BLESS&CURSE外伝
〜理〜

−壱−

 深夜の街は、昼と同等の光明と昼以上の人で光と喧騒にあふれていた。
 行き交う人々は様々で、服かどうか分からないような格好で徒党を組み、練り歩く少年たち。
 甘い言葉と顔で獲物を狙う送り狼に送られ狼。
 身体の一部を機械と化したものたちは、その部分と通信機器を接続し、虚空に向かい会話を続けている。

「ありぃとざいましたー」
 コンビニのドアから一人の少年が感謝のこもってないマニュアルを崩した声と一緒に出てきた。

 十五歳くらいの少年で中肉中背、黒髪。
 端正な顔をしているが分厚い眼鏡とよれよれのトレーナーと色褪せたジーンズがその魅力を半減させている。

 少年は、買ったばかりのドリンク剤のフタを片手で器用に開けて、一気に飲み干した。
「G班、裏口へ! D班、E班! 表から突入!
 絶対、逃がすな!」
 突然、怒声が響き、少年の目の前を横切って十数人の制服の一団が立ち並ぶ店の一つになだれ込んでいった。
 しかし、少年は、それに目もくれず、空のビンを口にくわえて歩き出した。

 この混迷とした不夜城では強いものは奪い、弱いものは奪われる。
 警団の捕り物など日常茶飯事で、街を行く他の誰も気にも留めていない。

 それほど、人の心はすさみ、世界は荒れていた。

 

 世界最小の島、ティエ・アウルドの主要都市『テプロス』。

 四大陸に点在する十都市を遙かに越える科学水準を誇る第十一番目の都市。
 二百年ほど前、そのテプロスの中央に高層ビル『中央管理統制局ゴルド』が建ち、世界中に張り巡らされていたネットを介し、『トラスト・ティスト』と称するシステムより、管理統制を行った。
 しかし、その管理統制は、管理者の利己に走ったところは全くない理に適ったもので各都市はそれに従うことになった。

 時は経ち、怠惰な平穏が長く続いたある日、第二都市『スティルス』が第九都市『クォラウド』に向けて、宣戦布告をあげた。
 それを皮切りに世界は戦火に包まれることになった。

 狙いは、テプロスの中央管理統制局ゴルド。

 だが、当のテプロスは旗揚げもせずに、ただ、ことの成り行きを傍観していた。

 

 テプロスの中心、中央管理統制局ゴルドを取り囲むように林立する五つの高層ビル、『ヴォルカ』、『カージ』、『エイル』、『ベア』、『クォルト』。
 中央管理統制局のシステム『トラスト・ティスト』の維持発展を目的とした支援施設であった。

 そのビルの一つ、エイルの玄関ロビーに先ほどの眼鏡の少年がいた。
「お帰りなさいませ、篁様」
 正面の受付席の空間がちらついて、突然、虚空からスーツ姿で長髪の明るい笑顔の女性が現れ、歩み寄る少年に話しかけた。
 セキュリティ・システムの作り出したホログラフである。
 人工知能が組み込まれており、様々な対応が可能になっているのである。
「ただいま、芙蓉さん。なんかあった?」
「はい。御崎様が戻られました。
 それとメールが七つほど届いてますが半分に不審な点がありましたのでウィルスと一緒に送り返しました。
 他はお部屋の方へ送ってあります」
 笑顔を崩さず芙蓉と呼ばれた映像の女性は、テキパキと応えた。
「瀬那がね……仕事、終わったかな。
 じゃ、飲み物と軽い食事、届けてく……なに、どしたの?」
 篁と呼ばれた少年は、怪訝な表情の芙蓉に気付き、尋ねる。
「あの……御崎様ですが……それの……変わったお連れ様が………」
「ふーん……ま、いいや。とにかく、よろしくね」
「あ、けど、篁様!」
 不安そうな芙蓉の声を背に篁はエレベーターに向かった。

