編集:2002年3月23日 


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戦地からの便り

小田桐正一の場合

父、小田桐正一が戦地から家族へ宛てたはがきから・・・

1 面会許可の通知 昭和16(1941)年9月 妻・光子あて
面会許可通知 妻光子宛 ガリ版刷りの通知
日本から「南方」に出発する前の面会。これが最後の別れとなった。
岡山へ向かう汽車で煤煙が目に入り、面会の時も機嫌が悪くだだをこねていた記憶がある。

2 仏印進駐 第1便 父・秀次あて
正一の父秀次宛 仏印派遣
拝啓、元気でやってゐます。処は、表記のごとく、仏印ですが、思ったよりしのぎ易い処です。何れ余暇を見て各方面へ通信致しますが、取敢ず、會った人には宜しく御伝へ下さい。淡路屋の川田氏に仏印で会って、色々御世話にもなった。大体、神戸方面の人が多いです。
(普通郵便なら約一ヶ月かかること故、四五日でつく航空便を利用する。決して急用ではない)
次に、序でがあれば、三省堂のコンサイス型の日佛、佛日の両辞典、及び床の間の本棚の二段目にあると思はれるが、仏蘭西会話の本(四六判型、日本語も中に書いてある)(青色の表紙)を書留小包(出来れば同時に航空便にて)にて御送付下さい。その他のものは、今の処要りません。(但し、小包郵便が出せるか否かは内地の郵便局で聞いてください。出せる時で結構です。)
まだ此処に来て日がたたぬので、何ともいへぬが景色、風物が一変してゐて、まさに洋行気分です。
《注》広辞苑から
仏印 仏(フランス)領印度支那の略。
仏印進駐 太平洋戦争直前の日本軍の仏印占領。一九四○年九月北部仏印進駐により蒋介石軍への援助の道を封鎖、トンキン州に基地設定、四一年七月南部仏印進駐によりサイゴンなどに基地設定、日米関係の決定的な悪化を招いた。



3 息子の誕生日に 長男・一良あて
長男一良宛 誕生日に
僕のお誕生日ですね、元気で、敏子(注)ちゃんと仲良くしていますか。
幼稚園はどこの幼稚園へ行くことになりましたか。おとなしくしないといけません。
お父ちゃんの今おるところは、海の近くですから、ときどき魚釣りにも行きます。太い太い糸でつります。二尺くらいのものも釣れます。「アコ」という魚もおります。
これからだんだん日本の梅雨のようなお天気になるそうです。
おじいちゃん、おばあちゃんのいうことをよく聞きなさい。
(注)敏子 : 長女 一良の3歳年下。


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作成 : 小田桐 一良