『死滅』

 

遂に右朝の太子の巣上げの時期がきた。しかし、その時期に関して問題があった。

 

右朝の太子は、母親がちょっとお馬鹿なので産まれた日がばらばらになってしまった。

 

お陰で巣上げをする日を何日に設定するかが、難しくなってしまった。

 

壱号に合わせるか、それとも、五号に合わせるか、または、順々に巣上げしていくか悩んでしまう。

 

壱号に合わせると、四号と五号が小さすぎて育雛が難しくなる。逆に、四号と五号の方に合わせると、壱号が大きくなりすぎる。

 

すると、人間を怖がるようになってしまうかも知れない。

 

壱号に合わせた方が良いのではという貴重な意見も頂いたが、右朝夫婦の育雛姿勢を観察した結果、順次巣上げすることにした。

 

もしハツとナンが雛を取られた事に対して育雛を放棄するようであれば、残した雛全部を巣上げして面倒を見れば良い。

 

その為に、飛び石連休の中日に有給を取って四連休にしたのだ。迎える側も準備万端だった。

 

四連休の初日の今日は待ちに待った北太子の巣上げの日だ。

 

去年の9月21日にハクとハツを迎えて、この日で丁度一年になる。奇遇な事だ。

 

前々から、ふごを天日干ししたり、参番籠「紫英宮」を熱湯消毒して準備は整っていた。

 

そして今回は、ふごの入れる床材にティッシュではなく、天然松のチップを使ってみる事にした。

 

ティッシュより良さそうだし、コストも安いと判断した結果の採用となった。

 

早朝から静かに、一番籠「青潦宮」の分解を始める。籠の掃除をしながら、こっそりと箱巣の中にいる壱号と弐号を取り出す。

                                            

しかし、この箱巣の中の汚さは何なんだろう。雛の糞が至る所にぎっしりある。本当に糞だらけだ。

   (よその箱巣もこんな状態なのだろうか?四号・五号を巣上げした9/23撮影)

 

こんな不潔なところで生活していて、病気になったりしないだろうかと不安になる。

 

普通は親鳥が雛の糞を食べたり外に捨てると何かで読んだが、まったくそんな事を行ったようには見えないし、見た事も無かった。

 

隣の左朝の箱巣は、日数の違いがあるとしても、まだ清潔感があった。

 

偶然、箱巣の中を覗いている時にハクが糞を片付けていたのを見て、以外と立派なやつだと感心してしまった。

 

しかし、右朝夫婦を責める事は出来なかった。

 

この時期のハツは、アイリングが白くなり嘴の色は輝きを失い、夫婦共々開口呼吸を時々するようになっていて、疲労根憊の状況にあった。

 

嫁様の報告によると、ハツがボレー粉入れの縁に止まって、首を中途半端に後へ廻して寝ていたので、

 

ずいぶん珍しい所で変な姿で寝ているなと見ていたら、ハッと目を覚ましボレー粉を食べ始めたという珍事があった。

 

疲れてつい寝てしまったという事だろう。そんなに疲れている彼等を巣の中が汚いと責める事は出来ない。

 

飼主がお節介を焼いて掃除するとしても、これはやり過ぎだと思い我慢した。

 

それよりも、ハツが育児疲労で死ぬんじゃないかという不安が湧いてきた。

 

何故なら仮親として育雛に頑張っていた十姉妹が過労死したという話を思い出したからだ。

 

9月20日(壱号:14日目 弐号:12日目)

 

巣上げした壱号と弐号にはたっぷり餌をあげてふごの中で寝かせとく。

 

この日を境に残暑が厳しかった昨日から嘘のように冷え込んできた。

 

しかし室内の温度は、25℃以上あるので保温装置を使う事無く、ハク&ハツの幼少の時と同様に、

 

籠カバーを掛けるだけにして安静にしておいた。

 

9月21日(壱号:15日目 弐号:13日目)

 

この日も寒い。10月下旬並とかテレビでは言っていた思う。

 

