あっ超ー×つボイノリオ 東芝EMI TOCT−9490

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金太の大冒険
ラジカルにして滑稽、度肝を抜く言葉遊びの極地。永遠のコミックソングの最高峰といわれながら、この曲の辿った道は、悲しみと苦汁に満ちていた。発売後20日で放送禁止、そして発売会社のエレックレコードは倒産。次に出したユピテルレコードも倒産。
平成に入り「HIME」という女の子のグループがこれをカバーするが、この曲を最後に彼女らは解散してしまう。
しかし、平成8年に至り、天下の東芝EMIから再々発されることは、東芝EMIのモノを見る目の確かさと、うちはつぶれないという自信、またこの曲の持つ力強さの証明だ。子孫繁栄、世界平和の願いを込められたこの曲は、確実に人々に歌い継がれ(SMAPの香取慎吾、天海祐希なども気に入りの曲だという情報も入っている)、21世紀に至り最大の評価を受けることになるだろう。この曲の評価が世の中の成熟度をはかる物差しとなる。



本願寺ブルース
東京の東京大学、大阪の大阪大学とくれば、愛知の愛知大学であるが、そこの学生であった彼が、CBCの深夜番組「ヤングリクエスト」で飛び入りで歌ったのが、この歌であり、その結果、放送局にはリクエストが殺到し、テイチクでレコード化された。つボイノリオがレコード歌手となるきっかけとなる記念すべき曲だ。そのころの名古屋では、あのチェリッシュさえもアマチュアの頃で、つボイノリオのレコードを手にとり、羨ましそうにしていた。つボイノリオは、そんなチェリッシュを見下すように見ていたが、その後、あっという間に追い越される。チェリッシュのみならず、高木麻早、門あさ美、あべ静江などにも次々と踏み台にされていく。
しかしながら、宗教という重いテーマと取り組み、デビュー作からして放送禁止に指定されたことは、つボイノリオという器の大きさの片鱗とその後の放送禁止の嵐を予感させるに充分な曲である。
ブルースとお経の見事な融合は、アメリカにおいて賛美歌がゴスペルに変化していく過程を説明する学術上貴重な史料となる作品だ。


断絶の壁
これもCBCの深夜放送で歌った曲であり、「本願寺ブルース」のB面に収録されたモノ。
冷戦構造、安保、ベトナム戦争、学生運動など当時の世相が背景にある。若者らしい視点が好感を呼ぶ。


快傑黒頭巾
これもかつての放送禁止指定曲。
しかし内容は正義感性技感溢れる躍動的な曲調となっている。歌詞の内容にもかかわらず、無心に歌う少年少女合唱団の歌声が哀れを誘うという人もいる。その観点からの鑑賞を好む人は、大屋政子がかつて発表した「政子ちゃん音頭」のバックで歌うボニージャックスも併せて聴いてみるといい。


一宮の夜
つボイノリオが生まれ育った町、愛知県一宮市。昔から真澄田神社の門前町として栄え、明治以降は、繊維の町として中京工業地帯の重要な一翼を担っている。江崎真澄、江崎鉄磨親子、海部俊樹等の政治家を輩出。芸能人では、舟木一夫、三船和子、クラリオンガールズの黒川ゆり等がいる。
この様なスゴイ町にご当地ソングがなかったのが不思議だ。つボイノリオは郷土愛に突き上げるように、この作品を手がけた。しかし、一宮市民の認知度は低い。それが悲しい。

(歌詞にはエレックレコードバージョン、CBSソニーバージョンがあります)



ワッパ人生
エレック時代のアルバムに収められている調子のいい曲である。
業界関係者でもウケがいいのか、エレック倒産後もソニーから再発、シングルカットされている。ただし、その中のワンコーラスの内容がソニーの社風に合わないという理由で削除された。
ワンコーラス削られても、同じ値段で売られるレコードというのは何だろうと、当時つボイノリオは考え込んでしまったという。きちんとした目方売りで商う肉屋、魚屋等の職業倫理からは考えられない業界だ。


極付け!!お万の方
「金太の大冒険」が発売後20日で放送禁止になったとき、その措置を悲しむ声が澎湃(ほうはい)として起こった。その世間の期待に応えたのがこの曲である。
お万という女性の波乱の人生を哀愁のメロディーに載せて、つボイノリオは見事に歌い込んだが、発売6日で放送禁止になってしまった。


花のDJ稼業
あこがれの横文字職業に就いた若き日のつボイノリオが、現実と理想の落差に驚いて作ったといわれる曲である。
そのあまりにもリアルすぎる内容に、この業界を目指す若者が名古屋地方では絶えてしまったという。現にその後、名古屋では彼の後継者は少ないので、彼は独占状態で今も名古屋で仕事を続けている。嘆きの曲が結果的に彼を利することになった。功罪が問われる曲である。


