バスストップで writer:h.k

 

 雨は待てども待てども雪にならないクリスマスのイブだった。「きっときみは来ないだろう」と歌えば、隣からは「当たり前だのクラッカー!」などと、揶揄(やゆ)が飛んだ。
  なぜならぼくは生まれてこのかたずっと一人だったからだ。誰が何処でぼくを生み、育てたのかをぼくはまったく知らない。
  だからぼくはこの世からずっと強いられてきた孤独を愛さずにはいられなかった。ぼくはこの孤独を恋人にし、神聖視してきたのだ。

  ぼくは20歳(はたち)だった。今年もまた仕事を終えたクリスマスイブ。ぼくの孤独をあざ笑うかのようにホワイトクリスマスの歌が街中に響き、きらびやかなイルミネーションが輝いていた。
  肩を頬を寄せ合う恋人たちを横目に、孤独を癒す術を知らぬ青年が舗道を寂しげに歩いている。そんなぼくを待っているのは、家路へと自分を導くバスストップだけだった。
  吐く息は白く、冷たい空気に手はかじかんでくる。なのに相変わらず雨は雪にならない。ぼくはバスを待ちながら、意味もなく呟くように歌っていた。
「ゆーきやこんこん、あられやこんこん……」
  その時だった。

「あのう……」
  背後から女の声がする。でもぼくじゃないよな。「ゆーきやこんこん、あられやこんこん……」
「あのう……」
  今度は背中をつつく。どうやらぼくに話しかけているらしい。
  ぼくは振り向いた。
「なんですか」
「マッチ買ってください」
  目の前に大人とも少女ともつかない女がいる。
  きょうび、マッチ売りの少女がこの世にいるとは思えない。
「悪い冗談よしてください」と、ぼくは見知らぬ人にまで、自分の孤独をからかわれているのかと思うと、いっそう気落ちし、またもや意味もなく「ゆーきやこんこん、あられやこんこん……」
  この後、ぼくらは押し問答のようにいつまでも「マッチ買ってください」「ゆーきやこんこん、あられやこんこん……」を繰り返した。
  そのうちに最終バスが来た。ぼくらはそれすら忘れて、言い続けていたのだ。
  これがぼくらの出逢いだった。

  ぼくは彼女に聞いた。「なぜぼくにマッチを買って欲しかったんだい」
  彼女はこう言った。
「あなたに火をつけてほしかったの。ただそれだけ」
  そう。彼女はガソリンを口の中に含んで火を吐く大道芸人だった。その火付け役のピエロを探していたのだ。
  ぼくは今、街の広場で、「はいーい!」という彼女のかけ声に合わせ、巨大なマッチ棒に火をつけ、彼女の口元にもっていく仕事についている。しあわせだ。 (終わり)