火花のお留守番
消滅から復活までの記録
あれはいつのことだったのか。
〜このまま死んだように生きて行くしかないのか〜
と思い始めた時からこの記録は始まる。
何をするにも自信がなく、何かを始めるにも許可を得ようとし、
そして「それが何になるんだ?」と問い返された日々。
すぐに何かに結びつくものでもない。確かに全てが趣味の領域ではあった。
けれど、何になるのかはやってみなければ分からないじゃないか。
そうじゃないのか? 誰しもはっきりした目的のためだけに
何かを始めるということでもないだろう。
そのうち、何から何まで「恵んでもらっている」
という感覚から逃れられなくなっていた。
自分が選んだ道だという自覚の元、できる限りの努力はしたつもりだった。
が、たぶん色んな努力が足りなかったのだと思う。
反省やら自戒やらを重ねたが、どうしても狭くなっていく感覚や
飼われているという感覚はぬぐい去ることができなかった。
それは、そんな感覚を持たざるを得ない状況になって初めて分かることだった。
のんべんだらりんと暮らすことを求められていたのかも知れない。
何をするでもなく、ただ楽しくお金を遣っていてくれていい。。。
そんなのペットだけでたくさんだ。
わたしである必要性はいったい何処にあると言うのだろう。
いつの間にか、辛いことや楽しいことを分け合うことすら無くなったわたしを、
当時夫だった人はどんな気持ちで養ってくれていたのだろう。
一度決めたことだからとりあえずは続けておこう、
ということだったのだろうか。
何が最初の行き違いだったのか、もう分からない。が、確かに狂っていた。
夫だった人は、いつからか、何処かから理由付けのできない
金銭を持ち帰るようになった。
わたしは止めてくれるよう頼んだが、どうしても聞き入れてもらえなかった。
「お金があると楽しいし、誰だって嬉しい」と信じていた。
理由付けのできない金銭を恵んでもらっても喜べない人間もいる、とは
決して理解しようとしてくれなかった。
簡単に自分の選択が間違っていたなどと結論づける訳にはいかなかったし、
様々なしがらみや思いが渦巻いたが、とうとう「もう一度生きよう」と
決心した。3年の月日が流れていた。
もともとが、何に対してもそれほど一生懸命にならない自分としては
随分と前向きな決定となった。
何の技術もなしに、10年も専業主婦をやり続けたあげくの
社会復帰など出来るものとも思っていなかった。
巡り合わせが良かったのか、そりゃあ体も心も頭も辛いことだらけだったが、
なんとか会社員として独立した生活を送れるようになってそろそろ4年。
ようやくWebに復活しようなんていう色気を出す余裕もできてきた。
世の中に広く流通しているありがちな話ではあるが、
本人にとっては大事件という良い例だと思う。
今では悲壮感も漂わなくなり、職場には「バツイチ」が4人(全員女性)
いるためかネタにして笑っている。
振り返ると、彼女たちに出会うまでのわたしは苦しんでいた。
その上、激しくテンパっていた。
どうしても<許されていない>気がして仕方なかった。
あるかどうかよく分からない「世間」の誰かに許して欲しかったのか。
いったい誰に何を許されていないのか良く分からないが。
バツイチである人たちと出会って、各々の事情を知るようになり、
笑って過去の状況や感情を話し合えるようになった頃、
急激に精神が解放された。
最近気が付いたのだが、その時にわたしは<許された>と感じたのだと思う。
きっと彼女たちとの会話で知らぬ間に癒されていたのだろう。
いまだ完治したわけではない傷口のほとんどが塞がったのは、
彼女たちのおかげなのだった。感謝している。
いまではわたしの本質である「笑いとってナンボ」な人格が
全面に押し出され、バツイチであることは恰好のネタ
としてキッチリ笑いを取って過ごしている。
最後までお付き合いいただき感謝。そんな顛末だったのだ。
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