Episode-22【終わりと始まり】


[1st part]

  雨があがったばかりで水たまりの目立つプラットホームに、6両編成の
 リニアが止まり、数十人の陰気な乗客を吐き出すと足早に去っていく。
 列車を降りたそれらの人々は、田舎の駅の無人改札を抜け、街に
 向かう方向とは反対側の、細い山道のほうへと吸い込まれていった。

 彼らの合間には、菊や百合の花束を手にした『チルドレン』の姿も見える。

 青葉とマヤ、シンジとアスカ、そしてヒカリとトウジとケンスケの、
 総勢七名だった。
 周囲の人達と同様、普段は陽気な彼らも口数が少ない。
 今日が春の彼岸で、行き先が集団墓地なのだから、
 それは当然といえば当然なのかもしれないが。


 「そろそろ着く頃だったよね」
 「ええ」


  コンクリート張りの細い道路を歩いて10分、水蒸気に曇る森を
 抜けると、彼らの眼前に非日常の景色がパッと広がった。


  たどり着いたのは山間部の小さな盆地である。
 高い山に囲まれた平らな土地に、同じ形をした黒っぽい墓石が
 規則正しく広がる不思議な光景がどこまでも広がっていた。
 山梨県韮崎市の山間部にあるこの集団墓地は、旧第三新東京市や
 御殿場からの交通の便が良い事などから、サードインパクト未遂事件に
 おけるネルフや戦略自衛隊の戦死者、およびこれまでのE計画関連の
 殉職者達の永眠の地とされていた。

  チルドレンにゆかりのある人物も、多くはその例外ではない。

 「いつ来ても、えらい恐い感じの所やな‥‥」
 「うん、なんか、同じ日本って思えないわ」

  暗い空、それと近くの山にかかっている動きの早い綿雲のせいもあるのだろう、
 地獄にでも踏み込んだような錯覚に、子供達は少しだけ戸惑った。


 「確か、トウジの家族のって、こっちじゃなかったっけ‥‥」
 「うーん、わかんないわよ、ここって、広すぎるもん」

 「ねえみんな、去年みたいに手分けして探しましょうよ。
  誰かの見つけたら、みんな連絡するのよ。
  見つけたら、まずにアスカに連絡して目印になってもらって、
  それから携帯で連絡ね。」

 「「「はーい」」」

 「今年も私が目印?」
 「だって、アスカちゃん目立つでしょ?髪の色。」
 「うう‥‥」
 「染めても出ない綺麗な髪で目立つって事よ。
  喜んでいいんじゃない?」
 「‥なんか騙されたような気がするけど‥いいわ、今年も私が目印ね。」
 「じゃあ、お願いね。みんな、がんばって探しましょ。」

 マヤの言葉を合図に、広く、しかもこれといった目印のない墓地に
 各自が散らばり、自分達に縁のある人物の墓石を探し始めた。


「ねぇアスカ、場所憶えてる?」
「えっと‥‥確か、加持さんのは、西の縁の方じゃなかったかな〜。」

「どこやろか‥‥あ、あった。」
「鈴原、それ、余所の人のよ、ほら、番号が違ってる。」
「ほんまや。同じ形ばかりで紛らわしいのぉ。」


“これだ!間違いない、綾波と碇のおやじのだ”

 最初に知人の墓石を見つけたのは、ケンスケだった。


「もしもし、相田だけど。アスカ?」

『そうよ。いったい誰の見つけたの?』

「綾波とシンジの親父さんのを見つけたよ。今から迎えに行くから、そこで
 待ってて。」

 『わかったわ。じゃ、動かないで待ってるね。』



  5分後には、全員がケンスケが見つけた墓石の前に集まっていた。
 迅速な集合ができたのは、携帯電話もさることながら、アスカの目立つ髪
 のおかげだろう。

 今、彼らの目前には黒っぽい質素な墓石が二つ並んでいる。

 墓石の表面にはそれぞれ、綾波レイ、そして、碇ゲンドウの名が
 はっきりと刻印されていた。

 そして、“2016年3月没”という文字も。


  水滴に濡れる二人の墓標を前に、誰もが無言のままであった。
 マヤが線香を皆に配り、一人ひとり順番に火をつけ、
 死者に対して静かに祈りを捧げる。

“父さん、綾波、あの世で幸せにしてますか?僕の方も‥割と上手くやってます”
“レイちゃん、私達、結婚するんです。”
“ファースト、私って、シンジと仲良くやってると思う?”

