2000年に読んだ本


========= 6月〜12月 =========

特殊作戦ヘリ、侵入せよ(下) 特殊作戦ヘリ、侵入せよ(上)  特殊作戦ヘリ、侵入せよ(上)(下) ニック・クック/訳・後藤 安彦:ハヤカワ文庫:\524(上・下とも):1993年6月30日発行(上・下とも)

 ソ連が崩壊してからというもの、アメリカとロシアが共同で何事かを成し遂げる、という冒険小説が増えた。そういえば映画でも『メタル・ブルー』というのがあったっけ。着陸してくるファントムを指さして『ミグだ!』と叫ぶシーンなど、マニア的視点では興ざめなところもあったが。話が逸れたがこの作品もそういった米露共同での人質救出モノで、舞台はもちろん中東、そしてこの方面に詳しいイギリス人ジャーナリストを主人公として話が進められていく。とはいっても、実は密かな企みが裏でうごめいているというわけで、巧妙に伏線が張られているが読んでいてなかなか気付かない。このどんでん返しに気付いた後の話の展開はイケイケドンドンで一気に読ませる。最後の方でちょっと“そりゃぁないだらう”的なトコロもあるが。なお、この作品で重要な役割をする航空機はアメリカ空軍の特殊作戦ヘリMH-53JペイブロウIII。ここのところ国内の米軍基地のオープンハウスで公開されていて、ワタシも昨年の厚木で間近に見ることができた。

『殺人事件』殺人事件  『殺人事件』殺人事件 辻 真先:双葉文庫:\476:1993年8月15日第1刷

 『劇中劇』というのは著者お得意の方法で、この作品でも登場人物が書いた推理小説というのがいくつか挿入される。で、その推理小説を書いた人がその小説と同じ状況で次々と殺されていく、というところにこの作品の面白みがある。しかしながら、この作品にはもうひとつ、探偵役の牧薩次(つじまさき、のアナグラムである)、通称ポテトと恋人の可能キリコ、通称スーパーとの恋の行方という謎がある。この二人、作中でも10年以上恋人同士をやっているのだが、やっと進展があるか?という感じもしないではない。長年のファンであるワタシとしてももうそろそろいいんでないかい?的なので、次にこの二人が登場する作品で果たして進展はあるのか、気になるところである。

名古屋学  名古屋学 岩中 祥史:新潮文庫:\438:2000年4月1日発行

 東京と大阪に挟まれた“都会でもなければ田舎でもない街”名古屋に生まれ育った著者が、『名古屋とはなんぞや』と様々な事柄を解説していく。名古屋人がなぜあそこまで中日ドラゴンズに入れ込むのか、全国的に有名な冠婚葬祭のハデさはなぜなのか、名古屋の会社はなぜ元気なのか、名古屋の食べ物はなぜ全国区にならないのか、そんな数々の疑問に“なるほどそうだったのか”と明快に回答してくれる。
 ワタシは名古屋には過去3度ほど行ったことがあるが、いかにも名古屋らしいという体験はしていない。今一度名古屋に行って、せめて喫茶店の豪勢なモーニングサービスには一度お目にかかってみたいのであるが、その予習にはもってこいの本であった(笑)。あ、うなぎの櫃まぶしも食べてみたいなぁ。ヽ(^o^)ノ

怪盗ジバコの復活  怪盗ジバコの復活 北 杜夫:新潮文庫:\388:1992年12月15日発行

 実に久しぶりに北杜夫作品を読む。かの日本文学史に燦然と輝く大作「楡家の人びと」(新潮文庫)を記した方と同一人物とは思えないほどの内容の気楽さである。世に盗めない物はない大怪盗ジバコと、コロンボ、ポアロ、ホームズら世界の名探偵との対決。であるからいちおうミステリーなのであるが、ミステリーに付き物の緊張感はカケラもない(笑)。だがこれが著者の持ち味なのである。「どくとるマンボウ」ものをミステリーにするとこうなる、という感じであらうか。トリックには多少無理がないでもないが、特に最初のコロンボとの対決での最後のドンデン返しは『こんなんアリかい?』的で見事。気楽に読むにはちょうどいい作品である。

