2002年に読んだ本


精神科に行こう!  精神科に行こう! 心のカゼは軽〜く治そう 大原 広軌(著)・藤臣 柊子(マンガ):文春文庫PLUS:\552:2002年11月10日第1刷
 2002年12月5日読了

 最近、アン・ルイスなど有名人がカミングアウトしたことにより名前が知られてきた『パニック・ディスオーダー(パニック障害)』という病気。ワタシにも身近にこの病気を抱える人がいるので人ごとではない。この本は仕事上のストレスからパニック・ディスオーダーになってしまった著者の精神科通院体験記である。精神科というと『黄色い救急車が迎えに来る』だの『窓に鉄格子のはまった部屋に入れられる』だの『拘束衣を着せられる』だのといったステロタイプなマイナスイメージが未だにあるわけであるが、行く前はそんなイメージを持っていた著者も、いざ行ってみると特にどうということはない普通の病院であることに安心する。身体が調子を悪くして風邪をひいたりするように、心(アタマ)も調子を崩して具合が悪くなるモンで、それがパニック・ディスオーダーやうつ病という形になって現れるのである。風邪をひいたら内科にかかるように、心が調子を崩したら精神科に行くべし、なのである。これは誰にでも起こり得ることであるし、いつそうなってもおかしくないことである。今は普通に暮らしている人たちも、“明日は我が身”と思っておくべきであらう。

フィルム旅芸人の記録  フィルム旅芸人の記録 椎名 誠:集英社文庫:\544:1995年7月25日第1刷
 2002年11月30日読了

 本書は、著者自らが設立した映画会社「ホネ・フィルム」製作の第1回作品『うみ・そら・さんごのいいつたえ』の映写フィルムと映写幕を担いでの全国巡業と銀座凱旋公演、さらに映画の舞台となった沖縄・石垣島の白保地区でのお礼公演までの、著者自身の日記という形式での全記録である。各地の会場は映画館ではないので環境は様々。場内に直射日光が入るような劣悪環境の会場もあれば、スタッフに「建物ごと巡業したい」と言わしめる素晴らしい会場もある。そしてその地域地域で後援してくれる人たちとの交流も交えて、自ら映画の宣伝塔と化した著者は全国を駆けめぐるのである。しかしまぁ、ものすごいエネルギーである。圧倒されてしまう。ここまで映画に入れ込めるというのはスゴイことだ。こんなに夢中になれるモノがあり、それをさせてくれる家族に囲まれた著者はつくづく幸せな人なのだなぁ、嗚呼、とか思わず嘆息してしまうワタシなのであった。(^◇^;)

黒の試走車  黒の試走車 梶山 季之:角川文庫:\490:1973年10月30日初版発行/1985年10月30日16版発行
 2002年11月21日読了

 この作品は1962年に書かれたモノだが、高度成長時代のハシリの自動車産業におけるスパイ合戦の内幕を描いた内容は現代でも充分に通用する第一級の企業ミステリーである。時代がなにしろワタシが産まれる前であるので、登場する小道具や単語は「懐かしい」以前の歴史書を見るような感じであるが(爆)、40年経っても人間のやることはちっとも変わってないというわけか。以前何かの本で誰かが絶賛していたのを読んで以来(内藤陳の『読まずに死ねるか!』だったかな)、読みたいと思いつつなかなか見つからなかったのが、近所のブック●フで見つけたので速攻買いしたわけだが、まさに大当たりであった。こんな面白い本が\100で買えたとは。(^o^)

伊勢エビの丸かじり  伊勢エビの丸かじり 東海林 さだお:文春文庫:\467:1998年5月10日第1刷
 2002年11月12日読了

 著者は当たり前の食べ物を実に美味しそうに描写してくれる。しかし最初に出てきたのは一杯\8,000の味噌汁。これはいったいどうしたことだ、とちょっと不安になったが、次に取り上げられているのが稲荷寿司なので『やはり著者は志を曲げたわけではなかったのだ、嗚呼』と読者はホッと胸をなで下ろすのであった(笑)。しかしこの本のもとになるエッセイが連載されてた10年前にはそんなバカバカしく高い味噌汁を食べさせる店もあったのだなぁ。他にも本書には一杯\1,100の牛丼(しかも吉野屋が出してたそうな)だの、ひとつ\2,000で食べる直前に調理する駅弁だのといったグルメブーム的なものも出てきて時代を感じさせてくれる。モツ鍋が流行ったのもこの頃だっけ。とまぁ、このようにこのエッセイのシリーズは時代の写し絵にもなっているのである。
 ちなみにこの本、カミさんの付き合いで行った歯医者の待合室で読んでいたのだが、夕飯前だったので空きっ腹には実に辛かった(笑)。拷問と言ってもいいだらう(爆)。持っていく本の選択を間違えたとつくづく後悔しつつ、でもやっぱり面白いので笑いをこらえることができないのであった。(^o^)

