功績調書 菊岡武男 右は、大正二年三月十八日三重県に生れ、昭和八年三月三重高専農林学校農業土木学科 を卒業し、同年五月農林省農務房局勤務を命ぜられ、同十三年九月から何十四年四月まで臨 時召集により応召、同十五年十一月農林省任農林技手、同十八年十一月農商省任農商高技手、 同十九年一月から同二十一年三月まで兵役に服し、同二十一年四月農林省任農林技官を経 て同二十八年五月三重大学農学部助教授に昇任、同三十八年同大学農学部教授に昇任、 同五十一年四月停年により退職し今日に至つている。 この間、同人は、農林省において土地改良事業に関する設計技術向上の方策について鋭 意努力し、同事業の計画・設計に必要な技術基準を創設するため戦後初めてわが国に伝え られた先進国の最新の設計技術を媒介として諸般の準備を整備し、その後相次いで各専門 分野の技術基準が制定される端緒を築いた。その基礎的業績を母体として現在幾多の技術 基準が昭和四十四年農林省訓令第二十六号に基づき制定されており、同人の当時の先駆的 業績は高く評価されている。 また、三重大学においては、二十有余年にわたり農業土木分野の教育・研究に献身的に 努力し幾多の有為な人材を育成し世に輩出した。 一方研究面においては、農林省奉職中にも既に農業土木学会誌に研究成果をしばしば発 表しており、三重大学に奉職してからは、水理学に重点をせいた研究を行うとともに水利 構造物の設計に役立つ応用水理学的研究を指向した。その傍ら、土地改良事業の実務的立 場に常に関心を寄せ、広く土地と水の条件を整える農業土木本来の目的を念頭に層いた研 究姿勢を貫いた。 すなわち同人は、農林省奉職中、水路側壁項部を切り欠いて余剰水を放流させる横溢流 堰の図表計算を容易ならしめる新方法を案出し、更に計算の労を省くためのグラフを考案 し発表するほか、当時必要性の高かつた食榎増産対策として水稲の冷水害を軽減するため 灌漑水温を上昇させる施設としての温水溜池に着眼し、その水温上昇の実態、水温上昇効 率の良い温水溜池の形状及び水管理について研究し、多くの温水溜池の水温上昇効果を統 計的に整理し、効率的な温水溜池の設計基準を提案した。 三重大学に奉職してからは、昭利三十年代にはまだ比較的少なかつた水理模型実験に着 目し、滋賀県大原アースダム側溝余水吐、滋賀県杣川沿岸用水改良地区の幹線水路に設け られる鉛直落差工を始め多くの水利構造物に対し、水理実験的研究を行い流れの挙動とそ れに対応する望ましいタイプの水利構造物の関連について研究した。 次いで同人は、土地改良事業として古来から数多く施工されていながら不確定要素の多 いコンクリート水路の表面粗さを評価する研究に着目し、実在の水路について流量を幾段 階かに変化させ現場実験を数多く行いその結果をクーリカンの基礎式から発展させた新し い等価粗度を導入した理論式を連用し、かつ底面の不均等性の影響を考慮した修正底面を 用いて摩擦抵抗を表わすことを提案した。その業績に対し、昭和三十七年三月京都大学よ り農学博士の学位が授与された。 同人は、また、中心コア型ア−スダムの浸潤線を求めるためパブロフスキーの方法を発 展させた新しい方法を提案し、これを三重県竹谷池アースダムの浸潤線観測値と対比し、 よく一致することを確かめ更に新方法による計算をグラフにより簡易化することを提案し た。 更に海の波作用と堤防の損壊の関係についても関心を持ち、台風による波浪作用により 被災した三重、愛知、山口各県の海岸場防及び干拓堤防を実地調査し、堤防破損と当該堤 防の立地条件・形態・構造等と開運づけ、波浪の作用に対し強い堤防のあり方について考 察し、また風速と波の飛沫の直径、飛散径路の関係を求め、その結果を被災現地の実態と 対比し考察を行った. この他、透水性地盤上に設ける河川の取入れ堰下流の流水による局所洗掘現象に着目し 取入れ堰の設計指針を求めるための水理学的研究を行い洗掘窪みの時間的発達過程を解明 するとともに、堰下流に適切な粗度をもつ護床工の有用性を見出し、また、堰下流に長い コンクリート水平エプロンを設けても洗掘防止効果は比較的少ないことを見出し、取入れ 堰設計上極めて有益な示唆を与えることに成功した。 他方大学の管理運営面においては、三重大学補導協議会委員、同一般教育委員、同附属 図書館運営委員会委員、同学生部委員会委員、同計算センター運営委員会委員長、同評議 員、同附属図書館長、同農学部長等の要職を歴任し、農学部及び大学の発展充実に努めた。 とりわけ、昭和四十五年四月、三重大学附属図書館長に就任するや、従来二学部を対象 として運営されてきた図書館を将来の学部、学科の増設を前提とした拡充強化基本構想を 樹立し、学内に対し図書館拡充の機運を醸成した功績は甚だ大きいものがある。 また、昭和四十七年八月から昭和五十年五月までの農学部長(同事務取扱を含む。)の 職にあつては、積極的に学長を補佐し、大学の管理運営面の枢機に参画すると共に、当時 熾烈を極めた過激派学生による学園紛争に対し、不退転の姿勢を堅持し、常に沈着果敢に 困難な事態に対応し、よく教職を掌握し、卓越した統率力を発揮し、学園紛争を鎮定させ ることに成功した功績は特筆に値する。 