01.07.16

              

  

    「新潟と奥会津の思い出」

  平成11年6月20日

             

    

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 新潟県刈羽郡高柳町、冬は数メートルの雪が積もり、雪かきや雪下ろしの重労働に耐え切れなくなった人々は、次第にこの故郷を離れてゆく典型的な過疎の町。最近は町おこしの一環として昔なつかしい「藁葺き屋根の里」を復元保存して有名になり訪れる人も多い という。
  

     

      

 平成11年(1999年)6月20日、里から歩いたら1時間以上も掛かるこの先の山奥に 住む家内の叔父も遂に里に下りることになり、江戸時代の初期、群馬県の新田郷からこの地に移り住んだ先祖代々の家で最後の法要が行われれた。
             

 自然の猛威と闘いながら営々と山奥を切り開いてきた先祖の苦労は計り知れないが、未だ何十年でも雪の重みに耐えられそうな50センチ四方もある黒光りする大黒柱や見上げるような高い屋根の梁を見ると、人が居ないくなるというのが悲しく思えてならない。
              
 この地の家の庭には決まって春を謳歌する花に囲まれたこのような融雪池がある。 寒くて厳しい雪下ろしの雪を投げ込む苦労と汗の代償がこの美しい花達なのだろうか。 それにしても雪国の春は何と美しいことだろう! 
           

 山里はこのコシジシモツケソウが真っ盛りだった。 あちこちの山の縁をピンクに染めるこの花は、日本海側の特産種だとか。 どこかキョウカノコにも似ているようだが、葉はもっと柔らかそうで優しい。

 法要の後、小出から湯之谷村へ向い、奥只見湖畔の銀山平へと向った。

            
 日本有数の豪雪地帯だけに通れるか心配だったが、途中のドライブインで、「二日前の6月18日に除雪が完了し全線開通した」との情報を得て一安心。長いトンネルを抜けて、タニウツギが咲き乱れる銀山平に到着した。 かなり標高が高い。
            

 山深い静かな湖は巨大な岩魚や鱒の釣りで有名。雪を頂く荒川岳が間近に見え、未だ観光客も少ない静かな湖畔に宿を取った。

 翌朝(21日)ここから奥只見湖畔を通り桧枝岐を経由して駒止め湿原へ行くことにした。

            
 新緑が美しい曲がりくねった湖畔の道は延々と続き、やがて只見川の源流近くを横切った。 この奥を登りつめると尾瀬沼だ。 辺りは次第に芽吹いた緑が瑞々しいブナ林となり、ハルゼミの声が暫く続いた。 同じセミでもハルゼミは涼しげに聞こえるから不思議だ。 「熊に注意!」の看板があちこちにある。
            

 尾瀬の登山口、御池を過ぎ、桧枝岐村で昼食を取って、伊南村から南郷村に入り、目指す駒止め湿原にやって来た。ここはワタスゲが見事だった。 コバイケイソウは未だ咲いていない。 

 

        
爽やかな風が渡る広い湿原を散策していたら白樺の樹が一本ポツンと立っていた。

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