仮面海峡  仮面海峡 深田 祐介:文春文庫:\447:1994年7月10日第1刷
 2002年11月11日読了

 30代半ば以上の方なら、かつて一世を風靡した「スチュワーデス物語」というドラマをご存じであらう。その原作者が著者である。かつて日本航空に勤めていたというだけあって国際事情に明るい著者による、アジアの国々での国際ビジネスの最前線を小説仕立てで読ませるのが本書である。内容は韓国、タイ、香港、マレーシア、中国を舞台にした短編小説5本であるが、書名にもなっている韓国を舞台にした「仮面海峡」は、実際に起こった事件を元にしているだけあって生々しい迫力がある。この国では、かつてはビジネスの交渉の場にまで“日帝時代”(イルチェ・シデー)を持ち出してくることがよくあったという。今ではサッカーワールドカップの共催などを経て彼の国の反日感情もだいぶ和らいだと聞くが。しかしこういった話を読むにつけ、文化の違いは恐ろしいもんだと思うものである。

落第坊主の履歴書  落第坊主の履歴書 遠藤 周作:文春文庫:\388:1993年2月10日第1刷
 2002年11月1日読了

 大学は国文学科を出ているワタシは学生時代もよく本を読んでいたが、当時の友人たちの間では遠藤周作は人気の作家であった。でもワタシは遠藤文学はほとんど読まず、もっぱら“雲刻斎狐狸庵山人”としての著者が記した肩の凝らないエッセイばかり読んでいた。本書はその“狐狸庵モノ”の延長のつもりで読んだのだが、実は「履歴書」の名の通り著者の幼少時代から現在(てゆーか出版当時)までの足跡を著者自ら辿ったような内容なのであった。本の中では触れられていないが、どうやら前半は日本経済新聞文化面の『私の履歴書』というコラムをまとめたものらしい。著者がイタズラ好きだったということは聞いていたが、それは実に子供の頃からの性癖であったわけなのだ。いわゆる『頭のネジが1本抜けている』という子供がそのまま大人になったかのよう。でもそういう人の方が周囲から愛されたりするもんである。(^◇^;)

撃墜王  撃墜王 スティーヴン・クーンツ編著/訳・高野 裕美子:講談社文庫:\857:2000年11月15日第1刷発行
 2002年10月29日読了

 元アメリカ海軍のA-6攻撃機パイロットで、ベトナム戦争での自身の体験を元に書いた処女作「デビル500応答せず」(講談社文庫、「イントルーダー怒りの翼」として映画化)で一躍航空小説の第一人者になった著者が、第一次大戦からベトナム戦争まで戦場の空を戦い抜いた男たちのノンフィクションを集めたアンソロジー。日本人代表として坂井三郎も登場する。この本は飛行機の本ではない、飛行機乗りの本であると著者は言う。確かに、こうして時系列に見ていくと、飛行機が登場してから現代まで空の戦いの本質は全く変わっていないということに気付かされる。変わったのは戦いの道具たる飛行機のほうで、それを操るのは人間であることには変わりはない。地球上のどこかで常に起こっている戦いの報道を見聞きするとき、そのことを常に頭に置いておくことが大切なのではないだらうか。

旅は自由席  旅は自由席 宮脇 俊三:新潮文庫:\427:1995年3月1日発行刷
 2002年10月12日読了

 長年出版社に勤めた経験から、筆者は「売れるものは良書である」という。なぜなら読者は自分の時間とお金を使って本を読むのであるから。なので若い人に読んで欲しいと力を入れて書いた自著「時刻表昭和史」(角川文庫)が売れないことを嘆きはするが、だからといって売れないことについて不服を言うつもりはないという。
 これはあちこちの雑誌などに書き連ねた短文を集めた本書の中の、「自作再見『時刻表昭和史』」という文の一節である。あいにくワタシはこの「時刻表昭和史」をまだ読んではいないが(持ってはいるのだが(^◇^;))、少なくとも著者の作品を読む時間と出すお金を惜しいとは思わない。気ままな一人旅もままならない今の我が身を、本の中であちこちに連れていってくれるからである。本書の中に冬の北海道の魅力が再三登場するが、ワタシはあいにく北海道には夏にしか行ったことがない。海岸線から水平線の彼方まで真っ白な流氷の海を一度見てみたいものである。寒いのはニガテだが(爆)。

