Episode-39【生きる】


 [AD2029. 6/5 PM1:20]



 「ありがと‥みんな来てくれて。」

 「こんなときは当たり前や」

 「大丈夫?アスカ?」

 「うん‥‥みんなさえいれば、大丈夫だと思う。
  細かいところは、業者の方がしてくれるみたいだし。」

 「そうだな‥‥」



 「ねえまま、ぱぱはどうしたの〜?」
 「ぱぱはぱぱは〜」

 「ぱぱね、もういないの。帰ってこないの。」

 「アスカ、母親なんだね‥‥」
 「あんた、なにしったようなこといってんのよ!!!!
  あんたなんかに、わたしのきもちがわかるっていうの!!?
  あんたなんかに、なにがわかるっていうのよ!!!」

 「ままがおこった〜〜」
 「わわぁ〜〜ん」

 「ご、ごめんね‥‥カズミ、マサキ。」

 「それと、ごめん、ナオミ。
  わたし、どうしても‥‥」


 「‥‥‥アスカ、ごめん。」



 「それで、予定のほうはどうなんだ?」

 「‥お通夜が今晩で、お葬式は明日の朝から。
  青葉さんは‥ずっといてくれるの?」

 「ああ、マヤも夕方には店を閉めて来るって、電話で言ってた。」

 「本当に、みんな、助けに来てくれて、ありがとう。」



[6/5 PM7:00]

 「この度はご多忙のところ、主人の通夜にお集まり頂き‥‥‥」

 嘘みたい。
 私が、こんな事をいわなきゃいけないなんて。

 写真立ての中、27歳の時に撮ったシンジが微笑んでいる。

 何度も泣きそうになった。

 それでも通夜の間、私は人前では一度も泣かなかった。

 いつの間にか、こういう大人の強さが身についていたらしい。

 でも、そんな強さは別に要らないと思った。


[6/6 PM0:34]


 火葬が終わる時間が来た。

 見たくなかった。

 でも、私はシンジの妻。
 誰も私の役を代わってはくれないし、代わってくれたとしても、一生悔やむだろう。


 両手に子供達を連れて、その場に向かう。

 きっと、今日のことは、子供達は忘れてしまうだろうと思いながら。


 ガチャ...

 覚悟してドアを開けると‥‥


 「‥シン‥ジ‥‥‥」






 子供達の前だ、みんなの前だと何度も繰り返した。
 そうしないと、自分は気が狂ってしまうと思った。





 泣きながら、骨壷に喉仏を入れる。

 薬指についたままの指輪も。


 何故か、自分がとても残酷な生き物に思えた。





 重い沈黙の中、読経が始まった。

 あのトウジがハンカチで目を拭いている。
 ヒカリやナオミ、他の人達も多かれ少なかれ、同じ感じだった。

 ただ、父親の死を理解できないカズミとマサキだけが
 きょとんとした顔をしていた。


“どんなに悲しくても、子供の前で泣き叫ぶのだけは我慢しなきゃいけない。
 もう、私は大人なんだから。”

 気違いを起こさぬように、それだけを心の中で念じ、
 私は静かに涙を流し続ける事しかできなかった。





 そしてお経も終わり、ようやく火葬場を出る。

 「あの‥マヤさん、子供とこれ、ちょっとお願いできますか?」
 「え、ええ‥‥」

 「あの、ヒカリ、ちょっと付き合って‥‥」


 建物の外に出た後、子供と骨壷をマヤさんに押しつけた私は、
 ヒカリを引っ張って火葬場の裏手の森の中に走った。

 「あ、アスカ、どうしたの?」


 当惑するヒカリには何も答えないで、ひたすら奥に進み‥‥‥
 だいぶ離れたと思って、立ち止まる。

 「何?アスカ?」

 「お願い、今だけあの頃に戻らせて‥‥‥おねがい!!!」








 誰もいない森の中。

 ヒカリに抱きついたまま、私はおもいきり泣いた。






[6/7 AM7:55]

 「はい、ふたりとも、ちゃんとたべるのよ」

 「「はぁ〜い」」

 「ねえまま、きょうはぱぱ、どうしていないの?」

 「あのね、ぱぱはね、もう、かえってこないのよ」

 「どこいっちゃったの?またあいだおじさんのとこ?」

 「ううん。てんごくってところよ。」

 「てんごく?てんごく。」
 「それって、どこなの?」

 「とおいとおいところよ、ほんとに。」

 朝食を食べさせて、保育園に連れていって‥‥
 色々やらなきゃ。

 泣いてもあの人は戻ってこない。
 悲しい。

 出来ることなら、一日中でも泣いていたい。


 でも、それはできない。
 あの人が、カズミとマサキを残してくれたから。


 辛くても、この二人の前では母親をやろう。
 きちんと育ててあげよう。

 そうでしょ?シンジ。
 これでいいわよね。

 「ごちそうさま〜」
 「ごちそうさま〜〜」

 「じゃ、ふたりとも、はみがきよ。きょうからはちゃんとひとりね。」

 「できる〜」
 「できる〜」

 今日も元気ね、二人とも。

 うん、きっと大丈夫。

 今は辛くても、きっとこの子達が、私を助けてくれるわ。
 だから、大丈夫よ。

 ありがとう、シンジ。

 今は辛くて仕方ないけど‥‥

 それでも私、これからもこの子達とがんばるから。



                   to be continued




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