空軍の荒鷲たち(下) 空軍の荒鷲たち(上)  空軍の荒鷲たち(上)(下) ウォルター・J.ボイン/訳・伏見 威蕃:ハヤカワ文庫:\602(上)・\544(下):1995年7月31日発行(上・下とも)【カバーイラスト:高荷義之】

 「荒鷲たちの勲章」「戦う荒鷲たち」(ともにハヤカワ文庫)に続く『荒鷲』シリーズ三部作の完結編。登場人物は共通しているが時代はそれぞれ独立していて、本作の時代設定は第二次大戦後から1950年代後半までである。前2作を読んだのはもうかなり前の話で、内容はほとんど忘れ去っていたのであるが、物語としては独立しているのでほとんど支障はなかった。話的には典型的なアメリカ的大河小説といった感じで、複数の登場人物が入れ替わり立ち替わり物語を進行させていくという手法。アメリカ空軍の創設から始まり、朝鮮戦争、マッカーシズム、黒人差別撤廃運動vsクー・クラックス・クランといった社会の動きに登場人物たちはさらされていく。小説を読みながらアメリカ近代史の勉強にもなるというわけか(笑)。朝鮮での空中戦闘、B-47の開発や運用での苦難など、飛行機マニア的にも読みどころ多数である。

風の国へ・駱駝狩り  風の国へ・駱駝狩り 椎名 誠(文・写真):新潮文庫:\350:1994年7月1日発行

 著者が中国の奥地タクラマカン砂漠周辺と、オーストラリア内陸部の乾燥地帯を旅行した時の旅行記。タクラマカン砂漠では“さまよえる湖”ロプノールとともに砂に消えた都・楼蘭に思いを馳せ、砂漠を渡る風について考える。オーストラリアでは野生のラクダをつかまえて調教する仕事に同行し、ヘンな動物ラクダについて考察する。砂漠の旅というのは文字通り不毛なイメージがあるが、そんなモノは旅する者の感じ方次第でどうにでもなるのだなぁと感心したのであった。
 オーストラリアでの旅行中、著者はエアーズロックとマウント・オルガに立ち寄るのであるが、ここはワタシが新婚旅行で訪れた地であり、近くのウララという所にあるホテルというのはおそらくワタシがその時泊まったところであらう。なんだかとても懐かしい感じがした。

あゝ零戦一代  あゝ零戦一代 零戦隊空戦始末記 横山 保:光人社NF文庫:\650:1994年3月15日発行

 敗戦記念日のある8月にはやはりそれにふさわしい読み物を。というわけでこの本である。零戦がまだ十二試艦上戦闘機と呼ばれていた頃から敗戦まで、零戦パイロット一筋に戦ってきた著者の空戦記。著者は几帳面な性格らしく、日時や場所はもちろん作戦時の分隊編成や指揮官名、機種、機数など、実に細かく記されている。また着陸や着艦の手順、訓練の方法なども系統立てて書かれていてわかりやすい。先の戦争が歴史年表の一項目になろうとしている今、ただの回想録ではない資料的価値のある記録は貴重である。
 こういった著書を読むにつけ今のこの国の“平和”が先の戦争で戦った人たちの行ってきたこと(それがいいとか悪いとかはまた別の話である)を土台にして築かれているということを再認識させられるのである。ただひとつ残念なのは、この戦争で負けて以後我が国では、軍備を放棄すると同時に軍事というモノを真剣に考えることまでも放棄してしまったことであらう。

途中下車の旅  途中下車の旅 宮脇 俊三:新潮文庫:\350:1992年6月25日発行

 ハデなドンパチの後は静かに紙上旅行。著者の作品を読むと何かホッとした気分にさせられる。今回の旅は日本のあちこち、万事未定の旅。冬の山陰でカニをたらふく食べ、夏の津軽でローカル線三昧をするが、同行した編集者はフツーの人で鉄道にはまったく関心を示さない。著者はひとりマニアな行動をあくまでおだやかに行うのである。文中の旅のひとつに『上野−盛岡・各駅停車』というのがあるが、実はワタシ、これに近いことをかつてやっている(しかもその時は上野から青森まで各停で行ったのだった(笑))。ワタシの場合は旅費を浮かすためにやったのだが、当時多少鉄分が入っていたワタシでも退屈したのであるから、同行の編集者はさぞかし退屈したことだらう。

