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三翠志登茂会々誌「志と茂」第6号巻頭にて


御 挨 拶

三翠志登茂会 会長 菊 岡 武 男(S・8土九回卒)


会報の発行について                                                        

 全国各地から寄せられたユニークにして、かつ示唆に富むお便りを満載した三  
翠志登茂会会報「志と茂」第六号を皆様にお届けすることができまして御同慶の  
至りに存じます。御多忙中のところ、御寄稿下さいました会員皆様をはじめ、編  
集の労を煩わした事務局の皆様に深甚の謝意を表します。                      

 今後さらに内容を充実し、会員相互の情報交換のメディアとして期待される会  
報に育て上げたいと念願しています。会員皆様の御支援御協力を切にお騒い申し  
上げます。                                                                

 さてこの機会に本会報の紙面を借り、以下二項目について若干申し上げたく存  
じます。                                                                  


三重大学創立五十周年記念事業募金状況について                              

 すでに皆様のお手元には、三重大学創立五十周年記念事業後援会より募金のこ  
とについてお願い状が届いていることと存じます。                            

 去る八月時点での情報では、募金額は約一億円でありますが、そのうちの約半  
分に近い四千五百万円は三翠同窓会員の御浄財によるもので、他学部同窓会に比  
し抜群の成績であり、三翠同窓会会長として、御浄財を寄せられました同窓会会  
員の皆様に対し、有り難く厚くお礼を申し上げる次第であります。              

 また、右の四千五百万円を三翠同窓会傘下の各構成同窓会別に見ると、伝統あ  
る三翠志志登茂会の名に恥じず、三翠志登茂会員の拠出額は他の構成同窓会に比  
し、これ亦抜群の成績でありまして、三翠志登茂会長として甚だ光栄でありまし  
て、この紙上を借り心から深謝申し上げたく存じます。                        

 なお、現在の関係各位の御拠出状況から見ますと、後援会の募金目標額三億円  
(募金期限は明年七月まで)の達成は容易ではありません。何卒事情御賢察いた  
だき、未応募の会員の皆様には御浄財をお寄せ下さいますよう御支援御協力を切  
にお願い申し上げます。                                                    


伝統ある三翠同窓会発祥の経緯について                                      

 前述しました通り、三重大学開学五十周年記念事業後援会の募金計画に応じて、
三翠同窓会会員の協力は目覚ましく、そのなかでも私どもの三翠志登茂会員の協  
力は殊のほか目覚ましいものがあります。                                    

 このような積極的な協力ぶりは、長年培われた伝統によるものと思いますが、  
そのような三翠志登茂会は、どのようにして誕生したのか、先年その淵源を調べ  
ましたところ、七十有余年前、三重高農開校当時の二年生及び一年生有志の発議  
により「三重高農農業土木学会」と名乗って生れ出たことを知りました。        

 その経緯を、三翠志登茂会の三重県支部に当たる三重志登茂会会報に昨年発表  
しましたが、広く会員の皆様に知ってもらうのも徒事ではなかろうと思い、甚だ  
専断ではありますが、本会報に再録させていただきました。御一見いただけば幸  
甚に存じます。                                                            


おわりに                                                                  

 本会報発行に当たり、いささか所見を申し上げました。何卒私の意をお汲みと  
りいただき、伝統ある三翠志登茂会の活動に一層の御支援御協力を重ねてお願い  
申し上げます。                                                            

 最後になりましたが、母校生物資源学部農業土木コース諸先生の益々の御活躍  
と、会員皆様の一層の御健勝と御多幸を祈念し、御挨拶と致します。            



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三重高農農業土木学会設立の経緯
[三重]菊 岡 武 男 (S・8土九回卒)


はじめに                                                                          

 私達の三重志登茂会の本部三翠志登茂会の前身は三重大学農業土木学会、さらにその前  
身は三重高農農業土木学会という名称で大正十二年(一九二三年)十一月に設立されたの  
であります。                                                                      

 どのような経緯で三重高農農業土木学会が誕生したのか、かねてから興味を抱いていま  
したが、過日三翠会館内の三翠同窓会事務室にある会報の創刊号から、三重高等農林学校  
開学間もない頃、農業土木学科二年生及び一年生(一回生及び二回生)有志の発議により  
生まれたことを知りました。                                                        

 そこで、三翠志登茂会の源流を辿り、ドラマチックな設立経過をお伝えすることは、あ  
ながち無駄な事ではないと考え筆を執った次第です。なお地方支部設立に奔走された先輩  
達の意気込みの一端を会報第五号から紹介したいと思います。                          


三重高農農業土木学会設立の経緯                                                    

 三重高等農林学校開校直後、当時の農業土木学科二年生及び一年生有志により農業土木  
学科同窓会設立の気運が醸成されてきました。その気運は次第に高揚し、彼等は同窓会設  
立発起人となり、大正十二年(一九二三年)六月に会則起草委員を選び、その委員が作成  
した会則案は発起人一同の賛成を得たのであります。                                  

