Episode-28【他人の匂い】



 「流石に早いね、アスカは。もう来てたんだ」

 それが、ナオミからの最初の一言だった。
 語尾がどこか強いような気がした。

 病院の廊下には、今は誰もいない。
 私とナオミの二人だけだ。


 「‥‥‥。」

 「今日、ウチにも病院から電話かかってきてね。
  どうもシンジの件、私達みんなに連絡行ってるみたいね。」

 ナオミの表情は‥‥表情は‥‥私は、どうしても彼女の顔を直視できない。


 なんだか恐かったの。

 ナオミの雰囲気も、ナオミの声も。

 もしかして‥‥私のやってしまった事、ナオミは知ってるのかもしれない。

 確か、飲んだのは『蒸気船』だったもんね。
 見てた人、いてもおかしくないもんね。



 「ここがシンジの病室ね」

 「‥‥」



 「わたし、入るわよ。
  アスカ、来ないの?」

 「う、うん、私も入る」


 ナオミに促されるまま、私は再び白い病室へと入ってゆく。



   *       *       *



 「アスカ‥‥流城も来てくれたんだ」

 病室に入ると、くぐもったシンジの声が聞こえてきた。

 ハッとしてベッドの方を向くと、目を覚ましたシンジがこちらを見ていた。

 酸素吸入用の透明のマスクをつけた、どこか不安そうな表情のシンジ。

 胸の中のファーストが、ナオミが、シンジが‥何より私自身が
 邪魔をして、私は彼を真っ直ぐ見つめる事ができない。


 「喋って大丈夫?ほら、アスカも‥‥何やってんのよ!!あんたのシンジでしょ!
  ちゃんと励まして!!」

 「う、うん。」

 ナオミに促されて、私はおずおずと答えた。
 だけど、結局シンジの眼を覗くのが恐くて、いつまでも彼の胸元を
 見つめ続けるばかり。


「アスカごめん。本当にごめん。」

 私に、か弱い声で何度も『ごめん』を繰り返す彼。


「シンジ‥‥無理して声出さないで。
 昨日のことなら‥もういいから‥‥」

 モゴモゴと今にも消え入りような声でしか、私は応じる事ができなかった。
 ナオミの言うとおり、恋人なら、こんな時こそしっかりしないといけないのにね。



 シンジが私の方に手を伸ばしてきた。

 半ば無意識のうちにその手を握る。


 “手、冷たい‥‥”


 緩慢な動きでシンジが私の手を握り返してきた。
 その手は、普段からは想像もできないような、弱々しい病人のそれだった。


 「あったかいね、アスカの手。僕、これからどうなるんだろう‥‥」

 シンジはその言葉を最後に、再び目を閉じた。



 長い無言の時間が過ぎる。

 呼吸音と心電図の規則的な二重奏が再び病室を支配し始めた。



 「シンジ、眠ったみたいね、アスカ‥‥」

 「‥‥」

 「もう、外に出でなきゃ。」


 「ほら、アスカも!何ボーッとしてんのよ!」

 「うん‥‥じゃ、シンジ、またね‥‥。」



     *       *       *




 「ねぇアスカ、ちょっと、付き合ってくれる?」


 病室を出た後、長い沈黙を断ち切るかのように、ナオミはそう言った。

 なんとなく強い力のこもったその言葉に、私は逆らう事ができない。






 一方、その頃‥‥旧小笠原列島上空、1万メートル。


  第二新東京市を一路目指す、日航108便の中、
 ラウンジでコーヒーを頼んでいる一組の若い男女の姿があった。
 ロングヘアーの男とショートカットの組み合わせは、この時代においても
 ありきたりだったが、このカップルはとりわけ似合いの二人に見えた。
  新婚旅行の中途においてシンジの発病を知らされ、急遽日本を目指す
 青葉シゲルと伊吹マヤの二人である。
 アデレード国際空港を離陸して既に5時間が経過していた。
 彼らには、その5時間がどれほど長く感じられた事か。


