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009 ウグイス  

うぐいすを拾った。それは、メタファーとしてのうぐいすではなく、正真正銘のうぐいす。春先に、ほーほけきょと鳴くやつ。
仕事で裁判所へ行く途中、車道の脇に横たわっていたのを見つけたのだ。くちばしを半開きにして瞼を閉じ、すぐそばを車が走り抜けるのにまったく反応しない。生きている気配はもやは見られないが、このまま放置して車に轢かれてしまうのも忍びない。どこか静かな物陰に移動させようと拾い上げたら、手のひらにとても細かな心拍が伝わってきた。

正直、困った。いったん生きているとわかったものを、しかも、こんなに弱った小動物を、道ばたに見捨てて立ち去っては、のちのちの良心の呵責に耐えられない。しかし私はこれから法廷で判決を傍聴するのであって、開廷の時間は迫っている。焦る私の手のひらに、うぐいすのかすかな体温が、「生きてますよぉ」のメッセージが、じんわり伝わってくる。
かああああっ。天は私を試そうというのかぁっ。

裁判所庁舎へのペットの持ち込みは盲導犬を除いて禁じられている。が、うぐいすは小さい。要は見つからなければいいのだ。たとえ相手が裁判所であっても、庶民には庶民の「ばれなきゃオッケー」という誇り高き法律がある。

というわけで、うぐいすを両手の中に隠し持って傍聴席に入ったが、その日に限って裁判官が20分遅刻した。待っている間にうぐいすが息を吹き返した。そこへ裁判官があらわれた。「起立」のかけ声で起立し、「礼」で頭を下げて着席したら横に置いてた書類が床に落ちた。慌てて身をかがめたら、うぐいすが指の間をこじ開けて脱走した。そして、法廷内を元気一杯飛び回った。

お裁きのお白洲が、一転、野鳥の天国になった。

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