NDR 1995 Vol.10 より
[論点]
設計基準の来歴と設計基準依存技術からの脱却
菊岡武男
1.はじめに
土地改良事業計画設計基準(以下設計基準という)を農林省農地局(当時)で刊行
する企画は昭和24年から着手され、昭和27年頭首工編の発刊につづき、順次整備され
昭和31年に全編が揃った。
その後、当初の設計基準の性格は時代の情勢に適応しつつ、土地改良事業を推進す
る技術行政のうえで、そのウエイトを高めながら、その他の設計指針・標準設計等の
整備と相侯て、設計者あるいは審査担当者の実務必携的役割を果たしてきた。
しかし、その過程で過保護なまでに行き届いたこれらの技術啓蒙書の氾濫は、その
すべてがいわゆる「遵守すべき基準」に昇華したかの如き錯覚を技術者に与え、技術
に対する情熱を失わせ、設計基準依存技術が蔓延してきた。
このような現象に対し、灌漑排水審議会技術部会(以下灌排審議会部会という)は
平成5年度に、設計基準の体制を検討し改革するよう農林水産省に報告提言を行った。
一方、この提言と平行し、農林水産省施工企画調整室においては、設計基準再編整
備のための見直しを行い、設計基準至上主義批判に応え、その成果の第1歩として
「設計基準頭首エ」が新様式(「基準書」と「技術書」に区分再編整備)で公刊され
ることになった。
しかし、その最終改訂案でも、筆者の見解では、設計技術者に対し自由度の大きい
情報公開型ではなく、設計技術者の創意工夫意欲を助長させるにはなお不十分である。
これらの諸点につき、順次解説していきたい。
2.設計基準制定の経緯
終戦以後、農林省は占領軍最高司令部(GHQ)天然資源局(NRS)農業部の指示・示
唆を受けつつ農林行政が進められていた。そのなかで、開拓・土地改良の技術行政に
は農業部の土壌・肥料課勤務(後に経済課勤務)の E.G.Johnson が深くかかわって
いた。彼が中央・地方で指導した総括的内容は、昭和24年11月農地事務局建設部長会
議(東京)における講演にまとめられている。
その要旨は、「農業土木」(NDR、第9号).に掲載されているが、そのなかで彼は、
開拓・土地改良事業に対し責任ある技術行政を展開するためにハンドブック(設計基
準)の作成と技術者の研修(再訓練)の実施と重要性を強調した。
また、これより少し以前の昭和24年1月にはアメリカ開拓局第3地方事務局次長(技
師)L.R.Douglass がNRS顧問として来日し、開拓・土地改良事業の現場を広く視察し、
各地で講演・勧告を行い、それらを集約する形で昭和24年2月東京におぃて「日本の開
拓事業視察の結論と勧告に就いて」と題して関係者に講演を行った。このなかで彼は、
中央官庁は設計・施工に対する責任体制を確立すること、そのために技術的な規則・
規準を制定し、かつ技術的諸問題解決のための試験研究の機構を確立すべきであると
勧告した。
このような示唆・勧告と軌を一にして、農地局建設部設計課は、設計基準の作成・
水理実験・材料実験施設の新設、中央・地方職員研修(再訓練)組織の確立を主要業
務とするとともに、構造物・施設別に係を配置した。
設計基準は、設計基準係を核として、設計基準作成の準備が進められ、昭和25年1月
設計基準作成準備委員会及び第1回委員会の議を経て、具体的に作成業務が開始され
た。
3.当初の設計基準の性格およびその評価
農地局制定の設計基準作成資料を引用すると、農地局発足の1つの理由は、土地改
良事業の計画・設計・施工に関する農業土木技術の向上を図り、かつ技術行政上の責
任を確立することであった。一方、農業土木技術は大戦の影響を蒙り徐々に低下の一
途を辿り、その立て直しは喫緊の急務であった。
こうした情勢に対処するため、設計基準を早急に作成し、これを現場技術者に至る
まで普及徹底させることとし、その構成は第1部一般(材料・水文・作物等10編)、
第2部計画(灌漑・排水・開墾等11編)、第3部設計(土堰堤、頭首工、水路工等
13編)とし、昭和27年10月頭首工編の刊行をはじめとして、昭和31年12月に至り全
編の刊行を見るに至った。
その内容は、大学新卒者程度の技術者を対象とし、計画・設計・施工に直ちに役立
つよう頗序・方法を具体的に記述した実務書とすることであり、農地局編図書として
発行され、実務的ハンドブックの性格が強く、内容も技術者に判断の余裕を与えるか
なり自由度のある記述であった。
しかし、その発行により、従来、技術者が個々に過去のスタイルを踏襲するか、あ
るいは偏った様式を伝統的に受け継いで行われてきた計画・設計の考え方を、当時と
してはかなり高い水準のまとまった体系に整理し、実務に関する情報を広く提供した
効果は一応評価されたようである。
4.設計基準の性格の推移と設計基準の構造的な問題点
1)前述の通り、当初の設計基準は農地局の刊行図書で、その行政上の性格は曖昧で
あった。しかし、現時点で考えると、むしろそれでよかったと思う。
2)その後、昭和40年代に作成または改訂された設計基準は「農地局長通達」の形式
