ユダヤ教VSキリスト教VSイスラム教
「宗教衝突」の深層
著者:一条真也
おすすめ度:★★☆(2.5点) ジャンル:姉妹宗教比較本
 最近、一般教養として手軽に読める、情報発信としての文庫本を取り揃えている、だいわ文庫の一冊。

 今の世界は、ユダヤ教系の宗教同士の対立、土着宗教とユダヤ教系の宗教との対立、というのが紛争の大きなファクターを占めているが、この本は、ユダヤ教系の3強の対比を扱っている。
 土着宗教VSユダヤ教系は、民族的な価値観の違いによる違和感から来る諍いなので、不干渉が成立すれば、そこで争い事が終結する可能性もある。しかし、ユダヤ三姉妹のイザコザは、そう簡単には済まない。
 何しろ根っこが同じなので、

「ダメなのものはダメ」

なのであり、三姉妹の基本が、あくまで全く同じ一神論なので、答えは、
  ○か×か
しかあり得ないのである。
 氏は、歴史的観点から見て、もっとも寛大なイスラム教に対して、キリスト教が喧嘩を吹っ掛けたのが、最大の原因である、と喝破している。ただ、早稲田大政治経済学部を出て、大手広告代理店を経て企画会社を設立、現在大手冠婚葬祭社社長であり、学者ではない彼が、偏りの無い公正な論調を維持出来る筈も無く、自ら「キリスト教国」と表現する、
アメリカが大嫌い
という態度が、これでもか、とばかりに溢れているので、その辺がちょっと食傷気味。
 しかし、最も基本ラインの知識を得るには、またと無い纏まり具合なので、これを叩き台にして、正確な知識を収集するといいかも。
H200614


初めての本上座仏教 著者:アルボムッレ・スマサナーラ
おすすめ度:★★★★(4点) ジャンル:スリランカ上座部仏教本
 サブタイトル「常識が一変する仏陀の教え」。極めて実践的な、上座仏教の本。

 著者は、駒澤大学で大学院を出たほどの日本通の方で、話す事に関しては日本語でも不自由しないらしい。そんな比丘からの、日本人に対する仏陀の言葉の伝道である。とりあえず、掴み所の無い日本仏教に対する、まっとうな批判も含めて、読むに値する良書であると断言出来る。
 南伝仏教のパーリ語経典からの、釈迦の説いた修行法から説いた、現代のストレス社会を乗り越える為の智恵が、余すことなく示されている。
 「自分を『我儘で身勝手な存在』である事を、まず認めなさいそこから、他人に対する

「慈悲の心」

を養いなさい。」
 この言葉は、自分本位に成り下がっている現代人にとって、大いなる示唆を与えてくれる事は疑いを入れない。
 自分は身勝手な存在である。だからこそ、他人に置き換えたとき、同じように身勝手な他人に、どのように接するべきか、そこを考える事が重要で、それによって、「自分が大事」という気持ちが徐々に弱まっていく、という理論は、なるほど一理ある、と感心した次第である。
 その感心から、

「やっぱり大乗仏教の思想的展開は、間違っていなかったのだ」

という確信に至った。
 そんな意味でも、重要な本である。読みやすいので、いっとくべきでしょう。
H191001


仏教「超」入門 著者:白取春彦
おすすめ度:★★☆(2,5点) ジャンル:仏教基礎知識本
 ベルリン自由大学にて、哲学、宗教、文学を学んできたという著者。この経歴からでは、学者なのか作家なのか、肩書きは分からないが、とにかく仏教の基礎的な部分についての解説を試みた本。

