『つボイ楽耳王』終了に思う。

つボイさんに『つボイ楽耳王』の話を伺うと、決まってこう言われた───「地上波では言えないことが話せるんですよ」

地上波ラジオは、その番組を聴こうと思う人だけが聴いているわけではない。タクシーや店先で、不意に聴こえてくることもある。ましてやよく聴かれる番組ほど不意討ち率も高まる。
エリア聴取率1男・つボイさんは、こうした特性を把握した上で、自分の意見を抑えて投稿を多く読むことに神経を注いでいる。聴く人全てが自分を100パーセント受け入れてくれるファンではないことに、つボイさんはプロフェッショナルとして配慮している。長年のファンには物足りない部分もあるだろうが、深夜番組ではファン率が高いからこそ突き抜けた話もできたわけである。

朝の顔になったつボイさんは、自身の心情を語る場としてインターネットラジオを活用した。聴きたい人だけがアクセスするメディアゆえ「不意に聴こえてしまった」ということはほとんどない。リスナーの純度なら、おそらく地上波の深夜番組以上だろう。

つボイさんは自ら舌に課すハードルを下げて、身の回りの話から業界不況に至るまで様々なことを語られた。悲しい話だが、こうしたことは地上波番組ではあり得ない。ネットラジオは、つボイさんにとってもファンにとっても隠れ家のような存在であり、幸せな空間だった。 それでいて聴取エリアは地上波をはるかに凌駕しているパラドックス。エリアを超えたファンの交流も生まれ、深夜放送時代を知らない新たなつボイチルドレンを生み出した。

僕にとって忘れられない回、それは2006年4月のこと。 iTunes楽曲第一弾「KINTA Ma-Xim MIX」がリリースされ、直後の生配信ではチャート順位が上昇していく様が伝えられた。番組で楽曲配信を知った方が次々と購入されたのだ。この模様を隠れ家で笑いながら楽しむ…これぞストリーミング配信の醍醐味である。 当時日本でサービスが始まったばかりのYouTubeやニコニコ動画などのオンデマンドでは味わえない、まさにUSTREAMの先駆けのような体験だった。

以前、拙編『つボイ正伝』(扶桑社)の取材で原社長とお話する機会があった。アスキーの『つボイ@ラジオ』時代からの中心スタッフだった原さんによれば、その立ち上げは試行錯誤の連続だったそうだ。 この10年で常時接続+定額プランなどのネット環境が普及し、アクセス数は順調に増加しているとのことであった。その取材の最後、原さんは『楽耳王』について「ライフワークですね」と語られた。

あれからちょうど2年、その『楽耳王』はあまりにも唐突な最期を迎えた。 地上波エリア外のファンはどうなる? ライフワークの番組がなぜ? 僕がつボイさんから終了の報を聞いたのは最終回の数日前。かなりギリギリでの判断だったのだろう。ツイッター上で番組アカウントが報告していたように、本当に最後まで延命策を練っていたのだと思う。 もし経済的な事情であるなら、再度有料化してもよかったはずだし、つボイさんが名古屋にいたまま配信できる術だって模索できただろう。でも原さんはそうしなかった。

前述の取材で、原さんは「東京から配信することに意義がある」という趣旨のことを話されていた。それがつボイさんの意識をいったん地上波から切り離し、隠れ家を隠れ家たるものにしていたのだ。 有料化については、ポッドキャスト聴取者が増えてきたことで、差別化が難しいという事情もあったのだろう。いったん無料にしたものを有料化することへの心苦しさは、同じコンテンツ製作者として充分理解できる。 そういう要素が積み重なった結果、方針転換で無理矢理延命させるよりも、その名の通り「武士」らしく散ることを選んだ、原さんはそう決断したのだと思いたい。

思えば最終回、8年続いた番組のフィナーレとしては妙に淡々と進行していた。しかも番組終了後、ツイキャスでストリーミング動画まで配信した。つボイさんがiPad+iPhoneによる楽器アプリ芸を数分間見せ、何かコメントでもあるのかと思いきや唐突に終わった。まるで「来月もお楽しみに!」と言わんばかりに。 僕は『つボイ楽耳王』には一ファンとして接してきたから、終了を残念に思う気持ちはゆきまるさんはじめ、ファンの皆さんとまったく同じ。だからつボイさんに直接番組終了の理由を聞いてみたいのはやまやまだけど、それを知ってしまうと番組再開が遠のくような気もして、ついためらってしまう。

とりあえず今後は、名古屋に全世界のファンが集えるような、もう一軒の隠れ家が建てられないかを模索してみたい。

スタッフの皆さん、本当にお疲れ様でした。


安藤獅子丸

安藤獅子丸氏:時は愛知万博の頃、リスナー集会向けに製作した金太の大冒険リミックスが各署より高評価を得、更につボイ氏をその気にさせて世に出した「Kinta-Ma-xim-Mix」、またつボイ氏が何年も温めていたが結局表には出ることのなかった「インカ帝国の成立」(2007)などを製作し、矢継ぎ早にiTunes Storeより発表してつボイ氏を一躍檜舞台に踊り出させた影役者。また「つボイ正伝」(扶桑社2008年)のインタビュー、構成を手がけるなど多彩な才能を持つ。現在は某局で重要なポジションに就き多忙な日を送る傍ら、つボイノリオのことになると寝食を忘れて打ち込んでしまう、基本的につボイノリオのヘビー級ファンの一人である。

(安藤獅子丸氏の文章を無断で転載しないでください)

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