 発起人一同は同窓会設立の趣旨を学科教官に伝えるとともに、会則案の検討をお願いし、
教官の賛同を得て、上原校長に上申し、同年七月に認可を得たのであります。            

 また同窓会の名称については、発起人一同協議の末、教官に諮り、同年十一月に「三重  
高農農業土木学会」と名付けることが決まりました。このような歩みを経て、次節に述べ  
る発会式及び第一回総会を挙げるに至ったのであります。                              


発会式及び第一回総会                                                              

 発会式及び第一回総会は大正十二年(一九二二年)十一月十二日第一合併教室において、
校長・学科教官・助手及び一、二年次の学生集合のもとに挙行されました。発会式は学生  
の開会宣言ではじまり、校長及び北川・森澤先生の祝辞に続き、二人の写生からも祝辞が  
寄せられました。                                                                  

 つぎに、座長に学生が選ばれ、会則案が上程され原案通り可決され、つづいて会則に基  
づく役員の選挙を行い、幹事として教官四名、委員として学生四名が選ばれました。この  
ようにして議事は終了し、議長の閉会の接拶があり、発会式はめでたく終わったのであり  
ます。                                                                            

 つづいて第一回総会を開き、開会を北川先生が宣言し、とくに審議事項もなく、直ちに  
茶話会に移り、森澤先生の 「海外出張」、北川先生の「米国の学生」と超する講話のあ  
と、三名の学生から夏期実地研修の報告があり、北川先生の閉会の挨拶にて終了したので  
あります。                                                                        


当初の会則概要                                                                    

 目的  農業土木に関する事項を研究し斯学の発展を図り、併せて会員相互の親睦を厚  
くすることを謳っています。                                                        

 会員  賛助会員は三重高農職員及び縁故者、通常会員は(一)学科職員・卒業生・在  
学生、(二)幹事会の推薦または本会員の紹介により幹事会で承認した者となっています。

 役員  幹事(若干名)は学科職員及び卒業生から、委員(若干名)は通常会員及び在  
学生からそれぞれ互選するとなっています。                                          

 会費  通常会員は会費として毎年一円を前納します。                              

 その他  本会は随時会報を発刊し、集会を開き研究事項及び資料を発表するとなって  
います。                                                                          


会報(創刊号)の概要                                                              

 会報は「志登茂」と名付けられ、創刊号は大正十三年(一九二四年)に発行されました。
目次を見ると、発刊の辞をはじめ、論説、研究及び資料、三重高農農業土木学会成立の経  
過、雑録に分かれています。                                                        

 論説には当時の四名の学生の発表した「農村開発と農業土木」、「農村青年としての信  
念を樹立せよ」、「農村救済と其施設」及び「農村を思う」と題する論文、研究及び資料  
には松田先生の 「モルタル及びコンクリートに対する海水の影響について」北川先生の  
「積分関数のグラフ」等が見られます。学生の論文から当時の学生の意気軒昂な様子が思  
い浮かぶのであります。                                                            


支部設立の萌芽                                                                    

 会報第五号(昭和五年(一九三〇年))に所載の「校外便り」を見ますと、佐倉先輩    
(四回生・昭和三年卒)からの便りとして、昭和四年十一月には、農林省耕地課勤務の同  
窓生七名で 「東京志登茂会」が発足したと書かれています。また東京志登茂会の目的は  
「会員相互の親睦を図るとともに、本省あるいは東京方面へ御出張の先生達を歓迎し、ま  
た本省へ出張される先輩、後輩を接遇し、さらには無銭旅行する母校学生を暖かく迎える  
ことにしたい」とも書かれています。                                                

 さらに同会誌には松尾先輩(佐倉先輩と同期)から、昭和五年五月付にて当時の朝鮮の  
京城在住の卒業生相寄り「京城志登茂会」を結成し、毎月一回交代にて会員宅に集まり、  
懇親を深めるとともに研究発表を行うことにしたとの便りが紹介されています。          

 このように各県に逐次支部が結成され、それが連綿として今日まで伝わり、各県の支部  
活動が活発に行われているのでしょう。                                              


おわりに                                                                          

 現在の三翠志登茂会の淵源を辿り略述しましたが、私ども同窓会設立のそもそもの萌芽  
は開学当時の一 二年次の学生の発議によることを知り、先輩達の意欲と実行力に深く敬  
意を表する次第であります。                                                        

 その後、昭和十年代に故小柳弥先生が鹿児島高農から赴任されてからは、自ら陣頭指揮  
をとられて、同窓会の育成強化に努められ、三重大学になってからは 「三重大学農業土  
木学会」と改称して同窓会の発展に心血をそそがれたのであります。小柳先生を同窓会の  
中興の祖と申し上げても過言ではないでしょう。                                      

 時は移り、三翠同窓会の改組に歩調を合わせ、今は「三翠志登茂会」と呼称しています  
が、その源流は三重高農関学当初の熱血溢れる学生達の発議によることを私達は深く銘記  
し、これからもさらに団結の絆を強くしていきたいものです。                          

引用文献 志登茂創刊号(一九二四年)                                              
同第五号 (一九三〇年)                                                          
                                  (平成十年八月)

 注 この記事は「三重志登茂会会報十四号」に掲載されたものです。                  

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