2002年に読んだ本
最近、アン・ルイスなど有名人がカミングアウトしたことにより名前が知られてきた『パニック・ディスオーダー(パニック障害)』という病気。ワタシにも身近にこの病気を抱える人がいるので人ごとではない。この本は仕事上のストレスからパニック・ディスオーダーになってしまった著者の精神科通院体験記である。精神科というと『黄色い救急車が迎えに来る』だの『窓に鉄格子のはまった部屋に入れられる』だの『拘束衣を着せられる』だのといったステロタイプなマイナスイメージが未だにあるわけであるが、行く前はそんなイメージを持っていた著者も、いざ行ってみると特にどうということはない普通の病院であることに安心する。身体が調子を悪くして風邪をひいたりするように、心(アタマ)も調子を崩して具合が悪くなるモンで、それがパニック・ディスオーダーやうつ病という形になって現れるのである。風邪をひいたら内科にかかるように、心が調子を崩したら精神科に行くべし、なのである。これは誰にでも起こり得ることであるし、いつそうなってもおかしくないことである。今は普通に暮らしている人たちも、“明日は我が身”と思っておくべきであらう。
本書は、著者自らが設立した映画会社「ホネ・フィルム」製作の第1回作品『うみ・そら・さんごのいいつたえ』の映写フィルムと映写幕を担いでの全国巡業と銀座凱旋公演、さらに映画の舞台となった沖縄・石垣島の白保地区でのお礼公演までの、著者自身の日記という形式での全記録である。各地の会場は映画館ではないので環境は様々。場内に直射日光が入るような劣悪環境の会場もあれば、スタッフに「建物ごと巡業したい」と言わしめる素晴らしい会場もある。そしてその地域地域で後援してくれる人たちとの交流も交えて、自ら映画の宣伝塔と化した著者は全国を駆けめぐるのである。しかしまぁ、ものすごいエネルギーである。圧倒されてしまう。ここまで映画に入れ込めるというのはスゴイことだ。こんなに夢中になれるモノがあり、それをさせてくれる家族に囲まれた著者はつくづく幸せな人なのだなぁ、嗚呼、とか思わず嘆息してしまうワタシなのであった。(^◇^;)
この作品は1962年に書かれたモノだが、高度成長時代のハシリの自動車産業におけるスパイ合戦の内幕を描いた内容は現代でも充分に通用する第一級の企業ミステリーである。時代がなにしろワタシが産まれる前であるので、登場する小道具や単語は「懐かしい」以前の歴史書を見るような感じであるが(爆)、40年経っても人間のやることはちっとも変わってないというわけか。以前何かの本で誰かが絶賛していたのを読んで以来(内藤陳の『読まずに死ねるか!』だったかな)、読みたいと思いつつなかなか見つからなかったのが、近所のブック●フで見つけたので速攻買いしたわけだが、まさに大当たりであった。こんな面白い本が\100で買えたとは。(^o^)
著者は当たり前の食べ物を実に美味しそうに描写してくれる。しかし最初に出てきたのは一杯\8,000の味噌汁。これはいったいどうしたことだ、とちょっと不安になったが、次に取り上げられているのが稲荷寿司なので『やはり著者は志を曲げたわけではなかったのだ、嗚呼』と読者はホッと胸をなで下ろすのであった(笑)。しかしこの本のもとになるエッセイが連載されてた10年前にはそんなバカバカしく高い味噌汁を食べさせる店もあったのだなぁ。他にも本書には一杯\1,100の牛丼(しかも吉野屋が出してたそうな)だの、ひとつ\2,000で食べる直前に調理する駅弁だのといったグルメブーム的なものも出てきて時代を感じさせてくれる。モツ鍋が流行ったのもこの頃だっけ。とまぁ、このようにこのエッセイのシリーズは時代の写し絵にもなっているのである。
