Episode-19【幸せの絶頂】



[1st part]


 今日は私の15回目の誕生日。

 年に一度の、特別な日。


 目の前には
 ヒカリがいる。
 トウジがいる。
 ケンスケがいる。
 ペンペンもヒカリの家から遊びにきてくれた。

 ‥‥そして、私に幸せを教えてくれた人は、今は台所で
 料理を作ってくれている。



 ヒカリが「私が作るから、碇君はアスカと一緒にいてあげて」って
 今日のコックを名乗り出たんだけど、

 シンジは「今日はどうしても僕がつくってあげたいんだ」と言って
 最後まで台所を離れようとはしなかった。

 シンジと一緒にいて欲しいっていう気持ちもあるけど、
 でも、お料理も食べたいから、うーん‥‥喜んで良いのか悪いのか‥
 微妙なところね。



 「できたよ、みんな、お皿運んでよ」

 「うん!!」
 ペンペンやヒカリと一緒に、私はいい匂いが漂う台所に飛び込んだ。


 ホーローの上にはオードブルが盛られた大きなトレーが置かれていた。

 洗濯機の上には、サンドウィッチが積まれた5つの小皿と1つのエサ入れ。

 コンロにかけられたお鍋の中で、ホワイトシチューがくつくつと音を立てている。


 「碇君って、相変わらず料理うまいわね〜!私、とてもかなわないな〜。」

  シチューを慣れた手つきでよりわけながら、ヒカリが感嘆の声をあげる。

 「そんな、まだまだだよ」

 「クワッ!!」

 「ほら、ペンペンもそう言ってるわ!」

 私のネコエプロンをつけた姿がちょっとかわいい、照れ照れシンジ。


「シンジのものなら何でも食べるわよ。なんてったって、
 愛の手料理だもんね!!」

 「またアスカったら!!ほら、シンジ君真っ赤よ!!!」

 「クゥ〜〜」


 私達がからかうと、すぐにシンジは赤くなる。

 付き合いはじめて、もう3カ月。

 でも、私達の仲はなんにも変わってない。



 「ア、アスカ、何も、人前でそんな事‥‥」
 「いいのよ、本当の事だもん」


 「クエックエッ!!」

 「ほら、ペンペンがおなか減った、ごはんまだ〜って言ってるわよ。
  二人とも、ノロけてないでお料理運びましょうよ。」


 「うん」
 「は〜い」


 さあ、いよいよ始まるのね。なんか、もう、待てない。





[2nd part]


 「いっただっきまーす」

 みんなの元気のいい声を合図に、
 私にとって初めての誕生パーティーが幕を開けた。

 大して広くないリビングルームの中、白い長テーブルを囲むように私達は
 着席した。

 私の正面にシンジが、右側にヒカリとペンペンが、左側にケンスケと
 トウジが座っていた。

 青葉さんとマヤさんは、第二新東京のほうで用事があるらしくて、
 ちょっと遅れて来ることになっている。


 「うまい!!碇って、こんなに料理上手かったんだ」
 鳥の唐揚げを頬張りながら、ケンスケが料理の感想を口にした。

 トウジもシチューをスプーンで口に運びながら、
 隣でうんうんと首を縦に振っているし。

 「ありがとう、今日は結構がんばったんだよ。
  油モノは慣れてないから苦手だし。」

 「これで苦手なの?どれもすっごくおいしいわよ、碇君。
  アスカって、幸せ者ね〜〜。毎日こんなの食べてるの?」


 「「いや、あの‥‥」」



 思わぬユニゾン、それに引き続いて起こる
 『ワハハハハハハハ』という大きな笑い声が狭い部屋を揺るがした。

 知ってか知らずか、ペンペンまでがバタバタと騒いでいる。

 ううっ!ううっ!ううっ!!
 恥ずかしいじゃない、もうっ!!


