ことぶき病院精神科 月末入院サマリー 2002.10/31 【患者名】西田 護 (1982年1/19生 21歳 ♂) 【カルテ番号】22-038-41 【入院時主訴】世界が崩壊していく・自分がデジタルに変身していく 【既往歴】 内科的な疾患既往および、現在治療中の病気はみられない。 飲酒歴:chance drinker 喫煙歴:なし アレルギー負因:花粉アレルギー(ブタクサ・ススキ) 【家族歴】 現在はワンルームマンションに下宿して、E大学人文学部に通学中。 母親と父方祖父母の三人が実家で暮らしている(父親は死去)。 家族関係は良好。一人っ子だったが、近所の同年代の子供達と 兄弟のように育てられ、実家近辺にも友人は多い。 【精神科的遺伝負因】 父親は83年に統合失調症と診断され治療を開始されたが、翌84年に suisideした。父方叔父も統合失調症にて治療歴あり。現在は軽快。 【病前性格】 明るく他人思いだが、神経が細かい。(母親談) 誰にでも優しく気をつかう。変わった事をいう(大学の友人談) 【生活歴】 高知県N市にて出生。妊娠・分娩および生長・発達に異常無し。 父親が早くに死去したため、母親と祖父母の手で育てられた。 昔からあまり喧嘩をしない子で、母親思いだったが、反抗期には ちゃんと反抗がみられたという(母親談)。 小学校入学前後に、夜尿症が一時的に悪化することがあった。 小学生時・中学生時は特にいじめに遭う事もなく、どちらかといえば 好かれるほうで、友人関係は豊かだった。学業成績は比較的上位で、 サッカー部に二年半在籍していた。 地元の進学高校に入学後も、特に大過なく過ごしていた。 2000年、E大学人文学部に入学し、以後は下宿で一人暮らし。 【現病歴】 2002年の9/30から10/9まで、宗教学のゼミ合宿で四国 八十八カ所巡りに出掛けていた。 スケジュール的にもかなりハードな日程で、床が変わると 眠れなくなる事もあって、かなり疲労が溜まっていた。 10/10、ゼミ合宿の打ち上げで徹夜した。この後から、就寝中に 頻繁に目を覚ますようになり、しだいに昼夜を問わず活発に 活動するようになった。この頃、girl friendに対して、「五感が猛烈に 発達してきたような気がする」「脳の処理能力が拡大して、天才に なれそうだ。哲学と宗教を融合できる」と真剣に話していた。 10/14夜から10/16明け方にかけて、友人達と徹夜麻雀を行った。 途中からは集中力に欠いてチョンボを繰り返すようになり、ゲームを 成立させることが困難となった。周囲が休息を促し帰宅を勧めたが、 「大丈夫大丈夫」の一点張りで、体はフラフラしているにも関わらず、 異常なまでにハイテンションだったという(友人談)。 (以下、日記帳を参考) 10/16午後から妄想知覚や世界変容体験が出現した。 思考障害や頑固な不眠も伴い、「太陽光に含まれる毒性」や 「観念の時間に対する優越」等、奇妙で根拠の無い着想を確信した。 翌日以降、ニュースの内容なども取り込んで、「世界が陰謀によって 崩壊させられる」妄想が急速に体系化し、自分が秘密組織の エージェントに狙われていると考え始めた。 妄想に従って電話線を切断し、電波に関連した電気製品を 破壊したり、真言密教の真言を大声で唱えるなど、行動の異常も 次第にエスカレートしていった。 10/19、鏡にうつった自分が非連続的に変身するような異常体験 (自我障害?)を経験し、さらに幻聴が加わった。この日午後に たまたま訪問した girl friend が患者の異常に気付き、大家や家族に 状況を連絡、大家が病院に行くよう説得したが聞き入れられず、 患者は明け方まで大声で真言を唱え続けた。 10/20午前9時、母親・大家を経由して保健所に通報があった。 患者宅を保健所職員・家族・友人で訪問し、精神科を受診するよう 説得したが、全く聞き入れられない状態だった。 保健所員・救急隊員・家族・友人に連れられ、午前11時ごろ 当院に来院した。来院時、全身の衰弱と激しい幻覚妄想状態を 認めたものの、病識は全く無く、入院治療の必要性について 説得を試みたが、治療同意は得られなかった。 このため、母親の同意を得た上で、精神保健福祉法第三十三条 第一項の適用により、即日、医療保護入院となった。 