10月20日 ( )


  のうまく さんまんだ ばざらだん
  のうまく さんまんだ ばざらだん
 ここから出してください 出せ ださせろ!
 自白剤の注射


        医療保護入院のお知らせ?
                      ふざけんな

 人権侵害
           人権  人権

 悪太陽  
 スタープラチナ使えたらいいのに
 正義!正義¥

 精神病院に入院させられた
 強制人院入権しん害 不当なる処置
 母さんと加奈とけん坊だけが正義の側


                      出せ!



 苛政は虎よりも猛なり
 不当!
 木村先生の決定は絶対的ですから。

 デジタル―――自分自身の内面の変身状況を表現する方法


 おんころころ せんだり まとうぎ そわか
 おんころころ せんだり まとうぎ そわか

 薬師様、病気じゃないです出してください。

 たんがん状

  私こと西田護はエージェントの陰謀と、FBIの策略と、不当な
 木村医師と、悪徳精神病院と、暗黒太陽の絶大なる魔眼力によって、
 おりの中に閉じこめられてしまいました。これは人権侵害です。
 今すぐてっ回しろ。 

  以上のようなりゆうから、どうか、高野山金剛峰寺に政治亡命
  させてください。

  平成13年10月20目 西田護



人権浸害






 9月21日 ( )


  眠いのに眠むれない。奴らが毒電暗黒フォース波覚醒波を石鎚山から
 送ってくるからに他ならぬ

         八十八の霊場と地蔵大菩薩の守護も、この人間檻には届かない
 ニンゲンオリの壁には鉛がコーティングされている。¥対応£


 おん かかかび さんまえい そわか
 おん かかかび さんまえい そわか
 おん かかかび さんまえい そわか


 人権侵害が続いている、不当な注射 保険点数百万点 千万億万

 不当不当不当不当不当不当不当不当不当不当不当不当不当不当不当不
 当不当不当不当不当不当不当不当不当不当不当不当不当不当不当不当
 不当不当不当不当不当不当不当不当不当不当不当不当不当不当不当不
 当不当不当不当不当不当不当不当不当不当不当不当不当不当不当不当

 オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ
 オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ


  今日、母さん(本物)と加奈(本物)とけん坊(本物)に、世界の危機を
 訴えた。世界と僕とが非連続的な
 忌まわしい変身を続けている今も、三人は弥陀の
 御威光をもって
 黒太陽の呪いにやられていない。僕には味方がいる。
 エージェントたちよ、今に世界は救われる、僕は内部からエージェントを
 食い破るの秘密だ。南無阿弥陀仏 なんまいだぶ なんまいだ

  78108 ザクは06 グフは07

  四国遍路第二番極楽寺:
 【西方の 弥陀の浄土に 行きたくば
  南無阿弥陀仏 口ぐせにせよ














 もう僕を笑うな!






 10月23日 (仏滅



  もう僕を笑うんじゃない!

 1111135689437289¥234328111111117
 3142449\\\\\8987212151234434\\\P
 777◇3928759476932432523−0043−¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥

  21348779132983499712

×
 

陰    世界支配→極滅法
↑       ↑
死⇔エージェント(サタンなど)
             
     暗黒の太陽 
     (不浄の象徴)     




圧迫


(無仏世界の中心点、不連続に変身する)
反物質的僕
         (西方浄土)         .


拮抗作用

【真言密教と八十八カ所霊場による総攻撃。しかし劣勢】


  

不動明王
薬師 大日 弥陀
釈迦
 文殊 弥勒 地蔵 観音 虚空蔵

 イエス=キリスト
アッラー
母さん 加奈 けん坊
 菅原先生

      検討(至急!):読売巨人軍は、敵か味方か?


  太陽の瘴気が変ってきた。無、が訪れようとしている。
  滅法、今まさに極滅法にならんとす

  不愉快だ。俺は変身すろ¥だ。偽者のコータや秘密組織や
 地蔵菩薩に¥する。¥の秘密が分からなくて苛苛してしまい、
 母さんにまで当たってしまう御免なさい母さん。

  僕は本当は良い息子です¥。

 エージェントの策謀が¥の秘密を握っている 事に間違いは無い。
 地蔵尊への固定化により、俺の連続性が飛躍して観念が敗北する。
 太平洋戦争決行する。
  トトトトトト
 中心点を固定して、俺は菩薩に飛躍する。

 注射反対!人権擁護!痛いのゃめろ!
 