「いやぁ、二人でおんなじように赤くなりおって!!
 お前ら、ほんま仲ええなぁ。やっぱ、夫婦みたいや」

 私とシンジのほうを指さしながら、トウジの奴、笑い転げてる。

 ほかの二人と一匹も、程度の差はあるけど大体おんなじ様子ね。


「バ、バカッ!!何いってんのよ!鈴原!」
「違うよ、い、一緒に暮らしてるだけじゃないか!」

「こら、シンジ!暮らしてるって‥他に言いようあるでしょ!!」

 狭い室内が、再び笑い声で満たされた。


 ヒカリったら、自分達のことにはいつもうるさいくせに、
 目に涙ためながら笑っちゃって!

 見てなさい!ヒカリの誕生日の時に、絶対仕返ししてやるからね〜!


「さ、さあ、みんな食べてよ。冷めたらおいしく無くなっちゃうからさ」

 まだ頬の赤いシンジがかろうじて切り返してようやく笑いの渦が引き、
 穏やかだが楽しい食事が再開された。

 みんな、とても楽しそうにしてる。
 シンジも、私の正面でにこにこ笑っている。

 私も‥‥とっても楽しそうにしていると思う。




 ピンポーン

 「「「「はぁーい」」」」」


 きっと青葉さんとマヤさんだ!!

 どたどたとみんなと玄関に向かい、ロックを外してドアを開ける。



 ガチャリ



 「すまん、えらく遅くなっちまって。」
 「みんな、楽しくやってる?」

 ああ、やっぱり青葉さんとマヤさんね!!!

 二人とも、きれいなリボンのついた小さな箱を持っている。
 やっぱり私へのプレゼント!?



