騎士団長様の選挙のスゝメ
今ではない『別』の地球。大災を経て魔力の満ちた世界。
「とーいつだいとーりょーせんきょ?」
豪奢な作りの部屋の様々なものが散乱した中で、輝くような金の髪をした少女がキョトンとした顔で耳慣れない言葉を口にした。ここは、世界の95%を支配する大帝国『ワス・ウォーディナ帝国』の皇都アネス・ゴルド。
その中心に位置する皇帝の居城……の敷地内にある騎士団長邸の一室。
金髪の少女の名は、司=マーフェス。
少女の身でありながら、帝国騎士団の騎士団長の任に就く凄腕の能力者である。「……とーいつだい、とーりょー、せんきょ?
統一大学の棟梁を攻め落として支配しちゃうってゆーこと?」
「その占拠とちゃうわ!
それに変なとこで切って、付け足すんやない!
統一・大統領・選挙!
辞書的にいえば、『組織や集団において、その代表者や役員を投票などによって選出する』っちゅーわけや」
そう答えたのは、長い黒髪の女性―騎士団・魔道士隊統括官を勤める帝=マグディルだった。
彼女は、手にした文書を読みながら、目の前の司に詳しい説明をする。ワス・ウォーディナ帝国は、世界に魔力が満ちたことによって引き起こされた大災を圧倒的な『力』でねじ伏せ、世界を支配下に置いた一大帝国。
しかし、その支配体制は、あくまでも属国の下の自治組織を生かしたもので、苛烈な支配を強いていたわけではなかった。
しかし、大災の被害は尋常なものではなく、属国の政治経済諸々は、帝国からの支援でなんとか機能しているようなもので、特に政治にいたっては、帝国から派遣された有能な文官が長の代行として執政する状態が長年続き、最近になって、ようやく自治体組織が形になり、かつての国々の特色を持った政治を行うようになってきたのであった。
そうなると、長の代行を務める帝国からの文官など、いくら有能といえども所詮は部外者。
自分たちの属国となろうとも自分たちに国は、自分たちで治めたいと思うようになり、統一大統領選挙を行いたいとの申出があがったのだ。「えーっと、つまり、『よそ者がいつまでものさばってんじゃねえよ、おらおら』ってとこ?」
「……そ、そこまでのことはゆーてへんと思うんやけど……まあ、言いたいことは、似たような……」
「まあ、いいんじゃないの?
自分たちのことは自分たちでしたいってのは当然の意見だと思うし、いくら属国だからって、いつまでも帝国の統制を受けなきゃなんないってわけでもないしね」
悩みこむ帝をよそに、司は、いとも簡単にOKを出す。
「えっ? ええの?
そないにあっさりなん、いくらなんでも早急やない?
この上申書、皇帝に出す必要もあるし、それから文官らで話し合いとか、いろいろ手順踏まなあかんのとちゃう?」
「皇帝なんて、ここしばらく会ったこともないし、提出したところで見るはずもないんだから、出すだけ無駄でしょ?
ああ、でも、文官のおじーちゃんたちには話し通しとくの筋よね。
それだけはやっときましょっか?」
「ま、まあ皇帝のことは、事実やし、それでええけど、文官らは渋ると思うで?」
「なんでよ?
自立したいってんだから、それはいいじゃない?
だいたい、帝国に支配だって、復旧に難有りのところへの救済処置ってのが第一目的だったんでしょ?
それがめでたく自力でやってこうとしてんだから、とめる筋合いはないわよ」
政治上の兼ね合いをまったく考えない騎士団長様の意見に、帝は、大きくため息をついた。
「あんな、司、物事っちゅーのは、そないにシンプルにできてへんのや。
属国が自立っていうことは、それだけの自信と何かしらの力を得てるっちゅーことやで?
それが支配から逃れて、財と力蓄えて、帝国に反旗を翻すかもしれへんのや」
「反旗って、なんで?
