エピソード10
 「ラブホテル」


配達のアルバイトを終えて坪井君と私は帰りの車中にあった。荷を空にした車は軽快な走りを見せていたが、やがてあるラブホテルの前にさしかかった。
緑の生垣で囲われたその敷地には西洋の城を思わせる建物が建ち生垣の上にその姿を現わにしていた。そして長く続く生垣の切れ目にメルヘンチックに飾りつけられたアーケードのついた入口があったがこの前を通り過ぎようとした瞬間、坪井君は思わぬ行動に出た。

車の向きを急旋回しそのアーケードを通り抜けラブホテルの敷地内へ入ってしまったのである。私は驚き焦りそして心に一抹の不安を感じながら「一体何を考えているのか!?」「まさか?!」と心の中で叫んでいた。アーケードをくぐり抜けるとその建物の外周をとり巻くように車の通路があった。坪井君はその通路を走りながら運転席側の窓をいっぱいに開けて身をのり出し建物に向かって腹の底から大声で叫んだ。
「皆さ〜ん!頑張って下さ〜い!」「頑張って下さ〜い!」建物の周りを一周する間、大声で何度も叫び続けた。

私はいたって小心な普通の感覚の人間だから「お、おい!しかられたらどうするの!?やめてくれ!」と思いつつも坪井君のあまりにも破天荒な行動に驚き‘大助&花子’の大助のように「アウアウ」と言っていただけのような気がする。それにしても何とユニークな発想と行動力を持ち合わせた人物であろうか。善し悪しは別としてこの男といれば決して退屈する事はない。