ターゲットは大統領機(下) ターゲットは大統領機(上)  ターゲットは大統領機(上)(下) デイヴィッド・E.フィッシャー&ラルフ・アルバタッジー/訳・黒原 敏行:ハヤカワ文庫:\602(上・下とも):1994年7月31日発行(上・下とも)
 2002年10月5日読了

 下巻の帯の惹句には“『シャドー81』に匹敵する航空冒険小説の白眉”とある。ルシアン・ネイハム著『シャドー81』(新潮文庫)といえば、1977年に日本語訳が新潮文庫で刊行(原著の発表は1975年)されて以来未だに版を重ねて読み継がれているという、冒険小説史上に残るハイジャック物の大傑作。ワタシももちろん新潮文庫で出てすぐに読んだのであるが、あまりの面白さにその後一度も読み返していないにも拘わらず未だに粗筋が空で言えるくらいである。その『シャドー81』に匹敵するというくらいであるからさぞかし面白いのであらうと思って読み始めたのであるが、結論から言うと『シャドー81』ほどではないにしろ実に面白かった。その証拠に上下2分冊の長い物語なのにたった8日間で読み終わってしまった(まぁ今週は読む時間がたくさん取れたという幸運はあったのだが)。
 アメリカ大統領(ちなみにパパ・ブッシュが実名で登場)をどうにかしようとする犯人と、彼を追うイスラエルのモサドのエージェントとFBI捜査官のコンビの、虚々実々の駆け引きが物語の主軸である。一見するとバラバラに見える犯人の様々な仕掛けが、物語の山場に向かって一気に収斂していく様は実にお見事。この手の物語に付き物のご都合主義も散見されるものの気になるほどではない。また飛行機マニア的にはツッコミ所もあちこちにあるが、それも大したことはないかなと思わせるくらいの面白さであった。正直なところ、読んだことのない作家なのであまり期待はしていなかったのであるが(前の前に読んだモノがあんなんだったので尚更(^◇^;))、これは思わぬ拾いモノをしたという感じである。
 しかしどーでもいいが下巻のカバー絵はネタバレだよなー。(~。~;)

迷犬ルパンと殺人結婚  迷犬ルパンと殺人結婚 辻 真先:光文社文庫:\485:1994年4月20日初版1刷
 2002年9月27日読了

 辻作品には、二つのストーリーを平行して語ったり、メインのストーリーに別のストーリーを入れ子にしたりといった楽しい趣向が凝らされているモノが多い。この作品も、“現在”起きている殺人事件の背景を“過去”のストーリーで語らせている。多くはない登場人物がほとんど全てどっかで繋がっているというのは世界が狭すぎるんぢゃないの、と思わないでもないが、物語にする必要上これは仕方があるまい。それはともかく、この“過去”のストーリーによって犯人は救われているという面があって(それはラストシーンでわかるのだが)、連続殺人という空恐ろしいストーリーが深刻にならずに済んでいるようだ。また、今回も“トリックのためのトリック”的なトリックがあるのがちょっと鼻についたが、それよりもラストで重要な小道具として当時まだ珍しかった(この作品がカッパノベルスとして刊行されたのは1988年12月)自動車電話が登場するのが時代を感じさせる。
 それにしてもこのルパンという犬、つくづく頭いいなぁ。ウチのチコにも見習わせたいもんだ。(^◇^;)

ナイトストライク  ナイトストライク グレゴリー・G.ヴァニー/訳・中原 尚哉:創元ノヴェルズ:\825:1993年6月25日初版【カバーイラスト:高荷義之】
 2002年9月21日読了

 すでにアメリカ政界を引退したハズのタカ派の長老が、米ソの冷戦終結工作を進めるハト派の大統領の不慮の事故死をきっかけに、空軍のA-10航空団司令官であるパイロットの息子を操って大統領の葬儀を攻撃させ一気に自分の思うとおりの政権を作り上げようとする。そこに現れたうだつの上がらないCIA諜報員が、事故死した大統領の安全保障担当顧問兼愛人だった女性を助けつつ、海兵隊にいる弟のAV-8Bパイロットに命じてA-10Aを迎撃させるが・・・、という感じの物語。こう書いただけで荒唐無稽なストーリーだという感じがするが、話の筋もご都合主義てんこ盛りで白けること夥しい。著者の略歴は不明だというが少なくともパイロットではないだらう。最大の山場であるA-10Aが葬儀を攻撃するシーンも真に迫るモノがないし、A-10AとAV-8Bの空戦シーンも机上の想像で書いたという感じ。まぁぶっちゃけた話、あまり面白くなかったというわけ(爆)。ついでに言えば、高荷氏のカバーイラスト、A-10Aのマーキングは物語に登場する航空団のものではないし、背後に迫るAV-8Bは小学生の絵みたいだし、ちょっと手抜きでないかい?(^◇^;)