 日本仏教の説く「仏教の教え」は、釈迦本来の説とは大きく異なっている!という掴みから始まり、その相違点を次々と説明していく。帯の売り文句からして、
「『善行を積めば、極楽浄土へ行ける』釈迦はそんなことは言っていない!」
である。
 仏教の基本姿勢を平易に解説する、という試みは、他の先生方もしている事で、それほど珍しい手法ではないが、今現在の日本国内での信仰そのものを否定するような解説は、あまり無かった。
 しかし、「平易に」とはやるあまりに、釈迦が出家のためと在家のために、教えの説き方を変えていた(対機説法)、という事実を無視(あるいは無知)して、「仏教の悟りは難しいものではない」と言い切るのは、少々強引過ぎるのでは?また、どうやら日本仏教の僧侶がお嫌いらしく、第五章では僧侶批判にかなりの力が注がれているが、そのせいか冷静な判断力を失い、随分乱暴で、事実誤認(仏性の説明など)が見られる。
 まあ、文庫サイズで持ち易いので、この本を踏み台に仏教の勉強を始めるのにはいいかも。
H190802


ダライ・ラマ 般若心経入門 著者:ダライ・ラマ14世テンジン・ギャツォ
おすすめ度:★★★★☆(4,5点) ジャンル:般若心経解説本
 ノーベル平和賞を受賞した、ダライ・ラマの本。

 この本は、2002年にアメリカで出版された『心経のエッセンス』という本の全訳だそうである。内容的には、アメリカ国内でのいくつかの講演会の内容を纏めた物である。チベット仏教の立場から、ダライ・ラマが般若心経の内容を説明する。「空」とは何か?「空」という概念は何を表しているか?
 私は、チベット仏教には全く知識が無い。その状態でこの本を読むと、意外と密教との距離に気付かされる。どおうやら、チベット仏教の思想的基盤は、竜樹の中観思想であるらしい。チベットは密教だと信じきっていたので、普通の大乗仏教だと言う事を、今回初めて知って意外に思っている。
 閑話休題。
 般若心経が何を説いているか?ずばり「空」である。では、「空」とは何か?「空」とは「変化」である。
 「空」という言葉の理解を、文字・言葉としての表面的な理解から、悟りの境界(菩提)を表す深秘な理解にまで深めていく。その階梯を示しているのが、般若心経である。ダライ・ラマは、そう説いている。
 入門とは名ばかりで、実際には少々難しく、読み解くのは時間が掛かるが、それだけの時間を費やす価値のある一冊である。
H190218


ニッポン人なら読んでおきたい靖国神社の本 著者:別冊宝島編集部 編
おすすめ度:★★★★(4点) ジャンル:靖国神社本
 いちおう、宗教の欄に入れておこう。

 このところ、靖国問題が、色々な所で取り沙汰されている。そんな今にジャストタイミングな一冊。
 もともとこの本は、2005年9月に出版されたムック本であり(この本は文庫版)、内容も出版された時期に準拠している。なので、小泉首相(当時)の終戦記念日靖国参拝に関しては、まだコメントがされていない。
 宝島の得意なパターンを使い、とりあえず中立な立場での意見の公開、となってはいるが、残念ながら、全体的には靖国神社の存在自体へのネガティブな表現が目立つ。曰く、戊辰戦争での幕府軍の死者は合祀されていないから、偏った祭祀社であり、国家的な慰霊施設たりえない云々など。
 ただ、国家と言うものを、どう捉えるか、歴史をどう踏まえるか、で、この部分の議論は変わってくるのだろう。そもそも歴史とは、覇権を握った者が綴る記録であり、敗者が除かれるのは仕方がない。ただ、そこは無視して日本の全ての戦死者を祀る、というのも、悪くない。しかし、それならば尚の事、首相の公式参拝及び、
天皇陛下のご参拝
は、必ずして貰わなければならない。正しいナショナリズムの表現の場として、是非行って欲しい。そして、
「二度と先の大戦のような悲劇を繰り返さない」
という誓いの場であることを、全世界に宣伝して欲しい。これこそが、我々に出来る最大の「謝罪」であることを、世界中に示して欲しい。

