しゃばけ 著者:畠中恵
おすすめ度:★★★★★(5点) ジャンル:時代物あやかし小説
 江戸有数の廻船問屋、長崎屋の跡取り息子・一太郎は、とにかく滅法身体が弱い。そんな彼が、たまたまお忍びで外出した時に、猟奇殺人の現場に行きあってしまう。そこから、一太郎は大いなる事件の渦中に巻き込まれ、その解決のために奔走する事になる。
 と、そんな感じのお話の、時代劇である。猛烈に身体の弱い一太郎は、何故か数多のあやかしに守られている。一太郎は、あやかしの力を借りつつ、事件の解決に乗り出す。何だかおどろおどろしい妖怪物のような雰囲気だが、実際にはかなりのんびりした、脱力系妖怪捕り物帳である。あまり肩肘張らずに楽しめる。
 身体の弱い一太郎を、長崎屋の手代として働いているあやかし達(犬神・白沢)が、長崎屋の両親が、とにかく甘やかす。ちょっとでも咳き込もうものなら、夜具にひっくるんで部屋に軟禁するほどの過保護ぶり。そのお陰で、一太郎はあやかしの力を借りた「アームチェア・ディテクティブ」となり、一連の事件を紐解いていく。
 独特の緊迫感の無さが、この作品の一番の魅力かも。気軽に楽しむ捕り物帳として、いっといて損無し。鳴家(やなり)というあやかしの、何とも言えない可愛らしさは、女性にはツボかも。
H181207


空海求法伝 曼陀羅の人 著者:陳舜臣
おすすめ度:★★★★★★★(7点) ジャンル:弘法大師小説
 今度は空海続きですまん(笑)。
 この本は、読売新聞に連載され、1984年に出版されたものである。下の、獏本と全く同じ時期を題材にしている。が、獏本がオカルティックな面を強調して描いているのに対して、陳本はあくまで歴史上に名を留めた傑物としての「空海」を描いている。それも、中国の歴史物、として描いているので、むしろ歴史的描写が多い。
 空海の異能振りが、長安のお偉方の目に留まる、というシチュエーションは、まあ歴史的事実なので当然の展開ながら、観察史が、中央の政治に食い込もうとする為に、空海の存在を利用しようとする、という所は、歴史物として妙にリアルである。しかし、そこは空海、「利用されている」事をさらに利用してしまう。「まさか?」と疑うより先に「ありえなくもないな」と思ってしまう。それほど、空海は唐の歴史の一部に食い込んでいる。
 陳本の上手いのは、空海が歩んだであろう土地と、その土地での出来事が、帰国後の活動に直結していると捉えているところで、空海の伝記を知っていれば、思わず頷いてしまうのである。
 獏本と比べると、少々お堅い内容なので、星は少なめだが、その分読み応えはあろうかと思う。魔法じみたお話に抵抗のある人は、むしろこちらのほうが楽しめるかも。「マンダラ」をキーワードにした物語展開もいい感じだ。いっとこうか。

 補足1:この本は、獏本の「参考文献」にも名を連ねている。
 補足2:真言密教的には「曼荼羅」が正解。「曼陀羅」も間違いではないが・・・。
 補足3:橘逸勢の出番は、非常に少ない(笑)。


沙門空海唐の国にて鬼と宴す 著者:夢枕獏
おすすめ度:★★★★★★★★★(9点) ジャンル:弘法大師小説
 また、獏ですまん(笑)。
 足掛け17年を費やして完成させた、弘法大師空海の入唐秘話(笑)。全四巻。
 とにかく、夢枕獏節が全開である。下に挙げた『陰陽師』の晴明と博雅のコンビと、空海と橘逸勢のコンビは、確かに似ている。それは、他の読者の指摘するところでもある。ただ、そこは、二作品がほぼ同時期に開始したことを考えると、まあ仕方ないか、と思える。なにしろ、ポジションが似ているのである、この二組。
 ただ、清明が透明感の高い、妖精的な雰囲気を持っているのに対し、空海は、
「溢れんばかりの俗っぽいエナジー」
に満ち満ちている。陰陽師の清明が、「出世間」的な立場を維持しているのに対し、空海は「入世間」とでも言おうか、むしろ積極的に俗世間に交わろうとする姿勢を維持している。それは、世界を俯瞰しようとする陰陽道と、世界を内側から変革させようとしている密教との、立場の違いを端的に表現していて、将に「見事!」のひとことである。
 密教、というのは、仏教における「人間の根源にあるものを、捨てることなく、独特の技術を用いて昇華させる」技術体系のことである。そして、歴史上、最もその方法をきちんと理解していたのは、空海が唯一の人間ではないか、と思う。獏は、その辺を上手に表現していると思う。エンターテインメントとしても優れているこの作品、読んで損はない。是非いっとけ。