 「もうすぐ日本だよな。
  さっさと着陸しろよとかって言っても、ジェット便じゃ無理だしな」

 「当たり前でしょ、とにかく今は落ちついて待つしかないわよ‥」

 「落ちつかないのは、マヤだって同じ癖に。」

 「まあ、そうね‥‥」

 スチュワーデスからコーヒーを受け取って自分の席に戻った青葉は、
 紙コップに入ったその黒い液体をぐっと喉に流し込んだ。

 ネコ舌のマヤが、その隣の席で紙コップにふーふーと息を吹きかけている。


 「なあ、マヤ」

 「なに?」

 「俺がこんな事で新婚旅行をフイにしたこと、恨んでないか?」


 青葉の質問に、マヤはちょっと考え込むような仕草をみせて
 「恨んでるわけないじゃない」と素気ない口調で答えた。

 「あなたがシンジ君達の事、ほったらかしにして旅行を続けるような
  人じゃないって、私、知ってたつもりよ。」

 「そうか‥‥」

 「誉められたと思っておいてね」


 青葉はマヤの方を振り返ることもなく「わかった」とだけ答えて、
 ゆっくりと眼を閉じた。

 「帰ったら、まずは監視部のほうから報告を受けて‥俺たちは
  バックアップに回ろう。まあ、メンタルな部分は、なるべくアスカや
  相田君に任せておきたい。」

 「そうね。私達が新婚旅行から帰ったこと、知らせない方がいいかもね。
  少し後で会いにいきましょ。」

 「ああ。」

  目を閉じてラウンジシートにもたれかかる青葉の姿を横目で見ながら、
 マヤはゆっくりとコーヒーをすすり続けた。
 彼女は自分が選んだ男に間違いがなかった事を、今日も強く実感している。






[2nd part]



 「アスカ‥‥‥」
 「‥‥何?」


 それが全ての始まり。

 寒い風の吹く病院の屋上のフェンス際に、私達は立っている。

 アルプスを一望できる第二新東京の美しい風景も、今は私の目には入ってこない。

 ただ、目の前にいる親友だけに、全ての意識は集中していた。


 「あの‥‥酷いこと、言っていい?」
 「え?」

 私の心臓がビクンと跳ね上がった。

 次の言葉に備えて、早速心が身構えている。


 「あのね、どうしても言いたい事、あるんだ。」

 「赦してなんて言わない。アスカに恨まれても仕方ないと思う。」

 「でも、ごめんね。私、これからキレるから。
  ここまで言えば、私が言おうとしてるか、見当つくよね?」



 精いっぱい勇気を出して、今日初めてナオミの顔を覗いてみた。

 いつもの陽気なナオミは、そこにはいなかった。

 今まで見たこともない、何かを思い詰めたような顔は、
 まるで別人のそれのよう。

 唇の端を歪ませるナオミの顔と、全てを見抜くような曇りのない目。

 私は、彼女の心を見透かすことができたような気がした。


 それでも‥いいえそれ故に‥‥私は‥‥黙ってコクリと頷いた。


 そんな私を確認したナオミは大きく深呼吸をし、
 私が覚悟していたような口調で、言葉を紡ぎ始めた。


 「許せなかったのよ‥他人事に干渉しないでって言うかもしれないけど、
  やっぱり許せなかった。」

 「あんた‥‥‥あんた‥あんたねぇ‥‥!」


 ナオミが私の胸元を掴んだ。

 広い病院の屋上には、今も二人きり。
 このとき私は、この友達を心の底から恐いと感じていた。

 同時に、何をされても仕方がないという気持ちも。

 自分がこれまでしてきた事は、決して誉められたものではないのだから。
 友達に知られたら、軽蔑されても仕方ないから。

 「何を思いこんでたのか知らないけどね!」

 「シンジがああなってた時に、あんたどこで何してたのよ!!」

 そこまで言うと、掴んでいた胸元から手を離して、
 ナオミはぐっと私をにらみつける。

 「‥‥‥」

 「答えられないのね。じゃあ、代わりに答えてあげるわ。
  自分で歩けなくなるくらいお酒を飲んで、
  どこの誰だか知らない男と寝てたのよ!あんたは!」

 「‥‥」

 「なんか言ってよ!アスカ!!」



 「‥‥」




 パンッ



 答えられない私に、平手が飛んだ。

 わっと沸いてくる痛みと怒り。
 それに続く、やるせない悲しみ。



 「『蒸気船』で私の友達が見てたんだから!!」

 「あんた、どういうつもりなのよ!!失望したわ!!
  アスカだけはそんな奴だって思ってなかったのに!
  ダメなところもいっぱいあるけど、綺麗な心だけはいつも信じてたのに!」