  母さんが寿司を持ってきてくれた。地元の取れたてのやつ
 ありがとう母さん。
 
 この劣勢を挽回するには、中心点たる僕が固定化するしかない。

 おん かかかび さんまえい そわか


  ¥の秘けつ。
▽極秘▽








 10月24日 ( 


 
笑うな笑うな

  固定化を実施するには生命エネルギーが必要
 正義のためのいけにえ 大日側の鍵人物の、エネルギー
 抽出によって、非連続的変身を地蔵大菩薩に固定する。

 おん かかかび さんまえい そわか
 おん かかかび さんまえい そわか

 加奈、ごめん、でも、世界人類のために、仕方ないんだ。














10月26日 ( 


  悪い夢をみているみたいだ。
 猛烈な、押さえつけるような眠気と戦わなければならない。
 強制的な人工睡眠というのは、こんなに不愉快なのか。

  ぶっ続けで鎮静剤を点滴されたせいか、それとも不眠が続いていた
 ツケが回ってきたのか、眠気にまとわりつかれて身動きするのも辛い。
 木村先生から、こんな治療になってしまったいきさつを説明された。
 でも仕方がない、と思う。

  木村先生を責める資格は、僕には無い。

  大変なことをしてしまった。
  狂っていたんだ、あの時の僕は。
  加奈の首を絞めるなんて。
  僕は、どんな事をしても、加奈に償わなければならない。

  愛する人を傷つける事は、それは、とってもひどいことだ。


  エージェントが、僕を笑っている。
 僕のしでかした罪を、甲高い声で笑っている。
 幻聴が聞こえてくると、どうも落ち着かない。
 頭が鈍くなってウスノロになったように感じる。
 そういえば木村先生が『今は考え過ぎると負担が大きい』と言っていた。

  ごめんなさい加奈。
  母さんごめんなさい。
  僕死にたい。
  こんな自分嫌だ。
  みんなを傷つけるなんて――。






 10月27日 (雨)


  ゆうべから筋肉注射と点滴治療が中止になって、飲み薬だけになった。
 注射のしすぎで肩と尻が痛いので、針を刺されなくなるのはありがたい。
 これから眠気は段々引いていきますよ、と看護婦さんに説明された。
  木村先生曰く、今日から薬の種類がかなり変わるらしい。
 鈍くなった頭とエージェントの幻聴を治療できるかもしれない…との事だ。


    本当に?
治療?
僕は、病気、なのか?    


  頭の回転が鈍いのも、幻聴も、すべては神経系の問題による
 症状だと先生は説明していた。脳内の神経の伝達がおかしくなると、
 脳の作業効率が落ちたり、間違った神経伝達のせいで奇妙な観念が
 発生したりするんだという。

  だけど、この幻聴はまったくリアルだし、黒い太陽とエージェントの
 迫害は(今日は雨降りで安全だけど)現に今も続いている。
 病気じゃなくて、現実だとしか思えないんだけど?


  面接の後、早く開放病棟に移りたくないかと婦長さんに訊ねられた。
 せっかくだけど、僕は断った。
 地蔵菩薩になるためと称して、愛する人の首を突然絞めてしまうような、
 そんな危険な人物は隔離されるべきだ。
 この、鉄格子つきの殺風景な部屋こそ、僕にふさわしい。

  僕は、たくさんのものを滅茶苦茶にしてしまった。
 大家さん、母さん、加奈、ゼミのみんな――僕を大事にしてくれる人々に、
 多くの苦痛を与えてしまった。
 黒太陽に狙われてのこととはいえ、迷惑をかけた事実は消えない。
  僕は、陳謝し、しょく罪すべきだと思う。

  そういえば、仏様や御真言にも、随分デタラメに接していた。
 好きな人の命を奪ってまで地蔵菩薩になって、なにが菩薩だ。
 そんなの菩薩じゃなくて、ただの鬼だ。
 僕は、お地蔵様にも謝らなければならない。






 10月28日 (雨)

  昨日の夜は、本当によく眠れた。布団が暖かくて、
 こんなに気持ちよく休めたのはずいぶん久しぶりだ。

  外は今日も雨だ。
 風も混じった本降りだったけど、僕にはそれぐらいで丁度いい。
 黒太陽が雲に隠れて、空気が雨で洗浄されるからだ。
 頭に重い感じは残っていたけど、気持ちもザワザワしなくなった。
 今日は、少し冷静に物事を考えられそうな気がする。
 いい感じだ。

  思い切って、病院のシャワーを借りることにした。
 あの日に風呂場で鏡を割って以来、何日ぶりだろう?
 ずっと風呂には入ってなかった。
 だって鏡が怖かったからだ。
 案の定、風呂場の大きな鏡が僕を待ちかまえていた。
 一抹の不安を抱きながら、それを覗き込む。

 そこにいたのは‥‥これは、だ!

