「農業土木」第466号(40周年特集号)(昭和63(1988)年10月)より
(私の意見)
T これからの農業土木に期待する
菊岡武男
1.縄文晩期の水田跡に農業土木の原点を見た
函館から北東約30Km南茅部町西部臼尻遺跡の発掘調査から、約4千年前の縄文中期
に既に雑穀農耕社会が成立かとの論議が始まったという。これは稲作の開始をもって
わが国の農耕文化の始めとする説に挑むことになろう。仮に縄文中期にすでに雑穀文
化が定着していたとして、当時、その農耕にどのような土木約手段が執られていたの
であろうか。
その手段については暫く置くとしても、昭和53年に福岡県板付遺跡では畦をめぐら
し、畦には木杭を打ち込んだ縄文晩期の水田跡が発見されたという。静岡県登呂遺跡
で木杭をびっしり打ち込んだ弥生時代の水田跡を見学した筆者は、この土木的手段こ
そ、揺藍期の農業土木事業かと感銘を受けたが、これよりも遡る縄文晩期にすでに農
業土木事業の嚆矢を見る思いがするのである。
2.農業の発達と農業土木事業
農耕あるいは農業が始まったとする時代は漠然として定説はないのであろうが、農
業が漸次興ってきたその時代々々に発揮された土木的手段の存在を無視しては、農業
は語れないのではなかろうか。
まだ農業を知らない縄文人すなわち絶えざる飢餓の恐怖のもと、日々必死に食物集
めに明け暮れていた彼等がそのような生活から脱却し得たのは農業を創り出したから
であろう。そして農業をより重厚なものにするために、例えば、いま考えれは単純極
りない水路柵工のような農業土木技術をはじめ、逐次高度化した農業土木技術を生み
出したのであろう。
揺藍期の農業土木技術は、まさに当時の土木技術の枠であったと言い得るのではな
かろうか。このような農業土木技術を編み出した先人達の英知は賞賛に値すると思う。
「農業の発達と農業土木技術」という一見陳腐な組み合わせに筆者が拘るゆえんのも
のは、農業の発達こそわれわれが今日在るものの根元と考えるからである。農業はわ
れわれの先祖の実に偉大な発明であったと言ってよいだろう。こ主に言う農業とは当
然のことながら日本の風土を育てた農業であることは言うまでもない。それと同時に
縄文晩期から農業の発達に貢献した数々の農業土木技術の今日までの絢爛たる展開は、
農業土木に直接文は間接にかかわるすべての者の誇りでもある。
3.農業バッシングの時代を迎えて
日本の農業はお荷物なのか。農業無用論の声は巷間に溢れて未曽有の農業たたきの
時代を迎えた。そして、なぜかその声だけが意図的に増幅されて伝えられている感が
ある。
農業たたきの下地はかなり以前からで、昭和50年頃から本格化し、両年代後半から
熾烈になり、国際的な日本農業不用論の登場展開を見るのである。それに急速な円高
による農産物の内外価格差による割高感が拍車をかけた。さらに農業たたきは農業者
不要論から農協不要論にまで波及し、遂には都市と農村、農業者とサラリーマンや都
市住民との分断作戦から都市農業たたきの構図を呈してきている。
しかしその反面では、奇妙にも緑の景観を守れの声も板強い。「風景論」が論議さ
れ、「日本人にとって最も大切なのは田園だ」という考え方に立脚した勉強会がある
と聞いている。筆者も、遠い昔から日本人が稲作農耕民族であった伝統のもと、緑の
景観を各人の心に日本の風景として描き続けてきたものと把握して、その拠点として
の農業は守られなけれはならないと考えている。
日本の文化を今日まで支えてきた大宗は日本の農業であり、特に、水田稲作農業は
日本文化の基層であると考えている。稲作農耕民族であるわれわれが稲作農業と訣別
すれは、民族の自立基盤を失い、それは日本文化の崩壊に繋がるであろう。
われわれの生活の自然との融合の断絶は、われわれの心そのものも喪失することに
なろう。
4.これからの農業土木に期待する
1)農業攻撃の克服に向けて〜
上述した風景論あるいは緑の景観保全には、自然や緑を守る人を先ず守ることがそ
の前提になっていなけれはならない。極めて単純ではあるが最も重要なこのことを農
業たたきに狂奔する人達はもちろん、緑を守れという人達もロにはしないようである。
守るべき景観や自然の緑は、決して原始の自然ではなく、ほとんどが人間の手が加
えられたものであることを銘記すべきである。そして古くから、地上の空間形質を整
備して今日の姿に変えたのは、農業土木技術の妙を発揮した偉大な人びとの努力の結
晶であることも忘れてはならない。
この厳粛な事実に立脚し、長期的展望に立った農業構造の改善により、巷間に流布
されている農業たたきを粉砕していかなけれはならない。限られた誌面では、筆者の
考える方策を述べる余裕はないが、例えば当然のことながら、土地改良の内容転換も
その一つであろう。すなわち労働生産性向上至上主義の圃場整備の見直しであり、田
畑輪換の観念を脱却した吉田武彦氏の主張される日本型輪作農業への指向である。精
緻な農業土木技術に裏付けされた土と水の条件変更が必要であることは言うまでもな
い。
2)農業土木技術の推進に向けて〜
農業土木事業は計画・設計・施工それぞれの段階で法令・基準・指針等(以下、法
規という)のきまりや枠組みにある面では支え守られ、他方では厄介な制限を受けて
いる。後者については、事業の推進上すでに法規が実態に合致しなくなっていても、
当該法規に縛られ事業が進まないことがある。
このような場合、法規上定められた線引きの規定があるから計画はできないとか、
あるいは法規に謳われていないから、そのような設計はできないとか言って、自から
決めた法規に自縄自縛されて苦しむことがある。
線引きに固執し事業の推進を妨げる輩を線匪、法規の条文に当て侯まらないからと
難色を示す輩を法匪と言うとは、かつての農水省某高官の非公式の場での雑談中に発
した皮肉を込めた新造語だと筆者は伝え聞いたことがある。真偽のほどは定かでない
が、蓋し言い得て妙と感服した。要するに、今後の事業の進展を期待するがゆえに、
事業が円滑に進むように法規が実態に合わなくなれは、速やかに是正措置を講じるか、
運用に幅を持たせて、所期の目的が達成できるよう心構えを改めるべきとの趣意であ
ろう。
法規に忠実なあまり、事業の計画や設計に折角の創意工夫が潰されることは厳に戒
めるべきである。線匪、法匪の謗りを受けない自由度の大きい闊達な事業の進展を期
待したい。
5.結びにかえて
農業土木事業は、古い時代から国づくりの大宗として今日の守るべき緑の景観を造
成してきた。今後もその延長線上にあること必定であるが、それには旧慣に囚われな
いもっと自由関連な発想に基づく農業土木事業であることを期待したい。
(三重大学名誉教授)
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