陰陽師 著者:夢枕獏
おすすめ度:★★★★★★★(7点) ジャンル:陰陽師小説
 陰陽師小説。なんだか、今更取り上げるほどの物でもないか、と思えるほどの盛り上がりぶりを見せている作品である。
 陰陽師・安倍晴明と、楽の達人でもある源博雅との軽妙な遣り取りが中心となり、平安中期頃の「身近で、冥い」闇とあやかしの物語が紡がれていく。清明の洒脱な透明感と、博雅の野暮な骨太さが心地よいコントラストとなって、独特の「獏ワールド」が全開である。
 陰陽師と言えば、映画『帝都物語』や、漫画『カルラ舞う!』やアニメ『孔雀王』など、幾度となく取り上げられた題材ではあるが、大概は、天に仇為す大悪党といったイメージで、要は悪役であった。しかし、清明の物語・伝説を『宇治拾遺物語』や『今昔物語』などに求めると、決してそのようなマイナスイメージが沸いて来ない。むしろ小粋なセンスの都人風な青年を思い浮かべており、もし自分が陰陽師を題材に物語を考えるなら、もっと違う感じにするだろうなぁ、などと考えていた。
 で、『陰陽師』と出合った訳だ。
 「これだ!」
と、正直思った。私のイメージ通り、むしろそれ以上の陰陽師の姿が、この作品の中にいた。しかも、もっとも短い呪は「名前」である、というくだりは、私の心の琴線に触れた。
 陰陽師を知っている人も、知らない人も、ぜひいっといてもらいたい作品である。


小説 浪人街 監修:マキノノゾミ
著者:鈴木哲也
おすすめ度:★★★★(4点) ジャンル:サムライ小説
 時代物。もともとは、昭和3年に山上伊太郎原作・マキノ正博監督で映画化されたものらしい。
それを、NHK連続テレビ小説『まんてん』の脚本を手掛けた、マキノノゾミ氏が舞台劇に再編成した。この本は、マキノ氏の舞台脚本を小説化したものである。
 時は幕末、荒巻源内・母衣権兵衛・赤牛弥五右衛門、この三人の浪人者が主役の、「サムライの男気」を謳った活劇ドラマ。世の中のカラクリに嵌り込むことを潔しとしない漢たちの、熱く奔放な生き様を描いている。
 ま、元が舞台の脚本、ということもあるのか、幕末と今の世相を対比して描いているせいなのか、浪人それぞれの特徴(自堕落・堅物・天衣無縫)の表現が少々行き過ぎの感がある。また、旗本の若侍との対決シーンは、そりゃないだろう、というくらい大掛かりである。が、これを映画や舞台で観たら、相当楽しいのではないか、と思う。特にクライマックスの百人斬りは、そこだけでいいから観せて欲しい、と思うくらい面白そうである。やっぱり時代物は、チャンバラが命(決め付け)。
 かなりストレートな筋なので、すんなり読める。アッサリさっぱりな読後感。いいんじゃないでしょうか。
 ちなみに、著者の鈴木哲也は私の同級生で、彼はその頃からこういった世界(小説・劇作)に興味を持っていたので、言わば「夢を実現させた」ということか。なんだか羨ましい気もする。その分大変そうだが(笑)。


狼男だよ 著者:平井和正
おすすめ度:★★★★★★★(7点) ジャンル:伝奇?
 この手の小説の中では、私的には1、2を争う好きな作品。
 タイトルからして、人を小ばかにしているが、主人公の犬神明もやはり人を喰ったヤツである。職業はフリーのルポライター。とりあえず全ての物事を斜めから見る、そんな感じの男である。ただ、それは無垢で素直な面を隠すためのポーズであり、実はすごく前向き(脳天気)ないいヤツである。そして、人間ではない。狼男である。
 ここで引いた人、もったいない。犬神明の、人狼の最大の特徴である不死身性は、むしろ人間の弱さ、脆さを映す鏡になる。彼の不死身性と脳天気さが、物語に不思議な温かみと深みをかもし出している。文体は、思いっ切りハード・ボイルドなのだが。
 初出は1969年。大阪万博前である。犬神明の愛車、ブルーバードSSSが「羊の皮を被った狼」と言われていた時代である。設定としては古いかも知れないが、京極夏彦の一連のシリーズ物の例もある。ただ「古くさい」と敬遠する前に、一度手に取って読んでみて欲しい。この時代のSFの完成度の高さと、その貪欲なまでのパワーを、一度体験して欲しい。
 今こそ、日本SF黎明期の作品の復権を(んなオーバーな)。
 ちなみにこの作品は「アダルト・ウルフガイ・シリーズ」の第一作目。姉妹作に「ウルフガイ・シリーズ」があり、これはいまだに続いている。