草の海  草の海 モンゴル奥地への旅 椎名 誠/写真・高橋 のぼる【「」の下に「タヰ」】:集英社文庫:\563:1995年6月25日第1刷
 2002年9月5日読了

 この作品は椎名誠監督作品『白い馬』という映画の原作だそうだが、もちろんワタシは映画を見ていない。著者一行はモンゴル奥地の遊牧民に混じって、同じゲル(移動式円形住居)に暮らし、馬を奔らせ、たまには遊牧民と一緒にヒツジを追ってみたりする。空は広く高く、輪郭のハッキリした雲がごんごんと走っていく。春から夏にかけての大地は一面緑の“草の海”。日本という刺激に満ちた国に暮らしていると、毎日決まったことの繰り返しで変わり映えのしない、ここの遊牧民の暮らしがなんとも退屈に思えるだらう。正直ワタシもそう思った。だから余計に、年に一度のナーダム祭の盛り上がること。相変わらず読者をノセるのがうまい著者の文章と多数の美しい写真で、そんな素朴な暮らしにちょろっとだけ触れさせてもらったような気がする。しかしワタシにはここで暮らすのは無理だらうな。刺激がないということ以上に、食べ物が口に合いそうにないので。(^◇^;)

バトル・オブ・ブリテン  バトル・オブ・ブリテン イギリスを守った空の決戦 リチャード・ハウ&デニス・リチャーズ/訳・河合 裕:新潮文庫:\738:1994年4月25日発行
 2002年8月30日読了

 敗戦記念日のある8月には毎年戦争モノを読むことにしている。例年なら太平洋戦争モノになるのだが、今年は趣向を変えて第二次大戦モノにしてみた。何しろワタシ、ヨーロッパ戦線については自慢ぢゃないが全く疎い(笑)。イギリス本土決戦、いわゆる『バトル・オブ・ブリテン』(以下BoB)の戦闘が一番激しかったのが、日本が開戦する前の1940年8月であったことすら知らなかったくらいだ。というわけで、本書はBoBが始まるまでのイギリス側の準備と、公式にBoBの期間とされている1940年7月10日から10月31日までの戦闘の様子、そしてその後のイギリス空軍(RAF)を、英独双方の資料や戦史それに過去に記された戦記物や回想録はもちろん、新聞紙上で募集した様々な人々の声(整備兵、通信兵や基地のコック、野戦病院の看護婦などの軍人や軍関係者はもちろん、一般市民や貴族さらには国王に至るまで!)も交えてまとめ上げたものである。著者が「一般読者を対象にした叙述」というだけあって、BoBに対してほとんど予備知識のないワタシでもきわめて理解しやすい内容となっている。なお、本書を読み終わるのに1ヶ月半近くかかっているが、これは単に本書が630ページにもなる大作であることと、途中に夏休みを挟んだために時間がかかっただけであり、決して難解であったためではない。
 BoB当時のイギリス本土の早期警戒網については、そういうものがきちんと構築されていたということは聞いていたが、本書で初めて内容に触れることができた。いやはや、なんとも素晴らしい先見の明である。第一次大戦の時にドイツの飛行船に爆撃されたことが、このレーダーによる早期警戒網を構築する発端になったのだから。イギリスの勝利はまさにこの早期警戒網に負うところが大きい。しかしわからないのは、なぜドイツ側はイギリス本土のレーダー基地をきちんと潰そうとしなかったのかということ。いくつかの攻撃をかけてはいるが、早期警戒網自体を潰そうとしていたとはとても思えない。このシステムの重要性が理解できなかったのか(遠く極東の島国のように!)。もうひとつわからないのは、なぜドイツ空軍はBoB期間中、護衛戦闘機であるBf109の航続距離を延ばす試みをしなかったのかということ(本書には触れられてないんですが、してたんですか?>ドイツ機マニアの諸兄)。イギリス本土上空に10分しかいられないのでは、爆撃を終えた爆撃機がイギリス空軍機の追撃を受けて落とされてしまうのは自明の理。やはりここは足の長さを誇る我が日本海軍の零戦を・・・(。_゚)))☆C= バキッ! ←それは佐々木穣の「ベルリン飛行指令」か?(^_^;)
 数の上では明らかに劣勢だったRAFが勝てたのは、地の利以上にシステムの勝利であったといえるのではないだらうか。