 「あんたって何様のつもりなの!!‥‥自分だけ見て、自分しか見ないで‥‥!」

 「他人の気持ちなんてお構いなしで、自分が寂しくない事だけ夢中で!」

 「いっつも自分ばっかり!自分の事ばっかり!」

 「あんたの『愛してる』がそんなものだったなんてね、虫酸が走るわ。
  冗談じゃないわよ!」
 「愛してるのはシンジじゃなくて、自分だけなんじゃないの!?」

 平手で起こった耳鳴りのじーんという音が重なって聞こえてくる事を
 何故か気にしながら、私は畳み掛けるナオミの言葉に対して黙っていた。

 ううん、黙っている事しかできないというのが正しいわね。

 ナオミの言っていること、間違ってないと感じるから。


 私は‥‥失望されても仕方のない女。
 そう思う。

 私は、私のことばかり考える私は、クズだと思う。




 ナオミは‥片時も私から視線を逸らさない。


 泣いてしまおうと思った。
 きっと、その方が楽だから。
 でも、そんな気持ちを見透かしたかのように、涙腺からは何も出て来なかった。

 「今も、シンジの前で!こんな時、恋人のあんたがしっかり励まして
  あげなきゃいけないんでしょ!!何やってんのよ!!」

 「あんた‥‥‥シンジに好かれてケンスケにも好かれて‥‥なのに、なのに!」

 「ケンスケ‥‥?」

 「あんた気づいてなかったの?もう勢いで言っちゃうけどね、ケンスケはね、
  ずっとあんたが好きだったのよ。ダメな頃のあんたも、
  シンジといつもくっついてた頃のあんたも‥‥‥
  もしかしたら、今のあんたもね!!」

 「!!」

 「でもね、ケンスケはあんた達には幸せでいて欲しいって、そればっかりよ。
  いつも、シンジがあんたの事で悩んでいるときにも、
  お人良しのケンスケだから。」

 「‥‥‥」

 「それと‥‥アスカは‥‥私が好きだったけど諦めた男、知ってるでしょ?」

 「‥‥‥」

 「知らないの?やっぱり気づいてなかったの?」

 「‥‥‥」

 「シンジよ。あんたの恋人の、シンジを好きになっちゃったのよ!!」

 「嘘‥‥」

 「でね、そんな私だけど、今はケンスケと一緒なの。」

 「私のこと、それとケンスケのこと、軽蔑したいならしてもいいわよ。
  実際、負け犬同士で慰めあっているだけって言われたら、その通りだから」


 「でもね、あんたよりはマシよ。誰のことも考えないで、
  シンジに甘えてばっかりで、自分しか見ていないあんたよりはね!
  恋人が一番大変な時に、知らない奴と遊んでるような女よりはね!
  私だって、ホントはシンジと一緒に腕組んで歩いてみたかったわよ!!!」

 「奪いたかったのに、でもあんたがいい娘だったから、眩しかったから、
  やっと諦められたのに!!」

 「なんでそんなに私にダメなところばかり見せるのよ‥‥」

 「お願いだから、もっとしっかりしててよ‥‥」

 「私、諦められないじゃない、そんなんだと‥」


 そこで言葉を切って、肩で息をしているナオミ。

 私は‥‥私は、ひりひりする右の頬を手で押さえながら、ピクとも動けない。




 ナオミが、突然私から背を向けた。

 やがて背中ごしに聞こえてくる、鼻をすする音。

 なおもナオミはパトスを言葉で綴ろうとしているらしかった。
 けど、吐き出されるそれには、もう先程までの勢いは、なかった。



 「‥‥本当はアスカの勝手なんだよね、シンジをどうしようと、
  誰とどこで何をしようと。」

 「私のこと、嫌いになった?かもね。でも、仕方ないよ。
  私、今のアスカ、許せないもん。自分しか見ていないアスカなんて。」

 「なんでこうなのよ」

 「アスカは、私より綺麗で、頭も良くて、スポーツ万能で、料理も上手くて」

 「私が欲しかったもの、みんな持ってるのに」

 「シンジといつも一緒にいるのに」

 「アスカの友達じゃなくて、ダメなトコ見なくて済んでたら、
  きっと恨まずに済んだと思う。
  シンジと一緒にいても、遠くから見てるだけで、きっと憎まないで済んだと思う」