ロシアの核(下) ロシアの核(上)  ロシアの核(上)(下) デイル・ブラウン/訳・伏見 威蕃:ハヤカワ文庫:\720(上・下とも):1998年1月15日発行(上・下とも)

 アメリカ空軍でB-52やF-111の航法士だった著者がF-111を大活躍させるために書いた物語、というわけではないが、とにかくF-111のファンならば読んで損はない作品。ロシアとウクライナの間に勃発した核戦争に例によって首を突っ込んだアメリカ、だが派遣されたのはRF-111G(このサブタイプは架空のもの)のたった1個飛行隊。その搭乗員である男女の活躍を描いている。この作品も著者の経歴が経歴だけに戦闘シーンは迫真モノであるが、登場人物の描き方や物語の運び方が先に紹介した『交戦空域』とは実に対照的で面白い。ロシアが投じた核爆弾で恋人を奪われたウクライナ空軍の戦闘機パイロットが最後に行う行動は、冷戦時代のアメリカ人なら誰もが夢見たことではないだらうか?(^_^;)

風になれ、波になれ  風になれ、波になれ 野田知佑カヌー対談集 野田 知佑:角川文庫:\417:1993年7月25日初版発行

 暑くなってくれば読むべきはこの人の著書であらう。遊びを職業にして、というか職業が遊びで、しかもマイペースで生きている、という感じが実にうらやましい限りである(笑)。この本はおなじみ椎名誠を初めとしてC.W.ニコル、立松和平、倉本聰、渡部一枝(ちなみにこの方は椎名誠夫人)といった面々との、川をテーマにした対談集である。水面上1メートルの視点から様々なモノを見てきた人々の、川に対する思いがあふれ出た本である。そんな話を読むにつけ、我が国の川に対する行政はやはりおかしいと思わざるを得ないのである。

ブックカバーが塗料をこぼしてしまったため汚れてしまってますm(_ _)m

事故調査  事故調査 柳田 邦男:新潮文庫:\514:1997年8月1日発行

 世の中が複雑になれば、日々起きる事故もまた複雑な様相を帯びることになる。事故調査についての古典的名著『マッハの恐怖』の著者が、国内外の様々な事故(大は航空機や原発から小は家庭内まで)についての分析を通じ、事故をどう読み、再発を防ぐにはどうすべきかという視点と方法を論じた作品。事故が起きるととかく『誰のせいだ!』と当事者も警察もマスコミも責任者を捜す方向にベクトルが向いてしまうのが日本での傾向であるが、責任者が交代しただけでは事故の再発は防ぎ得ないわけで、『なぜそうなったのか』を突き詰めて考えることの大切さを教えてくれる本である。
 でもなんで著者はいわゆる日航ジャンボ機墜落事故については何も書かないのであらうか。

だから何なんだ  だから何なんだ 景山 民夫:新潮文庫:\427:1993年11月25日発行

 世の中に溢れ返る著者の気に入らない様々な事柄に関して、当たるを幸いちぎっては投げちぎっては投げしたエッセイ集。とはいっても笑いというオブラートに包んで決してギスギスさせないところはさすがである。読んでいて『あーあるあるこういうの』と思わず膝を打ちたくなるようなことばかり。エッセイ本編が書かれたのは1988年から1989年にかけてなのでもう10年以上前のことなのだが、書かれていることのほとんどが今も全然変わっていないこの状況を、著者は草葉の陰からさぞかしクヤシイ思いで見守っていることであらう。しかしホント、惜しい人を亡くしたもんである。某宗教団体のことを除いては、であるが。(^_^;)