 五つのビルは、それ自体が巨大なコンピューターになっており、最上階に住むプログラマーの定期的なデータの打ち込みで管理統制システム『トラスト・ティスト』の維持発展を行っている。
 篁の部屋はそのエイルの最上階にあった。

「あー、なんだ、こりゃ」
 リビングに入った篁の一声がそれだった。

 ふっかふかのソファーは、スプリングと緩衝材を撒き散らして見る影もなく、樫製のテーブルは粉々に砕け、大型モニターには画面を割って、何故か掃除機が突っ込まれている。
 その他にも、被害は続き、寝室は羽毛ストームが巻き起こり、バスルームでは局地水害が起こっていた。

「お、瀬那」
 そんな破壊の限りを尽くされた部屋のリビングに一人の少年―瀬那が仰向けで倒れていた。

 背は少し低め。黒髪で、まだ少年らしいあどけない顔をしている。
 しかし、服装は大人びた黒服で背伸びがうかがえる。

「おーい、生きてるかー」
 心配のかけらもない、おざなりな様子で篁が瀬那の頭を足で軽くこづくと、唸り声を出しながら、ゆっくりと身を起こした。
「た、篁か……あ、ってぇなー!」
 瀬那は、後頭部を押さえて眉間に皺を寄せる。見るとそこにはたんこぶが生えていた。
「かなりでっかいぞ。部屋もこんなになって。
 芙蓉さんが誰か連れてきたって言ってたけど、何があったんだ?」
「ああ、実は……」
ピンポーン!
「……とルーム・サービスだ。後でな」
「お、おい、篁!」
 出鼻をくじかれて怒る瀬那を抑えて篁は、玄関に向かった。
『篁様ー、ご注文のものお届けにまいりましたー』
「ほーい」
 インターホンとドアの向こうからステレオで聞こえる芙蓉の声を耳に篁がドアを開けると姿を見せた自走のワゴンの上の料理から美味しそうな匂いが部屋に流れてきた。
 その瞬間、篁の横を小さな黒い塊がすり抜けた。
「きゃあ!」
 それは、そのままワゴンに飛び乗り、その後ろにいたホログラフの芙蓉が驚いて飛び退いた。
 そんな中、篁は、冷めた表情で黒い塊を持ち上げ、くるっと半回転させた。

 それは、小さな子どもだった。
 ボザボサの黒髪。黒く汚れきったボロ布を纏い首輪を付けただけの全裸に近い身体は、薄汚れ古傷だらけで、同じく傷だらけの顔の口は、詰め込んだピザを懸命に飲み込もうとしていた。

「芙蓉さん。瀬那の連れって、こいつ?」
「あ、はい、そのようです」
「ふーん」
「警団に連絡……」
「取り敢えず、止めといて」
「は、はぁ……」
 そんなやり取りをよそに首根っこつかまれて吊されたままの子どもはワゴンの上の料理を求め、ジタバタと手足を動かしていた。
「俺は篁。お前は?」
「…………………」
 答えない子どもに篁は、ワゴンからチキンをつかんだ。
「食う?」
「食う!」
「んじゃ、名ま…」
「奉!」
 即答した子ども―奉に篁は、楽しそうに笑い、その口にチキンをくわえさせた。