 所謂「A級戦犯」とは、「どんな行動に加わったか」をABCで分けているのであり、「どれだけ悪いことをしたか」のランク分けではない事を、この本ではじめて知った。

 尚、「A級戦犯」を祀る、という事は、御霊信仰に連なる、「あらぶる魂を鎮める」という意味で、むしろ日本人的な感覚からすれば、
「しなくてはならない」
祭祀である、というものだと言う事も、理解してもらいたいものである。ちなみにこれは、うちのカミサンに言われて、目から鱗が落ちた事である。
H181101


封印された釈迦の予言 著者:福島裕鳳
おすすめ度:★★☆(2,5点) ジャンル:謎の預言書(笑)
 すごいタイトルだ、とお思いでしょう。サブタイトルはもっとすごい(笑)。
 「釈迦の警告・月蔵経に隠された人類最大の危機」(笑)。
 このお経は、釈迦が未来を予言したもので、その的中率と、内容の危険さから、僧侶の中でも限られた者しか知らない、禁断の経らしい。
 内容は、ノストラダムスも真っ青な(笑)予言書で、人類の滅亡を予言する釈迦の警告が記されている、というものである。
 ただし、『大集経(大集部月蔵品を含む)』は、初期から中期にかけての大乗仏典なので、釈迦の直接語った教えとは、到底言い難い物ではある。著者は、それを知らなかったか、或いは知っていて隠しているか。後者ならば、まさしく確信犯である。
 ただ、仏教を国経として大いに保護したアショカ王が、ヨーロッパにも仏教を伝え、それがヨーロッパの言語に訳され、ノストラダムスの目にも入ったかも知れない、という大胆予想は、個人的には受け入れる事の出来る、興味深い推測である。
 とりあえず、正しい教えも、時が経てば拘束力を失い、教えを守らない者が多くなる。そんな危惧を覚えた仏教教団の誰かが記した警告書だ、と思えば違和感は無い。
 それを、国イコール地球、悪鬼の炎イコール核兵器などと拡大解釈をするから、大げさになるのであって、そこは著者の情報操作が入っている。3割ほど差っ引いて読むと、結構素直に読めるのではないか。まあ、出版されたのが平成5年(1993)で、「ノストラダムスの大予言」の話題華やかなりし頃なので、大目に見てやってくださいな。
H181015


聖書 著者:不明
おすすめ度:★★★(3点) ジャンル:キリスト教聖典
 泣く子も黙る(?)、世界一のベストセラー・ファンタジー(笑)。
 もはや解説は不要かも、というぐらいの有名作品。今まで、なかなか読むことが出来なかったが、『ダ・ヴィンチ・コード』のお陰で、やっと踏ん切りがついた(笑)。
 聖書といえば、「旧約」と「新約」がある。何が新旧か良く判らなかったのだが、読んでみて、解説なども読むことによって、ようやく「神との契約」の新旧であることが判った。
 ただ不思議なのは、「旧約」と「新約」の間には、かなりの隔たりがある、ということである。「旧約」の記述を予言ととらえて、「新約」では、イエスの行動が神に約束されたものだ、という証明にしようとしているのだが、神の行動は、あまり統一性が感じられない。特に、モーゼに対する神の業は、「選民」という歪んだ発想を助長する、かなり危険な行為である。
 そう考えると、イエスの行動は、神の選民思想をかなり万民向けに咀嚼し直した、翻訳託宣であったようである。それも、後代の教会がズタズタに切り裂き、改悪して広めてしまった為、今のように訳の分からない妙な信仰形態になってしまったのだろう。外典や異端として排斥した部分を正しく理解すれば、この宗教はもっと良いものになるだろう、と思う。
 「旧約」は、ファンタジー年代記、「新約」はヒーロー一代記、そのくらいのスタンスで読むと、結構面白いかも。
H181010