  ずいぶん髭は伸びたし、髪もぼさぼさしていたけど、鏡の
 向こうに映っているのは、間違いようのない、正真正銘の僕だった。
 僕のIDと鏡の中の男のIDが、今度はしっかりと符合した。
 まだ黒太陽に侵される前の、人並みの世界に住んでいた
 なつかしい自分が、今は嬉しそうに石鹸で垢を落としている。

  もう僕は僕であって、エージェントでもけん坊でもマネキン人形
 でもない。 僕は、僕なんだ。
 理論的証明はできなくても、はっきりと実感できる。
 今、質量と形相が一致して、僕はひとところに留まっている。

 僕はもう、デジタルな、変身していく存在ではない。
 アナログっぽい連続性のある生を、僕は今生きている。


  日常への回帰。

  薬のせいなのか、雨が二日連続で降ったからなのか、だんだん
 黒太陽と陰謀の呪縛から開放されていくような気がする。
 エージェントの笑い声は、会話中には気にならないようになってきた。
 時計の盤面ももう、何も語ろうとはしなかった。
 秒針の、滑らかな円運動以上のものを、視覚は何も捉えられない。
 ただの数字の羅列から、『観念の時間に対する優越』という珍妙な
 着想をどうやって得たのか、今となっては見当もつかなかった。

  感情の起伏も、穏やかになった。
 面会に来た母さんに会っても、もう泣いたり怒ったりする事はない。
 大学の下宿から持ってきてもらった『ジョジョの奇妙な冒険』を
 読んだりして、午後はのんびりと過ごすことができた。

  でも、加奈のことを思い出して落ち着かなくなる事もあった。
 退院して、早く加奈に謝りたい。
 加奈、ほんとうにごめん。






 10月31日 (晴)


  目が覚めると、外は久しぶりの晴天だった。
 でも、今の僕は太陽を恐れたりはしない。
 格子の隙間から差し込んだ朝日が、空中を舞う埃を照らしだして
 とても奇麗だなって思ったけど、ただそれだけの事だ。
 この静かな光の帯をじっと見つめても、あの時感じたような
 不浄性は微塵も感じられない。

  僕を笑うエージェントの幻聴も、いつの間にか聞こえなくなった。


  午前中、木村先生との面接があって、三十分ほど話をした。
 今までで一番冷静に面接ができたと思う。

  幻聴が消えた事、日差しが元に戻った事、自分が変身していく
 感じもなくなった事、頭の鈍さがだんだん無くなってきている事。
 先生に質問されるまま、僕はこれら変化のすべてを話した。
  妄想か事実か、健康か不健康か、可能か不可能か。
 質問内容や先生の態度から、僕は系統的な分析の跡を嗅ぎ取った。
 あくまでも平静に頷きながら、先生はカルテに書き留めていく。
 あんなに非日常的で恐ろしい体験をした僕も、類型化が可能な
 一患者に過ぎない、ということなのだろうか。

  面接の終わりに、開放病棟への移動と外泊を先生に勧められた。
 けれど、病人かどうかはともかく、僕は恋人の首を絞めた男だ。
 自分が、隔離されて然るべきという気持ちが強かった。
 先生がその道義的な問題を意識しているのか、訊いてみたくなった。


 「先生、でも僕は加奈の首を絞めてしまったんです。
  いけない事です。隔離されるべきです。」

  僕の反論を予想していたかのように、先生はあくまで穏やかだ。


 “――加奈さんの首を絞めた時の君に、責任能力は無いよ。
 もし君が誰かに幻覚剤を無理矢理打たれて、そのせいで人を刺したとする。
 この場合、果たして君は罪に問われるのかな?
 君が望んでああなったわけじゃないし、加奈さんも、本当の君に
 悪意が無い事ぐらいは、わかっていると思うよ――”


  それが先生の答えだった。

  どこか納得できないような、引っかかるところもあるけれど、
 論理的に反論するのが難しい回答なのも、確かだ。
 僕が妄想か何かのせいで、だからあんな行動を取ったんだと仮定すると、
 (まだ、あの時の行動が事実によるものか妄想だったのか、僕には分からない)
 木村先生の見解はそれほど的はずれとも思えない。

  結局、医療保護入院から任意入院への切り替え書類にも署名して、
 僕は開放病棟に移る事にした。母さんと電話して外泊の許可も取った。


  まずは、早く退院する。
 ここまでは、医者の言うとおりにしよう。

  でも、それで終わりにしてはいけない。
 たとえ、あの頃の僕に『責任能力』が無いとしても‥‥それでも僕は、
 あの大好きな人達に、お詫びをしたいと思うから。






 11月3日 (晴)