このように、同人は教育、研究並びに管理運営面にわたって困難な事項に献身的に当た り三重大学の発展・充実に尽くした功績は多大なものがある。これらの功績に対して昭和 五十一年五月三重大学名誉教授の称号を投与された。 また、学外にあつては、農業土木学会評議員、同京都支部長、同理事及び長年にわたり 同学会各種委員会の委員・委員長を務め学会の発展向上に寄与した。殊に農業土木関係の 技術者あるいは学生の典範とされる改訂四版農業土木ハンドブックの編集(昭和五十四年 四月発刊)に当たっては、編集委員長として千四有余頁の大著をまとめた功績は高く評価 される。 同人は、また広域農業水利事業として有名な愛知用水及び豊川用水事業に対する水資源 開発公団管理委員会委員及び配水部会長として同事業の管理運営に閲し長期にわたり指導 助言を行うほか、水資源開発公団水路技術委員会委員として水路技術の向上に大きく貢献 した。更には、農林水産省の行う八地区の国営事業の計画樹立あるいは計画変更に関し、 土地改良法で定められた専門技術者として農林大臣から諮問を受け、それらの計画の適否 について意見を具申し、適切な土地改良事業の実施に貢献した。 また、三重県に対しては、農業構造改善事業促進対策協義会委員、同審議会委員、三重 県改良普及員資格試験審査委員、三重県国土利用計画地方審議会副会長、三重県水質審議 会委員、津市に対しては、津市都市計画審議会委員、津市総合計画審議会会長をそれぞれ つとめ、学識経験者として地域農業技術の発展向上並びに地域に調和した土地利用総合計 画の樹立に寄与した。 更に同人は、名古屋通商産業局の行う三重県下の九ケ所の工業団地造成計画樹立に当た り、対象地区の調査委員会の委員又は委員長として参画し、自らも造詣の深い分野の排水 部門の計画を担当し、その報昏書の作成を行うほか、工業団地造成について学識経験者と して指導助言を行った。 この他、近年とみに重要性を増しつつあるわが国の海外援助協力の一環として海外協力 事業団の行う農村総合開発計画にも参画し、海外協力事業団から委託された(財)海外農業 開発コンサルタンツ協会の実施したイエーメン国ハッジャ州農村総合開発マスタープラン 調査団長として報告書を作成するほか、また同じく中国三江平原開発計画樹立の業務につ いて学績経験者をもつて構成する調査研究部会委員として参画した。 以上のように同人は、長年にわたり高等教育、研究並びに大学行政の上に、更には諸学 会、地域社会の発展に多大の貢献をしたものであり、その功績は誠に顕著である。
菊岡武男著書論文一覧 著書(論文)名 発 行 所 発行年 備考 農業土木ハンドブック(著書) 丸善株式会社 昭五四 第三編第一七章を分担執筆 日本農業土木史(著書) 農業土木学会 昭五四 本編第二章第三節中の「旧植民地における農業土木事業」を分担執筆 頭首工の設計(著書) 農業土木学会 昭五七 第三章、第四章、第五章を分担執筆 錨定矢板計算のこ図表化(論文) 農業土木学会 昭一六 農業土木学会誌「農業土木研究」第一三巻 第三号 矩形断面水路に設けた横溢流堰の図表計算について(論文) 農業土木学会 昭一七 農業土木学会誌「農業土木研究」第一四巻 第二号 統計的に見た温水溜池に関する考察(論文) 農業土木学会 昭二八 農業土木学会誌「農業土木研究」第二一巻 第三号 秋葉満壽次・野口正三と共著 滋賀県大原アースダム側溝余水吐に関する水理模型実験報告(論文) 三重大学農学部 昭三〇 三重大学農業土木研究報告第二号 富山県東山温水溜他の水温観測について(論文) 農林省農業改良局 昭三一 かんがい水温に関する調査研究集録(農業土木資料第七号)坪井清・大伴寛と共著 長野県西山温水溜池調査報告(論文) 農林省農業改良局 昭三一 かんがい水温に関する調査研究集録(農業土木資料第七号) 秋田県谷地沢温水溜池調査報告(論文) 農林省農業改良局 昭三一 かんがい水温に関する調査研究集録(農業土木資料第七号) 五五二二号台風被害調査報告(論文) 日本専売公社防府製塩試験場 昭三一 日本専売公社防府製塩試験場試験資料第三号 川原琢磨と共著 落差工に関する水理模型実験報告(論文) 三重大学農学部 昭三二 三重大学農業土木研究報告第四号 三重・愛知県下の干拓堤防および海岸堤防の復旧断面(論文) 農業土木学会 昭三二 農業土木学会干拓堤防等防災対策調査委員会第三部会報告書 段落水流の減勢工に関する一実験(論文) 農業土木学会 昭三三 農業土木学会誌「農業土木研究」第二五巻 第八号 小型U字型コンクリートフリュームの摩擦抵抗に関する一実験(論文) 三重大学農学部 昭三三 三重大学農学部学術報告第一八号 コンクリート水路の粗度係数の実測例について(論文) 三重大学農学部 昭三四 三重大学農学部学術報告第一八号 三重県竹谷池アースダム浸潤線の観測例について(論文) 三重大学農学部 昭三七 三重大学農学部学術報告第二六号 コンクリート開水路の粗度係数に関する研究(論文) 三重大学農学部 昭三八 三重大学農学部学術報告第二七号 取水ダム下流の局所洗掘に関する実験的研究(諭文) 三重大学農学部 昭三八 三重大学農学部学術報告第二八号 河川構造物、とくに頭首工の構造上の諸問題について(論文) 農業土木学会京都支部 昭五四 昭和五四年度農業土木学会京都支部地方研修会講演集 他二五編