【入院時現症】 母親・友人・保健所職員に付き添われて診察室に入室。髪や髭は 乱れ、疲れ切った表情をしているが、四国遍路の納経帳と日記帳を 握りしめたまま手放さない。ラポールは不良で、こちらからの問いかけ には殆ど応じず、生年月日や出身地などを訪ねても首を振るなど、 拒否的な態度が目立った。 小さな声で「エージェント、国際組織」「おしまいだ、おしまいだ」と つぶやいたり、不意に誰もいない方向を振り返ったりする。 幻覚妄想に支配された状態と考えられ、医療保護入院について 説明を行ったうえで、鎮静剤(ロヒプノール1A)を静注して保護室 収容とした。 食欲:なし 睡眠:ここ数日間は全く不眠。 body weight:61.0kg,body height:172cm, BP:168/94mmHg, labo data:軽度の低蛋白血症(6.2mg/dl)、CPK589U 以外は異常なし。 脳波・頭部MRIは当日施行できず。10/30付けの検査でも異常所見なし。 【入院後経過】 保護室収容後はうなだれている事が多かったが、ときどき意味不明 の内容を日記帳に書き込んだり、納経帳を見ながら真言を唱えたり していた。飲水や摂食は可能だが、薬の内服は拒否し、注射などの 処置時にはナースに対して攻撃的な言動がみられた。 怒っている、というよりも「自分がどうかされる」事に対する怯えの ニュアンスが強い。 このためか、母親・友人の面会の際には、(妄想的な言質はあっても) 比較的落ち着いて話をする事が出来ていた。不安軽減を図るためにも、 なるべく多めに面会するよう母親や友人に依頼した。 当初から治療拒否が激しかったため、通常の静脈注射や点滴治療は 難しいと判断、当初は筋肉注射だけで薬物療法を施行したが、夜間の 不眠は改善せず、妄想はむしろ悪化した。 10/24、『地蔵菩薩に変身して、世界の崩壊をくい止めるため』に、 面会中のgirl friendの首を突然締めはじめるという事態が発生した。 このため、母親の同意を得た上で、鎮静剤とセレネースによる二十四時間 持続点滴を開始し、筋肉注射も増量した。この治療の結果、約四十八時間 連続で患者は眠り続けたが、10/26昼に覚醒。 以後は徐々に疎通性が回復し、客観的に自分の状態について会話する 事が可能となった。内服薬の服用についても患者から同意が得られた為、 筋肉注射を徐々に減量し、リスパダール等の内服薬に処方を切り替えた。 10/29の面接では「幻聴が消えた」「やっと、夜に休めるようになった」と、 症状の改善を示唆する発言がみられ、「自分がデジタルに変身していく 感じも、時間に対する観念の優越も無くなった。自分も世界も、だんだん 元の世界に戻っていくような気がする」と、初めてホッとした表情をみせた。 行動にも落ち着きがみられ、治療者側も“怖さ”を感じなくなった。 患者自身が治療に同意するようになった為、10/31付けで医療保護 入院を解除し、入院形態を任意入院に切り替えた。 これに伴い、保護室から開放病棟203号室に転室とした。 なお、母親同伴で11/4から二泊三日で外泊の予定。 【診断】統合失調症、妄想型 (DSM-IV-295.30 Schizophrenia Paranoid Type, 完全寛解型) 【現在の処方】 1)リスパダール 3mg/day アキネトン 1mg/day メイラックス 1mg/day 一日一回、夕方内服 2)マイスリー 10mg/day リスミー 2mg/day 一日一回、就寝前 【今後の予測・来月以降の方針】 薬剤の副作用は現時点では殆どみられず、自我障害・幻覚妄想・ 認知機能の改善も非常にスムーズである。身体的な回復も十分なので、 早期退院と早期復学が期待できる。これまでの臨床経過等から、 予後は良好と推測される。 しかし、機能の回復とともに、友人や母親に自分が迷惑をかけた事に 対して自責的になっており、心理的な面についての見守りが必要である。 来月上旬中にも退院し、高知市内のメンタルクリニックに紹介予定。 ただし、病名告知は、患者本人の気持ちが十分落ち着くのを待ったうえで、 当院主治医のほうから行う予定である。 →トップページにもどる |