伝説の親父

もずはうすで人気の高い我が親父の年齢は20歳です。本人が長年言い張っているのでしょうがありません。僕はずいぶん前に親父の年を追い越してしまいました。

親父の本職は、本人曰く自由人です。得意な歌はx japanpuffyで片手間にピアノの調律師までしていますが、聞くに堪えない音痴です。

家にいる時の親父の定位置はTVの前で、ちょっと目を離すとすぐ寝てしまいます。そして自分のイビキで目覚め、「い、今の音は何や?!」と辺りをキョロキョロしては、また眠りにつきます。寝てる分際で、家族の会話に相槌も打ちます。

そんな親父のお話です。

親父の子供時代、小学校の授業参観での出来事です。

「ビフテキを食べたことのない人は手を挙げて」

教師からの問いに、1人だけ元気に手を挙げた男の子がいました。

親父でした。

親父の時代はまだまだ鯨肉主流でしたが、さすがに牛肉を食べたコトがないのが我が子だけというのは不憫に思った親父の両親(僕の祖父母)が、一度くらい牛肉を食わせてやらねばと、親父をレストランに連れて行きました。初めて食べた牛肉の食感に、親父は驚いて大声で叫びました。

「この鯨、柔らこいな~!」

牛です。

親父はその昔、教育用のドキュメンタリー映画に出演したこともあります。撮影隊は我が家にもやって来て、親父の仕事ぶりや家族との団らんを1週間ほど撮影していきました。後に完成した映画を収めたビデオを頂き、家族でワクワクしながら見ました。

家族で食卓を囲んだ風景では、人見知りの激しかった弟が冷蔵庫とボイラーの隙間にさり気なく引きこもっていて、まるで心霊映像のような雰囲気を醸し出していました。

僕が飯を食っている姿はカットされていました。

親父と弟が庭でペットの犬と遊んでいるシーンでは、親父の苦労話が挿入されています。

僕が犬と遊んでいる姿はカットされていました。

結局、僕の映っているシーンはすべてカットされていました。不思議です。

「兄ちゃん、ノートパソコンが欲しいって言うてたやろ。お父さんが買ってあげようか」

ある日、何のの前触れもなく親父が切り出しました。僕は言葉通りにしか受け取らない人間なので、素直に喜びました。頭の中では、既に最新機種のB5メビウスシリーズで一杯です。

「まだ誰にも話してないんやけど、実は今、お付き合いしている人がおるねん」

ノートは賄賂わいろだったようです。いい年した息子を物で釣ろうとは。

「再婚すんの? したら?」

僕はあっさりと賄賂に屈してしまいました。息子の事を知り尽くした、実に巧妙で恐ろしい作戦です。

「いやぁ、そう言ってくれると有り難い。兄ちゃんが嫌がるようならあきらめなアカンかと思っとったんや。兄ちゃんと5歳位しか変わらんから、どうしようかと思っとったんや」

親父はその数カ月後に再婚しました。式の当日、新しい母親のご両親にお会いし、僕はごく普通に挨拶をしました。

「初めまして、初孫です」

真面目な席なので笑いを取るつもりはまったくなかったのですが、何故かご両親に大ウケしてしまいました。

「さっきまでずっと挨拶の言葉を考えてたんですけど、今の一言で頭の中が真っ白になってしまいました」

それは悪いことをしました。

こうして我が家に新しい仲間が加わりました。僕とほとんど年の変わらない母は、この2年ほどでずいぶんと親父に感化されてきました。

親父は50代後半に差し掛かり、さすがに往年の元気さを失いつつありますが、ひょうきんさに陰りはありません。僕もいつかは親父のように、際だった個性の持ち主になりたいものです。