帝国から独立したんだから、あたしたちに逆らうのって変じゃない?」
「まあ、今まで支配下に置かれていたっちゅー軋轢がいろいろあんねん。
それに、うまいこと帝国倒せれば、次の支配国は、そこっちゅーことになるしな」
「ええ〜、それっておかしいわよ。
あたしたちってば、それほどひどい支配体制だったってわけ?」
「そーゆーわけやないんやけど……いわゆる逆恨みっちゅーわけやね。
プライドを傷つけられた〜っちゅーそんなん?」
「……んぅ〜、な〜んか納得いかないけど……まあいいわ。
それならそれで楽しそうだし」
と言って、司は、うきうきと頬をゆるめ、拳をぽきぽきと鳴らした。
「つ、司っ。
い、いったい何が楽しいゆーん?」
「何って戦闘だけど?
逆恨みなら、遠慮はいらないでしょ?
思う存分、身体を動かせるわ。
んじゃ、さっそく乗り込むとす……」
「すなーっ!」
意気揚々と出かけようとした司を、帝は、どこぞから取り出した巨大なハリセンで、その顔面をスパーンッと打ち抜いた。
「いったーい!
ちょ、帝、何よ、いきなり!」
「いきなりなんはあんたや!
なに? あんたこそ、今何しようとしたっちゅーねん!」
「わかんないであたしの顔面にハリセンかましたの?
あたしは、ただ逆恨みを止めるために、その元凶を根源から根こそぎ倒そうとしただけじゃない!」
「わかったからこーしたんや!
ああ〜、もう、その短絡思考、いいかげんにせいや!
まだ何もされてへんのに、叩き潰そうやなんて、ただの一方的な殲滅やないの!」
「勝負は常に先手必勝!
後手に回って不利になるなんて、あたしのプライドが許さないの!
だいたい、逆恨みの危険があるっていったのは、帝じゃない。
だから、あたしは、気を利かせて……」
「先に叩き潰そうとすんのは、迷惑以外のなにものでもないわ!
うちが言いたいのは、そないな事態を防ぐために、統一大統領選挙は、止めにさせたほうがええっちゅー話で……」
「なによ、そんなことぉ?
でも、それは、絶対ダメよ。
自立自活こそ世に生きるものの根本。
その可能性を潰すなんて、あたし、許さないからね」
「……今、国そのものを潰そうとした女の口から出る言葉とは思われへんわ。
なん? それなん、やっぱり殲滅するっちゅーん?」
「いいえ、しないわよ。
逆恨みってのもあくまで可能性なんでしょ?
だったら、そーなったら対処すればいいわけだし、考えてみたら、苦戦を逆転させるってのも楽しそうだしね」
物騒な楽しみを思いついた金髪の少女は、上機嫌で微笑んだ。
「まあ、納得したんやったら、もうええわ。
ほな、この上申書、文官院へ回しとくで」
「お〜け〜。
でも、選挙なんて、大災後、初なんじゃない?」
「せやね〜……だいたい帝国の文官が長の代行してるんがほとんどやし、そやないとこは、世襲らしいしな」
「世襲ってのもどーかと思うわよ、あたし。
いくら優れた為政者でも、その才覚が子どもに遺伝するとは限んないしね。
それに権力者の子どもって、小さい頃から権力ある状態で育つから、ろくな大人にならないしさぁ」
「そーゆー可能性が高いっちゅーのも事実けど、全部が全部そーとは限らんのとちゃう?」
「でもさ、たとえ、一部であっても、そのバカのために悪政に苦しむ人たちがいるわけじゃない?
あたし、やだな〜、そーゆーの。
権力なんて関係なく、てゆーか、権力持ってるやつこそ、人を大切にするべきなのよ」
うんうんとうなずきながら、司は、熱く語った。
「司……あんた、ホントに……どの口でのたまうん?」
ぐにぃ〜っと司の両の頬を引っ張り、帝は、呆れた声で言った。
「ひっ、ひはいわえ! わうぃふんおおっ!(痛いわね! 何すんのよっ!)」
「さっき単身乗り込んで、力任せに国ごと叩き潰そうとして、権力語ってんやないちゅーとんのや!」
ぱっと手を離し、帝は、ハリセンで頬を押さえる司の頭をぺしっと叩いた。
「ちょっと、帝!