30代半ば以上の方なら、かつて一世を風靡した「スチュワーデス物語」というドラマをご存じであらう。その原作者が著者である。かつて日本航空に勤めていたというだけあって国際事情に明るい著者による、アジアの国々での国際ビジネスの最前線を小説仕立てで読ませるのが本書である。内容は韓国、タイ、香港、マレーシア、中国を舞台にした短編小説5本であるが、書名にもなっている韓国を舞台にした「仮面海峡」は、実際に起こった事件を元にしているだけあって生々しい迫力がある。この国では、かつてはビジネスの交渉の場にまで“日帝時代”(イルチェ・シデー)を持ち出してくることがよくあったという。今ではサッカーワールドカップの共催などを経て彼の国の反日感情もだいぶ和らいだと聞くが。しかしこういった話を読むにつけ、文化の違いは恐ろしいもんだと思うものである。
大学は国文学科を出ているワタシは学生時代もよく本を読んでいたが、当時の友人たちの間では遠藤周作は人気の作家であった。でもワタシは遠藤文学はほとんど読まず、もっぱら“雲刻斎狐狸庵山人”としての著者が記した肩の凝らないエッセイばかり読んでいた。本書はその“狐狸庵モノ”の延長のつもりで読んだのだが、実は「履歴書」の名の通り著者の幼少時代から現在(てゆーか出版当時)までの足跡を著者自ら辿ったような内容なのであった。本の中では触れられていないが、どうやら前半は日本経済新聞文化面の『私の履歴書』というコラムをまとめたものらしい。著者がイタズラ好きだったということは聞いていたが、それは実に子供の頃からの性癖であったわけなのだ。いわゆる『頭のネジが1本抜けている』という子供がそのまま大人になったかのよう。でもそういう人の方が周囲から愛されたりするもんである。(^◇^;)
元アメリカ海軍のA-6攻撃機パイロットで、ベトナム戦争での自身の体験を元に書いた処女作「デビル500応答せず」(講談社文庫、「イントルーダー怒りの翼」として映画化)で一躍航空小説の第一人者になった著者が、第一次大戦からベトナム戦争まで戦場の空を戦い抜いた男たちのノンフィクションを集めたアンソロジー。日本人代表として坂井三郎も登場する。この本は飛行機の本ではない、飛行機乗りの本であると著者は言う。確かに、こうして時系列に見ていくと、飛行機が登場してから現代まで空の戦いの本質は全く変わっていないということに気付かされる。変わったのは戦いの道具たる飛行機のほうで、それを操るのは人間であることには変わりはない。地球上のどこかで常に起こっている戦いの報道を見聞きするとき、そのことを常に頭に置いておくことが大切なのではないだらうか。
長年出版社に勤めた経験から、筆者は「売れるものは良書である」という。なぜなら読者は自分の時間とお金を使って本を読むのであるから。なので若い人に読んで欲しいと力を入れて書いた自著「時刻表昭和史」(角川文庫)が売れないことを嘆きはするが、だからといって売れないことについて不服を言うつもりはないという。
下巻の帯の惹句には“『シャドー81』に匹敵する航空冒険小説の白眉”とある。ルシアン・ネイハム著『シャドー81』(新潮文庫)といえば、1977年に日本語訳が新潮文庫で刊行(原著の発表は1975年)されて以来未だに版を重ねて読み継がれているという、冒険小説史上に残るハイジャック物の大傑作。ワタシももちろん新潮文庫で出てすぐに読んだのであるが、あまりの面白さにその後一度も読み返していないにも拘わらず未だに粗筋が空で言えるくらいである。その『シャドー81』に匹敵するというくらいであるからさぞかし面白いのであらうと思って読み始めたのであるが、結論から言うと『シャドー81』ほどではないにしろ実に面白かった。その証拠に上下2分冊の長い物語なのにたった8日間で読み終わってしまった(まぁ今週は読む時間がたくさん取れたという幸運はあったのだが)。
辻作品には、二つのストーリーを平行して語ったり、メインのストーリーに別のストーリーを入れ子にしたりといった楽しい趣向が凝らされているモノが多い。この作品も、“現在”起きている殺人事件の背景を“過去”のストーリーで語らせている。多くはない登場人物がほとんど全てどっかで繋がっているというのは世界が狭すぎるんぢゃないの、と思わないでもないが、物語にする必要上これは仕方があるまい。それはともかく、この“過去”のストーリーによって犯人は救われているという面があって(それはラストシーンでわかるのだが)、連続殺人という空恐ろしいストーリーが深刻にならずに済んでいるようだ。また、今回も“トリックのためのトリック”的なトリックがあるのがちょっと鼻についたが、それよりもラストで重要な小道具として当時まだ珍しかった(この作品がカッパノベルスとして刊行されたのは1988年12月)自動車電話が登場するのが時代を感じさせる。