空海コレクション2 著者:宮坂宥勝 監修
おすすめ度:★★★★★(5点) ジャンル:大師著作解説
 弘法大師空海の著作を、出来うる限り平易に訳し、解説した本。
 空海の著作は、とにかく難しいのが特徴で、凄まじいまでの勉強量と、恐ろしいほどの記憶力とで書かれたその本は、引用の多さ故に、
「解説文に解説文を付け、さらにその文に解説が必要」
なほどの情報量を持つ。なので、基本的には専門書以外ではほとんど出版されていなかった。それを、宮坂宥勝師、頼富本宏師などの手によって、文庫本として出版した。その意義は大きい。
 原文に解説を付け、要約文を対訳として載せ、そこに補足説明を足す。そんな構成にしたお陰で、かなり理解しやすくなっている。しかし、それでもかなりはしょっている部分があるので、真言密教の基礎知識は必要。
 この2巻は、『即身成仏義』『声字実相義』『吽字義』『般若心経秘鍵』『請来目録』を紹介している。前の3作は、真言密教の教義に直接関わるもので、最後のものは、唐より帰朝した際の報告書のようなものである。
 この本のオススメは、やはり『般若心経秘鍵』である。皆さん良くご存知の「般若心経」が、実は密教の奥義を記しているのだ、という画期的な内容。
 密教、という響きに拒否反応のある人もいると思う。そんな人にこそ、この本はある。是非一読をオススメする。訳文も判りやすく、読みやすいっす。
H180622


宗教の自殺 さまよえる日本人の魂 著者:梅原猛/山折哲雄
おすすめ度:★★★☆(3,5点) ジャンル:宗教哲学
 哲学者と宗教学者の対談集。
 とりあえず、内容的には、仏教がどうとか、キリスト教がどうとか言う前に、
「日本の宗教」
を論ずる事が主題であるので、総合的宗教論として何かを語る、という事を期待してはいけない。日本人にとって、宗教とは何なのか、宗教とどう付き合っていけばいいのか、を、対談形式で、しかもリレー方式の対談と言う、一風変わった方法で行っている。そのため、それぞれの主張がまとまっていて、お互いが「何が言いたいか」が判りやすい。
 二人して、古神道を引き合いに出して、日本人のルーツをそこに求めている。古神道の考え方を中心に、仏教も日本的に組みなおされているので、そこを無視しては内容を見誤る。まずは、日本人の考え方そのものを見直すべきではないか、と。私的には、大いに賛成である。
 この本のまとめは、胤舜の個人的な考えだが、以下の部分に集約されていると思う。
ちょっと長くなるが、引用させてもらう。

「遺伝子=魂は死なない――――梅原」より
(P203〜P204より抜粋)
 「デカルトは彼の小さな部屋で、近代哲学の始まりを告げる、『我思う、故に我あり』という言葉をつくり出したけれども、私は、孫と故郷の田舎へ行って、そこの自然の中で新しい哲学の原理を考えた。
 孫は、山へ行って蝉をとり、海へ行ってイソギンチャクと遊んだ。その蝉は60年前に私がとった蝉の何十代めかの子孫であろうし、そのイソギンチャクも私が遊んだイソギンチャクの何十代めかの子孫であろう。かつて子供の私が蝉やイソギンチャクとの出会いを喜んだように、また孫がその子孫のイソギンチャクとの出会いを喜ぶ。人間と自然の出会いが永遠に循環する。人間は自然に出会い、また次の人間も同じように自然に出会い、そういうことが永遠に繰り返されていくのです。それが生命の本質ということになるのではないでしょうか。昔の人には、そのことが直観的にわかっていたのだと思います。われわれはそこに、もう一度この人間と自然の出会いの原点にかえって、新しい哲学の体系を生み出さなければいけないのです。」
H180528


