三重大学春秋会(退職教官有志の会)会誌「春秋」第11号(H01.10)より 三翠俳句会誕生の頃 菊 岡 武 男 本会の「春秋」にしばしば登場する三翠俳句会の記事に触発されたわけでもないが、 たまたま整理していた三重高等農林学校校友会雑誌に「三翠俳句会」の記事が載って いた。その雑誌は昭和十五年三月(五日印刷、十日発行)の第十八号の184頁である。 これは恐らく三翠俳句会の誕生を告げるものと考えられるので、原文のまま転記して 紹介します。 『桃の花が咲いて夢の様に和やかな日のつづく五月の或る日、田園の学堂、翠ケ岡 から三翠文化発展の使命に燃えて私達のささやかな俳句会が小さな芽を出した。 会長に藤村庫子杜師(故藤村次郎教授)、顧問に坂本静村師を推して実のこもった 機構が出来ました。そして集い来る雅士十数名で第一回の発表会号を創刊出来る様に 迄なりました。 編輯は、志水、苞夢、波香の三君が懸命に奉仕してくれた。夏の大陸へ学徒勤労報 国隊として庫子杜師を始め、苞夢、波香、白歩、天心子の5氏を送り力強い大陸詠草 の玉章に第三号の「三翠俳句」を飾りました。(中略)。 若い若い三翠俳句、新鮮な人々の鋭いメスに俳句特有の技能レトリックな縦横に切 り開かれ、確実たる足どりで現代俳句の第一線へ駒を進めて居る。三翠俳句である。 きっときっと芸術至高の地位に迄、三翠俳句を守り育てたい。三千六百年に生れて 居る私達、土の学府翠ケ丘に学ぶ私達は全く幸福である。そして又、三翠俳句の誕生 の時でもあるのだ。愈々此の俳障を鞏固にしなければならないと思っている。 (暁翠)』 同雑誌十八号の詩歌の頁には次のような方々の作品が載っている。 大陸に汗して(五句) 海野波香子 興亜の鍬(三七句) 富野 勢川 秋園一日(一八句) 暁翠 演習林の春秋(七句) 中富 兵衛 なお「三重高等農林学校報国団々誌」紀元二千六百年記念号(十六年一月)には藤 村庫子杜、山田静歩、松本雪水、馬場薄暮の方々の句が載っていることも申し添えま す。 △