川からの眺め  川からの眺め 野田 知佑:新潮文庫:\350:1995年10月1日発行
 2002年7月18日読了

 まだ梅雨明け前だというのに暑くてたまらない今日この頃、この人の本で一服の涼を取る。この本は著者が1980年代の終わり頃から1990年代の始めにかけてあちこちの雑誌や小冊子に書いてきたエッセイが主体になっている。やはり水面上1メートルの視点から眺めた世界は涼しげでいいなぁ、と思うのである。しかしこの世界、旧来の日本の土木行政の一番の被害者なのではあるまいか。自然に惹かれて人が集まると、“その人たちが便利になるように”とわざわざその自然を壊してキャンプ場を作るなど、呆れてモノが言えない的。都会と田舎の価値観の差か。著者は言う。『現在、最も考えたくないテーマ、書きたくないのは「川のこと」である』と。
 古来、自然と共存してきた日本人の姿はいったいどこに消えてしまったのか。「都会になる」ことがそんなに大切なことなのか。そんなこと、都会に住むヤツにはわからん、と言われてしまえばそれまでか。いろいろ考えさせられてしまった。おかしい。涼しくなろうと読んだハズだったのに。(~。~;)

トム・クランシーの原潜解剖  トム・クランシーの原潜解剖 トム・クランシー/訳・平賀 秀明:新潮文庫:\621:1996年4月1日発行
 2002年7月13日読了

 トム・クランシーによる「がんばれ!アメリカ軍」(訳者による解説より)シリーズ第1弾。1996年2月時点で海軍(潜水艦・本書)、陸軍(機甲騎兵連隊・恐らく未訳)、空軍(戦闘航空団・『トム・クランシーの戦闘航空団解剖』新潮文庫)が刊行されていたそうだ。内容はアメリカ海軍の攻撃型原潜『マイアミ』とイギリス海軍の同『トライアンフ』への同乗取材を中心に、“海の忍者”潜水艦が海の中でいったいナニをやっているのかを明らかにしていくものである。
 ワタシはこの分野には明るくないので、かなり興味深く読ませてもらった。何ヶ月もの作戦行動の間、プライバシーは無いに等しく、物音には常に気を配り、狭い艦内で訓練に明け暮れる毎日を過ごし、“人肌の寝台”で眠る。ワタシだったらこんな生活、3日も耐えられないであらう。しかしいやだと言っても艦から降りることさえできないのだ。以前から聞いてはいたことだが、潜水艦乗りは忍耐強くなければ勤まらないということを改めて感じ入った次第である。

イエスタデイ・ワンス・モア  イエスタデイ・ワンス・モア 小林 信彦:新潮文庫:\388:1994年10月1日発行
 2002年6月14日読了

 これもタイムスリップ物のSFといっていいだらう。タイムパトロールのような人物も登場するし。というわけで、この物語で1989年に生きる18歳の主人公が飛ばされるのは1959年。東京オリンピック前夜の東京である。この世界で主人公はふとしたことからちょっとした有名人になってしまうのだが、ちょっと話がうまく進みすぎるような気もする。30年後の世界から忽然と湧いて出た(笑)人間が、そんなふうにうまく社会にとけ込めるものなのだらうか。
 なんていうことを考えるのはヤボというものであらう。この物語は、著者による“あの時代”に対するノスタルジーでありオマージュでもあるのだから。最初から最後までそんな気分に満ち満ちているこの物語を読んでいると、その時代を知らないこちらまで懐かしさに囚われるような気がしてくるから不思議である。
 主人公が話す台詞の中で象徴的な一言がある。

ぼくは高度成長まえの日本を、教科書や歴史書でしか知らなくて……。いまになってみると、あの中の白黒の写真が、いけないんですね。暗い印象をあたえるんです。カラー写真であれば、印象がちがったと思います
 そうなのだ。カラー写真を見慣れた目で見ると、モノトーンで見る昔の風景からはなにかしら沈み込んだような感じを受けるのである。ワタシも主人公同様、1950年代終わり頃のことは写真で、しかもほとんどモノクロでしか見たことがない。活気のあった時代であると話には聞くものの、モノクロ写真からイメージされる“暗い”という感覚がどこかしらにあるのである。しかしその時代とともに生きてきた著者からみれば、その時代は総天然色で光り輝いているのである。著者のその強烈な思いが読んでいるこちらにまで伝わってくるからこそ、そこはかとない懐かしさが漂ってくるのではないかと思うのである。