  初めての外泊は、明日から二泊三日の予定だ。

  退院前の外泊だというのに、なんだか自分に自信が持てない。
 もちろん、思考や体の動きも段々スムーズになってきているし、
 幻聴も恐怖感は、今では全く感じない。
  それでも、完璧というにはまだまだ遠い。
 夕方になると体がだるくて動きづらくなってくるし、頭の回転も
 どこかもどかしい。
 『メンズノンノ』とか『美味しんぼ』を眺めることはできても、
 プラトンやスタンダールとなると、体が受け付けない。
 受動的には読めても、能動的に考えるのはまだキツいみたいだ。


  僕は今、明るい開放病棟に入院している。
  木の素材をふんだんに使った建物の中はとても清潔で、天井の
 窓からはたっぷりと日差しが差し込む造りになっている。
 この日光も、今ではすっかり平気だ。
 日溜まりはホカホカと気持ち良く、うたた寝が習慣になってしまった。

  それにしても、精神科の病棟っていうのは不思議な場所だ。
 全然ふつうの病院と違っている。
  まず、総合病院みたいな消毒液とか人間の垢の匂いとかが無い。
 点滴パックや酸素マスクを見かける事もなかなか無いし、お年寄りだけ
 じゃなくて若い人も結構たくさん入院している。
 そして、外見上はたいてい健康そうな体つきをしている。
  患者さんの症状は、確かに精神的な感じのものが多かった。
 悲しそうな顔をして一日中寝ている中年男性・カロリー恐怖で食事を
 拒否する痩せた女性・いつまでも手を洗い続ける男の子、などなど。

  妄想を持っている患者さんにも会うことができた。
 僕と似たような、“世界の終わり”や“変身”を体験した人もいる。
 けれど、彼らの主張はどれも、妄想としか思えないようなチグハグな
 内容と根拠のない確信の羅列ばかりだ。
 とても、本当に起こった事とは思えない、荒唐無稽な話だった。

 ――でも、僕の体験も、第三者が聞けば同じなんだろうな――

  僕も同じ病棟に入院する患者の一人で、きっと看護婦さんや
 木村先生から見たら、ただの妄想経験者、という事になるんだろう。
 加奈や母さんから見ても、やっぱり同じなんだろう。

  もちろん、あれが現実的な世界終末じゃなかったと証明する事は、
 僕個人には永久に不可能のはずだ。
 客観という名の外界が、あの時の僕を妄想患者と決めつけたとしても、
 その客観自体の妥当性すら、妄想の疑いをかけられた瞬間から僕には
 証明できなくなる。
 妄想、というものの性格上、僕には永遠の謎になるんじゃないのか?


 ?→木村先生に質問。これ以上自分で考えるのは危なそう


  どちらにしても、少し考えを改めよう。
 人前では、あの話をするのはよしたほうがいいかもしれない。
 僕が妄想持ちなのかどうかを厳密に確かめるより、他人に“妄想者”
 として偏見の目で見られないようにする方が先決だ。






 11月6日 (晴)


  外泊も無事に終わり、僕はまた病院に帰ってきた。
 いつもの鰹料理を食べたり、T佐国分寺で観音様やお地蔵様に手を
 合わせたり(もちろん10/24の件を、僕は深く懺悔した)、外泊中にやって
 おきたかった事は、大体達成できたと思う。
 あとは家でゴロゴロしている時間が殆どだったけど、ゆっくり休養をとった
 せいか、頭の回転は少しづつ快復しているみたいだ。
  母さんは、本当に色々と気を遣ってくれて、好物も一杯料理してくれた。
 入院の時以来ホントに面倒かけっぱなしで、頭が上がらない。


  外泊中に特に問題がなかったからという事で、退院の日取りも決まった。
 今度の土曜日、11月9日に僕は退院する。
 母さんが病院まで迎えに来て、しばらくは実家で過ごすことになる。
 本当は早く大学に帰りたいけど、「まだ再発の危険が高いから、暫くは
 一人暮らしは避けて欲しい」と木村先生に言われた。
 あれだけ色々やってしまったんだから、それは仕方のない注文だと思う。
 母さんも、先生の意見に賛成していた。



  午後の面接の時間、木村先生にメモ持参で質問した。
 以下はその内容まとめ。


 1 妄想か否かは、自分では識別できないんじゃないか?