交戦空域  交戦空域 ジョン・ニコル/訳・村上 和久:二見文庫ザ・ミステリコレクション:\790:2000年4月25日初版発行

 著者は1996年までイギリス空軍でトーネードのパイロットだった人物。湾岸戦争では撃墜されてイラク軍の捕虜となった体験を持っている。物語の舞台はアルゼンチンとの戦争から十数年経ったフォークランド諸島。ここに駐留するイギリス空軍派遣部隊に配属されたパイロットと、彼とコンビを組むオーストラリア空軍の女性航法士が主人公である。当然飛行機も主役のひとつであるが、彼らが乗るテンペストという戦闘爆撃機はもちろん第二次大戦中のアレではなく架空のもの。トーネードを固定翼にしたような感じだらう。そしてもちろん戦闘シーンもたっぷりだが、著者の経歴が経歴だけに真に迫るものがある。
 しかしなんというか、イギリス人の書く冒険小説てのはなんでこうも暗いのであらう(全部ではないだらうが)。同じ物語をアメリカ人が書いたらもっと陽気なモノになるではないか。主人公が過去に縛られて鬱々としていたり、物語がハッピーエンドに終わらないところなどクレイグ・トーマス(映画にもなった『ファイアフォックス』(ハヤカワ文庫)の作者)の作品を読んでいるようだった。決して悪い気分ではないが、ワタシの好みではないのは確かである。

十和田湖畔に死体が踊る  十和田湖畔に死体が踊る 辻 真先:徳間文庫:\485:1993年7月15日初刷

 著者のミステリー物はたいてい探偵役になる登場人物によるシリーズになっているのだが、この作品に登場するのはいつも振られてばかりの、ユノキプロ所属のタレント葉月麻子。しかしこの作品ではいきなり婚約者が登場して引退、そして新探偵役のフリーライター夢瀬鬼人(見ての通り『ムセキニン』の当て字(笑))が登場する、という新旧交代編となっている。舞台は十和田湖近辺、事件が起こるのは小坂町にある廃坑跡を利用したテーマパークである。かつてワタシが自転車で走った十和田湖〜発荷峠〜ストーンサークル(大湯)というルートも登場して懐かしい感じがした。下で紹介した作品と同じミステリーとはいってもこちらは軽いノリでサクサク読めるのはいつもの辻作品と同じ。やはりアタマを使った後はこんな作品が向いている。

文政十一年のスパイ合戦  文政十一年のスパイ合戦 −検証・謎のシーボルト事件 秦 新二:文春文庫:\495:1996年3月10日第1刷

 ワタシのシーボルトに関する知識といえば、江戸時代にいた青い目のお医者さんで、日本の女性との間に子供作って、この女性の名前がアジサイの学名になってて、幕府の禁制品をオランダに持ち出そうとして見つかって国外追放になって、といった程度の教科書で習った範囲を出るモノではなかった。強いていえば『なんで医者が禁制品を持ち出す必要があったんだろ?』というところが疑問ではあったが、教科書ではそんなことまで教えてくれないので疑問は疑問のまま残っていたのである。そこでこの本なのだ。この長年の疑問(というほどでもないけれど(^_^;))に答えてくれたばかりか、それ以上の深い深〜い裏話を見事に浮かび上がらせてくれたのである。巻末の解説で北上次郎氏が絶賛するのもむべなるかな、この本は単なる歴史読み物ではなく、そんじょそこいらの推理小説など足下にも及ばない第一級のミステリーである。日本史に関心のある方もない方も、ぜひ一読を。

========= 6月〜12月 =========

========= 1月〜5月 =========

タクアンの丸かじり  タクアンの丸かじり 東海林 さだお:文春文庫:\448:1997年4月10日第1刷

 無条件に楽しめる極上のエッセイ。「食」に関するあれこれを著者一流の視点で料理して、どこから読んでも「うんうん、そーゆーのあるある」とついつい顔がほころび、題材とされた食べ物を食べたくなってくる。沢庵を自分で漬けることに挑戦するため大根を軒先で干した、その干され具合の描写などは実に素晴らしい(笑)。また、この一連の話しが書かれたのが1990年から1991年にかけてということで、ところどころにフセインという名前が登場する。中でもカツカレーをイラクのクウェート侵攻になぞらえた下りは「をを、こういう見方もできるのか!」と目からウロコが落ちる思いであった(笑)。著者はどんな食べ物に対しても、決して背伸びせず気取らず自分の目の高さから、慈しみすら持って接する、その姿勢が読者を惹きつけてやまないのであらう。やはりこの方は日本一の名エッセイストである。(^o^)

