彼女はテーブルの下からやや大きめの白いバッグを引っ張り出し、テーブルの上に置いた。バッグの留め金は「mila schon」と読める。ブランド品だ。
そのバッグを開けると、今度は中から柔らかい艶を醸し出している二層式のバニティポーチを取り出した。
「コスメポーチ、っていうものよ」
ぼくは黙ってうなずいた。わかったふりをしてはみたものの、化粧品の小物が詰まっているポーチというものをまじまじと見るのはこれが初めてだった。
さらにもっと小型のポーチもいくつか取り出した。
彼女は蓋を開け、中のものを取り出し始めた。すると魔法の香箱のように、テーブルの上はたちまちマスカラやローション、ブラシ、パフ、ビューアー、パウダーソフトマット、アイペンシル、口紅、その他もろもろでいっぱいになった。
彼女は言う。
「顔を作るには最低でも11アイテムは必要なのよ。こんなのはまだ序の口」
そう、彼女はスーパー・コスメテック・レディであるらしい……。
たとえば「あなたに幸せ系の笑顔をプレゼントしたいと思ったら、こんなふうにするの」
「永遠に可愛いメイクバランスを作るため、アイラインは入れず、マスカラは上下の睫毛にまんべんなく塗る」
で、彼女の説明の一端を紹介すると、
目は「マジョルカのイエローをまぶた全体に、グリーンを下まぶたにぼかしたら、エディセのペンシルのマットグリーンのほうで下まぶたのきわに太めにラインを引くの。目頭のすぐ脇にノエビアのピンクでアクセント。目を強めるのはポール&ジョーの黒マスカラと下地トップコート……てな具合」
ぼくは聴いている先から言葉の意味を理解できかねて困ったが、彼女が様々な化粧品を専用のツールを使い分け、組み合わせながら顔を作っていることだけはなんとなく飲み込めた。
同系から尊敬されるおしゃれ系ゲストメイクとなれば、目は「3つの色と光で大人の目もとに」、頬は「テラコッタ色でピリッと引き締め」、唇は「辛口のベージュにオレンジクロスを重ねる」となる。
ははあ。ぼくは彼女の知識と技術の習得に敬服して、心から尊厳のまなざしを送った。
「そこまですると、大理石のような肌になるのか」
「……さあ、それはどうか」彼女はここなしか寂しげな表情になった。
「え?」とぼく。
(以下、つづく)
※参考文献 に「ヴァンテーヌ・ポーテ永久保存版」(ヴァンテーヌ2006年5月号付録・アシェット婦人画報社)を使いました。筆者は化粧品のことはまったくわかりませんので、藤原美智子さんと佐伯チズさんの美容の方法を参考にしました)