【オタクは是か非かという議論】
オタクについて形態学的/生態学的に報告し論じているサイトの
中には、オタク批判もしくはオタク肯定の旗色を比較的鮮明に
打ち出して、その視点からオタクについて論じているものも多い。
そして「こういうオタクは可」「だがこういうオタクは許せない」という
形で、是とするオタクと非とするオタクとに分け、是とするオタクへ変化を
促すべきだと議論したり、非とするオタクを批判する論を展開している。
それぞれがそれぞれの視座に基づき、サイトごとに論を展開している。
このサイトでは、
「コミュニケーションに問題があるがゆえに周囲から虫を見るような目で
見られて辛い思いをしているオタクが、そうでない状態になる為の方法」
について議論している。
このことに関して、私の視座が
「コミュニケーションが出来るオタク=是
コミュニケーションが出来ないオタク=非」
だと即断してしまう人もいるのではないかと想像される。
しかし、よく考えて欲しい。
確かに私はこのサイトでコミュニケーション下手なオタクがそれを
上手にする為の方法論を足りない頭で考え続けているが、その方法を
採用すべきか否かについては何も書いていない。しなければならないとか、
すべきだとか、そういう論調は極力避けている。
実際にコミュニケーションの向上を図るかどうかは、あくまで各人が
決める事であり、私を含めた第三者が決める事ではない。まして、私が
わざわざ責任をもって決めてあげるものでもない。全て、読んだ人が
自己責任のもと自らが判断する事である。
他人に判断して貰う事しか出来ない意志薄弱の人間を、このサイトは
対象読者として推奨していない。
このサイトのnerd studyは、
「オタクの中でも、周囲の色々な非オタク領域に住まう人々との
コミュニケーションをしてみたい。でも、難しい」
と思っている人達と情報を提供しあって、コミュニケーションスキルの
向上方法を研究する事を主眼としている。
オタクが是か非かとか、全てのオタクはああすべきだとかこうすべきだとか
論じる事には興味が無い。あくまで、コミュニケーション向上の手段・
過程に興味を持っているのである。
なお、私個人はオタク以外ともある程度付き合っていけるだけの
コミュニケーションの能力を保持発展させておきたいと思っており、
議論を制作した動機自体はこのような志向に基づいている。
そんな動機が生みだした議論ゆえ、中立性を保つのは大変困難であると
言わざるを得ないが、なるべく方法論に徹するよう努力はしていく
つもりである。
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