「あー! そいつ!」
 ワゴンの上に乗って、一心不乱に料理をパクつく子どもを目にして瀬那が声を上げる。
「食事中だ。質問は後な」
 その後ろから、炭酸入りのジュースのビンを片手に篁は言った。
「オレの獲物だ!」
「へー、今回の目標か。
 お前のことだから、女にデキた子どもでも押しつけられたのかと思ったてけど、違うのか?」
「違うわ!
 第一、そのガキ、どう見ても十歳前後だろ!
 こいつが仕込まれた時、オレは五歳児だぞ!」
「お前なら、有り得る」
「てんめぇー!」
「冗談だ。
 それにムキになるのは、心当たりが山ほどだからじゃないのか?」
「と、とにかく返せよ!」
「逃げられて気絶してた奴の権利、認めないよ」
 全部食べ終わったらしく、ワゴンの上の奉がさらっと言った。
「てめ、この部屋、滅茶苦茶にしといて……」
「実際は縄を解いて逃げ出したボクを捕まえようとしたキミの仕業。
 足下のビンに滑って転んで気絶して、記憶でも失ったの?」
「う、うっせぇ!」
 奉に言われ、目をそらす瀬那の横手にホログラフの芙蓉が怒りの形相で現れる。
「なんてことしてくれたんですか! これで六回目ですよ!
 今度こそ、出てってもらいますからね!」
 同じような騒ぎを繰り返す瀬那に、芙蓉は、怒りをあらわに詰め寄った。
「いいじゃねぇかよ! すぐ治るんだろ、篁」
「まーな」
「そのために篁様がどれだけの打ち込みをすると思ってるんですか!
 世界最高のプログラマーと誉れ高い篁様でも、丸一日潰れるほどなんですよ!
 居候穀潰しの遊び人スイーパーの分際で身の程のを知りなさい!」
 一人でいきり立つ芙蓉を奉は、物珍しげに見ていたが、ふと気付いて楽しそうに口論を見ていた篁のトレーナーの袖を引っ張った。
「ねぇ、篁ってもしかして、あの『三山 篁』?
 スラムの天才ハッカーで現在世界最高のプログラマーで中央管理統制局に十一歳で登用された、あの『三山 篁』?」
「まぁ、そーだよ」
「じゃ、あれが凄腕徒手空拳使いのA級スイーパー、『御崎 瀬那』か……噂ほどじゃ無かったね」
「んだと、ガキ!」
「だって、そうだったじゃん。
 力技ばっかで突進して、最後は自爆だったもん」
「筋力維持に必死で脳に酸素も栄養も廻ってないのよ、坊や」
「坊やじゃなくて奉だよ」
「そこを動くなぁぁぁぁ!」
 キレてワゴンに突進する瀬那だが、奉は動きもせず、気合いと共に声を上げる。
「はっ!」
「うぉ! ぎょおん!」
 瞬間、瀬那の身体が横にずれ、まだ原型を留めていた大型モニターを突っ込まれた掃除機ごと巻き込んで自爆する。
「あー! 何てことするんです! 下半身人間!」
「へぇ、面白い技だな」
 芙蓉の罵倒も再び気絶した瀬那も気にせず、篁は奉をしげしげと見回した。
「面白そう?」
「ああ」
「じゃさ、ボクと勝負しない?」
「勝負?」
 突然の提案に篁は、眉をしかめる。
「条件は、そこの間抜けスイーパーと同じ。
 何しても、何使っても良いからボクを捕まえること。
 ただし、ボクが玄関から外に出た時点で、ボクの勝ち。どう?」
「で、俺が勝ったら、なんかメリットあるのか?」
「ボクを好きにしていいよ。
 警団に引き渡しても、ブローカーに売っても、好きなように扱っても、なんにも文句言わないよ」
「で? お前が勝ったら何を要求するんだ?」
「なんにも。ボクは面白いことしたいだけだから」
 微笑む奉の傷だらけの顔に篁は、軽く溜息をつき、
「いいだろ。
 大したメリットじゃないが、お前の能力にも興味あるし、相手してやる」

