3.3 世界観について

各界という表現があります。

私たち地球人は、家族や仲間同士や学校・業界・各種団体・学会・法曹界・医療分野・工業界・商業流通分野・スポーツ界・芸能界、自治体・県や国などの様々な単位で、いろいろな関係を造ってお互いに関わり合っています。

これらに所属する人たちは、意識するしないに関わらず、それぞれの単位での雰囲気、つまり世界観で活動しています。

この世界観がまた、観察の大切な要素になっています。

宇宙の人は世界観についてこう言っています。

 

********************

私たち人間は、それぞれ固有の価値観をものさしにして活動しています。

何をするにも、このものさしがなくては始まりません。

しかしたとえ「根源のものさし」を体現していたとしても、それはその人間流の体現であり、これは私たちも例外ではありません。

従って、それぞれの人間が日常感じている世界観に同じものはありません。

前章でも触れましたが、この世界の自身と他者は同じになり得ないもの、同じではいけないことが宇宙の原理原則ですから、自然や社会環境や何かの催しの会場という共通の現実の中においても、それぞれの受け取る感覚や世界観は同じではありません。

つまり人間は、それぞれの客観的主観で共通現実を判断し、世界観をイメージしていますが、これを想念観察の視点から言うと「世界観(部屋)にはまり込み、振り回されている」となります。

 

共通現実とは、自然という共通な時間と空間を設定している、この三次元世界のことを言います。

意識体の(あなた)のすみかには、元々時間も空間も本来ありません。

従って、過去・現在・未来は、いつも今この(あなた)の意識が関わっている現実にのみ存在していますし、空間もこの現実だけのものでしかありません。

輪廻転生も因果応報もこの共通現実があってのみ、認識されるものです。

そして(あなた)に自我の認識(ものさし)が存在している限り、この共通現実の法則(呪縛)から自由になることはありません。

共通現実は、元々バラバラで身勝手な人間の意識を、自然のような共通世界に集めてそれぞれの客観的主観を干渉し合うことにより、お互いの意識の状態やバランスの違いを確かめ合うために存在しています。

従って、人間同士の出会いや映し合いは、必然的に起こされる現象であり、その主要な目的は、それぞれの世界観の受け入れ合いとぶつかり合いです。

干渉し合った世界観は互いに修正を余儀なくされ、それを無限に繰り返す内にやがて共通の世界観つまり「大いなる意識」に限りなく近い世界観に導かれていきます。

 

想念観察に習熟してその視点をより深くしていくには、想念や表現として、あなたと(あなた)が起こしている一連の反応の「総合的な特徴」を、「(あなた)の世界観」または「はまり込みの部屋」として常に気づいている姿勢がとても大切です。

それは(あなた)の観察の視点が、少なくとも反応の起きている現場から離れている証拠ですが、これも想念と表現の起き始めに焦点が合っていなくては、エゴ体の余計なことの影響をまともに受けてしまいます。

(あなた)の判断は、どんなに客観性が高いように見えても、元々はまり込みで振り回されですから、「(あなた)の世界観」も常に評価され、気づかされる必要があります。

そのためのシステムが「映し合い」です。                

********************