壱号と弐号のそのうの中の粟玉の消化があまり進んでいない。与える餌の量を少な目にして様子を見る事にする。

 

保温対策として、ひよこ電球を使う事にした。この品物は、昨シーズンの防寒対策用にと、

 

去年の10月末にネットオークションで安値で落札したものだ。しかし、実際に使う機会が無くて残念に思っていたのだが、

 

やっと出番がきた。備えあれば憂いなし。しかし温度調節がうまく行かない。

 

ほっとくと、34℃近くまで上がる。仕方が無いのでプラグを抜く。温度が下がると再びプラグをコンセントに差し込む。

 

これの繰り返しだ。それより湿度調整がもっと難しかった。

 

濡れタオルを籠に掛け、その上から籠カバーを掛けるて加湿を試みた。

 

すると温度が32℃近くになっても、湿度は50%位までにしか上がらない。

 

温湿度計の設置場所も良くないのだろう。人間が寝ている間のひよこ電球が原因の火災等の事故が怖いので、

 

器具に頼るより雛同士の体温の相乗効果の方が期待できると思い、夜になって孵化12日目の参号をふごへ移す事にした。

 

9月22日(壱号:16日目 弐号:14日目 参号:13日目)

 

壱号と参号の体重が減ってきている。これは危険信号だ。

 

1日4回、1回当り「養い親」の給餌器で3度給餌しているが、消化の状態は改善されていない。

 

夜になると壱号が嘔吐をした。アニファの飼育本によると、『そのう炎』を起こしている可能性が高そうだった。

 

飼育本には、パウダーフードやベビーフードを薄めて与え、優しくマッサージすると良いと書いてあった。

 

パウダーフードのような飼料は無いので、キクスイの「ぶんちゃんベビーフード」で代用する事にした。

 

しかし、これを「養い親」で与えようとするがうまく出来ない。

 

何か良い物は無いかと考えると、整腸剤の入ったスポイト容器が冷蔵庫の中にあるのを思い出した。

 

これは以前、下痢症だった林檎(セキセイインコ)の治療薬としてもらった物だった。

 

薬を捨てて中を洗って薄め液を与えたみる。そして優しく揉む様に、そのうをマッサージしてみる。

 

そのうの中には大きな空気溜まりが発生している。手のひらに乗せた壱号は、見た目より随分軽い。

 

こういった状態になった雛は、もう手遅れだろう。明日、病院に連れて行ったとしても、根本的な治療方法は無いと思った。

 

飼主が出来る事は、保温と加湿だけだ。

 

サーモ機能の無いひよこ電球の温度管理は、飼主が人間サーモになって調整するしか方法がないので、

 

和室に自分の布団を敷いて、夜中にちょくちょく目を覚まして調整する事にした。

 

加湿の方は、籠の外側に濡れタオルを掛けるのをやめて、タオルをふごの半分くらいに掛かるように掛けてみた。

 

そうすれば、籠の中の温度が上がっても、濡れタオルがふごの中の温度を高温にするのを防ぐだろうし、

 

その時に蒸発する水分が加湿の役割を果たすだろうと期待したからだった。

 

実際には、温度30度位で安定したが、加湿がうまくいかない。

 

最初は、うまくいって70%位になるのがしばらくすると、湿度計の針が下がり始めてしまう。

 

対策として、夜中に時々、目を覚まし50%より下がっていたら、再びタオルを濡らすことで対応する事にした。

 

9月23日(壱号:17日目 弐号:15日目 参号:14日目 四号・五号:13日目)

 

朝になっても壱号の状態はまったく良くならない。

 

そのうの中のガスが良くないのだろうと、マッサージをしながらガスを外に押し出すようにする。

 

口から茶色い泡が出てきては弾ける。これで少しは良くなるだろうかと思った。

 

状態を見ようと12:30頃、覗いてみると、壱号は半目を開いた状態で冷たく硬くなっていた。

 

覚悟はしていたが、王位継承権1位として位置付けていたので落胆は大きかった。

 