 「‥‥だってさ、自分が諦めた男が、そんな身勝手なのと
  付き合っているなんて、やだもん‥」

 「そんなんだったら、奪ってもいいと思ってたもん。」

 「ごめんね、酷い事いっぱい言っちゃって。
  でも、これが私が思っている事だから。」

 「だから、赦してとは言わない。もし自分がこんな事言われたら
  絶対赦せないだろうし、それに実際‥今の私は、
  今のアスカを赦してないんだから」

 「だから、あんたが私に何しても恨まないから。」

 「でもね、私、アスカの事、どうしても許せなかったもん‥‥
  だって、わたしだって、まだシンジの事、どこか好きだもん。」

 「一緒にいたかったもん。本当は、あんたを追い出して、
  一緒に腕組んで歩きたかったもん。」


「‥‥‥。」


 「バカだね、私も。アスカのことなんか悪く言えないくらい。
  ケンスケにもあんなに堅く止められてたのに。
  我慢できない私も、ダメな女ね。」


 「アスカ、ほんとにごめんね。じゃ。」


 そして私の方を一度も振り返らずに、そのまま彼女は去っていった。

 思い返すと、最後の方は、震えて、しかも消え入りそうな声だった。

 だから、私はナオミを嫌いになることが、できなかった。
 いっそ嫌いになった方が楽だとわかっていても、それができなかった。





 「赦してなんて、私、言えない‥」

 小さな私の呟き。


 屋上の風に紛れて、誰にも聞かれないまま、それは消えていく。






[3rd part]


 ナオミの言葉を思い返してみる。

 不思議と怒りは感じない。

 うん。
 むしろ、納得。


 何故って‥‥ナオミの言ったこと、間違ってないから。

 私は、きっと卑怯者だから。
 自分のことしか考えない、卑怯者だから。



 だからだと思う、もう一度行きたかったシンジの病室に寄らずに
 病院を出て、そのまま家を目指したのは。

 路線バスに乗っている間も、停留所からアパートまで歩く間も、
 ナオミの事、ファーストの事、シンジの事ばかりが頭の中に
 とめどもなく沸いてきた。

 それは、とても辛いことだった。
 だって、自分の汚さと、周りの人の立派さばかり、目に付くから。
 どんどん自分が勝手で惨めな生き物に思えてくるから。


 病院を出て三十分後、自分のワンルームにたどり着いた。
 靴を脱いで、自分の部屋に帰ると‥‥
 点滅する留守電が、私の帰りを待っていた。



 『5月7日午前10時10分 一件です』

 ピッ

 「青葉だ。今、旅行から帰ってきて職場に戻ったところだ。
  シンジ君が大変なことになったけど、今はしっかりな。
  とにかく心を落ちつかせて、アスカがシンジ君を支えてやるんだぞ。
  近いうちに病院で会おう。それじゃ、また。」

 ピッ



 青葉さん‥‥。
 そういえば、青葉さんは私達チルドレンの監視が仕事だったわね‥
 きっと私のやったことも、全てお見通しなんだと思う。
 会った時、どんな顔すればいいんだろう。
 どんな話すればいいんだろう。

 そう思いながら、ベッドの脇の鏡に目をやった。

 小さな鏡に、大きく映る私の顔。
 髪もとかさず、顔も洗わず、昨日のお酒のせいで目を真っ赤にした自分が、
 とても醜い女に見えた。



 “しまった!!”

 鏡を見ていて大事な事を思い出した。

 慌ててバッグの中をごそごそと探し回る。


 やっぱり。

 ない。
 ないのよ、どこにもない。

 宝石箱の中はもちろん、どこにも見当たらない。


 昔、誕生日の時にシンジから貰った、アクアマリンのイヤリングがない!

 ポケットをひっくり返しても何をやっても見つからない。


 “嫌、あれだけはなくしたくない!”

 “ベッドの枕元には‥‥あるわけないか。昨日、つけてたもんね”

 “もぉ!‥‥どこにあんのよ‥”


 半ばヒステリックに、必死に探す。
 部屋の中がたちまち散らかっていくのにも構わず、
 私はイヤリングを見つける事に躍起になった。

 そして‥20分ほど探し回り、部屋の中をメチャメチャにして‥私はそれを諦めた。



 “どこにも‥どこにもないのね”
 “きっとあの時ね‥‥。記憶、飛び飛びだもん。”



 独り住まいに、重い、気の滅入るような空気が再び漂い始めた。
 今まで忙しかったから忘れていたのだろう、二日酔いの嫌な感覚も
 蘇ってくる。
 だから私は、着替えもしないままにベッドに横になった。

“気持ち悪い‥‥。”

 疲れた目を閉じる。
 目を閉じても逃げ場は無い。
 暫くすると、今日の事がまたも心の中に蘇ってきた。
 思い出すだけでも辛いのに。
 出来ることなら、頭の隅に追いやってしまいたいのに。



 私の周りのみんなの事。
 割り込みたい気持ちを抑えて、私達の事をいつも影で気にかけてくれた
 ケンスケとナオミ。
 事実を知っていても、何も言わないでくれる青葉さん。
 シンジに未来を託して死んでいったファースト。

