エピソード17
 「楽して儲ける道は無い」


学生時代の私たちには音楽以外に道楽はなかった。
だから賭け事もしないしお酒もバイトの給料日に居酒屋で少し飲むくらいで特に無駄遣いをした覚えはないのだけれどなぜかいつも金欠状態でピーピーと言っていた。そしてその当時は名鉄百貨店の地下食品売場にあるヤマサちくわで坪井君と一緒にアルバイトをしていたのだが店の前を一日に何度も行き来する一人のおじさんがいた。

彼は夏でも厚手のオーバーコートを着て口をへの字に曲げながら腰の後で手を組み視線を常に下向きにしながら歩いている。ただ歩いているのではない。歴とした目的があるのである。彼は落ちているお金を見つけると足早に駆け寄りそれを拾う。私たちはその瞬間を何度も目撃した。それで生計を立てているのだからお金拾いのプロである。
「坪井、今見た!?」、「うん!遅かったか先に見つけりゃよかったなあ。しまった事したわ。」
目の前で拾われてしまうと何か大損をしてしまったかのような気分になる。このおじさん公衆電話の釣銭口も取り忘れがないか指を突っ込んで必ずチェックして行く。いったい彼は一日にどれ位の距離を歩くのだろう。雑踏の中を来る日も来る日も下を見ながら終日歩き続けている。

ある日の事、坪井君も私も重度の金欠状態に陥り今日は昼飯も食べれんなあと思いながら地下街をトボトボと歩いていたのだが歩きながら二人の目はいつしか下方向に向き、お金が落ちていないかと鵜の目鷹の目であちこちを見回していた。坪井君はどうだったか分からないが少なくとも私の心中にはあのおじさんのご利益に授かろうとの思いがかなりあった。
しばらく歩くとめったにお金など落ちてるものではないという事に気付いたが公衆電話の釣銭口では10円玉を2〜3枚見つける事が出来た。
しかしこれだけでは昼飯は食べられない。当時メルサの地下に『いとう』という屋号のトンカツ屋があった。肉はジューシーで軟らかく衣はカラッと揚がっていてしかも揚げたてのアツアツを出してくれる。いつも一口カツの定食を注文するのだが味噌だれがかけてあり刻みキャベツがたっぷりと添えてある。しかもご飯のおかわりは無料で値段も安かった。昼時になるとお客さんであふれ順番を待たなければならないができれば今日も『いとう』の一口力ツ定食が食べたいなどと思いながら生ツバを飲み込んでいると坪井君が言った。
「なあ花木、労働の割にたいした稼ぎにはならんなあ………それでな今思いついたんだけど学校の校庭にある鉄棒の下なんかには落ちてるんじゃないか?クルッと逆上がりをした瞬間にポケットからポロリという事が充分考えられる。」、「なるほど!学校の鉄棒の下ねえ。それは意外と穴場かも知れんなあ。」
てな具合で話はすぐにまとまり早速近くにある学校へ向かった。この学校の鉄棒は大車輪とかの大技ができる2m以上の高さはありそうな鉄棒でその下が砂場になっていた。二人はこの砂場にしゃがみ込むと無言で砂を掻き分け始めた。
やがて「あった!」と言う坪井君の声。指先に10円玉をつまんで高々とかかげていた。そして私も10円玉を発見!「けっこう落ちてるもんやなあ。こんな所に埋蔵金が隠されていたとは………。」と感激しながら私達は必死に砂を掘り続けた。二人合わせればここで100円近く見つけたであろうかまずまずの収穫ではあったが昼飯を食べるにはまだ足りない。そこで私は一つの手段を思いついた。
「なあ坪井、全部お金を合わせるとlOO円はあるだろ?これを元手にしてパチンコで増やそうか?」「あかんあかん、そんなもんうまく行くわけないわ。」、「しかしなあ坪井、100円ではどっちみち昼飯喰えへんしここは一か八か賭けてみるしかないだろう。」
てな訳で坪井君も渋々承知し今度は二人して近くのパチンコ屋へ向った。
当時のパチンコは今のように座席も無く立ったままで遊ぶ。左手で玉を1個づつ穴に入れ右手でバネの効いたレバーを引きながら1発ずつ打つのだがチューリップが数個あるだけで最近のパチンコ台に比べると簡素なものであった。私たちは100円分の玉を二人で分けて各々に打ち始めた。
しかしそれは瞬く間に終わった。

地下街を歩き回ったり砂場の砂を掻き分けたりして汗水たらして稼いだお金が(?)一瞬にして無くなってしまった。
お互いに目を合わせるとガックリと肩を落としトボトボと帰り始めた。とその時、床を見るとパチンコ玉が一つ落ちている。すかさず私はそれを拾った。「なあ坪井、けっこう玉が落ちとるみたいだで向う側のコースから拾ってきてくれる。私はこっちから拾っていくで頼むわ。」
全部で10個ほどの玉を拾っただろうか私が代表して台を選び最後の望みをかけて打とうとした。坪井君は後からジッと覗き込んでいる。
最後の望みである。そして私は一発目を放った。
それが意外にも閉じたままのチューリップにきれいに入り一斉に3つほどのチューリップが開いた。ここぞとばかりに私は玉を打ち込んだがその後も次々とチューリップが開き、すぐに上皿も下皿も満杯になった。「坪井、箱持ってきて玉が溢れるで早く!」
坪井君は大急ぎで玉箱を持って来るとそれを置きながら「なあ花木、まあここらで止めよ。これで充分飯も喰えるし引き際が肝心だでよ。」
「いやいやこの台は打ち止めまで行けるで昼飯どころか夜は『玉喜(タマキ)』で大臣遊びだでもうちょっと待って。」
私はそう言いながら更に打ち続けた。
私の背後で坪井君の「もう止めよ。もう止めよ。」と連発する声が幾度も聞こえていた。

そしてふと気付くと持ち玉が徐々に減り始めている。箱に移した玉もパチンコ台の皿に戻したがドンドンと玉は吸い込まれ無くなっていく。
でもここではやめられない。おお、どうしよう……あぁ、どうしたことか………そして最後の1発がパチンコ台の最下部の穴から寂しげな音をたてて吸い込まれていった。私は恐る恐る背後の坪井君を振り返った。
おおっ、やっぱり怒っている。
開口一番、坪井君から発せられた言葉は「だからあの時、止めとけって言ったのになあ。もーう話にならんわ!……こんな馬鹿な話は…無いぞ!」であった。やはり何事も引き際が肝心ですね。反省、反省。