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三重大学春秋会(退職教官有志の会)会誌「春秋」第18号(H07.10)より

消えつつある皇室への敬意
一皇室関係の新聞報道から一
菊岡武男

1 21年前の新聞記事例                                                       

 昨年6月頃、偶然、某雑誌の記事に次の一節が目についた。皇室に対する当時の敬  
語の使われ方の一端を知った。                                                  

 「天皇陛下には十三日午後一時半から皇居内の水田で、恒例の田植えをされた。ワ  
イシャツの腕をまくり、長グッをはいた陛下は、モチ米の『埼玉十号』『ナオザネモ  
チ』ウルチ米の『コシヒカリ』を植えられたが、秋に刈り取られた米は、伊勢神宮や、
皇居内の神嘉殿に供えられる。」(「朝日」昭和49年5月14日)                     

 敗戦後、新憲法により天皇の地位は変わった。天皇は日本国のシンボルになり、神  
聖性はなくなった。皇室は「開かれた皇室」として、われわれの身近かな存在になっ  
てきた。年の経過につれ、敬語表現は薄くなっていったのであろう。それでも、20  
年前はこの例のように、少しは残っていたようである。                            

 そこで、現時点における皇室関係の新聞記事に関心をもち、昨年中項から、時どき、
切り抜いておいた。そのうちから時系列的に次の通り抜粋してみた。                

2 現在の新聞記事例                                                          

1) 「皇太子ご夫妻は十九日午後、伊勢市朝熊山ろくの『世界祝祭博覧会』(まつ  
り博三重 '94)会場を訪れ、世界五大陸の代表的な建物などを集めた『まつりのゾ  
ーン』などを視察した。(中略)ご夫妻は建物についての質問をしたり、道化師の演  
技を見たりと、会場の様子を楽しんでいた。」(「朝日」平成6年7月20日)          

2) 「グレーのスーツの皇太子さまとアイボリーのスーツの雅子さまが津駅に到着  
したのは午後零時九分。県赤十字センターに向かった二人を駅や沿道など約六千人の  
市民が迎えた。子供たちの"雅子さ−ん"という声に、にこやかに手を振って応えた。  
 祝祭博覧会場の視察では、(中略)ご夫妻はメーン施設の県営サンアリーナ内で説  
明を受けた後、(中略)『まつりのゾーン』で踊りや人形劇などを見学。(中略)御  
夫妻は笑顔で歓迎の列に近づき、気さくに声を。(後略)」(「毎日」平成6年7月    
20日)                                                                        

 両新聞はいつから敬語を抜くことにしたのであろうか。この記事では、皇太子ご夫  
妻は超有名人のカップルとしてのみ取り扱われていて、そこには皇室のロイヤリティ  
は伝わってこない。                                                            

3)「栃木県那須町の那須御用邸で静養していた天皇、皇后両陛下と紀宮さまは三    
十一日夕、帰京した。また同日昼過ぎには皇太子ご夫妻が那須御用邸入りした。九月  
二日まで滞在する予定。」(「朝日」平成6年8月31日)                            

4)「皇太子御夫妻は、(中略)中東四ケ国公式訪問に出発された。ご夫妻にとっ    
ては結婚後初めての外国訪問。十五日までの日程で(中略)交流を深められる。ご夫  
妻はこの日(中略)皇族方のあいさつを受けられた。(後略)」(「伊勢」平成6年   
11月6日)                                                                     

5)「秋篠宮さまは、十二日から始まる第三十回全国身体障害者スポーツ大会(ゆめ  
ぴっくあいち)の開会式出席のため、十一日午前、名古屋入りした。十三日まで名古  
屋に滞在し、競技を観戦する。」(「朝日」平成6年11月11日)                     

6)「皇太子ご夫妻は十三日午前(中略)首都マナマに到着された。(中略)夜は    
イサ首長主催の晩さん会に出席された。(中略)日本風の料理のもてなしを受けられ  
た。(後略)」(「中日」平成6年11月14日)                                     

7)「天皇、皇后両陛下は三十一日午前、阪神大震災の被災者を見舞うため空路、兵  
庫県人りし、西宮市の体育館や芦屋市内の小学校で避難生活を続けている人々やボラ  
ンティアを激励された。(後略)」(「中日」平成7年1月31日)                    

8)「天皇、皇后両陛下は三十一日午前、阪神大震災の被災地見舞いのため、兵庫県  
人りし、不自由な避難生活を送る住民やボランティアらに声をかけて激励した。      
(中略)午後からは家屋倒壊の激しい神戸市東灘区の本山第二小でテント生活を送る  
被災者を見舞った後、大火災に見舞われた同市長田区の菅原市場に足を運び、被災状  
況の説明を聴く。その後淡路島に飛び北淡町の被災者らを見舞う予定。」(「朝日」  
平成7年1月31日)                                                              

「朝日」、「毎日」に比べると、「中日」、「伊勢」には皇室を崇敬する最小限の言  
葉遣いがまだ残っているようだ。「朝日」、「毎日」の記事の言葉遣いは、国家国民  
の象徴である天皇のカリスマ的魅力を国民から失わせるだけではなかろうか。        

 さらに両紙の天皇、皇后両陛下の「慰霊の御旅行」の記事は次の通りである。      

9)「戦後五十年の節目のF慰霊の旅』で天皇、皇后両陛下は二十六日午後、最初の   
訪問地・長崎市を訪れた。平和公園で花を供えて原爆の犠牲者を追悼、原爆資料セン  
ターを視察した後、原爆養護ホームに暮らす年寄りたちを慰問した。(後略)」      
(「朝日」平成7年7月27日)                                                    

10)「天皇、皇后両陛下は『慰霊の旅』で二十六日、被災者十万二千柱が眠る長崎  
市の平和公園を訪れ、平和記念像前の奉安台に献花した。続いて原爆資料センターで、
被爆者団体の説明を受けた。」(「毎日」平成7年7月27日)                        

 開かれた皇室に対する日本人のイメージは、「朝日」、「毎日」の記事に見る言葉  
遣いが代弁しているのであろうか。もしそうであれば、とても侘びしい気がする。こ  
のような言葉遣いの氾濫は、国民が皇室を余りに身近に感じすぎ、国民の頂点に立つ  
皇室のイメージを次第に失わせるのではなかろうか。                              

 開かれた皇室はどこまで開かれたらよいのであろうか。二十年後、三十年後皇室記  
事の言葉遣いはどのように変化していくのであろうか。                            

                               (平成7年8月) 

                                      △
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