「よーし。じゃ、始めるか」
「ねぇ、これって、あんまりじゃない?」
 篁の命で芙蓉の用意した雷撃網の中、強力な電磁石の枷で手足を拘束された奉が呟いた。
「何してもいいって言ったの、お前だろ?」
 手に持った小さなパネルから伸びた黒いコードを眼鏡のフレームに接続しつつ、答える篁に奉は、顔をひきつらせる。
「お、大人げないなー」
「俺、十五。充分、子どもだ」
「あー、はいはい。
 んじゃ、いっくよー」
 そう言った瞬間、奉の手足を戒めていた枷が外れ、カコンと音を立てて床に転がった。
「芙蓉さん、内蔵電池の残量は?」
「じゅ、充分だったはずです!」
 篁の眼鏡の右レンズの裏に様々な情報が流れ込んでくる。
「今の残量は0か」
 そう言っている間に、今度は雷撃網の輝く網目が明滅し始めた。
「電力半減! なおも下降中です!
 けど、こんなこと有り得ません……た、篁様!」
 動揺するセキュリティの化身の声を耳に篁は、パネルに指を滑らせ情報を分析し始める。
(電力への干渉。セキュリティは破られてない。
 すり抜けた?
 そうだとしても、あいつは、介入機器をなんにも持ってない………)
 篁が左のフレームに手を触れるとレンズ裏が変化し、パネルの操作で奉の身体をスキャンし始める。
(やっぱり、どこにも機械化した様子はない。となれば……)
「で、電力0! 雷撃網、機能停止!」
 芙蓉の叫びを合図に奉が二人の脇を駆け抜けた。
「全出入り口、緊急閉鎖! 急げ!」
「はい!」
 警報が鳴り響き、ドア上に電子ロックがおりた証のランプが灯り、全てのドアにかなりの勢いでシャッターが降りる。
「甘い!」
 しかし、奉が一言、呟くと玄関に通じるドアのランプは消え、閉じきる寸前でシャッターが止まり、ゆっくりと上へ動き始めた。
「信じられない……く!」
 半ば呆然としていた芙蓉だが、彼女がキッと天井を見上げるとそこが割れ、中から火炎放射器が現れ、銃口が奉を捕らえて火を吹いた。
「うおっと!」
 身を翻し、寸前で避ける奉。
 だが、なおもシャッターは上がり続けている。
「また、トラップ増やしたのか?」
「篁様のためです! ファイヤー!」
 銃口が再び動き火を吹くが、奉は余裕でかわした。
「きっかないよ。おねーさん」
「もう一度! ファイヤー!………え、ええ!」
 驚くのも無理ない。銃口からの炎には先ほどの勢いはなく、とろ火がやる気無く垂れ流されていた。
「もう、どうなってるのよ! 電力の次は火力?」
(電力、火力………そうか!)
 芙蓉の声が篁にあることを気付かせた。
「芙蓉さん! トラップ、全部使って奉を足止め!」
「はい!」
 その声に部屋の至る場所から様々な武器が現れ奉に襲いかかった。
「ちょ、にょぉぉぉぉぉぉぉ!」
 妙な叫び声を上げて奉が武器に埋もれていくのを後目に篁は、玄関に向かった。

 玄関を閉じるはずだったシャッターは、完全に上がりきり、消えたランプからドアノブを捻ればそれに出られる状態だったことが分かる。
「ふむ。効果範囲、かなり広いな」
 玄関前に立った篁は、レンズ裏に流れ込む情報に呟く。
「なんの効果範囲?」
 声に振り向くと、リビングへのドアの前にボロ布を纏い首輪を付けた傷だらけの子どもが立っていた。
「篁様!」
 芙蓉の姿が少年の傍らに現れる。
「全機能、停止?」
「はい」
「部屋の様子は?」
「聞かないで下さい。けど玄関の空間兵器なら!」
「止めて、お願い」
「は、はぁ……」
 主人の困った表情と声に芙蓉は、振り上げた腕を元に戻した。
「面白いねー、キミたち」
 そのやり取りに奉は、楽しそうに笑った。
「けど、これで終わり。拍子抜けだね。結構、楽しめるかと思ったのに」
「余裕だな、奉」
「だって、そこのおねーさん御自慢のトラップは役に立たないし、キミはキミで直接なんにもしないんだもん。あーあ、所詮、この程度か。
 じゃ、これでチェック・メイト!」
 言って、駆け出す奉。
「それはこっちのセリフだっとな!」
がちゃん!
 何気ない動作で篁は、電子ロックに押されて、飾りと化していたドアノブの施錠をおろした。
「……あ、あったんだ……それ……」
「え? あの……どう……したの?………」
 ドアの寸前で止まって固まる奉の様子に芙蓉は、一人わけが分からずキョトンとする。
「ついでに、よっ!」
しゃぎぃん!
 篁がパネルをたたくと、芙蓉の仕掛けたトラップが発動し、天井から玄関すれすれにギロチンの刃が滑り落ちた。
「ああ! 止まって!」
がぎぃん!
 しかし、声空しく、刃はドアノブを切り落としてから止まった。
「俺の勝ちだな、奉」
「え、えーっとぉ………」
ぐぅぎゅるぅぅぅぅぅぅぅ!
 答える変わりに奉の腹が大きく鳴った。
「お腹、空いちゃった」
 頬を紅く染め、奉は恥ずかしそうに言った。