仏陀のいいたかったこと 著者:田上太秀
おすすめ度:★★★(3点) ジャンル:釈迦仏教
 現駒澤大学仏教学部教授の田上氏による、原始仏教解釈本。
 今現在、世界にはいろいろな形で仏教が広まっているが、実際の「人間・ゴータマ=シッダールタ」は、一体何を説いたのか?そこを第一義に、この本は書かれている。
 氏によると、仏陀は1、「この世の苦しみは執着である」2、「苦しみを無くすには釈迦の教え(八正道)を守ることである」3、「だれでも仏陀になれる」と説いた、と結論付けている。
 私的には納得する部分もあるのだが、上座部仏教の修行者の中には、この意見に反対する人もいるかもしれない。
 私が最近出入りしているコミュニティサイトの中で、ある上座部仏教の信者が、
 「一法界一仏陀」
であると力説し、釈迦だけが仏陀であり、それ以外の「悟りを得たもの」は阿羅漢に過ぎない、と説明している。思い切り、3に抵触している。
 が、信者氏の説く仏陀像は、田上氏に言わせれば「生きた宗教たりえない」ということになる。単なる哲学であり、人が本当に救いを求めている助けになるのか、という事である。
釈迦を神格化することに異を唱える田上氏にとっては、だれでも仏陀になれない教えは、信用がおけない、ということになるだろうか。
 単なる哲学や、形骸的な宗教ではない、人間・釈迦の「真に救われたい人のための宗教」としての仏教を求めた氏の説は、なかなか興味深い。
 一度、原始仏教を勉強した人の、確認としての仏教の入門書として、押さえといてもいいんじゃないか、と思いますが、どう?
H180510


密教夜話 著者:三井英光
おすすめ度:★★★★★★★★★★(10点) ジャンル:密教
 んー、三井英光師の本である。

 『聖愛』という真言宗系の雑誌がある。その雑誌に、三井師が連載していた文章を再録する、という形での出版である。
 基本的には、「真言宗を信仰する人間として、真言宗をどう理解し、どう生きていけば良いか」という感じの、一般人向けの内容となっている。しかし、平易な言葉の奥にある、確固たる信仰心と、宗教者としての絶対の自信は、ありありと読む者の胸に迫ってくる。胤舜個人的には、特に「人のたましい」に関する記述が、普段私が考えていた事と、ほぼ一緒であったので、おおいに納得出来た。
 第二章「信心問答」の中にある、
 問 (仏、というものの説明に対して)それは勝手な空想ではありませんか。
 答 見方に依ってはそうも言えるかも知れませんが、しかし信ずる者にとっては切実な事実なのです。第一自分がこうして生きているという事さえも、自分の力で生きているのではない。何か大きな力に生かされているとしか思えぬのです。その生かし給う力というか生命というかそれを仏と言うのです

 という答えは、宗教家としてのゆるぎない信念を感じて、本を読みながら思わず頷いてしまった。
 学問としての知識は、下に挙げた松長先生の『密教 コスモスとマンダラ』が一押しだが、信仰、という視点から真言宗を考えた場合、この本は外せない。宗教、信仰、道徳、社会、個人、そんなことを考える時、この本は間違いなくひとつの指針を示してくれる。名著である。