技術街道をゆく  技術街道をゆく 〜ニッポン国 新産業事情 吉岡 忍:講談社文庫:\757:1993年3月15日第1刷

 著者が47都道府県を歩いて地場の会社や研究施設を訪ね、その土地土地に根ざした産業の姿を記したルポ。その土地で何が求められているか、場所ごとに違うその姿が興味深い。著者が全国を歩いたのはちょうど10年も前になるため、今では時代遅れになってしまっている技術やなくなってしまった会社もあるが、先端技術を必要とするのもそれを生み出すのも結局はヒトである、ということを再認識させてくれる。ちなみに我が神奈川県で著者が訪れた会社のひとつはF士通川崎事業所であるが、ここは今でも最先端を行く企業のひとつとして立派にそびえ立っている。

あやしい探検隊 海で笑う  あやしい探検隊 海で笑う 椎名 誠(写真・中村 征夫):角川文庫:\660:1994年6月25日初版

 私が椎名誠の文章の魅力にハマったのは『わしらは怪しい探検隊』(角川文庫)であった。それ以前にも『さらば国分寺書店のオババ』『気分はだぼだぼソース』(ともに情報センター出版局〜新潮文庫)などを読んだことはあったが、この『わしらは〜』はなんとゆーか、学生時代にサイクリングクラブに所属しキャンプ道具を担いで日本中を自転車で走り回っていたという、アウトドア志向があった私のココロにズドンと撃ち込まれた水中銃のようなインパクトがあったわけである。なぜ“水中銃”なのかは問わないでいただきたい。単なる思いつきなので(笑)。ともかく、大のオトナが莫大なエネルギーを注ぎ込んで宴会をやるためだけに無人島に渡り、長老だのドレイだのという階級制度(笑)のモトで飲めや歌えの大騒ぎ、というのがただ単純にウラヤマシかったわけなのだ。
 しかし「東ケト会」(これはなんだ?と思った方は本を読むべし)のメンバーも歳を取って「いやはや隊」となり、無人島での宴会もかつてのようなパワーはない。そこにジジイになりつつあるオヤジの哀愁を見るか、はたまた円熟したオトコたちの背中を見るか、それは読む人の自由。私は前者だったが(爆)。

上海リリー  上海リリー 胡桃沢 耕史:文春文庫:\476:1997年11月10日第1刷

 胡桃沢耕史の最後の長編となってしまった作品。戦前〜戦中の上海という街は実に魅力的だったようで、数々の文学作品や歌や映画になっているのだが、タイトルの上海リリーという女性もまた、その時代の上海で活躍した人物である。徴兵がいやで上海に半ば逃げてきた日本人の主人公の目を通して、上海リリーや彼女を諜報活動に利用しているのかされているのかよくわからない陸軍少佐、二人が活動の拠点にしている中国人の暴力組織の首領、少佐公認の上海リリーの恋人であるアメリカ人などが入り乱れた複雑な人間模様と、日本軍占領下の上海という街の中で、主人公は、そして上海リリーはどのように生き抜いていったか。いったい誰を信じていいのかわからなくなってしまうような、こんな複雑怪奇な状況の中でよくぞ毎日暮らせるものである。あの時代のあの場所で、確かに食い物や住むところは良いかもしれないが、私だったら三日ともたないであらう(笑)。これはフィクションとノンフィクションが渾然一体となった物語であり、史実に詳しいほどより楽しめるだらう。

笑う大学  笑う大学 南 伸坊:ちくま文庫:\544:1993年1月21日第1刷

 “単位”という呪縛がないと大学の授業というのはこんなに面白いものだったのか、ということに気づかせてくれる本である(笑)。著者が自分が興味を持った大学などの講義にもぐりこんで聴講するという内容なのだが、その実に楽しそうな様子(楽しくなかった講義もあったようだが)に、自分が学生だった時もこんなふうに授業に興味を持って臨んでいればもうちょっとマシな人生を送れたかも、と思わず反省してしまったくらいである。まぁそういえば当時私が一番面白かったのは単位外の授業だった「文章表現論」だったような気がするなぁ(爆)。