「力のコントロール! このガキがか?」
 目の前で追加した料理を食べる奉を見て、瀬那は篁の言葉を反復した。
「ああ。
 瀬那の突進力のねじ曲げ。
 枷と電撃網の電力消失。
 火炎放射の火力低下。
 ギロチンの刃の落下の停止は、重力制御。
 総じて、力のコントロールってことだ」
珈琲の入ったマグカップを向け、篁は奉を見つめる。
「じゃ、なんで鍵掛けただけで降参したんだ?」
「んー、多分、力が発してる状態じゃないと制御できないんじゃないか?
 鍵を掛けようとする力を制御することはできても、鍵の掛かった状態をどうにかすることはできないんじゃないかと思う」
「けど、こいつ、完全な生体なんだろ?
 ボロ布と首輪以外なんにも持ってねぇみたいだし、どうなってんだ?」
「それがな。ちょっと、信じ難いんだけど………」
「な、なんだよ……」
「思念波だ」
「思念波? 思念波って、超能力とかのあれか?」
「ああ、なんかのディスクにあったけど、脳の額からは微弱だけど、ある種の波動が放たれてるらしいんだ。
 さっき、スキャンしたとき、奉のそれは常人の数百倍。
 しかも、バリエーションは豊富。自分の意志で自由にできるらしい。
 な、そうなんだろ?」
 促されてコクコクうなずく奉。
「はぁ、なるほどな。
 けど、この部屋の荒れ様は、一体どーしたんだろーなぁ、芙蓉?」
 篁の傍らでかしこまっていた芙蓉がビクッと身体を震わせた。
 吊り天井にスパイクボール。
 床から生えた槍。
 様々な銃火器に散乱する薬夾。
 電磁柵に無反動砲。
 芙蓉が駆使したトラップで瀬那が荒らした以上の騒ぎになっている。
「う、うるさいですね。
 元はと言えば、あなたがこの子を逃がしたのが原因でしょ」
「それにしても、この惨状はねぇよなぁ。
 これじゃ、篁が直すのに丸二日はかかんじゃねぇか?」
「そ、それは………た、篁様?」
「ん? ああ、別に怒ってない。俺が受けた勝負だったんだ。
 芙蓉さんはよくサポートしてくれた。感謝してるよ」
「篁様ぁ! ありがとうございますぅ!」
 目を潤ませて感激する芙蓉の頭上にホログラフの小さな天使たちが現れ、抱えた籠から花をまき散らす。
「あーあ、完全一人の世界だな。芙蓉」
「ご馳走さんでしたー」
 呆れた様子の瀬那の前で奉が手を合わせて御馳走様をする。
「さてと、篁。それでキミは、ボクをどうするの?」
 その言葉に勝負のことを思い出し、篁は、しばし考え、
「んー、取り敢えず、ここに住め」
「ちょ、だ、ダメですよ、篁様!
 ただでさえ穀潰し抱えてるていうのに。
 それに、これ以上は、本社の方が許可するかどうか分かりません」
「誰が穀潰しだ!」
「あなたです」
 抗議を即座に切り返す芙蓉に、瀬那は、言葉を詰まらせた。
「……う、まぁ、それはおいといてだ。
 どういうつもりなんだ、篁。
 金にも女にも食い物にも執着しねぇくせに、こんなガキ………あ、ひょっとして、お前、こいつのこと……」
「なに言うつもりですか、下半身!」
「え、まだ、核心に触れてねぇぞ!」
「篁様に限ってそんなはず、ありません!」
「けどよ、あいつだって、十五の健康的な男のコだぜ。
 なのにその手のヤツ、この部屋で見たことあるか?」
「それは……ないですけど………」
「だろ! だからさ…………」
「けど、それは……………」