すでにアメリカ政界を引退したハズのタカ派の長老が、米ソの冷戦終結工作を進めるハト派の大統領の不慮の事故死をきっかけに、空軍のA-10航空団司令官であるパイロットの息子を操って大統領の葬儀を攻撃させ一気に自分の思うとおりの政権を作り上げようとする。そこに現れたうだつの上がらないCIA諜報員が、事故死した大統領の安全保障担当顧問兼愛人だった女性を助けつつ、海兵隊にいる弟のAV-8Bパイロットに命じてA-10Aを迎撃させるが・・・、という感じの物語。こう書いただけで荒唐無稽なストーリーだという感じがするが、話の筋もご都合主義てんこ盛りで白けること夥しい。著者の略歴は不明だというが少なくともパイロットではないだらう。最大の山場であるA-10Aが葬儀を攻撃するシーンも真に迫るモノがないし、A-10AとAV-8Bの空戦シーンも机上の想像で書いたという感じ。まぁぶっちゃけた話、あまり面白くなかったというわけ(爆)。ついでに言えば、高荷氏のカバーイラスト、A-10Aのマーキングは物語に登場する航空団のものではないし、背後に迫るAV-8Bは小学生の絵みたいだし、ちょっと手抜きでないかい?(^◇^;)
この作品は椎名誠監督作品『白い馬』という映画の原作だそうだが、もちろんワタシは映画を見ていない。著者一行はモンゴル奥地の遊牧民に混じって、同じゲル(移動式円形住居)に暮らし、馬を奔らせ、たまには遊牧民と一緒にヒツジを追ってみたりする。空は広く高く、輪郭のハッキリした雲がごんごんと走っていく。春から夏にかけての大地は一面緑の“草の海”。日本という刺激に満ちた国に暮らしていると、毎日決まったことの繰り返しで変わり映えのしない、ここの遊牧民の暮らしがなんとも退屈に思えるだらう。正直ワタシもそう思った。だから余計に、年に一度のナーダム祭の盛り上がること。相変わらず読者をノセるのがうまい著者の文章と多数の美しい写真で、そんな素朴な暮らしにちょろっとだけ触れさせてもらったような気がする。しかしワタシにはここで暮らすのは無理だらうな。刺激がないということ以上に、食べ物が口に合いそうにないので。(^◇^;)
敗戦記念日のある8月には毎年戦争モノを読むことにしている。例年なら太平洋戦争モノになるのだが、今年は趣向を変えて第二次大戦モノにしてみた。何しろワタシ、ヨーロッパ戦線については自慢ぢゃないが全く疎い(笑)。イギリス本土決戦、いわゆる『バトル・オブ・ブリテン』(以下BoB)の戦闘が一番激しかったのが、日本が開戦する前の1940年8月であったことすら知らなかったくらいだ。というわけで、本書はBoBが始まるまでのイギリス側の準備と、公式にBoBの期間とされている1940年7月10日から10月31日までの戦闘の様子、そしてその後のイギリス空軍(RAF)を、英独双方の資料や戦史それに過去に記された戦記物や回想録はもちろん、新聞紙上で募集した様々な人々の声(整備兵、通信兵や基地のコック、野戦病院の看護婦などの軍人や軍関係者はもちろん、一般市民や貴族さらには国王に至るまで!)も交えてまとめ上げたものである。著者が「一般読者を対象にした叙述」というだけあって、BoBに対してほとんど予備知識のないワタシでもきわめて理解しやすい内容となっている。なお、本書を読み終わるのに1ヶ月半近くかかっているが、これは単に本書が630ページにもなる大作であることと、途中に夏休みを挟んだために時間がかかっただけであり、決して難解であったためではない。