正義の雷鳴  正義の雷鳴 第14空母戦闘群(1) キース・ダグラス/訳・栗山 洋児:光人社NF文庫:\952:1998年2月13日発行

 場面は一転、雪の舞う真冬の日本海である。アメリカ海軍の空母CVN-74トマス・ジェファーソン(もちろん架空の艦、CVN-74は実際にはジョン C.ステニスである)を中心とする第14空母戦闘群の戦いを描いたシリーズ第1作。北朝鮮に公海上で武力攻撃を受けて拿捕された情報収集艦キメラの奪還作戦を通じて、苦悩しつつ成長していく主人公のF-14パイロット、マシュー・“トゥームストーン”・マグルーダーの姿を描いた作品である。F-14、F/Aー18、A-6などの艦上機が乱舞し空戦シーンもたっぷりとあり、さすが元テイルフッカーの書いたものだけに迫力満点である。
 この手の作品にはもはや、悪役としての北朝鮮の存在は貴重なものであろう。なにしろ実状がわからないだけに好きなように書ける(笑)。でもまぁ正直言って日本のすぐ隣でこんなドンパチはやらかしてほしくないなぁ。あとわからないのは、なんでこのシリーズが「NF(=ノンフィクション)文庫」に入っているのだらう?

迷犬ルパンの東京暗殺マニュアル  迷犬ルパンの東京暗殺マニュアル 辻 真先:光文社文庫:\427:1993年6月20日初版第1刷

 手に汗握る冒険活劇のあとは気楽にサクサク読めるミステリーでアタマをほぐそう。というわけで迷犬ルパンシリーズである。しかし、いくらルパンが数々の事件解決のお手伝いをしているからといって、来日中のリヒャルト公国(なさそうでありそうで、でもやっぱこんないかにもな名前の国はないわなぁ)の皇族の警護にあたるというこたぁあるまいて。いや、警護してるのは飼い主の朝日刑事のほうだ。この朝日刑事は恋人の川澄ランの家に居候しているのであるが、この警護にその川澄ランとかその弟の健とかさらにそのガールフレンドの美代子までどうして一緒にいられるのか。日本の警察もそこまで甘くなったかなどと考えるのはヤボである(笑)。今回はちょっと凶器の設定に無理があるかな、と思わないでもないが、相変わらず意表を突いたトリックで楽しませてくれるのはさすがである。

ストックホルムの密使(下) ストックホルムの密使(上)  ストックホルムの密使(上)(下) 佐々木 譲:新潮文庫:\590(上)・\552(下):1997年12月1日発行(上・下とも)

 『ベルリン飛行指令』『エトロフ発緊急電』(ともに新潮文庫)に続く著者の第二次大戦秘話三部作の3作目。在スウェーデン日本大使や駐在武官、スウェーデン皇太子、ナチスに占領されたパリから流れてきた日本人の遊び人やオペラ歌手、さらには祖国の独立のため日本大使と持ちつ持たれつの関係にある亡命ポーランド人スパイなど、様々な人間模様が渦巻く第二次大戦の中立国スウェーデンの首都ストックホルムから、ヨーロッパ〜シベリア〜満州〜日本へと向かう“敵中横断三百里”的物語(言うことが古いぞ>自分(^_^;))。最初はゆったり流れていた物語が、下巻に入って“敵中横断三百里”(だから古いって(笑))になっていくあたりから急激にアップテンポになっていく、そのあたりの書き方がなかなかに巧みでページを繰る手を休ませない。結末がどうなるか予測できない分(ある程度は判るが)、ダーク・ピットシリーズより楽しめるかも(笑)。また、物語中に先の2作品の登場人物や事件もしばしば登場し、けっこう重要な役回りもしているので、合わせて読むとまたいっそう楽しめるであらう。

パタゴニア  パタゴニア 〜あるいは風とタンポポの物語り 椎名 誠(写真・山本 皓一):集英社文庫:\544:1994年6月25日第1刷

 久々に椎名誠の“文学”を読む。物語は南米パタゴニア地方に旅した紀行文であるが、そこかしこににじみでる“妻”への想いがこの作品を文学にしている。地球の反対側にいて日本にいる病んだ妻を思うとき、側にいてやれないもどかしさがこちらにも伝わってきてなかなかに切ない気持ちにさせてくれるのであった。とはいえ著者が同乗した『チリ海軍の軍艦の中ではもっとも小さい沿岸警備艇クラスのオンボロの軍艦』リエンテール号の乗組員(もちろん海軍の軍人)たちとの交流の場面などはいつものシーナ節で楽しめる。また、挿入された写真も異境の地を旅する気分を高めてくれる。著者の他の作品とは一線を画した独特の雰囲気が漂う一冊である。

