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「フェリス女学院」 横浜
撮影 1976

山手は横浜の町を見下ろす丘の上に広がる静かな住宅街。開港後、居留地として開けたところで、フランス山やイタリア山などの通り名にその名残がみられ、洋館もわずかに見られる。明治3年(1870)米国改革派教会伝道局派遣の宣教師ミス・キダーが居留地39番・ヘボン施療所で英語の授業をひきついだ。これがフェリスの出発点であり、日本の女子教育の発祥である。その後山手178番に新校舎が完成、昭和4年(1929)現在の校舎(1号館)落成。