ミラージュを盗め  ミラージュを盗め ジェイムズ・フォレット/訳・田中 昌太郎:二見文庫ザ・ミステリ・コレクション:\699:1989年7月25日初版発行(1990年10月25日3版発行)
 2002年5月31日読了

 今年は本を読むペースが遅いようだ。この作品も面白くなかったわけではないのだが読み終わるまでに1ヶ月以上かかってしまった。ま、静岡ホビーショーがあったから仕方ないかな。ヘ(^o^ヘ)(ノ^o^)ノ
 というわけで、これは1967年6月5日に勃発した第3次中東戦争(六日戦争)に際し、イスラエル空軍(IDF/AF)が当時最大の装備機調達先にしていたフランスから武器禁輸策を喰らって、当時の主力戦闘機だったミラージュIIICJのスペアパーツの入手や、50機発注していたミラージュVJ(Vはローマ数字の5)の受領が不可能になったため、ミラージュIII/Vをライセンス生産していたスイスの工場からミラージュVの設計図と、エンジンであるアター9Cの設計図をまるごと盗み出した、という実話に基づいた小説である。いきなり六日戦争を戦うミラージュのコクピットに放り込まれる冒頭でかなり期待したのであるが、読み終わってみるとちょっと物足りない。これは肝心の盗み出しが始まるまでが長すぎ(物語が2/3も進んだ頃にやっと始まる)、そのせいでクライマックスの逃避行が短すぎるというペース配分のアンバランスさからくるのだと思う。また盗み出しに際してスイスの工場の内部に協力者を作るのだが、その協力者が協力することを決意した同機がいまひとつ弱いような気もした(ここは史実とは違うようだ)。
 あとマニア的ツッコミをすると、まず当時IDF/AFが装備していたミラージュのタイプは、作品中ではミラージュVになっているが実際にはミラージュIIICJである。また水平尾翼という単語が何度か出てくるが、ミラージュIIIもVも三角翼のため水平尾翼はない。ついでにカバーのイラストはミラージュF.1で、これはIDF/AFは装備していない(ちなみにこの機体には水平尾翼がある)。物語の結末部分では、盗み出した設計図を元にして1975年にクフィル(ヘブライ語で『若獅子』)が作られたように読めるが、実際に盗み出した設計図を元にして作られたのはネシェル(ヘブライ語で『鷲』)で、これは1969年に初飛行して51機が生産され、1972年から部隊配備された。また物語中では『アメリカは支援してくれない』『ファントムはIDF/AFには大きすぎる』と語られているが、実際にはフランスによる武器禁輸策が発動される前にアメリカ海軍を通じてA-4スカイホークが発注されており、六日戦争後の1968年にはA-4Hによる最初の飛行隊が編成されている。また1969年には当時のアメリカ大統領ニクソンによる輸出許可によって50機のF-4E/RF-4EファントムIIの装備も開始され、最初の機体は9月に引き渡されている。そしてこの後現在に至るまでアメリカがIDF/AF装備機の主要調達先となるのである。

探偵さん、迷宮です!  探偵さん、迷宮です! 辻 真先:徳間文庫:\447:1994年2月15日初刷
 2002年4月25日読了

 辻ミステリーは気軽に読めるが、内容はいたって本格的である。この作品はグルメミステリーであるが、同時に時刻表ミステリーでもありトラベルミステリーでもある。舞台は能登半島の突端にある地蔵温泉(もちろん架空の土地)。“探偵”役は、以前取材先で殺人事件を解決したことがある(このシリーズ第1作の『味子さん、殺人です』(徳間文庫)という作品)女子大生兼グルメレポーターの味子こと神保亜子。かつての同級生が旅館の若女将を務める地蔵温泉に、カメラマンの空閑三九郎とともに向かったものの行く先で待ち受けていたのはまたもや死体だった・・・、てな感じの物語である。
 学生時代に自転車で日本中を回ったワタシも能登半島は空白地帯である。なので地理勘がまったくないので地名を羅列されてもピンとこないのであるが、逆にその分にわか旅行をしている気分にもなれた。ただ今回は辻ミステリーらしからぬ謎の解き残しがあったのと、死人の数がフタケタになってしまったのがちょっと残念かも。あんまし人死にが多いと気軽に楽しめないではないか。(^◇^;)

