峯享男の紹介


 

 1934年 鹿児島県甑島生まれ
 現在 大阪府在住
 各地の大グレ黄金期の経験者
 『峯うき』の製作者として広く知られている


< 経 歴 >
 G杯争奪全日本グレ釣り選手権 連続18回出場
 G杯争奪全日本グレ釣り選手権 7回、11回優勝
 G杯争奪全日本グレ釣り選手権 9回、10回準優勝
 マルキュー・アドバイザー(旧:インストラクター)
 がまかつ・アドバイザー(旧:フィールドテスター)
 東レ・アドバイザー(旧:フィールドテスター)

 

 

Prolog

【Prolog-01】

 峯享男。
 

 昭和9年、鹿児島県下甑島で産声を上げる。
 70歳を超える峯の人生は今、満開。
 本人がふともらす。「もう70年以上もの歳月が過ぎたのか・・・」と。
 

 大グレ時代を実釣体験したグレ釣り界のトップランナー、峯享男。

 磯に上がれば、我が庭の如く絶えず動き回り、シモリや潮の動きを観察し、大物を掛ければ魚の動きに合わせて磯を飛び足腰をバネにして見事大物を仕留める。
 

 峯の最良の友である「みねうき」。一本一本に心を込めた手作りである。
 この一本のうきが、今なお、峯享男の人生と共に歩んでいる。

 

【Prolog-02】

 釣り好きの男が居た。
 紺碧の海面にうきを浮かべ続けて五十有余年。
 思えば若き日の峯を人は「マシラの峯」と読んだ。そしてその怪物から今は「シーラカンス」と威名を取りながらの半世紀。
 竿を担ぎ、東奔西走して若い連中と竿を並べる現役。

 本人曰く、「常に青春を謳歌。竿を置いた時が引退なのだ。」っと、至って元気に笑う。

 

【Prolog-03】

 今なお、攻撃的な釣りをする峯享男。
 グレの本場、鹿児島県下甑島に生まれ、小学生の頃より岩場でグレを釣って遊び、40cmオーバーを次々釣り上げて村人を驚かせたグレ釣り少年であった。
 彼がグレ釣りで最も大切な潮の流れやグレの習性を熟知しているのは、その頃の磯遊びが原点になっている。
 

 街で見掛ける彼は、細い上に柔らかな光を称え、その物腰は如何にも優しい。だが、ひとたび磯に立てば、身に精気が漲り、眼光鋭く、潮を読み、グレを攻め立てる。
 グレを掛ければ一歩も引かず、身体全体をバネにして大グレと渡り合う。右に左に鮮やかに竿をさばき、その身のこなしは如何にも軽々として如人の及ぶところではない。
 これが「マシラの峯」と呼ばせる由縁である。

 「一芸に秀でる者は万栄に通づる」の例え通り、どんな釣りにも腕前を発揮する峯享男。
 釣り歴、五十有余年、持てる情熱の全てはグレに注ぎ、今日に至る。

 

(ビデオ;「いま最も知りたいグレ釣り」より引用)

Top Menu


Copyright (C) 2007 PRODUCE. MINE TAKAO. All Rights Reserved.
Design by MIYAGI-HOUYUUKAI Yoshiaki.U

許可のない無断転載・転用を禁止します。

E-mail


− Page End −