  めいめいが黙祷し、自らの心情を語りかける。
 祈りを終え、目を再び開くその時まで、死者との対面が続いた。

 やがて、各人が祈りを終え。

「さてと‥‥はようわいの家族のとこにも行ってやらんとな。」

 トウジのつぶやきを合図に、
 再び彼らは広い墓地の中に散っていった。



     *        *         *


  それから約1時間後、彼らはミサトと加持の墓の前に辿り着いていた。
 既に青葉やマヤの同僚達やトウジの家族の所の墓参を一通り終えており、
 今年の彼岸はこの二人がラストとなったのだ。
  まずケンスケがエビチュの缶を二つ並んだ墓石の側に置き、
 続いてアスカとシンジがそれぞれ加持とミサトに白い花束を捧げた。

「お水、まだ残ってる?」
「大丈夫よ」

 マヤが、やかんを使って二つの墓石に水をかけ、続いて青葉がローソクと
 線香に火をつける。

「じゃ、みんな。お祈り。」
「うん」
「そやな」

 皆、静かに目を閉じていく。

“ミサトさん。僕は、これで良かったんでしょうか。良かったんですよね。
 僕は、みんなと仲良く、悩みながらも日々楽しく暮らしています。
 それがあなた達の犠牲の元で成り立っている事を忘れているいつもの僕を、
 どうか赦して下さい。”

“アスカとは‥最近、どこか行き詰まっているかもしれません。ごめんなさい。
 充分にわかってあげられないんです、彼女の事を。
 それと、アスカを女として見てしまう、そんな自分も恐いです。
 性別の違いって、こんなに乗り越えにくいものなんでしょうか。”


“加持さん。私、元気にしてるわよ。私も、もう18歳なのよね。
 今なら、加持さんは私を女として見てくれるのかな?
 でも、今もシンジがいるからいいです。彼と一緒にいて、あなたを
 卒業することができた自分自身を、今日も嬉しく思ってます。”

“でもね、恐いんです。なんだか、今も安心を知らないんです、私。
 シンジといつも一緒にいないと、だめなんです。
 人を好きになるって、とても幸せな事だって言うけど、
 最近の私の心はいつも辛くて、泣き出しそうです。
 一生懸命ならそれでいいって加持さんは言ってくれるかもしれないけど、
 でもどこかで間違ってサヨナラしてしまうのは、私、絶対嫌なんです。”



“僕に、答えてください”

“私、どうしたらいいんですか?”



 「なあ、二人とも‥‥」

 「えっ?」「あっ」

 トウジに声をかけられて、アスカとシンジは我に返った。
 慌てて周りをきょろきょろと見回す。

 いつのまにか、燭台のローソクの炎は消され、お供えのビールも
 既に片づけられていた。他の人達も帰る準備にとりかかっている。



「二人とも、一生懸命だったわね。何をおはなししたの?」

「「そ、それは‥‥」」

 マヤの質問に言葉に窮する二人。
 二人とも、どうしても答えを口に出せない。

「ま、いいわよね、そうやって死んだ人といっぱいお話出来るって。
 宗教を信じる信じないは別にして、やっぱり、そういうのって
 私は大切なことだと思うわよ、二人とも。」

「そうかしら‥‥意味ないとか、バカみたいって言う人もいそうだけど」

「そんなことないさ、アスカ。みんなそうやって、昔の人と話をする時って、
 今の自分や昔の自分を見つめ直したり、反省したりするだろ?
 だから、それだけでも意味はあるよ。
 墓参りってのは、単なる儀式じゃないだろ?生きてる奴にとっても。」

「‥‥青葉さんの‥言うとおりかもね」


「な、そろそろいかんか?電車、出てまうで」
「もう11時か?それはまずいな、急ごう」

「じゃ、急ごうか、みんな」

「はーい」

 帰途につくアスカ達を見下ろすように、やけに白っぽい太陽が雲間から
 陰気な顔を覗かせていた。






[2nd part]