 「アスカ、お誕生日おめでとう。これ、プレゼント。」
 「私からも。おめでとう、アスカちゃん」

  私の手に手渡されたふたつのプレゼント。

 「‥ありがとう」


 「じゃ、私も今渡しちゃお。」
 「ああ、それならわしも」


 「はい、アスカ。15歳、おめでとう!」
 「わいからも。ま、たいしたもんやあらへんがな。」


 「俺も。おめでと、アスカ。」
 「クワッ!」
 「僕からも。お誕生日、おめでとう。これからもよろしく。」

 「ありがと、みんな‥‥」


 いつの間にか私の両手が沢山のプレゼントで塞がる。
 ああ‥‥私、感激してるみたいね。

 だって、こんなのって生まれて初めてだもん。


「ねえ、開けてみて、いい?」

「じゃあ、ケーキ切ってからにしようよ」

「じゃあ、みんな揃った事だし、もうケーキ切って!」
「はいはい、アスカ、あわてないで。ちゃんとご飯食べてからね」

 再びパーティーの舞台はリビングに戻る。


 まだ残っているホワイトシチューとかサンドイッチとかを
 急いでたいらげると、いよいよケーキ様の登場。

 クリームとフルーツがごってりと盛られた、シンジお手製の
 デコレーションケーキがヒカリの手によって運ばれてきた。

‘でん’とテーブルの中央に置かれたそれを囲むように、みんなで着席する。

 青葉さんとマヤさんが入った分、テーブルの周りがちょっと混雑してるけど、
 その窮屈で賑やかな感じが、逆にとても私は気に入った。

 全員着席。
 いよいよね。

‘Happy birthday Asuka!!’と書かれた文字を囲むように
 ロウソクが立てられ、青葉さんがライターで順に火をつけていく。

 部屋の明かりが消される。



 ゆらゆらとオレンジ色の炎が揺れる、15本のロウソク。

 暗い部屋の中、私を囲むみんなの顔が、ほのかな明かりの中に浮かんでいた。

 青葉さん、マヤさん。
 ペンペン、それから
 ケンスケにトウジ、ヒカリ。

 ‥‥私の正面にはシンジ。



 やがて、ケンスケの提案で、ハッピーバースデーが歌われる事となった。
 みんなが声を合わせて、私のためのハッピーバースデーを歌い始める。


 ・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・



 歌が終わり、歓声とともに起こる拍手。
 そして。

 「お誕生日、おめでとう!」
 「おめでとう!」
 「15歳、おめでとさん!」
 「めでたいなぁ。」

 「クァゥクァゥッワッ!!」

 「おめでとう、アスカ!」

 「誕生日、おめでとう!!」

 みんなの祝福の言葉。
 ケンスケ達が鳴らすクラッカーの派手な音。
 ペンペンのわめき声。

 シンジが笑顔で私のほうを見ている。





 『うっ‥ううっ‥。』


 ‥‥この泣き虫!!
 何泣いてんのよ‥みんながお祝いしてくれてるっていうのに。

 ちゃんとありがとうって言わなきゃダメなのに‥‥。


 「さ、アスカ、ロウソクの火、消して。 ほら、もう、泣かないで」
 「ご、ごめんねっ、わたし嬉しくて、その‥」

 ヒカリに渡された白いハンカチで涙を拭い、顔を上げる。

  涙で滲んだ15本のキャンドルの炎は、神秘的な十字の光に包まれていて、
 いつまでも眺めていたいと思えるほど美しかった。

 でも消さなきゃ。

 胸一杯に空気と想いを吸い込んで、それを一気に吐き出す。


 『ふぅぅぅうううううううううっ!!!!!!!!!!!!!!!!』



「すご〜〜い、アスカ、一回で全部消しちゃって!」

 やったぁ!!全部よ!全部!!

「ほんま、何なんや、今のは」

「‥トウジ、化け物みたいに人をいわないでよ、人が気分良く余韻に
 浸ってるっていうのに。そんな事言うとケーキ抜きよ!!」

「まあまあ、アスカ」



「クワッ」

「あっ。ペンペンがケーキ食べたいって。
 ねえアスカ、もう切っちゃっていい?」

「うん。私も食べたい」


「ヒカリちゃん、ペンペンの言葉がわかるのかい?」
「はい。最近はだいぶ判るようになりました。」

「それにしても、相変わらず食い意地が張ってるねぇ、ペンペン。」
「ギャアギャアギャア!!!」
「ケンスケったら!!」


「まあまあ、じゃ、ケーキ切るのは私がやるわ。
 ヒカリちゃんはペンペンを止めてて。つまみ食いしないように」

「はい、お願いします」

 マヤさんがヒカリからナイフを受け取り、手際よく
 ケーキを切り始める。

 パーティーは、いよいよクライマックスを迎えようとしていた。






 [3rd part]


 ちょっと甘めのケーキを食べた後、みんなの視線を集めながら
 私は誕生日のプレゼントを開けていく。

 包装紙をとってくのって、こんなにいい気持ちだったのね。

 どきどきするっていうのと、上手くいえないけど「ありがとう」って感じが
 混じった、不思議な気持ち。


 まずはヒカリのから。

 ‥中身はかわいいペンギンパジャマ。

 「ありがとう、ヒカリ!これ、かわい〜〜!」
 「アスカが喜んでくれてよかった‥。」


 「そや、そのうちシンジ様との愛の‥‥」

 バキッ!!


 「‥‥‥鈴原っ!!!」
 「すん‥ません」

 トウジ‥完全に敷かれてるわね、ヒカリに。



 続けて、みんなのも順番に開けていく。



 青葉さんからは新しいSDATプレイヤー。

 マヤさんのはサンダルウッドでつくられた、いい匂いがするペーパーナイフ。

 バッハの無伴奏チェロの全曲CDはケンスケから。

 トウジは、意外にもすごくかわいいペルシア猫のマグカップをくれた。

 でペンペンはというと‥どこでどうやって買ってきたのか、彼(?)が
 持っていた白いビニール袋には500ミリリットルのエビチュが入っていた。
 ありがと、ペンペン。


 みんなからの、私を大事にしてくれる人達からの、いろんなプレゼント。
 役に立つものもあれば、そうでないかもしれないものもあるけど、
 まあ、そんな事はどうでもいいの。

 こうして集まってお祝いしてくれること、プレゼントをくれること、
 ハッピーバースデーを歌ってくれること。
 みんな、みんな嬉しいの。

 「みんな、本当にありがとう!!どれも、大事に使うね!!」





 「‥‥。」


 あれ?

