「農業土木」第448号(昭和62(1987)年4月)より (提言U) 中山間地帯の圃場整備事業を見る 〜末端用水路の設計技術に工夫を〜 菊岡武男 1. はじめに わが国農業・農村に吹きつける批判は、恰も燎原の火のごとく広がりつつある。そ の火の手を迎撃する一つの手段として、昨年11月農政審議会答申「21世紀に向けての 農政の基本方針」が打出され、そのなかで「需要の動向に即した生産性の高い水田農 業の確立対策」が提唱されていることは周知の通りである。またその対策のなかでは 農業基盤整備が大きく位置づけられていて、耕地の汎用化、大規模圃場、農地の流動 化のための関連事業の総合的推進や中山間地帯の整備等の必要性が指摘されている。 三重県においては、こうした基本方針に沿い、県の第2次長期総合計画(クローバ ープラン)に従って昭和62年度には次のカテゴリーに分け、それらの中で諸施策の積 極的実施が図られている。 @ 生産性の向上及び農業生産の再編に資する事業の推進 A 農村総合整備の推進 B 農地防災事業等の推進 C 活力ある村づくりと中核的担い手の育成をはかる事業の推進 D 農山村地域の活性化と定住条件の整備の推進 E 土地改良施設の管理の充実 これら諸施策中には、上述の答申に掲げられている中山問地帯の整備の必要性に合 致する事業計画も盛られていると推量しているが、筆者は昨年5〜9月にたまたま中 山問地帯の圃場整備完了地区(3カ所)について、末端用水路(鉄筋コンクリートベ ンチフリューム)の実態調査の機会に恵まれたので、これらの用水路の設計技術に関 する若干の所見を記述し、会員諸賢のご批判を仰くことにした。 2.実態調査 1)調査事例 調査は筆者ほか1名(三重土改連職員)にて実施した。調査した用水路の底勾配は 1/300〜1/400であった。これらの用水路は平面的急屈曲部が多く、流れの乱れや急 屈曲部における水頭損失が大きく現われ、設計流量を与えるとフリュームを越水する 箇所が点々と見られ、フリューム天端に沿い土嚢を並べ、畦畔越流を防止している例 (例えば写真−1)、急屈曲部において会所桝上流水位が著しく堰上げられたために 土嚢を並べている例(例えば写真−2)、T字形の会所桝(分水用)の壁高不足によ る田面への越水防止のため、田面側壁高を嵩上げした改修例(例えば写真−3)、あ るいほ急屈曲部の通水断面を拡大した改修例(例えば写真−4)等を見出した。 写真−1 土嚢による畦畔洗掘防止例 写真−2 急屈曲部における畦畔の保護例 写真−3 会所桝壁の嵩上げ例 写真−4 急屈曲部の通水断面拡張例 2)越水原因 水路の調査区間は、末端用水路全長ではなく、一部に限られたので、越水原因を究 めるに不十分な調査であった。それにもかかわらず次の通りいくつかの原因を見出す ことができた。 @ 水は受益者の姦壷苗な使い方に委ねられていたらしい。 A 実施設計書には見当らない地区外の排水を受けた。 B フリュームのフリーボードの見積が過小であった。 E 急屈曲部における通水断面が過小であった。 D フリューム底面の縦断的不陸がかなり見られた。 E 実施設計書より1ランク小さいフリュームの使用が見られた。 越水ほこれらの原因がいくつか複合して発生した。 3.全般的考察 上述したフリュームの越水原因の根底には、設計技術の画一化に走りがちなことが ないだろうか。詳細を極めた設計基準、標準設計、設計指針あるいはコンクリートエ 場製品等既製品水路の各種カタログ等は設計技術の向上に目覚ましい貢献をしており、 設計技術者はその恩恵を多分に享受している。 しかしこのことは皮肉にも設計技術に創意工夫を凝らす意欲を抑えてしまってはい ないだろうか。設計基準(水路工)第1章総説中の1・1「基準の趣旨」及び1・2 「基準の適用範囲」のそれぞれ〔解説〕を熟読玩味すれは理解できるように、設計基 準に盛られている内容を熟知したうえで、個々の事業に適合する設計技術を創設する 努力の積み重ねが大切であると考えられる。 かつて、昭和20年代中期、設計基準の制定業務開始当時、筆者は農地局設計課(当 時)に奉職しておりその業務の一端に携わった。制定業務の開始に当たり、多くの学 識経験者に参集していただきその趣旨を説明申し上げたとき、京大大技益賢先生(故 人)や東大山崎不二夫先生から「こうした設計基準を制定することは、設計技術の向 上にマイナスではないか。技術者の創意工夫の意欲を低下させるのでほないか。」と の強い批判的意見が開陳された。このことは今日もなお筆者の脳裡に深く焼き付いて 離れない。 4.あとがき 設計基準等をマスターした上で、さらに設計技術に創意工夫を凝らせば、上述した フリュームの越水事故ほ緩和されていたかも知れない。 最後に設計技術と称している「技術」という定義乃至性格をどのように理解したら よいか。八幡敏雄先生の説を引用して本稿を締括りたい。 先生は改訂4版農業土木ハパブックの冒預の「農業土木概論」において次のように 述べておられる。 − 技術はまず『つくる』ことに関した一つの状態であることを銘記すべきである。 科学の仕事とは異なっている。あくまで物、例えば『水を流す施設として水路』の形 成、『物の生成』である。それは見つけ出すのでほなく生産するものであり『つくる 人において始まる形成』である。したがって技術は『もっと違った仕方でもあり得る もの』であり、科学は『もっと違った仕方ではありうることのないもの』である。つ まり技術の真髄は人において始まる自由な創造である。それは科学的知識を利用はす るが科学そのものとは別のものである(要旨)。 − (三重県土地改良事業団体連合会理事) △