|
|
| 唐津はその名が示唆するように、中国大陸(唐)に通じる港町(津)として早くから開けていた土地である。古くは魏志倭人伝に末廬国として記録され、万葉集には鏡山、玉島川、松浦川の情景が詠まれている。律令制では現在の市全域が肥前国の一部となる。1591年(天正19年)に市北部の海岸部(旧鎮西町域)に名護屋城が築城され、翌年から豊臣秀吉により行われた朝鮮出兵(文禄・慶長の役)の拠点となった。そのさなかの1593年(文禄2年)に寺沢広高が唐津藩を開いて統治を始め、1602年(慶長7年)から名護屋城に代わり現在の唐津市中心部にあたる地域に唐津城を築城し、以後は唐津城を中心にした城下町が形成されていくことになる。唐津藩は藩主家の交代が何回か行われており、歴代藩主の中にはのちに天保の改革で名を知られた水野忠邦も含まれる。なお1966年に唐津城の天守閣が再建されている。 |