「実は、今日は発表したいことがあるんだ」

 開口一番、青葉はチルドレン達にそう切り出した。

 第二新東京市のはずれに立つ小さなレストランでの、
 ささやかな昼食の席上の事である。

 柄にもなく緊張気味の彼の声は、子供達の耳にも明らかにうわずって聞こえた。


「発表したい事って‥‥なんですか?」

「よくぞきいてくれました、洞木さん。」

「なんや、青葉さん、変やで。妙に改まって。」


「お、俺はいつも通り正常だよ、なあ、マヤ」

「し、知らないわよ、そんな事」

 青葉の隣の席でマヤは顔を俯かせて、今にも泣き出しそうな顔をしている。

(おい、今日みんなに発表するって言い出したの、
 お前だろ?少しは助けてくれろよ)

(で、でも、私、こういうの苦手だし‥‥)

「あ‥‥」


 (ヒソヒソ話をアスカ達に見られているじゃないか!!)
 (え、そうなの?)


 観念した彼は息を吸い込み‥‥大きな声で宣言した。

    「みんな、聞いてくれ!お、俺たち、結婚したんだ!
     それで、頼む、みんな、式に来てくれ!」


(‥‥‥バカ、向こうのテーブルのおばあさんがこっちみてるじゃない!)

(だ、だって仕方ないだろ!そんなの!)


「おめでとうございます、青葉さん、伊吹さん!」
「おめでとうございます!」

 子供達の祝福が青葉とマヤの囁きに覆い被さり、瞬時にそれをかき消した。
 向こうの方のテーブルの老夫婦も、なごやかな表情で拍手している。
 真昼のレストランの店内が、パッと華やかな歓喜の渦に包まれた。



「ねえねえ、それで結婚式のほうはいつなのよ?」

 アスカの質問に、ようやく皆が我に返った。

 「あ、ゴールデンウィークの前後にする予定なんだけどね。
  ただ、式場が取れるかどうか‥‥」

 「ほな、もう一ヶ月ちょっとじゃないですか!」

 「ええ‥‥みんな、来てくれる?」

 「うん!」
 「もちろんです!」

 テーブルを越えて、狭い店内じゅうに幸せの空気が広がっていく。
 当事者達は気づかないが、祝福する側も、される側も、あふれんばかりの
 笑顔で、とても輝いていた。





 フユツキ コウゾウ サマ


先日行いました職員健康診断における結果について、ご報告致します。
          
 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥等、複数の検査において、
 肝・胆道系の何らかの疾患の存在を疑わせる所見が見られます。

 至急、この報告書をお持ちの上、精密検査の可能な最寄りの
 病院・医院にて再度検診を受けられることを強く勧めます。 

                2020・3/12 NERVコウセイブ・キタノ オサム   



  その通知を冬月が発見したのは、仕事に埋もれるごく平凡な午後の事だった。
 職場に届けられた数少ない個人宛の郵便物の中に混じっていた、それは、
 付属診療所からのものだった。


『最近の疲れの原因は、多分これだろう‥‥』

『この一ヶ月はゼーレの後始末と子供達の手続きで忙しいから‥来月に病院に
 行ってみよう。まあ、一ヶ月ぐらいは大丈夫だろう。
 少なくとも、私は酒はあまり飲まない方だからな』

 そう考え、冬月は――少しためらった後――その通知を封筒に戻し、
 デスクの一番下の引き出しに放りこんだ。

→to be continued




 まずは、ここまで本SSを見捨てずに読んで下さった寛大な皆さん、
 ありがとうございました。

 一応、物語としては少しづつ進んで、目指すべきポイントに
 着実に近づいてはいますが‥‥青さを感じさせる
 構成&文章表現で書いててちょっと悲しいっす。(;_;)ヤッパリボクニハキツスギルノ

 一話通しでまるごと明るいエピソードを書きたい今日この頃です。


 2004年注:このパートは涙が出るほど体言止めが多くて手を焼き、そして
 今もダメぽです。これを書いた当時の私は、12/4にこのSSを完結させようと
 躍起になっており、このパートもまたそんなわけで急ごしらえされた
 ものだったりするわけです。これまで色々なパートに難癖をつけてきた
 2004年の私ですが、ここはほんとーに酷い。1997年俺は、猛省しなさい!




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