 ありがとうって言ったのに、誰からも返事がない。

 ん?

 みんなは黙って私の手元を見続けている。

 分かったわ。

 沢山のプレゼントの中にぽつんと残った、まだリボンのついたままの
 小さな箱をみんなが見ているんだ。

 「これも開けなきゃ、だめ?」
  恐る恐るみんなに私は聞いてみた。




 一瞬の沈黙の後。


 「ダメ!」「ダメダメ!」「なにゆうよるんや!」「ホラ、あけなさいよ!」
 「照れちゃダメよ、アスカちゃん」「クワワッ!」

 「ほ、ほら、シンジが赤くなってるからさ、ね、ねえ!」


 「「「「「だめといったら、ダメ!!!」」」」」



 「うう‥わかったわよ」

 結局みんなの要望に押しきられる形で、私はみんなの前でシンジの
 プレゼントを開けることになってしまった。

 あ〜あ、二人だけになってから開けたかったのに。



 カサッカサカサッ



 包装紙をはがしていく音だけが、異様に静かな部屋の中に響いている。

 すごく緊張するわねぇ〜。
 包装紙を取っていく間じゅう、シンジが、みんなが、
 何も喋らずに私をじっと見ているんだもん。


 そしてあらわになったプレゼントは‥‥

 「何よ、これ‥‥シンジ‥‥」

 「うわぁ、これって!ねえ、開けてよ!」

 ヒカリの歓声に、私とシンジは真っ赤になる。


 中から出てきたのは、小さな宝石箱だった。
 ドキドキしながら、私はそれを開けた。


 蓋を開けると、水色の宝石のついた一組のイヤリング。

「シンジおまえ、なんやこれは!!ちょっと早いんじゃない?」
「シンジ君、やるじゃないか!」
「碇君、早すぎるわよ、まだ、アスカ、15よ!!」

「ごめん‥‥委員長」
「わ、私にあやまんなくったっていいけどね‥‥」


「シンジ君、これ、アクアマリンかしら?それとも、ブルートパーズ?」

「ア、アクア、マリン‥‥」

 顔を真っ赤にしながら、シンジはマヤさんに答えているのが目に入った。
 照れているシンジ。
 きっと、真っ赤になりながらこれを買ってきたに違いない。

 早速それを手に取って、私は目の高さに持ってきてみた。
 銀色で少し控えめのイヤリングが、光を受けてきらきらと輝いている。
 そして、決して大きくはないんだけど、激しく自己主張している水色の宝石。

 その澄んだ輝きが、私を壊した。


 『‥‥‥!!』

 人前なのも構わずに、目の前のシンジの胸に飛び込み、顔を埋めて
 私はありがとうを繰り返した。

 シンジが困った顔で俯いているのも知らず、私は‘彼’の
 胸の中で何度も目をこする。



 シンジは、今日も静かに私を抱いてくれた。

 他の人達は唖然としているのだろうか、誰の声も聞こえない。



 つぶれたような私の声ばかりが室内に響いている。

 あまりのみっともなさに、私は泣くのをやめようと必死に堪えたけど、
 なかなか私の中の泣き虫アスカが止まってくれない。

 ああ、早く泣き止まないとみんなに迷惑よね。

 でも‥でも‥私、嬉しくて、ああ‥‥。



 「ねえアスカちゃん、これ、つけてみてくれない?
  きっと、すごく似合うと思うわ。みんな、見たいって」

 子供をあやすような優しい調子でマヤさんに話しかけられ、
 さすがの私も、なんとか正気をとり戻した。

 宝石箱をしっかりと持ったまま、誰にも目線を会わせないようにして
 一直線に洗面所に飛び込み、ドアを閉めてゆっくりと顔を洗った。

 で、その後、イヤリングを箱から取り出して、鏡を見ながら
 早速それを身につけてみた。

 ‥‥‥これ、すっごく綺麗!!!
 シンジに、みんなにみせてあげなきゃ!!


