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「喜多方・嶋新商店の蔵」 福島
撮影 1976

会津の北方にあることから、かって北方(きたかた)と呼ばれ、物資の集散地として栄えた街が喜多方。明治13年に大火に見舞われ、その時に蔵だけが焼け残ったことから、再建は火災に強い蔵造で行われるようになった。従来の蔵のほか、座敷蔵・店蔵・作業蔵・厠蔵などが建てられ、今も2000棟以上を数えると言う。荒物商「嶋新商店」は町有数の倉持である。