祖国へ、熱き心を  祖国へ、熱き心を 東京にオリンピックを呼んだ男 高杉 良:講談社文庫:\699:1992年5月15日第1刷発行
 2002年4月15日読了

 ワタシは本書の主人公である、日系2世のフレッド・和田勇氏のことを今まで知らないでいたことが恥ずかしくなった。この人なくしては“フジヤマのトビウオ”水泳の古橋選手の活躍はなく、1964年の東京オリンピックも実現せず、1968年のメキシコオリンピックでの日本サッカーチームの銅メダルもなく、1984年のロサンゼルスオリンピックでの日本野球チームの金メダルもなく、さらにはロサンゼルスひいては全米の日系人の今日はなかったと言っても過言ではないだらう。ついでにJR川崎駅前の繁華街も違った姿になっていたかもしれない。これほどまでに戦後の日本に影響を与えた日系人はいないのではないか。
 『ボクは日本が好きなんや』この一言で私財を投じ自らの時間を割いて日本のために南米諸国を歴訪し、太平洋の向こうとこちらを何度も行き来する。生半可な“愛国心”などという言葉では言い表せないその思いはいったいどこから来るのだらう。こんなものすごい人物のことが、我が国ではほとんど語られることがないのはなぜなのか。これは明らかに歴史教育の欠陥である。現代史をないがしろにするからこういうことになるのだ。
 なお、フレッド・和田勇氏は惜しくも昨年2月12日に93歳でお亡くなりになった。こういう大きなスケールを持った人物が今の世にも欲しいと思うものである。
【参考】関連リンク
 「追悼 和田勇さんの思い出」
 人物探訪:フレッド和田(上)〜二つの祖国

田宮模型の仕事  田宮模型の仕事 田宮 俊作:文春文庫:\524:2000年5月10日第1刷
 2002年3月22日読了

 とりあえず“モデラー”と名乗る人種なら、『☆★』マークでお馴染みの田宮模型の名前を知らない者はいないだらう。もちろんワタシも知っている。もっとも、☆★オリジナルキットにはワタシの守備範囲である1/72戦後機が少ないので、730個にもなるワタシのストック中には3個しかないのだが(イタレリなどからのOEMを含めても11個)。それはともかく、そして著者の模型との出会いから、現在世界一の模型メーカーとなった(株)タミヤの誕生から現在までをつづった本書は、いわば日本の模型(プラモデルもRCもミニ四駆も含めて)の歴史書ともいえるであらう。タミヤがプラモデルを手がけ始めた頃の金型屋や成形屋とのやりとりなどは、町工場のオヤジ同士が角突き合わせているようで、現在ワタシがそんな立場にいるだけにその情景が想像できてなかなか楽しかった。
 そんなわけで、ガキんちょの頃から今に至るまでプラモに親しんでいる(笑)ワタシには懐かしいキットが多数登場、かと思えばそうではない。なぜなら本書の内容のほとんどは1/35AFVキットやF-1のカーモデル、RCカー、ウォーターラインやミニ四駆の話に充てられていて、飛行機キットの話がほとんどなかったからである。ワタシも少ないながらもタミヤ1/48の零戦21型(初めてきちんと色を塗った飛行機キットがこれ)、ハリアーGR.1、F-16などを作ってきたので、その方面の話も読みたかったな〜、とか思ってしまったことである。

ミグ25事件の真相  ミグ25事件の真相 闇に葬られた防衛出動 大小田 八尋:学研M文庫:\600:2001年8月13日初版発行
 2002年3月21日読了

 東西冷戦のさ中の1976年9月6日に起きた、ソビエト防空軍のベレンコ中尉(当時)によるMiG-25戦闘機の函館空港強行着陸事件、いわゆる「MiG-25事件」は、ワタシを飛行機マニアの道に引きずり込むきっかけのひとつとなった出来事である。当時小学校6年生だったワタシはテレビにかじりついてニュース映像に映し出されるMiG-25を食い入るように見たものである。しかしこの時我が陸海空自衛隊、とりわけ函館駐屯地に駐留する陸上自衛隊第11師団第28連隊は、いきなり“実戦”の瀬戸際に立たされていた。なぜなら『MiG-25を奪還あるいは破壊するためソ連軍ゲリラが日本に侵入する動きを把握』という情報がアメリカ政府筋からもたらされたためである。
 筆者は事件当時第11師団の法務官を務めていた。この本はその時の第28連隊の動きを中心に、当時の日本の防衛体制について克明に記している。国防より政争を優先する内閣により防衛出動命令は発令されず、やむなく独断で防衛出動を準備する第28連隊。実戦による命の危険と、法の後ろ盾がないための刑事訴追を気にしつつ準備を進めたものの、全ての危機が去った後に残されたものは「全てを闇に葬る」という決定だった。
 もちろんワタシはこの本を読むまでこのことは知らなかった。闇に葬られたのだから当たり前である。だが本書を読むにつけ、“ソ連が本気にならなくてホントによかった”と『歴史の幸運』を感じずにはいられない。この事件から四半世紀が経った今、ようやく有事法制が整備され始めようとしている。この間「MiG-25事件」ほどのインパクトではないにせよ、日本の安全保障を脅かす事件はいくつも起きているのに、政府のこの動きの遅さはいかがなものか。隣の隣の国に対し明確なメッセージを送るためにも、一刻も早い防衛体制の法的整備を願わずにはいられない昨今なのである。