まだ梅雨明け前だというのに暑くてたまらない今日この頃、この人の本で一服の涼を取る。この本は著者が1980年代の終わり頃から1990年代の始めにかけてあちこちの雑誌や小冊子に書いてきたエッセイが主体になっている。やはり水面上1メートルの視点から眺めた世界は涼しげでいいなぁ、と思うのである。しかしこの世界、旧来の日本の土木行政の一番の被害者なのではあるまいか。自然に惹かれて人が集まると、“その人たちが便利になるように”とわざわざその自然を壊してキャンプ場を作るなど、呆れてモノが言えない的。都会と田舎の価値観の差か。著者は言う。『現在、最も考えたくないテーマ、書きたくないのは「川のこと」である』と。
2002年7月13日読了 トム・クランシーによる「がんばれ!アメリカ軍」(訳者による解説より)シリーズ第1弾。1996年2月時点で海軍(潜水艦・本書)、陸軍(機甲騎兵連隊・恐らく未訳)、空軍(戦闘航空団・『トム・クランシーの戦闘航空団解剖』新潮文庫)が刊行されていたそうだ。内容はアメリカ海軍の攻撃型原潜『マイアミ』とイギリス海軍の同『トライアンフ』への同乗取材を中心に、“海の忍者”潜水艦が海の中でいったいナニをやっているのかを明らかにしていくものである。
これもタイムスリップ物のSFといっていいだらう。タイムパトロールのような人物も登場するし。というわけで、この物語で1989年に生きる18歳の主人公が飛ばされるのは1959年。東京オリンピック前夜の東京である。この世界で主人公はふとしたことからちょっとした有名人になってしまうのだが、ちょっと話がうまく進みすぎるような気もする。30年後の世界から忽然と湧いて出た(笑)人間が、そんなふうにうまく社会にとけ込めるものなのだらうか。 ぼくは高度成長まえの日本を、教科書や歴史書でしか知らなくて……。いまになってみると、あの中の白黒の写真が、いけないんですね。暗い印象をあたえるんです。カラー写真であれば、印象がちがったと思いますそうなのだ。カラー写真を見慣れた目で見ると、モノトーンで見る昔の風景からはなにかしら沈み込んだような感じを受けるのである。ワタシも主人公同様、1950年代終わり頃のことは写真で、しかもほとんどモノクロでしか見たことがない。活気のあった時代であると話には聞くものの、モノクロ写真からイメージされる“暗い”という感覚がどこかしらにあるのである。しかしその時代とともに生きてきた著者からみれば、その時代は総天然色で光り輝いているのである。著者のその強烈な思いが読んでいるこちらにまで伝わってくるからこそ、そこはかとない懐かしさが漂ってくるのではないかと思うのである。
今年は本を読むペースが遅いようだ。この作品も面白くなかったわけではないのだが読み終わるまでに1ヶ月以上かかってしまった。ま、静岡ホビーショーがあったから仕方ないかな。ヘ(^o^ヘ)(ノ^o^)ノ
2002年4月25日読了 辻ミステリーは気軽に読めるが、内容はいたって本格的である。この作品はグルメミステリーであるが、同時に時刻表ミステリーでもありトラベルミステリーでもある。舞台は能登半島の突端にある地蔵温泉(もちろん架空の土地)。“探偵”役は、以前取材先で殺人事件を解決したことがある(このシリーズ第1作の『味子さん、殺人です』(徳間文庫)という作品)女子大生兼グルメレポーターの味子こと神保亜子。かつての同級生が旅館の若女将を務める地蔵温泉に、カメラマンの空閑三九郎とともに向かったものの行く先で待ち受けていたのはまたもや死体だった・・・、てな感じの物語である。
ワタシは本書の主人公である、日系2世のフレッド・和田勇氏のことを今まで知らないでいたことが恥ずかしくなった。この人なくしては“フジヤマのトビウオ”水泳の古橋選手の活躍はなく、1964年の東京オリンピックも実現せず、1968年のメキシコオリンピックでの日本サッカーチームの銅メダルもなく、1984年のロサンゼルスオリンピックでの日本野球チームの金メダルもなく、さらにはロサンゼルスひいては全米の日系人の今日はなかったと言っても過言ではないだらう。ついでにJR川崎駅前の繁華街も違った姿になっていたかもしれない。これほどまでに戦後の日本に影響を与えた日系人はいないのではないか。