あたしをそれと一緒にしないでよ!
あたしは、この身一つで戦いに挑もうとしただけで、権力をかさにきて威張り散らそうなんて、これっぽちも考えてないじゃない!」
「結局、力使こうて何かすんねんから同じことや!」
「違うわよ! しっつれいね!」
「どこが違うとんねん!」
「あっちは権力!
あたしは腕力だもん!」
きっぱりと言い放った司の一言が、帝を黙らせ、彼女を重いため息とともに、床に沈ませた。
「も、もうええわ。この件は、これまでにさせてくれへん?
うち、疲れてもうたわ」
「大丈夫、帝。顔色悪いけど……」
脱力して床に座り込む帝を、司は、心配そうに見つめた。
行動と発想は突拍子もないが基本的には良い子である司の気遣いに、帝は、微笑み、大丈夫だと軽く手を上げた。
「まあ、世襲権力云々はおいといて、民主主義を掲げる統一大統領選挙や。
あんたが今言ったみたいな心配は、ないんとちゃう?」
「うん。そうよね。
国民の民意によって決められる公平なものなんでしょ? 選挙って。
大災後、初の試みだし、あたしもちょっと期待してんのよ。
そーっだ! ちょっとくらい協力してあげない手はないわよね〜」
何かを思いついたらしく、楽しそうに微笑む司を見て、帝の背筋に冷たいものが走った。「なあ、司。
例の統一大統領選挙やろうとした属国、選挙の当日、局地的な集中豪雨に見舞われたそうなんやけど、あんた、なんか知らへん?
ちゅーか、あんた、いったい、なにしたん?」数ヵ月後。
そんなニュースを耳にした帝は、速攻で司のもとへと走り、問いただした。「ちょ、ちょっと、い、帝、落ち着いてよ。
あ、あたしは、ほら、選挙ってのは、公平に行われるべきだから、ちょぉ〜〜っとしたお手伝いをって思って……」
「ほぉ〜お。で、何をしたん?」
「帝さ、ヴァルナって……知ってる?」
「ああ、インド神話における司法神やったよぉな……ま、まさか、あんた……」
「えっとね、ご協力いただいちゃったりしてね、あの子に。
そしたら、民主義の選挙とは名ばかりの収賄とか詐欺とか選挙違反とか組織票とか横行してたらしいの、あそこの選挙。
でね、お願いしたはいいんだけど、やり方は、任せちゃってて〜。
あの子ったら、水神って側面もあるから、こんなふうに天罰覿面って感じ?……てへっ」
「あ、あほかぁ〜いっ!
ああ〜、もうなにしくさっとんのや、あんた!
あの国、水害でえらい騒ぎになっとんのやで!」
「わ、わかってるわよ!
だから、いち早く騎士団動かして、災害対策に当たらせたんじゃない!
だいたい、こっちは、親切でしたのに、こんな結果になって心外も心外よ!」
「頼まれてもせえへんことで、なに切れとんねん!」
「だって、あたし悪くないし」
「たしかに、あくどい選挙しようとしたんはあの国や。それは認める。
せやけどな、それもあの国が自分で選んだ道や。
うちらがお手伝いするっちゅーんは、あんたが言っとった自立自活に反するんとちゃうん?
なあ、司ぁ〜。もっと後先考えて、いい加減、親切の押し売りは自重せえなぁ」
疲れ果てた弱々しい声で、帝は、崩れ落ちた。こうして、大災後初の民主主義による統一大統領選挙は、天災により失敗に終わった。
その原因がひとりの天然な少女だということは、誰もが知らない振りをした。
司=マーフェス。
彼女の言動こそ、もっとも恐れる天災なのである。―了―