  僕の考えを先生は否定しない。自分の持っている世界や着想が
 妄想か否かは、妄想というものが訂正不能な確信である以上、
 自分自身では確かめようが無いし、客観との比較も自分では出来ない。
  精神科医が妄想を妄想として治療するのは、あくまで

 A周囲の人々の共通観念・世界との間に看過できない不一致があって、
 B自分自身や周囲の人を傷つけたり害したりする恐れがある場合

 …なのだそうで、妄想が真か偽かの学問的議論よりも、実害予防が
 優先されるという。妄想が無害で、世間との摩擦や衝突も生まないなら、
 明らかな妄想でも木村先生は放っておくらしい。

  僕の場合、確かにAもBも当たっている。
 妄想が真か否かを討論するよりも治療を優先するのは、“医療保護”の
 実用性からすれば理にかなっている。
  実際、もしあのまま病院に運ばれていなかったら、僕はどんな
 恐ろしい事をやらかしていたのか見当もつかない。



 2 頭の回転が鈍くなったのも、幻聴などと関係あるの?


  不自由なく考えたり、筋道だてて人に説明したり、判断したりする能力も、
 「僕の病気」では障害されるという。幻聴が聞こえるような時は、
 特に思考がまとまらないもので、回復が進むと、併せて幻聴も消えていく
 ケースが多いそうだ。
  先生は、全ての症状を引っくるめて「脳の認知機能障害」と呼んでいた。
 情報処理系の非効率化とエラー増加が病状の本質で、誤った観念・
 幻覚・妄想は、その副産物に過ぎない、という学説を教えてくれた。
 (退院したら、ネットで再調査)

  僕は、機能の回復がものすごく早いほうらしい。
 まだまだ考えるのが億劫で、この日記帳を書くのも大変だというのに。
 数ヶ月から数年かけてゆっくり回復する人が多いそうだ。
 もしかしたら、回復しない人も?
 質問するのが怖くて聞けなかった。


 3 責任能力が無くても、僕は加奈やみんなに謝罪すべきか。


  木村先生は「道徳的な価値観次第」と言い切った後に、
 “自分の体調とか生活とかを壊さない限りで、できるだけ恩返しを
 するのは悪いことじゃないね”と、それとなく僕の考えを支持した。

  もちろん僕はそうするつもりだ。
 この「病気」と入院はとても辛いものだったけど、自分がみんなに
 助けられて生きていることを実感する契機にもなったと思う。
 僕は今、あの人達に感謝する事を知っている。


  おんかかかび さんまえい そわか。

  お地蔵様は、もうただの偶像じゃなくなった。
  僕にとってのお地蔵様は、今では立派に機能して生きている。
  目には見えなくても、心で感じ取ることが出来る。


 母さん、加奈、みんな。
 本当にありがとう。

 それと、迷惑ばかりかけてごめんなさい。






 11月9日 (晴)


  今日、僕は退院する。
 けれど、これで全てが終わったわけじゃない。
 これからも当分は、通院を続けなければならない。

 ――今はまだ、薬をやめたり不摂生を繰り返すと再発しやすいよ。

  最後の面接で、木村先生にそう言われた。
 太陽に怯えたりデジタル人間になったりするのは、もうこりごりだ。
 お守りだと思って薬はちゃんと飲んでおこう。
 二週間分の薬と、実家近くのメンタルクリニックに宛てた木村先生の
 紹介状を渡されて、僕はことぶき病院を後にした。


  夕方、仕事を終えた母さんが、高知からわざわざ迎えに来てくれた。
 疲れを隠しているようにも見える母さんだけど、決して僕を
 責めようとはしない。
 入院中もずっと、母さんは僕に優しかった。
 僕の責任能力が無かったから?
 脳の病気のせいだったから?
 いや、そもそも母親として当たり前の事なのかもしれない。

  でも、今の僕は、あの時のわけわかんない頃の僕じゃない。
 母さんには、あの時の僕の代理として、できる範囲で恩返しをしたい。
 母さんだけじゃない。友達にも、そして加奈にも。


  辛い思いをしたのは、僕だけじゃないんだ。
 今日、無事に退院できたのは、家族や友達や恋人の助けがあったからだ。
 この感謝の気持ちを、僕はけっして忘れない。


  みんな、ありがとう。


  だから僕はお地蔵様に誓う。

  少しづつでも、みんなの恩に報いるように生きていこう、
  感謝し感謝される生き方を、出来るかぎり護っていこう、と。
  

  おん かかかび さんまえい そわか

  おん かかかび さんまえい そわか


  明日も、みんなと一緒に生きていけますように。




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