女泣かせのつボイ節
彼の作品の中では、珍しく全く注目されない曲に属するが、日本歌謡市場もっとも重要な曲である。洗練された、心地よい歌詞の連続なので、そのまま聞き流すことも出来るが、反面じっくり聴くものには、とてつもないシュールな光景が展開される。言葉と言葉が関連を持つようにみせかけ、実はすべての意味づけを拒んでいる。古賀政男以来の演歌の概念がうち砕かれた瞬間である。これにより、つボイノリオは不条理演歌、またはベケット演歌の父と呼ばれるようになる。


祭りだワッショイ チンカッカ
つボイノリオ初デュエットの記念すべき作品。KBS京都の深夜放送「ハイヤング京都」時代を象徴する曲である。吉佐登というのは、あの「仮面の忍者赤影」の白影こと、牧冬吉さんの奥さんであり、千斗町「吉佐登」のママであり、踊りのお師匠さんでもあるひとである。
作詞はあの中村敦夫、作曲は「さよならはダンスのあとに」、「月光仮面」、「怪傑ハリマオ」などで知られる小川寛興という異色ではあるが超有名コンビ。つボイノリオの京都時代は、牧冬吉・吉佐登ママの交流の広さのお陰で、いろいろな人と知り合うできた頃でもある。


名古屋はええよ!やっとかめ
作詞、作曲の山本正之氏は、名古屋の人間であれば知らぬ人はいない作品を残している。板東英二が歌った「燃えろドラゴンズ」である。その他、タイムボカンシリーズの歌(声優としても登場していた)や、笑福亭鶴光の「鶯谷ミュージックホール」、間寛平の「開けチューリップ」など数々の名作がある。そんな彼に惚れ込んでつボイノリオが依頼した曲である。
「金太の大冒険」が時代の要求と共に、この時期再び浮上してきたように、この曲も遷都論がわき起こり、候補地に名古屋の可能性が出てきた昨今、その予言性が故に再び脚光を浴びることは間違いない。
歌っている字数が900文字以上と多いので、1文字の単価が安く、情報量の割には、当時大変お買い得なシングルであった。

※やっとかめ(八十日目)・・・久し振りの意


飛んでスクランブール
未発表にして、全く新しい理論で構築された作品である。
「金太の大冒険」を聴いて感動した人は大概自分でも作ってみようと試みる。やがて作り尽くしてしまうと、別の題材を求めていく。つボイノリオの場合であれば、「お万」へ、そして「吉田松蔭物語」とかにテーマを変えていく。その内にやはり行き詰まってしまう。それは題材を変えても、手法が同じ事の繰り返しであるからだ。例えば、「金太」であれば「ま」から始まる言葉を、「お万」であれば「こ」で始まる言葉を思い浮かべる。そして次には辞書を開いて探しまくる。そしてその作業に、限界と飽きがきてしまう。
そこで全く違う手法を導き出したのが、この作品である。
音楽もCDにメディアが代わり、あまり体験することがなくなった「音飛び」という手法を取れば、もうこの歌詞の時系列に沿って音を聞き、読点の位置を変えて、別の単語を形成していく必要はなくなった。歌という時間の流れの束縛からようやく解放されたのだ。そして新理論に従い作詞を実践していくツールに、旧来の辞書ではなく、彼は、今回、電子辞書を用いた。電子辞書には前方検索、後方検索機能があるからだ。
作詞の方法論を解読してみよう。表現したい単語を先ずあげてみる。それを徹底的に前半と後半に二分してみる。例えば「ばかたれ」であれば、「ば」と「かたれ」とか、「ばか」と「たれ」とか、「ばかた」と「れ」という具合に。そして、分けた後半の音を後半検索、前半の音を前半検索して膨大な単語の中からその音を含む単語を選び出す。選び出された単語の意味が繋がるように全体の歌詞の流れを変えていく。電子辞書の開発技術者も及びもつかなかった可能性をつボイノリオは見つけた。こんな作詞理論を実践しているアーティストはつボイノリオをおいて他には居ない。
またデモテープを作る際の音飛び効果は、パソコンのサウンドレコーダー機能で録音し、編集し、シュミレーションした。音を飛ばして、繰り返す作業は、ちょうどワープロのコピー機能を使って同じ単語、文章を何度も張り付ける作業に似ている。
これからのコミックソングは、エレクトロニクス、マルチメディアを扱う者のみが関われる世界なのかも知れない。コミックソングとマルチメディアが初めて融合した、世界歌謡史上特筆すべき作品である。

CD「あっ超〜」に収録していない曲


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