 「ねえ見て、シンジ!!」

 洗面所から出てきた私の声に、みんなが振り返る。
 起こる歓声。
 みんなが私に似合う似合うって誉めてくれた。
 でもね、私だってわかってるわよ。
 まだ、今の私にはこういうのを身につけるのはちょっと早いって。

 でも、いつか必ずこれをつけてシンジと歩きたい。
 一緒に腕を組んで歩きたい。

 ホント、そう思うわ。


 ・・その後、私たちはずっと楽しいおしゃべりを続けて‥‥。

 “もう、11時だ。かえらなきゃ”

 という誰かの言葉がきっかけだったと思う。

 みんなが家路につきはじめ、一人、また一人とお客さんが減っていく。
 パーティー独特の雰囲気が次第に薄れはじめ、日常の匂いが部屋の中に
 漂い始めた。

 とっても楽しかった誕生パーティーが、いよいよ幕を閉じようとしている。





[4th part]



 みんなが帰って、夕食やケーキの後かたづけが終わった後。
 明日は学校だからということで、私達はすぐにお風呂に入って
 パジャマに着替えた。

 歯をみがいて、おふとん敷いて、パチンと部屋の電気を消す。


 明日は学校だっていうのに、なんだか寝付けそうにない。
 私、嬉しくて仕方ないのかもね。

 ちょっと目を開けてみる。
 シンジもまだ起きているみたいだった。


“ねえ、シンジ”

 そう声をかけようと思ったとき、彼がこっちを振り向いた。

 「アスカ、まだ、起きてる?」
 「うん」


 「今日、月明るいね」

 シンジに言われて、カーテンのほうに視線を流す。

 カーテンの隙間からこぼれ出る青白い光が、細くて長い直線を
 床に描いているのが目に入った。

 「ホントね。今日、満月なのかな?」
 「そうかもね」



 ちらりと枕元の時計を見た。
 【12/4 PM11:57】


 まだ、12時前ね。

 「ねえ、シンジ、キスしようよ」
 「また?でも‥‥最近しすぎだよ、アスカ」

 「ホラ、時計見て。あと3分だけ、私の誕生日なのよ。だから〜〜ねぇ」
 「もう‥しかたないなぁ、アスカ‥。」


 ‥‥‥‥‥‥‥


 「ちょっとぉ、短かすぎない?」
 「でも‥‥ダメになっちゃうよ、こんな事ばっかりだと。
  アスカはそう思わないの?」

 「いいのよ、シンジ。一緒に、ダメになっちゃおうよ」
 「っ!!」

 ‥‥

 「アスカったら‥こんなんじゃ、僕、ダメになっちゃうからさ、もう、やめてよ。」

 「そっか‥ごめんね」

 シンジの言いたい『ダメになる』の意味は、私にだって何となくわかる。

 シンジだって男の子だからね。

 この歳で、シンジと私がダメになっちゃいけないのもよく知ってる。

 だから‥‥。
 これ以上は我慢できる。
 だけど‥‥。
 なんか、寂しいのよね。

 「そうだ、一緒に月、見てみない?」
 「うん」

 シンジが窓のカーテンを開けると、青みを帯びた眩しい月光が
 部屋全体に入ってきた。

 アルミサッシを開けて、私たちはベランダに出た。
 雲一つない夜空に、大きなかさをかぶった十六夜月が出ている。
 銀色のリングに囲まれ、ぽつんと虚空に浮かぶその姿は、
 それはもう溜息の出るような美しさだった。