 ただし、欠点がひとつある。それは、
 値段が高い!(笑)―――定価1800円+消費税


密教 コスモスとマンダラ 著者:松長有慶
おすすめ度:★★★★★★★★★★(10点) ジャンル:仏教
 えー、また、松長先生の本です。

 「密教とは何か?」という、極めてシンプルにして、最も難しい問いに対する、松長先生の答えが、この本である。
 以前、何度かこの本を読もうとして、その度に挫折してきた私だが、今回手にしてみて、
 「もっと早くに読んでおけばよかった」
 「今だからこそ良く理解できたのか」
この二つの思いが浮かんだ。
 密教を、発生元のインド、伝播先の中国、そして吸収・発展させた日本・チベットのデータをふんだんに利用し、密教の持つ思想性や宗教性を、ものの見事に説明し切って見せた、その力技には脱帽である。日本にある、既存の仏教宗派としての「真言宗」では無く、この世界に存在する思想・哲学としての「密教」、また仏教の一角を担う宗教としての「密教」を、出来うる限りの分かりやすい表現を用いつつ、尚且つ学術的資料としても役立つ内容としてまとめ上げている。
 「密教とは、宇宙と自分とが本来同一のものである事を、再確認するための教えである」
 この本の内容をひとことで要約すると、こうなる。
 はあ?
 と思う人の方が多いだろう。そんな人たちにこそ、この本を読んで貰いたい。上記の要約に至るまでの解説が、分かりやすく説かれている。自分と世界の関わりとは?「即身成仏」という言葉の意味は?この本は、もの凄く多くの事を示唆してくれるハズである。
 いち信者としての宗教的知識としては、既出の『わが家の宗教 真言宗』がオススメであるが、真言宗、ひいては密教の根本的理解を得る為には、この本は不可欠ではないか、とまで言える。まさに名著である。
 アジアの思想が、いかに奥深く、素晴らしいものか。この本を読んで、再確認して貰いたい。
 人生にとってプラスになる「何か」が得られると思う。お勧めの逸品。


生命の探求 密教のライフサイエンス 著者:松長有慶
おすすめ度:★★★★★★(6点) ジャンル:仏教
 この本は、私の大学時代の指導教授だった松長先生の著書である。
 今更ながら、「サインもらっときゃよかった(笑)」と思う。今度自宅まで貰いに行こうかな?

 さて、この本は、松長師が、これまで様々な雑誌や論文集などに掲載してきた、生命倫理に関する論文を、一冊にまとめた物である。
 要するに、「臓器移植や、クローン技術などは、密教の立場から見たら、どうよ?」といった内容である。この問題には、様々な解釈があり、一概に「これが正しい答えだ!」という意見は出せないことだと思う。あえてその問題に踏み込んだ先生の決断には、敬意を表するものである。
 この本の全体的な結論は、「少なくとも、日本人にとって、(特に)臓器移植などは、思想的に合わない。また、密教的にも、軽々しくYESと言えるものではない」と、やや否定的なものである。ただ、私的には(贔屓目なしに)この説には同意出来る部分が多かった。
 実際に臓器移植によって助かった人も多いし、またそれに生きる希望を繋いでいる方も多いということも理解しているつもりではいる。ただ、マスコミの感情的プロパガンダに流され、自分の意見を無視して、良い、悪いを論じる今の日本のあり方には、先生と同じく異を唱える。
 密教的には、一個人が一つの体でいることが、「一つの小宇宙を構成している」と考えるので、移植という考え方はどうか?と思う。ところが、これは「個」と言うものを前提に考えた”ミクロ”な考えであり、”マクロ”な見方を用いれば、宇宙全体を一つの生命と考えると、「そんな些細な事…」とも言える。
 しかし、世の中”ミクロ”的な「私」あっての「他」であると思う部分もある。ひたすら「他」の為に行動する”菩薩行”は理想だが、人類全体がそこまで成熟するには、まだ時間が掛かる。
 この問題は、我々が触れるには、まだ早すぎる問題なのかも知れない。

 正直に言うと、私自身が脳死判定がなされて、私の臓器によって助かる命があるなら、それもいいかな、とも思えるが、私の存命中に私の妻が脳死となって、その臓器が必要だ、となった場合、本人の意思がどうあれ、まず私は、
 NO!
と断言するだろう。恥ずかしながら、私はまだまだ未成熟なのである。


