアスカじゃぁ!(爆)


 ぶっ飛ばしでしゅ。
 まっしぐらでしゅ。

 ついでに萌え萌えラブラブでしゅ。(爆)

 ゴロゴロもんですよ、まったくね!!
 たまらん、たまらなすぎる!!(爆)



 まあ冗談はこのくらいにして。

 蜜月ですね、今の二人。



 シンジはともかく、問題はアスカですね。

 こんなアスカをかかなきゃいけない。
 人様から見てどう見えるかはおいといて、
 これが俺アスカである以上、しかたないよね。

 もう、俺の手を離れて、半ば一人歩きしているこのSSの中のアスカに言いたい。
 がんばれ、アスカ!!
 何があっても、負けるんじゃないぞ!


 2004年注:うーん‥‥内容もあとがきも、完全に逝っている‥‥。当時の自分が
 いかに精神汚染がひどい状態だったかが、わかります。
 自分事ながら、「すごい萌えですな、これは」
 ちなみに、このSSでは一つの話が幾つかのパートに分けられている事が多いですが、
 これは当時のniftyのパソコン通信の一発言あたりの書き込み数が300行まで
 という制約があった名残です。ご了承ください。






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