総門谷 著者:高橋克彦
おすすめ度:★★★★★★(6点) ジャンル:伝奇
 「空海の風景」の次が、これでいいのだろうか?思わず自問自答してしまった。
 神の如き超能力者VS歴史上の大物達(宇宙人込み?)との一大サイキック・バトル!(笑)
 ヒトの想像力を総動員すると、ここまで荒唐無稽なお話が作れるのか、と感心せざるを得ない。しかも、全てのキーワードがギリギリのラインで、何とかうまいこと収まっている。
 内容は、何を書いてもネタバレなので、自身の目で確認してもらうより他にないだろう。が、一言で言うと「『ムー(学研)』の内容を丸ごと全部設定に用いた小説(!)」となるか。
 この作品に近い内容のものに、明石散人『鳥玄坊先生と根源の謎』(1997年)があるが、規模においても、作品の完成度においても、そしてエンターテインメント性においても、この『総門谷』が勝っている(ちなみに1985年作品)。
 『総門谷』は、『総門谷R 阿黒編』をはじめ、何冊か続編も書かれている。漫画を読むように楽しめるので、いっといてもいいんじゃない?


西遊記 著者:呉承恩(通説)
おすすめ度:★★★★★★(6点) ジャンル:中国古典
 そう、皆さんご存知の『西遊記』。日本人の好きな中国古典文学ベスト5には入るだろう。
 原作は、三蔵法師こと玄奘の『大唐西域記』らしい。この記録文書がどうしてこんな荒唐無稽な娯楽作品に仕上がったかは、色々な研究論文が出回っているので、ここでは割愛する。
 『西遊記』といえば、岩波文庫版『西遊記』全十巻(小野忍・中野美代子訳)が、日本語訳のバイブルとも言うべき存在であるが、私個人は、福音館古典童話シリーズ15『西遊記』上下巻(君島久子訳)が一番いいと思う。瀬川康男の挿絵(版画風)が、これまたいい。
 福音館版は子供用なので、漢詩の引用等、かなり大雑把に訳しているし、途中内容の重複している(似たような内容の)お話や三蔵の生い立ち等、子供が読んで退屈しそうな部分は、大胆にカットされている。そのお陰で、かなりテンポ良く読み進められる。「完訳されたものが読みたければ、大人の読む方を読め」的スタンスは、個人的に好きである。
 福音館版『西遊記』と、テレビ版『西遊記』(堺正章・夏目雅子・西田敏行・岸辺シロー)が、私の西遊記バイブルである。
 如意金箍棒(天河鎮定神珍鉄)重さ一万三千五百斤。古今東西の魔法のアイテムの中で、最も地味で、素朴な武器(なにせ<棒>だし)だが、あらゆる宝貝(パオペエ)の中で最も好きなアイテムである。


空海の風景 著者:司馬遼太郎
おすすめ度:★★★★★★★★(8点) ジャンル:歴史
 司馬遼太郎得意の、歴史人物分析もの。しかし、空海と言うキャラクターには、けっこうてこずらされたようである。
 そもそも空海という人物の記録が、あまりに広範囲なジャンルにまたがっているため、何処に焦点を絞るか、という点で困った事だろうと思う。司馬氏は、結局空海のバイタリティに目を着け、ひと言で言うとその「濃さ」を、語る上での切り口にしたようである。
 歴史逍遥家としての司馬氏は、教義などの面からのアプローチはひとまず置いといて、人間空海がこの世の中と、どのように渡り合ったか、を中心に文を進めている。そのために文中には、
 「恵まれた環境にあった最澄に嫉妬の念を抱き、それが後年の確執の要因のひとつになった」
というような、人間的にかなり弱い空海分析像も出てきている。
 ただ、それもありそうだな、と思えるところが空海にはある。時空を超えた、信仰の対象とまでなっている空海だが、それでいて妙に人間くさい。全てを超越して、なおかつ私たち一般人に近い、空海は不思議な魅力を持っている。
 お坊さんも薦める良著。宗教に興味のない人も、読む価値はある。なにしろ歴史を動かした人だから。スケールが違う。いっとけ。