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写真・図は印刷物をスキャンしたものです
三重大学三翠志登茂会々誌「志と茂」第7号(H13.11.01)より

ビルマ出張回顧
−水理模型実験の指導助言−

【三重】菊 岡 武 男 (S・8土九回卒)

一、はじめに                                                                               

 本稿では、国名・地名を旧名のまま表記していることをまず断っておきたい。                   
 十八年前、ビルマへ出張するチャンスに恵まれた。ビルマは愚弟が凄惨なインパール作戦で無念   
な戦死を遂げたところで、一度は訪ねたいと思っていた国であった。                             

 そのビルマで(株)三祐コンサルタンツは1978年(昭和53年)からイラワジ川流域農業総合開発   
計画策定に携わり、引き続きその計画に含まれる南ナウイン灌漑事業(以下SNIPという)の実施設   
計業務(海外経済協力基金による)を受註した。                                               

 右の実施設計業務に含まれている主ダムのダックビル型洪水吐(図−1参照)にビルマ政府は大変  
興味を抱き、水理模型実験を別途ビルマ政府の負担で実施したいので、指導助言者を派遣してほし   
いとの希望が実施設計を行っている三祐コンサルタンツチーム(リーダーは稲葉忠雄氏(土大十回)) 
に伝えられた。                                                                             



 当時、同社の技術顧問であった私は、三祐の実施設計チームの傘下に組み入れられ、水理模型実   
験担当者の立場で1983年(昭和58年)五月中旬からニケ月間、さらに同年十月下旬から一ケ月間チ   
ームの一員として参加する好運に恵まれたのである。                                           

 この実施設計チームはプローム市(図−2参照)内のゲストハウスに事務所及び宿舎を構えていた。
私は主ダムサイトの踏査及びターミナルレポート作成の打ち合わせ等のため、三回ゲストハウスを   
訪れたのみで、大方はチームとは離れたラングーンでの生活であった。                           

    

 本稿では、まずSNIPの概要を述べ、つぎに水理模型実験の経緯を思い出すまま紹介することにし   
た。                                                                                       


二、SNIPの概要(図−3参照)                                                                

(一)主ダム  流域面積 640Km2                                                           
        有効貯水量 320百万m3                                                      
        満水面積 44.5Km2                               
        ダム型式 ゾーン型フィルダム                                               
        堤長 5,090m                                                               
        堤高 43m                                                                  
        堤体積 6百万m3                                                            
        洪水吐 型式 ダックビル型(無ゲート)                                     
        設計洪水量 330m3/s                                                        
        堰長 76m                                                                  
        取水施設 型式 ベルマウス取水型                                           
        最大取水量 27.2m3/s                                                       

(二)取水ダム 流域面積 241Km2                                                           
        有効溜水量 13百万m3                                                       
        満水面積 8.5Km2                                                           
        ダム型式 ブランケット型フィルダム                                         
        堤長 945m2                                                                
        堤高 20.9m                                                                
        堤体積 1.2百万m3                                                          
        洪水吐 型式 シュート型(無ゲート)                                       
        設計洪水量 830m3/s                                                        
        堰長 60m                                                                  
(三)主水路  最大流量 32.7m3/s                                                         
        延長 51.5Km 煉瓦張り(支線水路省略)                                     

(四)灌漑面積 24ha                                                                       


 三、第一回出張                                                                           

 出発前にチームリーダー稲葉氏から送付された資料を検討し、模型縮尺は1/50にて作製可能と判   
断し、模型略図を稲葉氏に送り、ビルマ農林省灌漑局(以下灌漑局という)担当職員と協議するよ   
う依頼した。なおビルマでは早急に調達できないと判断した必要最小限度の実験用具は日本から送   
付するよう手配した。                                                                       

 さて、ラングーンに着き、灌漑局計画設計課長オー・ミン博士及びチームリーダーと協議し、模   
型実験を灌漑局敷地内にある水理実験室で行うことに最終的に決定した。                         



 また、私の日常の執務場所として、灌漑局分室の一隅が与えられ、そこから約500m離れた水理実   
験室へ毎日何回も往復することになった。なお、宿舎はインヤレークホテルが指定され、専用のジ   
ープ(運転手つき)が与えられた。                                                           

 水理実験室は、イギリスの携助で建設されたが、サッチャー首相の就任とともに援助は打ち切ら   
れた。そのためか、内部は見るべき施設はなく、空き部屋同然で、僅かに中二階の一隅で、ごく小   
規模な土質実験が行われているのみであった。(写真−1参照)                                  