常識と非常識  常識と非常識 〜世界から孤立する日本人へ 豊田 有恒:祥伝社ノン・ポシェット:\505:1993年12月20日初版第1刷

 SF作家にして大型二輪を転がす熟年ライダーであり日本有数のコリア・ウォッチャーでもある著者が、政治・経済・環境問題・国際情勢にスポーツまで、マクロからミクロまで世の中の様々な出来事を当たるを幸い斬りまくった批評本、とでも言えばいいのであらうか(笑)。「おれ」を一人称として書かれた一見ぞんざいな文章だが、正論がズバッと書かれているようでなかなか小気味よい。『汚職政治家は全国民の陶片追放で当選無効にせよ』『日朝国交など言語道断。まず民主化を要求せよ』『軍事音痴大国ニッポン。無知な識者は引っ込め』『偉大な求道者手塚治虫氏に国民栄誉賞を与えよ』など、ワタシ的にもうなづける点が多かった。この本が書かれたのは7年前だが、ここに挙げた主張は今でも通用してしまうのがちょっと悲しい気がする。(~。~;)

暴虐の奔流を止めろ(下) 暴虐の奔流を止めろ(上)  暴虐の奔流を止めろ(上)(下) クライブ・カッスラー/訳・中山 善之:新潮文庫:\705(上・下とも):1998年12月1日発行(上)/1998年12月1日発行,1998年12月20日2刷(下)

 ダーク・ピットの辞書には「死」という言葉はないに違いない。相変わらずの活躍ぶりは、フツーの人間なら最初のドタバタであの世に行ってしまいそうである(笑)。カッスラーの代表作ダーク・ピットシリーズ第14作の、今度の仇役はちうごく人。吊り上がった細い目で相手をねめつける狡猾そうなオヤジの姿が容易に想像できる描き方である(笑)。対する我らがダーク・ピットは、アル・ジョルディーノを始めとするいつもの仲間たちとこのちうごく人の陰謀を身体を張って阻止し、そしてもちろんその間にも美女とよろしくすることは忘れないという、いかにもアメリカンヒーローらしい、実に刺激に満ちた充実した人生を送っているのである(笑)。
 まぁ正直いって水戸黄門なのである。最後にはピットは必ず勝つのである。だがこのシリーズはそこに至るまでのプロセスを楽しむものなのだから、何も考えずに楽しむのが一番。余計なことを考えてはいけない。(^_^;)

新・新東洋事情  新・新東洋事情 深田 祐介:文春文庫:\408:1993年11月10日第1刷

 我が国のバブルに陰りが見え、崩壊した1990年代前半のアジアは好景気に湧いていた。そのさなかに現地に進出した日本企業やその社員、そして現地情勢を克明に記した、「新東洋事情」(文春文庫)の続編である。韓国から撤退した企業が現地と日本のマスコミに叩かれて一方的に悪者になってしまったという、最初のエピソードに登場する「日本の某大新聞」というのがどの新聞か、容易に想像できてしまうのはなぜだらう?(笑)。しかし、この頃に証券会社のカウンターに通って株を売り買いし、高い服に身を包んで優雅な毎日を過ごしていた台湾のご婦人たちのその後の姿を想像するにつけ、ちょっとニヤリとしてしまうのは意地悪だろうか?

ザ・交通事故  ザ・交通事故 別冊宝島編集部・編:宝島社文庫:\562:1999年11月8日第1刷

 私もそうだが、毎日クルマを運転する人なら一度ならずヒヤリとした経験をお持ちのことと思う。そのヒヤリがちょっと先に進んでしまうと人生が180゜回転してしまうかもしれない。この本は交通事故にかかわる色々な立場の人間の姿を描いたルポルタージュである。加害者、被害者、損害保険・生命保険会社の示談係、タクシー会社の事故係、当たり屋などなど。ひとつの交通事故の裏側にいろいろな人間の思惑が蠢めき、被害者になって泣く人々、加害者になって呆然とする人々の影で甘い汁を吸う人間すらいることを教えてくれる好著である。

========= 1月〜5月 =========