ブッダのことば スッタニパータ 著者:不明(中村 元訳)
おすすめ度:★★★★★★★(7点) ジャンル:仏教
 岩波文庫刊、仏教の、それも原始仏教と呼ばれる頃の経典である。
 中国及び日本には、『スッタニパータ』の第4章「八つの詩句の章」が、『義足経』として訳されているだけで(『大蔵経』) 、全文は漢訳されていない。パーリ語に翻訳された物が、上座部仏教の聖典として伝わっている。
 仏教は、その発生から後、原始仏教―上座部―大乗―密教と進化してきたが、この経典は、一番釈迦本人の言葉に近いものと考えられるものである。読んでみると良く分かるが、今、世界中で信仰されている「仏教」のような、難しい教理がほとんどない。お釈迦さんは、教えを請いにやって来る人には、それが在家の一般人であろうと、ヒンズー教を信仰するバラモンであろうと、独自の教義を持つ聖者であろうと、全く変わりなく、自ら悟った真理を淡々と伝える(いわゆる対機説法)。
 第五「彼岸に至る道の章」の[七、学生ウパシーヴァの質問]に、
[師(ブッダ)は言われた、「ウパシーヴァよ。よく気を付けて、無所有をめざしつつ、『何も存在しない』と思うことによって、煩悩の激流を渡れ。諸々の欲望を捨てて、諸々の疑惑を離れ、妄執の消滅を昼夜に観ぜよ]
という一節がある。
 いわゆる「空」の思想を説いたのもであろうが、この頃から既に、「何故苦しいか」という命題と徹底的に向き合って、その苦しみを真正面から受け止め、しかも乗り越える事を説いているのである。諦めでも、逃げでもない、積極的な克服をこそ、必要だと力説している。
 同書第一「蛇の章」の[犀の角のようにただ独り歩め]という表現にも、毅然とした態度で真理と向き合うことを説いている。
 今から2000年も前に書かれたこの経典には、現代の世界(特に今の日本)に忘れられた何かが、大量に詰まっている。人生に疲れた人、今の暮らしに行き詰まりを感じている人、必読である。


八宗綱要 著者:凝念大徳/鎌田茂雄訳注
おすすめ度:★★★★★★★★(8点) ジャンル:仏教
 講談社学術文庫刊の、仏教解説書。鎌倉時代初期の、華厳宗僧侶・凝念の手になる「仏教各派ダイジェスト本」である。
 倶舎宗、成実宗、律宗、法相宗、三論宗、天台宗、華厳宗、真言宗それぞれの教義を、ダイジェスト的にまとめた好著。
 著者の凝念さんは、もともと華厳宗のお坊さん。しかも、この本を書いたのは29歳(満年齢なら28歳)の時!自分が28の時に、これほどのものが書けるか?多分絶対無理(笑)。
 ただ、華厳の人だけに、華厳に至る小乗・大乗各仏教宗派の解説は見事なのだが、華厳より1ステージ上の「真言宗」だけは、解説がかなり上っ面を撫でるだけで終わっている。その辺はちょっともったいない気がする。
 しかし、仏教各派の概要を知るには、またとない一冊。唯識を研究していたお坊さんも言っていた。「『八宗綱要』は読んでおかなくちゃ」と。いっときましょう。講談社刊は、書き下し・漢文・口語訳・語彙解説の順になっているので、口語訳の部分を読むだけでもオッケーですよ。ちなみに、私も口語訳部分だけ読みました(笑)。
 入門書として(結構難しい内容だが)いっときましょう。


わが家の宗教 真言宗 著者:佐藤良盛
おすすめ度:★★★★★★★★(8点) ジャンル:宗教
 大法輪閣社から出版されている、「わが家の宗教」シリーズのひとつ。大法輪閣といえば、月刊『仏教』という雑誌も出している、ブッディスト御用達の出版社である。
 自分の家の宗教は?という質問はものすごく多い。中には「真言宗」と「(浄土)真宗」を間違えているつわものもいる。そんな人も、そうでない人も、この本はおすすめである。
 巷には数多くの宗教に関する入門書みたいなものが出回っているが、ひろさちや氏の書く超ビギナー用の本以外では、ここに紹介する本が最も優れている。プロ(僧侶)・アマ(在家―一般人)を問わず、読んでためになる。著者の佐藤良盛僧正は、真言宗智山派の要職を歴任し、智山専修学院(修業道場の事)の学監も務めている阿闍梨である。智山の方は、一般人にも分かりやすい、しかも本格的な書物をよく出版している。
 けっこう本格的な知識を入手出来るので、マニアックな方は、目を通しておく必要あり、だ。