残った雛のうち、一番状態の悪い参号を見ていて、飼主として出来る事はもう無いと判っていたが、藁にでも縋るつもりで、

 

いつもの病院に電話した。「文鳥の雛ですけど、食滞を起こしているみたいなのですが、診察してもらえますか?」と尋ねると、

 

「診察できます」の返事にほっとため息が出た。病院へ連れて行けば快復するという気持ちではなく、

 

まだ希望が持てると言う気持ちから来るため息だった。

 

保温対策として携帯カイロをキッチンペーパーで包んでふごの中に入れておく。

 

これで寒い事は無いだろう。病院で診察してくれた先生は、参号を見た瞬間、(これは無理だ)という顔になった。

 

生体が小さいので、そのう部分の切開手術は不可能だという事、治療としてはガスの吸引と粘膜保護の薬剤を入れるだけしか

 

対処する方法は無い事を説明をしてくれた。治療の効果があったのか、帰る時には参号は少し元気になったようだった。

 

参号を連れて帰る途中、犬猫でいつも混んでいる病院へ立ち寄る(診察を受けるなら1時間半くらい待つらしい)。

 

パウダーフードの「フォーミュラーオリジナル」(以下、FO)を手に入れる為だ。

 

ハクとハツの最初の健康診断に行った時、おまけに「FO」をサンプルで少しくれたのを思い出して、

 

遠いペットショップへ買いに行くより、便利だと思ったからだ。

 

診察券はとっくの昔に捨てていたが、記録が残っていたので面倒な書類手続が省けて助かった。

 

おまけに、本来なら診察券を再発効する場合は、有料らしいが今回は無料にしてくれた。

 

それはそれで良かったのだが、腹が立つことがひとつあった。

 

FOを与える時は、「養い親」ではうまく行かない事は知っていたので、注射器(シリンジ)を欲しいと

 

窓口のネーサン達に言ったのだが、ペットショップで売っていると答えが返ってきた。

 

本当なのか?今まで行った事のあるペット屋では見た事ないぞ、と思ったが隣のペット屋でも売っているだろうと言うので、

 

半信半疑ながら、隣のペット屋へ行く(病院とペット屋には経営上の繋がりは無いはず。

 

そのまた隣の動物病院とペット屋とは経営上の繋がりはありそうだ。)

 

ペット屋に行って店のオバサンに訊いてみると、シリンジは売っていないと言う。

 

FO自体を売っていないのに、シリンジがあるはずが無い。あの病院のネーサン達は「養い親」で、FOが与えられると思っているようだ。

 

FOを売るなら、それの与え方ぐらい勉強しておけ!と言いたくなった。

 

ペット屋には、文鳥の雛が3羽売られていた。その中の1羽は生後4週目くらいの様だったが、頭の毛を毟られたのか、

 

河童みたいな頭になっていて、それがまた爺臭くて可愛かった。文鳥を物色中なら迷わず買うくらいの愛嬌のある姿だった。

 

話を元に戻して、17:30頃の給餌時間に、近所に住む北太子の里親さんになってくれる人が訪ねてきた。

 

予定では明日、迎えに来てもらう事になっていたのだが、旦那様が泊まりの仕事を切り上げて急遽帰宅することにより、

 

今日迎えに行けと指令が下ったらしい。残った4羽のうち元気なのは、今日、巣上げした四号と五号だった。

 

五号は産まれてすぐに落下事故を起こしたので、もしかしたら何か後遺症を持っているかもしれない。

 

渡せるのは四号しかいない。せめてもの餞として、自家製粟玉と擦ったカルシウム(ボレー粉・塩土ボレー粉・バードカルシウム・煮干少々)と

 

キクスイの「ブンチャンベービーフード」を持って行ってもらった。(結局、四号だけが生き残った)

 

参号には粟玉を与えず、スポイト容器でFOを少し与えて安静にしておく。

 

これで、少しは快方に向かってくれたら良いのになぁと思いながら、夕食を終えて覗いてみると参号は既に死んでいた。

 

壱号の時と同様に、ティッシュに粟玉と豆苗を一緒に包み、王朝の墓所に埋葬した。線香を供えて合掌する。

 

残った五号は元気だが、弐号が時間と共に状態が悪くなってきているようだ。もう打つ手は無いないのだろうか?