韓国・サハリン鉄道紀行  韓国・サハリン鉄道紀行 宮脇 俊三:文春文庫:\369:1994年8月10日第1刷
 2002年3月15日読了

 相変わらず著者の文章はうまい。淡々とした筆致でありながら周囲の描写に過不足なく、読む者をいつの間にか列車の座席に誘ってくれるかのようである。今回の作品は隣国である韓国とロシアのサハリンにおける鉄道の旅であるが、やはりこの方はツアーなどという大名旅行は性に合わないようである。ツアーに参加せざるを得なかったサハリンの旅よりも、出版社がセッティングしてくれた一流ホテルを現地に着くやいなやさっさとキャンセルして勝手気ままな単独行(とはいっても他の作品の取材旅行であるため行き先までは勝手にできなかったが)を楽しんだ韓国での旅の方が、鉄道旅行としては内容が充実していたようである(笑)。一方サハリンのほうは、それまで行き来が自由にできなかったトコロでもあるので(このツアーは1990年に行われている)、例えツアーであっても行けたというだけで感慨深かったようである。ワタシは海外の鉄道に乗ったことなど1度しかないが(それも観光鉄道だ)、読んでいるうちに自分も韓国やサハリンで列車の旅をしているような気がしてくるから、だから紀行文は面白いのである。

コロンブスの呪縛を解け(下) コロンブスの呪縛を解け(上)  コロンブスの呪縛を解け(上)(下) クライブ・カッスラー&ポール・ケンプレコス/訳・中山 善之:新潮文庫:\667(上)・\629(下):2000年6月1日発行(上・下とも)
 2002年2月15日読了

 今年最初の作品を読み終わるのに1ヶ月半もかかってしまった。ということでクライブ・カッスラーといえば『ダーク・ピットシリーズ』で有名だが、共著者としてポール・ケンプレコスを迎えたこの作品は『NUMAファイル』と銘打ったいわば“ダーク・ピットシリーズ外伝”とでも呼ぶべきもの。この作品の主人公は、ピットが所属する国立海中海洋機関(NUMA)の特別出動班班長カート・オースチンである。そしてカッスラーは、主人公には陽気なラテン系の相棒が必須と考えているのか、ダーク・ピットがイタリア系のアル・ジョルディーノとコンビを組んでいるように、カート・オースチンはスペイン系のホセ・“ジョー”・ザバーラと組んで数々の冒険をくぐり抜けていくのである。また、NUMAの所長サンデッカー提督や副長官のルディ・ガン、コンピューター技師のハイアラム・イェーガー、また資料蒐集家で美食家のサン・ジュリアン・パールマターなど脇役陣も登場するが、ピットとジョルディーノは主人公コンビとエレベーターですれ違うだけである。(^_^;)
 この物語は、ひとことで言ってしまうとコロンブス以前にヨーロッパとアメリカ大陸とが交流していたことが証明されては困る某悪玉とオースチン達との戦いである。カッスラーが得意とする沈没船ももちろん絡んでくる。しかしなんというか、全体のスケールがダーク・ピットシリーズより小振りな感じは否めない。主人公がピットではないので、恐らくこの話はカッスラーが作り上げたNUMAという舞台を使ってケンプレコスが書いたモノであらう。もちろん、この物語を単体として見れば立派に冒険小説として通用するが、カッスラーの名前からどうしてもダーク・ピットシリーズの荒唐無稽な面白さを求めてしまうのである。アメリカではすでにこのカッスラー&ケンプレコスのコンビの第2作が出ているようであるが、さらに面白さがパワーアップしていることを期待したい。えらそーに(^_^;)