 そして、私に謝り続けていたシンジ。

 みんな、他の人のことを気にかけている。
 いつも、他の人の気持ちを考えられる人達。

 それに比べて私は‥‥‥私は‥‥

 やっぱり、自分の汚さに嫌気がする。
 自分の醜さ、嫌らしさに憤りを覚える。

 何が『他の人のために出来ることをやらなきゃいけない』よ。


 いつも、シンジに自分が捨てられない事ばかり考えていたくせに。
 いつも、シンジに自分が好かれるために、それだけの為にがんばってきたくせに。
 高校の時に吹奏楽部に入ってフルートを吹いたのもそう。
 シンジに体を許した事もそう。

 本当にシンジのためにそうしてたんじゃない。

 ただ、嫌われないように、捨てられないように‥‥‥自分がまた一人ぼっちに
 ならないように、それだけを望み続けていた私。だからそうしたのよ。

 あの頃と同じね。
 こんなにいい人達に囲まれて、恵まれていたのに、それにも気づかないで
 自分の幸せを追いかけることだけに夢中なだけだもん‥‥私。



 「まるでガキじゃない、私」

 「生きてくだけの、価値がない」


 そうね、私、心の中は何にも変わってなかったのかな?
 上辺は所々良くなったかもしれない。
 でも、本当の私は、昔も今も、誰かに頼って自分の幸せを貰う
 事しか考えていないのかもしれない。
 こんな自己中な考え方って、ガキの考え方よね?
 きっと私って、本当は今も子供並みね。
 ママや褒めてくれる人がいなくなったかわりに、今度は恋人、だもんね。

 その上、頼っていた人がいなくなったらすぐに自棄を起こすような、
 弱い心しか持たない、ひどい女。


 もう、自分に絶望する。

 ナオミには、むしろ感謝しなきゃ。

 こんなみっともない、だらしない私の正体、知らせてくれたんだから‥‥‥

 私はひどい女ね‥‥ひどい、わがままな、クズのような女‥‥



   *       *       *




 突然、目が覚めた。

 辛いことを考え続けているうちに、いつのまにか眠っていたみたいね。

 時計を見てみると、午後3時ちょっと前。



 のろのろとベッドから起きあがり、昨日から着っぱなしの服を脱ぎ、
 私はユニットバスに向かった。


 お湯の温度を少し高めに設定し、たるんだ肌から眠気を洗い落とす。


 “はぁ‥‥”

 頭からシャワーの熱いお湯を浴びていても、憂鬱までは洗い流せない。

 シャワーを浴びた後は、服を着て髪を乾かしながら、また考え事を始めてしまう。
 イヤだから止めようとしても、止めることは出来ない。

 “どうしよう、今の私、シンジの助けになれるって、やっぱり思えない”
 “ホント、これからどうすればいいのかな。”
 “ナオミは勿論だけど、シンジにも青葉さんにも会いたくない。会う勇気がない。”
 “困ったな‥‥”



 ぶぉーんというドライヤーの音。

 鏡に映る私の顔。

 わずかに香る、ラベンダーの匂い。



 “でも、ここにいるのも辛い。”
 “また私、頼れる誰かを求めてるのかもね。”
 “つくづく私って、ダメな女ね”


 プルルルルル・・・


 ん?電話の音?
 一体誰からだろう?

 私はドライヤーのスイッチを切って、取るのが怖い携帯電話を手にとり、
 ボタンを押した。

 ピッ

 「はい、惣流です」

 「ちょっと!アスカ!!いったいいつまで学校サボる気なのよ!!
  風邪とか言って、今朝電話かけたら留守だったわよ!ウソはダメよ!!」

 「ヒカリ!!!!!」

 「ア、アスカ!?ど、どうしたの?」

 ヒカリの声に、私は思わずすがりついていた。

 自分はダメだとか、思う暇もない。


to be continued



 このSSもやっとここまで来ました。
 もうすぐおしまいです。

 このSSのアスカも、あるいは今も子供かもしれない。

 でも、このアスカというどうしようもないクソガキ女が、
 私などには、綺麗な人間に見えて仕方がないんです‥



 2004年注:自分の心の中のアスカ的要素を満たすためだけに
 創られただけあって、今読んでもなんとなく入れ込んでしまいます。
 我が子かわいさ、我が子ひいき、親ばか、どれも当てはまるの
 でしょうけど、確かにここに、私にとっての生のアスカがいて、
 強烈に訴えかけてくるわけです。たまんないです。
 (第三者からどう見えるかは、当然この場合二の次でした。
  そこら辺が私が所謂SS書き、FF書きとして続かない理由
  なのでしょう。だけれど、生のアスカを書いたからこそ、このSSが
  1997年に本当にたくさんの感想を頂く事が出来たのだと信じたい
  ものです)。







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