 このような現状から、模型は縮尺1/40で作製できることが分かった。また模型作製に必要な資材   
集収能力、大工・左官・板金工・石工等の調達能力等を検討しながら、模型の細部設計を行い、模   
型の組み立て工事に着手した。                                                               

 それに先き立ち、まず実験室の土間をコンクリート舗装する必要が生じ、これが作業工程に大き   
く影響し、毎日慌ただして過ぎて行った。                                                     

 某日、チームリーダーと共に日本大使館に平井参事官・元杉一等書記官(両氏は農業土出身、農   
林省より出向)を表敬訪問し、私の任務、滞在期間を申し上げ支援をお願いした。                 

 両氏はやや呆れた表情で、「意図するところは理解できるが、1/40の模型をニケ月以内に完成さ   
せることは、ビルマの現状(模型材料の調達能力、技術者の質の問題、模型製作に全く未経験等)   
から到底無理で、一ケ年もかかるだろう。日本から送付の荷物も未着ではないか。ビルマでは私ど   
も外交官の荷物でも二週間も留め置かれることがある。まあお手並みを拝見しましょうか。」との   
すげないお言葉を頂いた。                                                                   

 ビルマの諸事情に通暁されている御両人のお話なので、私達は失望落胆したが、それを貴重な教   
訓乃至激励のお言葉として受け止め、「見ておれ、必ず完成させるぞ」と二人で誓い合った。       

 毎日忙しく過ぎていくうち、担当の灌漑局職員も次第に熱意がこもり、職工達とともに休日も返   
上して夜遅くまで薄暗い照明のもとで働く姿が見られるようになった。不鮮明ではあるが写真−2に  
模型作製過程の一部を示した。                                                               



 模型作製工程も大詰めを迎える頃、日本から送付した荷物も到着し、灌漑局長自ら早期税関通過   
の非常手段で実験室に届き、私の帰国の迫る四日前に模型は完成し、通水できるようになった。     

 灌漑局職員から、記念すべき通水試験のため、揚水ポンプのスイッチを押すように言われた。実   
験室貯水槽の水が模型の量水槽へ、さらに洪水吐を越流してシュート部を越え、水しぶきを上げな   
がら減勢工へ流入するのを眺めて、期せずして沸いた職員や職工達の歓声と柏手が薄暗い照明下の   
実験室内にこだまし、一同握手し合って喜んだ光景は、今なお脳裏に焼きついている。参事官等の   
心配は幸いにも杷憂に終ったのである。                                                       

 なお、私の帰国まで僅か三ケ日間であったが、その間の実験結果をチームリーダーに伝えること   
ができ、また職員連には今後の実験手順、観測値の整理、解析方法などを伝え、私に与えられた任   
務は一応遂行することができた。                                                             


四、第二回出張                                                                             

 帰国後ニケ月余経過した頃、チームリーダーから「ビルマ側の要請により、関係筋の了承が得ら   
れたので一ケ月間再出張せよ」との連絡があり、十月下旬に再び実験室を訪れた。当時は、ラング   
ーンアウンサン廟爆破事件に起因するビルマと北朝鮮との国交断絶の余波を受け、私たち外国人の   
行動が一時きびしく規制され、時間的に大きい制約を受けたが、本格的水理模型実験の指導助言業   
務は幸い遂行できた。                                                                       

 なお、実験結果から、洪水吐の原設計の一部修正をチームリーダーに提案することができたこと   
は、この実験を通じての大きな収穫であった。                                                 

五、あとがきに代えて                                                                       

 水理模型実験施設の作製当初から終始熱心に従事していた灌漑局職員の工学士ラ・ウ・ヌアイ嬢   
は、この水理実験に刺激されて「SNIPのダックビル型洪水吐の水理模型実験」と題する修士論文を   
ラングーン工科大学に提出し、1988年(昭和63年)工学修士の学位を取得した。                   

 運動量理論による流れの解析等について、彼女に指導助言していたととが間接的に役立ったかと   
秘かに満足しているところである。                                                           

 水理模型実験施設の構築というハードな面のみならず、実験観測とその水理解析というソフトな   
面での person-to-person の技術移転についてもいささか貢献できたことは、私にとつて望外の喜   
びである。                                                                                 

 また第二回目の帰国に際し、模型作製に当初から携わった大工の棟梁さんから自作の木彫りの獅   
子像を記念品として空港で贈呈された。感激の思いは今なお強く残っている。                     

 最後に当時の三祐チーム各位はじめオー・ミン博士ら灌漑局職員に深甚の謝意を表し拙文を終り   
たい。                                                                                     

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