乱読報告 99'11月


新作・旧作問わず、最近読んだ本の報告です。上のが新しいです。

「半パン・デイズ」「エンジェル」
「象と耳鳴り」「カリブの鎮魂歌」「落花流水」
「何がどうして」「テレビ消灯時間3」「ビーの話」「青の炎」



「半パン・デイズ」 重松 清 (講談社) 99.11.12
 彼らが半パンのころ、わたしは少女だったんだなぁとつくづく思ってしまった。

 今の学校はどうなのか知らないが、わたしの小学校では『養護教室』と呼ばれる特別学級があった。
 何故なのかわたしもヒロシのようにある一人の女の子にとても気に入られて、ずぅっと話しかけられて困ったこともあった。なんとなく当時の出来事を思いだして、彼女が今幸せにしているといいなと思った。何も悪いことなんかしていない、悪気なんて持ち合わせていない人だった。それは、障害の有無に関係ないことだ。だから、そんな素直でかわいらしかった彼女の今が辛いものでないことを心から祈る。


「エンジェル」 石田 衣良 (集英社) 99.11.11
 読んだ時期が重なってしまったからかも知れないが、森絵都「カラフル」とよく似た印象だった。どちらの主人公も生きている間はいろんなことに自覚なく生きている。死んで初めていかにだらだらと生きてきたのかを思い知るのだ。

 が、だめなのか? だらだらと自覚なく流されるままに生きるのはそんなにいけないことなのだろうか。そのために誰かの自由や幸せを著しくぶち壊してしまうのでない限り、たらたら生きてもいいだろう。そんな自由も許されてはいないのか。


「象と耳鳴り」 恩田 陸 (祥伝社) 99.11.08
 はじめの2作品に登場した何をしているかわからないお散歩人:時枝満と主人公のコンビがなかなか気に入ったのだけれど、時枝さんはいずこ。

 すこし悲しんでいたら息子:春の登場。さすが親子。息もぴったりでこっちのコンビの方が数倍よかった。彼らが推理を解説すると、何もかもが「なるほどー」に変わる。よく考えて、ページをとっくり返して。。という必要もない。わかりやすい。猿でも納得。すごいぞ恩田陸。


「カリブの鎮魂歌」 ブリジット・オベール (ハヤカワ文庫) 99.11.07
 後日談を披露してくれるだなんて、オベールにしてはひどく親切。しかもなんだかハッピーエンドだし。オベールの冷たい暗いじとじとした感じはなかったけれど、やっぱり面白かったぞ。

 しかしオベール、胃の中やらお尻の穴やらの体の中にお手紙遺すの好きね。


「落花流水」 山本 文緒 (集英社) 99.11.03
 それぞれの年齢で常に“女”である手鞠、その母、そして娘が主人公だ。
 3世代にわたる女たちは、母である前に女で、いい娘を演じるよりもやっぱりいい女を演じるのだ。娘は母親を望むが、自分は女でいることを望む。そしていつの日か自分が母親になった時に、娘の望む母親ではなくやっぱり女を選ぶ。なんともはや壮絶な女たちだ。

 母親になるためには、全部とは言わないがほとんど女であることを止める必要があるんだなぁと改めて実感。おかあさんありがとう。
 年を重ねてもう一度読んでみたい。


「何がどうして」 ナンシー関 (世界文化社) 99.11.03
 すっかり忘れていたけれど“マイ・リトル・ラバー”いなくなったねぇ。すっきりさっぱり。あのあっこちぅ女、世間の女という女は全員自分のダンナ(小林某)を狙っているもんと決めてかかってたね、うっとうしいったらない。いらんつーのにさ、あんな病弱風味なヤツ。しかも、そんなモテモテ(死語?)な男を落としたわたしってスッゴイとかも思ってたな、間違いなく。おえぇ。

 いまだ終わる予感すらないイイ話・感動話ブーム。なんとかしてくれよ、気持ち悪い。努力は人に見せるな、スマートに生きろ。けっ。


「テレビ消灯時間 3」 ナンシー関 (文藝春秋) 99.11.03
 相変わらずテレビ見てるなぁ、ホント。ナンシー様ったら。
 ただ最近は困ったことに、新しい番組が始まっても新しいのはタイトルくらいであとは全部どっかで見たストーリーとキャラクターと出演者。なんにも新しくない。つっこみどころも同じになってくるのが困りますな。


「ビーの話」 群 ようこ (筑摩書房) 99.11.02
 「トラちゃん」以来の、久々のまるごと猫本であった。人間にはめっぽう辛口の群さんも猫には激甘になってしまう。本当に好きで仕方がないんだな。

 ペットと暮らすことは、ずっと大人にならない子供と暮らしているみたいに見える。子供を育てられないバカ親はペットだって育てられないけれど、他人への迷惑度はバカガキよりは、バカペットの方がびちっとだけましかも。


「青の炎」 貴志 祐介 (角川書店) 99.11.01
 ミステリーとしてなら、殺す方法にあれ程こだわったのに片手どころか両手落ちな後始末について、それはないだろうと言いたいだろう。けれど、秀一の物語として読むならば、彼の必死な思いが痛いほど伝わってくる。体は大きくなっていても社会的に『子供』に分類される間は本当に不自由だ。
 自由になるためには責任も伴うが、秀一は自由でないのに責任をとりたかった。だから手段が限られてしまった。

 それでも一緒に乗り越えたかった、と守られた彼女たちは思っただろうか。彼は充分に守ったけれど、充分ではなく完璧に守りたかったんだ。だからそうしたんだ。苦しい程誠実に。


トップページ  乱読の目次  好き好き  考えちゃう  杏のコーナー  馳せ参ず