「あ、もうじき、雨だ」

「雨?」


「うん、月にかさがかかると雨が近いって、昔学校の先生が言ってたんだ」
「ふぅ〜ん‥こんなに綺麗なのにね」

 近くの草むらからは、寂しげな鈴虫の鳴き声が聞こえてくる。
 今年の12月は、長袖じゃないと風邪をひいてしまうくらい
 夜が冷える。
 そういえば、あの日以来、地軸がすごいスピードでもとに戻ってきているって、
 テレビのニュースで何度もやってたわね。

 きっと、私もシンジも知らない、『本来の四季』が戻ってくるのね、これから。


「月、アスカの言うとおり、こんなに綺麗なのにね」

「‥‥。」

「アスカ‥聞いてる?」

「‥うん。」




「ねぇシンジ、私のこと、好き?」

「うん、好きだよ。」

「どのくらい?」

「うーん、世界で一番好きな人、アスカだよ。多分、間違いない。」

「ありがと。」



「僕のことは?」

「そりゃもう、私の態度見ればわかるでしょ? シンジ無しじゃ、
 私、やっていけないわよ」

「アスカは、僕なしでも充分やっていける、強い人だと思うけど」

「‥‥‥‥」


「アスカは、僕なんかより、なんかずっと先に進んでるっていうか‥立派っていうか」

「私は、今も弱いわよ。昔も、たぶんこれからも。」

「…そっか、そうなんだ」

「‥‥‥」

「今日の月、本当に綺麗だね」

「うん」




「ねえ、風邪ひくからさ、もう中に入ろうよ」

「そうね」

 部屋に戻ってもう一度時計を見ると、既に12時を回っていた。

 とうとう私の誕生日は終わったのね。
 今日から私も15歳。

 まだ暖かみの残るおふとんに潜り込んで、去年を振り返ってみる。

 前半はほとんど辛いことばかり、でも後半はほとんど楽しいことばかりだった、
 14歳としての私の一年。

 エヴァのパイロットだった事、御殿場で酷い目にあった事が、今はもう
 ずっと昔のことのように感じられる。

 今年も、そしてこれからもずっといい事ばかりだといいな。

 そう思いながら、シンジの方をちらりと見てみる。

 幸せの鍵を握っている‘彼’は、おやすみを言い残して
 もう夢の世界に旅だってしまっているようだった。

 端正なその寝顔をしばらく見つめてから、私も目をつむった。


 瞼の裏に浮かぶのは、彼の笑顔。

 最近の私って、すごく幸せだと思う。
 ホント、恐いくらい幸せすぎよね。



 じゃ、シンジ、ママ、おやすみなさい。
 また、明日‥‥。











 ずっと後になって、私はこの頃の事を何度も回想する事になった。

 ただシンジの優しさに溺れるばかりだった、この頃の私。

 愛とか温もりとかのカタチに飢えきっていて、目の前のものを
 貪ることしか知らなかった私。


 15歳の私。
 この頃の私は、あまりに幸せに飢え、そして、幼すぎた、と。


to be continued



 えーと。


 ごらんの通り、我らがアスカ様は幸せの絶頂を迎え、
 第二部の前半戦は終了しました。

 ごらんの通りのザマです。
 この泣き虫アスカは、私と同じくらいか、それ以上に壊れてます。
 まあ、しようがないと思って、今は見逃してやって下さい。


 物語は高校3年生の終わり頃まで飛びます。


 全ては、これからだ。

 アスカ、がんばれよ。
 必ず、必ず!!



 2004年注:第二部は二つのパートに別れていて、これが前半部(1997年10月連載)
 です。連載の都合もあって、第二部はニュアンスの異なる後半部(1997年11月連載)
 へとこれから移行していきます。
 同じ二部なのに雰囲気がかなり異なるのは、この、ニフティ上における発表の
 時期が異なることにも幾らか由来していますので、ご了解ください。
 もちろん、ストーリー的にもここが大きな分岐点の一つではありますが。




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