2002年3月22日読了 とりあえず“モデラー”と名乗る人種なら、『☆★』マークでお馴染みの田宮模型の名前を知らない者はいないだらう。もちろんワタシも知っている。もっとも、☆★オリジナルキットにはワタシの守備範囲である1/72戦後機が少ないので、730個にもなるワタシのストック中には3個しかないのだが(イタレリなどからのOEMを含めても11個)。それはともかく、そして著者の模型との出会いから、現在世界一の模型メーカーとなった(株)タミヤの誕生から現在までをつづった本書は、いわば日本の模型(プラモデルもRCもミニ四駆も含めて)の歴史書ともいえるであらう。タミヤがプラモデルを手がけ始めた頃の金型屋や成形屋とのやりとりなどは、町工場のオヤジ同士が角突き合わせているようで、現在ワタシがそんな立場にいるだけにその情景が想像できてなかなか楽しかった。
東西冷戦のさ中の1976年9月6日に起きた、ソビエト防空軍のベレンコ中尉(当時)によるMiG-25戦闘機の函館空港強行着陸事件、いわゆる「MiG-25事件」は、ワタシを飛行機マニアの道に引きずり込むきっかけのひとつとなった出来事である。当時小学校6年生だったワタシはテレビにかじりついてニュース映像に映し出されるMiG-25を食い入るように見たものである。しかしこの時我が陸海空自衛隊、とりわけ函館駐屯地に駐留する陸上自衛隊第11師団第28連隊は、いきなり“実戦”の瀬戸際に立たされていた。なぜなら『MiG-25を奪還あるいは破壊するためソ連軍ゲリラが日本に侵入する動きを把握』という情報がアメリカ政府筋からもたらされたためである。
相変わらず著者の文章はうまい。淡々とした筆致でありながら周囲の描写に過不足なく、読む者をいつの間にか列車の座席に誘ってくれるかのようである。今回の作品は隣国である韓国とロシアのサハリンにおける鉄道の旅であるが、やはりこの方はツアーなどという大名旅行は性に合わないようである。ツアーに参加せざるを得なかったサハリンの旅よりも、出版社がセッティングしてくれた一流ホテルを現地に着くやいなやさっさとキャンセルして勝手気ままな単独行(とはいっても他の作品の取材旅行であるため行き先までは勝手にできなかったが)を楽しんだ韓国での旅の方が、鉄道旅行としては内容が充実していたようである(笑)。一方サハリンのほうは、それまで行き来が自由にできなかったトコロでもあるので(このツアーは1990年に行われている)、例えツアーであっても行けたというだけで感慨深かったようである。ワタシは海外の鉄道に乗ったことなど1度しかないが(それも観光鉄道だ)、読んでいるうちに自分も韓国やサハリンで列車の旅をしているような気がしてくるから、だから紀行文は面白いのである。
コロンブスの呪縛を解け(上)(下) クライブ・カッスラー&ポール・ケンプレコス/訳・中山 善之:新潮文庫:\667(上)・\629(下):2000年6月1日発行(上・下とも)
2002年2月15日読了 今年最初の作品を読み終わるのに1ヶ月半もかかってしまった。ということでクライブ・カッスラーといえば『ダーク・ピットシリーズ』で有名だが、共著者としてポール・ケンプレコスを迎えたこの作品は『NUMAファイル』と銘打ったいわば“ダーク・ピットシリーズ外伝”とでも呼ぶべきもの。この作品の主人公は、ピットが所属する国立海中海洋機関(NUMA)の特別出動班班長カート・オースチンである。そしてカッスラーは、主人公には陽気なラテン系の相棒が必須と考えているのか、ダーク・ピットがイタリア系のアル・ジョルディーノとコンビを組んでいるように、カート・オースチンはスペイン系のホセ・“ジョー”・ザバーラと組んで数々の冒険をくぐり抜けていくのである。また、NUMAの所長サンデッカー提督や副長官のルディ・ガン、コンピューター技師のハイアラム・イェーガー、また資料蒐集家で美食家のサン・ジュリアン・パールマターなど脇役陣も登場するが、ピットとジョルディーノは主人公コンビとエレベーターですれ違うだけである。(^_^;) |