をとり、その位置づけを明確にした。その頃から、設計基準の体裁は、基本的に重要
で遵守すべき事項をいわゆる「枠組み文言」とし、それに続いて、その内容を演繹解
説するというスタイルとなった。すなわち枠で囲った文言が基準との位置づけがなさ
れた。
3)昭和50年代以降の設計基準は、「枠組み文言」について、灌排審議会の議を経て、
農林水産大臣から依命通達される形式で事務次官通達として権威づけ、部内に対して
は計画・設計・施工のバイブルとして、また部外に対しては事業実施に関し他省庁と
の協議に際しての理論武装の役割を果たすようになった。なお、枠外のいわゆる解説
・参考説明は設計基準本文とは別に構造改善局長通達となっている。
4)このような形式の設計基準(実態は「基準」と「解説」とが一体となった図書形
式)に加え、設計基準として制定するまでに内容が熟していない分野については「指
針」と名付け、設計(計画)指針は建設(計画)部長通達として制定されている。例
外的に「渓流取水工」は構造改善局長通達となっている。なお、このはかにも「標準
設計」が制定されている。さらには学会・研究機関等から多くの示方書・参考図書類
が刊行されている。
5)設計基準をはじめ、多くの技術啓蒙書の普及は、計画・設計・施工の技術水準の
向上・各種工種間または事業地区間の整備水準の均平化、計画設計の作業期間の短縮
化をもたらし、技術者は多大の恩恵を受けたのである。
6)しかし、これらの文献の基幹となっているのは図書形式の設計基準であり、しか
もその「解説」の内容も選択肢の少ない指示的な表現が多い。このため、利用者は、
その図書全体が「基準」として認識され、「解説・参考説明」を十分咀嚼吟味し自か
ら編み出すべきはずの技術に創意工夫を加えることなく、設計基準至上主義に陥り、
また審査担当者もこれと同じ考え方で臨む傾向があり、設計基準に依拠すれば設計作
業・審査手続きの流れが円滑になるという技術の硬直化が生じ設計基準依存主義の風
潮が蔓延してきた。
7)こうした背景を踏まえ、平成5年度における灌排審議会部会報告のなかで、設計
基準のあり方に関し「時代の要請に応えた農業農村整備事業を的確に実施するため、
技術情報管理体制を構築するとともに、設計基準は『技術的に遵守すべき事項』に特
化すべきである(要旨)」との提言が行われた。
5.設計基準の再編整備
前章7)に述べた提言内容と同様な考え方を構造改善局設計課施工企画調整室を中
心として実施に移すべく同時平行的に設計基準の再編整備の具体化に着手した。
すなわち、現行設計基準を「基準書」と「技術書」に区分再編し、前者には地域特
性、現場条件にかかわらず設計において遵守すべき事項を規定し、その文言構成とし
ては、1)設計基準本文には基本的・規範的な事項(事務次官通達)と 2)設計基準
の運用に関する具体的な規定事項(構造改善局長通達)を述べることにした。
また、このような事項を単に形式化して表現しても、利用者にはその根拠・背景が
理解し難いので、さらに 3)基準の解説(通達外)を述べることとした。
さらに、1)〜3)を利用者が実務に適用するに際し参考となるべき一般的技術解
説、標準的設計事例等について 4)関連技術書(通達外)として整備することにし
た。
この新体系に沿って、現行の設計基準「頭首工」が改訂され、従来通り農業土木学
会を通じて刊行されることになった。
6.設計基準依存技術からの脱却を ーあとがきに代えて一
前2章で設計基準の性格の推移とその再編整備の背景を概観した。
しかし、再編整備第1号の設計基準「頭首工(最終案)」の基準本文、基準の運用、
基準の解説及び関連技術解説書は、依然としてセットとして図書形式になっているか
ら、このスタイルで果たして設計基準にかかわる従来の問題点は払拭されるであろう
か。
「頭首工(最終案)」の関連技術解説書を見ると、現実には実に多様な形状の堰が
あるにもかかわらず、一定の標準断面図が示され、その図に基づいた設計諸元の説明
に終始している。下流エプロン長は依然として古典的なプライの式によるものとして
いる。多種多様な滅勢工・護床工の事例紹介はなく、護床工の設計方法・計算例が断
定的に示されている。土砂吐の排砂管理の事例紹介のないまま、土砂吐の設計方法・
計算例が断定的に示されている。ドレーン施設の考え方は削除されている。このよう
な内容で、世界に冠たる頭首工の技術書と称し得るであろうか。
情報化時代といわれているが、関連技術解説書の内容はそれに逆行していて、敢え
て極言すれば「依らしむべし、知らしむべからず」式な記述である。頭首工の設計に
はじめて携わる設計者には設計に選択肢を見出すことはできず、創意工夫の意欲は沸
いてこないであろう。
技術の硬直化 設計基準依存技術を打破し、技術者の創意工夫を助長するには、関
連技術解説書の編集に新機軸を見出す必要があるのではなかろうか。敢えて駄文を草
し会員諸賢の御批判を乞う次第である。
(三重大学名誉教授)
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