今まで見た映画で一本選べと言ったら間違いなくこの映画「薄れゆく記憶の中で…」を選ぶだろう。本当地味な映画で、有名ところの役者は一人もいなく、あえて言うならば、菊池麻衣子のデビュー作で、監督も新人で、特に話題になることもなく単館公開だった。
二十年近く前、都内に住んでいてよく映画館に足を運んだ。月10本近く見ていたと思う。「ぴあ」を見て面白い映画があれば、映画館に足を運んだ。当時は「ぴあ」は映画とかコンサートの情報をまとめた唯一の情報誌だった。
この映画の事は今でも瞼の裏に焼きついてはなれない。
「ぴあ」の紹介記事を見て、この映画が渋谷で公開しているのを知って見に行く予定だったが、いつのまにか見過ごしてしまった。この見過ごしてしまった事が、後になって考えると、見過ごす事が必然的な流れだったのかもしれない。
しばらくして、知人から彼女を紹介してもらった。一つ年上の感じのいい女性だったと思う。その女性の初デートは、新宿の定番のアルタ前で待ち合わせて、食事をして歌舞伎町ボーリングをしたと思う。ボーリングが終わってまだ時間が早かったので、映画でも見ようかとの話になり、歌舞伎町の売店で「ぴあ」を買って面白そうな映画を調べた。偶然にこの映画が中野で二番館上映している事をしり、時間も丁度よく中野に見にいった。
もし渋谷で見て見ていたなら、他の映画を見ていたと思う。この女性とこの映画を見ることが、必然的な事だったと思う。結論から言うと、この女性とは上手くはいかなかった。だから、この映画の内容と記憶が交差して印象に残っているのかもしれない。
今はない中野の武蔵野ホールと言うミニシアターである。
思いもよらず、川島監督の舞台挨拶があった。
初めて見た時の感想は、前半は、なんかつまらない青春映画だなあと感じていたのを覚えている。が、後半一気に話が進んで、最後には、
涙が出てきた。初めてのデートで映画を見て泣くのは恥ずかしいので必死に涙をこらえていたのを覚えている。他の客席もすすり泣くのが感じられた。横にいる彼女も泣いていた。
こうして、今更、当時の記憶を整理したところで、やり直せはしない。古いファイルを整理して上書き保存したところで意味があるとは思わないが、何故かこの時期に記憶と言うファイルを整理したくなった。
何故この時期の、この映画のことを思い出したのか、チラシを見てわかった。しかしよくチラシが保存してあったと思う。
この映画が中野武蔵野ホールで公開されたのが、10月3日(土)で、多分彼女との初デートが日曜だったので、監督の舞台挨拶があったことを考えて4日の日曜日だったと思う。上映時間は、多分15時からの上映だったと思う。映画館を出たときは、あたりはまだ外はあかるかった。ちょうど今の時期に見ていたので、そのことが、記憶のどこかに残っていて、それが、この時期になると、無意識に記憶という芽が出てくるのだと思う。
そう考えると記憶とは不思議なものだと思う。
ついでに当時の手帳を探してみた。多分1992年の10月3日が土曜日なので、1992年に間違いはない。今から18年前のことであるが、鮮明に記憶に残っている。
その彼女とは数回デートしただけで長続きはしませんでした。
18年たって振り返って見ると、彼女のやさしさに甘えていました。もっと彼女の気持ちを大切にして大事にしてあげるべきだったと思います。いまさらどうなる事でもありませんし、もう街であってもわからないかもしれません。だけど彼女の事は「忘れられない大切な思い出」です。
今は、彼女はどこかで、幸せに暮らしていると思います。この映画を思い出したなら、一緒に見たやつの事をついでに思い出してくれたなら「思い出」を共有できるかもしれません。
この映画の中で花言葉が印象的に使われていて、和彦とのデートで香織は、野山で摘んだ薄雪草を、小高い丘の頂上の木の根元にタイムカプセルの目印として植えた。タイムカプセルを和彦は10年後掘りに一人で思い出を探りながらでかける。タイムカプセルを植えた丘は、あたり一面薄雪草が咲いてた。
このシーンの辺りから目には涙が浮かんできます。掘り出したタイムカプセルの手紙を読む和彦、手紙が画面一杯に映し出されると、涙があふれてとまりません。
「・・・もしかしたら、カズくん(ホントはずーっとこう呼んでみたかった)と結婚してるかな?
キャー、ハズカシイ
だけど、初恋は、たいていうまくいかないっていうし・・・
あっ!ちなみに薄雪草の花言葉は
〈忘れられない大切な思い出・・・〉」
和彦にとって、香織は大切な思い出…。
思い出を引きずりながら、和彦は、10年後あの花火大会の時、香織が何かを言いかけた橋の上で黙って川を見ていた。その時…
「カズくん…」
香織の声に振り向く和彦。そこには、香織が笑顔でたっていた。このシーンで涙がまた溢れてきます。
しかし香織は和彦の事を呼んだのではなく、自分の子供の名前を呼んだのだった。香織はあの事件以来、選択性記憶喪失になっていて和彦の事は忘れて、しっかり幸せに暮らしていた。和彦の目には涙が…あの時と同じように夜空に花火は大輪の花をさかせていた。
10年前、香織が丘に登りながら、鈴蘭の花言葉を和彦に話していた。
鈴蘭の花言葉
「戻ってきた幸せ…」
この映画の良さは、20代ではわからないと思う。30代になって初めて「忘れられない大切な思い出」の意味がわかってくる。年をとればとるほど「忘れられない大切な思い出」を大事に胸にしまって生きていかなければいけないと思う。
某ブログに書いた文章。