 部屋の片隅で、次第に小声になっていく瀬那と芙蓉をよそに奉は、篁に尋ねた。
「で? どうしてなの?」
「ん。先輩として、同郷の奴をほっとけないってゆーか、ま、そんなことだ」
「同郷?」
「お前、C・Cだろ?」
 言われ、奉の身体がビクッと震える。
「………なんで、それ………」
「その首輪のプレート。ナンバー150019」
 反射的にプレートを握り締め、息をのむ奉に、篁は少し寂しげな目をして言った。
「C・C―クリエイティブ・チルドレン。
 中央管理統制局ゴルドに反発する地下組織が数十年前から他都市からの援助で起こした計画。
 機械化や遺伝子操作、薬物投与に特殊エネルギーの照射などで人為的に特異能力を持った子どもたちを作り出そうとしたもの。
 たしか、三年前、テプロスの全エネルギー供給が絶たれた事件が起きた際にその実験施設が混乱に乗じて爆破されて、お終いになったって聞いてたけど………まてよ、『全エネルギー供給が絶たれた』って、こぉら、どこ行く」
 逃げようとする奉のボロ布つかんで引き留める篁。
「さ、散歩に………」
「行くわけないよなぁ」
 ずいっと迫る篁から奉は、必死で顔を逸らす。
 そして、限界まで逸らしきったところで、絶対零度級に冷たい篁の声が尋ねる。
「お前か」
「うん」
「『うん』じゃ、ないだろ!」
「じゃ、は……」
「『はい』でもない!
 まったく、末恐ろしいガキだな」
 溜息をつく篁に奉は、背を向ける。
「気が付いたら、あ、物心が付くって言うのかな?
 とにかく、白い建物にいたんだ。憶えてるのは、奉って名前とこのボロ布と首輪がボクのものってことだけ。毎日、イヤなこと一杯やられた。
 痛くて、苦しくて、悲しくて、それで……」
「ストップ」
 言って、篁は、蒼ざめた顔の奉を抱き寄せ、あぐらを組んだ膝に乗せる。
「思い出すな。つらいだけだ」
 奉は、蒼くなった顔でコクリとうなずいた。
「けど、篁。同郷って……」
「ナンバー000023。瀬那は、ナンバー000022。
 脱走したのは六歳の時、瀬那があの白い壁ぶち破って、俺がセキュリティにハックして、みんなで逃げ出した。
 けど、途中で見つかって、結局、逃げ切ったのは俺たちだけだった。
 後は、スラムに住み着いて、いつの間にか、天才ハッカーと何でも屋。
 現在、世界最高のプログラマーとA級スイーパーってわけだ」
「知ってる、その事件。
 その時のキミの友達はみんな………」
「分かってる。
 銃声とみんなの悲鳴、今でも耳に残ってる。
 ま、そんなわけだ。よろしくな、奉」
「うん。よろしく」
 優しく笑い篁の差し伸べた手を奉は、しっかと握り返した。
「ほら、見ろよ、あの体勢!
 やっぱり、そうじゃねぇか!」
「そんなぁ!
 篁様が……篁様が……篁様が……私の篁様がぁ!」
「よかったぁー、オレ狙われなくて!」
「大丈夫です、篁様。
 本社には絶対に漏れないようにしますし、いつか、必ず、私の愛の力で立ち直らせてあげますから!」
「まぁ、治んなくてんも、オレはこれからもずっと友達って思ってるぜ!
 あ、なんなら、今度そういう店、紹介してやろうか?」
「奉、瀬那の生命力と芙蓉の電力、消せるか?」
「……篁……目がマジ………」
 こめかみをひくつかせた篁に奉は、心底、怯えた。

『理〜kotowari〜』
TOPへ