 

清掃、熱湯消毒して天日干しした箱巣に、弐号と五号を戻して籠の中にもう一度入れてみる。

 

飼主が対処の方法が無くて万歳状態なので、ハツとナンの手に委ねてみようと思った。しかし、これはまったく虫のいい話だ。

 

ハツとナンは全ての雛を取上げられた後は、左朝の雛が餌をねだる鳴声を聞く度、我等の雛は何処にいるのだ!

 

という感じで籠の中を飛び廻る。それを見てちょっと不憫に思っていたし、2羽も死なせて申し訳ないという気持ちだったが、

 

もしかすると受け入れてくれるかも知れないと思ったが、しかし無理だった。

 

ハツとナンは箱巣の入り口まで行って興味は示すものの、箱巣の中には入っていかない。

 

箱巣の中が綺麗さっぱりになった事と、雛が鳴かないのが原因だと思う。弐号と五号の生命力に頼るしかない。

 

今夜も隣に布団を敷いて、温湿度管理を行う事にした。

 

9月24日(弐号:16日目 五号:14日目)

 

朝餉は、弐号にFOを少々飲まし、五号には粟玉を4回差し餌して出勤する。

 

帰宅して雛の様子を見ると、弐号は相変わらずの状態だった。体重も減ってきている。

 

そのうも膨れたままでガスが溜まっている。絶望状況になっている。ところが、五号の状態が激変している。ぐったりとしているのだ。

 

このまま、皆死んでしまうのかと思うと、やるせない気持ちで一杯になった。

 

9月25日(弐号:17日目 参号:15日目)

 

朝起きて、朝餉の準備をする。弐号は相変わらずそのうが膨らんでいた。

 

依然と相変わらずの状態だった。これでは回復は望めないと覚悟した。しかし、五号はそのうの膨らみが小さくなっている。

 

回復してきたのだろうか?さすが、ミラクル五号!最後の方で産まれたくせに、何と言う生命力!

 

籠の底に落ちた事故に遭いながらの生き続けた生命力に賭けるしかない。

 

添い寝して温湿度調整をした効果が出てきたのかもしれない。

 

もっと良い方法を考えなければならないが、希望の光が見えてきたようだ。2羽に差し餌を軽く4回与え、出勤した。

 

終業の合図と共に会社を出て帰宅する電車の中で、電気アンカを使う事を思い付いた。

 

もっと早く、気付くべきだった。家の近くにある量販店へ直行して、電気アンカを買って帰る。

 

背広を脱ぐ間を惜しんで、すぐにあんかを籠の中に入れてようと金網を取り外し、

 

ふごを取り出してアンカのプラグをコンセントに差し込む。

 

籠の底板にアンカを置いて、これで大丈夫だと思いながらふごの蓋を開けると、

 

半目を開けたまま死んでいる弐号と五号の姿があった。遅かったのだ。

 

壱号と参号の時と同様に、ティッシュに粟玉と豆苗と一緒に包み、壱号と参号の眠る王朝の墓所に埋葬する。

 

 

(あとがき)

今回の一件はいろいろと考えさせられました。

5羽中、4羽が死ぬという事実は私にとってもの凄い衝撃で、文鳥を飼うのは止めようかと一時本気で思いました。

一番辛かった事は、左朝の雛たちが箱巣の中で餌をねだる鳴声を聞いて、

ハツとナンが、鳴声のする隣の籠(左朝)の方へ籠の中で飛び廻るのを見る事でした。

その姿を見る度、切なく哀しく、申し訳ない気持ちにさせられました。

しかしこの経験が、この章に続く『闘病』(12月初旬掲載予定)の西五号の発症回復に役立ったと思っています。