大型新人が来た

さてさて、僕がお世話になっている出向先の会社に、去年は7名の新入社員が入ってきました。新人の質は最初の電話応対を見ればだいたいわかります。初めて内線をとり、取り次ぎを頼まれたKくんはフロア中に響き渡る声で叫びました。

「すみませ~ん、このフロアにIさんという方はいますでしょうか~?」
「俺じゃー!!」

間髪入れずに真後ろの上司から返事が返ってきました。素晴らしいです。

でも残念ながら、今回の主役は彼ではありません。我が海外チームにやってきた超有名大学院卒の大型新人、Tくんです。ローワン・アトキンソン似のため、僕は畏敬を込めて彼をMr.ビーンと呼んでいます。

お客にタメ口事件

Tくんも新人の例に洩れず電話応対が苦手です。しかし苦手具合が群を抜いてます。とある客先から電話がかかってきたときの彼の応対を見てみましょう。

「はい、株式会社○○です」
「△△と言いますが、Hさんはいらっしゃいますでしょうか?」
「あぁぁっすみませんっ。Hさんはたった今帰られました」
「た、たった今?!」

お客からのツッコミが入りました。

言付ことづけがあったら聞いときや。あと同じ会社の人間に敬称はいらんで」

Tくんはとっさの状況になるとタメ口になるという特技を持っています。そしてこのとき、彼はついタメ口で僕に謝りました。

「ゴメンッ!!」

受話器を持ったまま。

「保留も押さずにタメ口で叫ぶなっ!」

このとき、僕のチームは約10分作業が止まりました。恐るべき大型新人Tくん。彼が電話応対をするたびに、僕のチームは笑いをこらえるために中断を余儀なくされます。得意先からも「彼、大丈夫?」と心配していただくほどのインパクトを放っています。

ホジホジ事件

Tくんは鼻炎なのか何なのか、1日でゴミ箱をティッシュでいっぱいにするほど鼻をかみます。鼻をホジホジする得意技も持っています。それも周囲を気にせず、堂々とホジホジします。大した度胸です。

僕たち海外チーム一同は根気よく彼を教育し、鼻をホジる時の周囲への気の配り方を学ばせました。その結果、ようやく鼻をホジる時に手で隠してくれるようになりました。

問題は隠し方でした。

Tくんは左手で顔の左側に壁を作って鼻をホジります。ちなみに彼の左横は壁です。右側に座ってる全員から丸見えです。壁に対してホジホジを隠してどうする気なんでしょうか。理解に苦しみます。

トイレでブー事件

Tくんは休憩時間になるとトイレに駆け込む習性を持っています。その日も定時を過ぎてほぼすべての従業員が帰り終わった頃、突然立ち上がって猛ダッシュでトイレへ向かいました。その直後、トイレからブーッとデカいオナラの音が聞こえてきました。周りを見渡すと、わずかに残った数人が肩を震わせて笑いに耐えているのが見えます。

僕はトイレから出てきたTくんに慣れた口調で諭しました。

「TくんTくん、わざわざトイレまで行ってオナラするのは偉いけどな、ちゃんと戸も閉めなさい

彼は時々、トイレの戸を閉め忘れるというデンジャラスなミスを犯します。

口癖の逆輸入事件

Tくんはヒトにモノを聞き返すとき、「い゛?」と言う変わった口癖があります。これが僕の中で妙にヒットしてしまい、Tくんに聞き返すときは本人を真似て「い゛?」と言うコトにしていました。 その日も、Tくんがよくわからないコトを言うので、「い゛?」と聞き返しました。

「い゛?」
「い゛?」

いつもの口癖ではなく、ハッキリと僕の「い゛?」の真似をしているとわかる言い方でした。まさか自分の物真似をしている僕のさらに物真似を始めるとは思いもしませんでした。

顔面流血事件

得意先へ出向して作業していたときのこと。作業も終盤に差し掛かり、我がチームはTくんだけを得意先に残して元の職場へ引き上げて行きました。Tくんだけ、というのが心配でしたが、彼は我がチーム唯一の正社員だったので仕方ありません。それからややもして、得意先の担当から緊迫した声で電話がかかってきました。

「Tさん、顔面をかきむしって流血してますけど大丈夫ですか?!」
「あ~…。ちょっと顔がかゆいだけだけと思うんで気にしないでください」

僕は内心ビックリしつつ、Tくんに連絡を取りました。

「プレッシャーが…」

Tくんはプレッシャーに弱く、ヒトリっきりという状況に耐えられなくて顔をかきむしっていたようです。これでは正社員として協力会社の面々を率いる立場になってもらえないので、プレッシャーを与えまくって鍛えるしかないと僕は密かに誓いました。

でも泣かれたのでヤメました。

石化事件

Tくんは、想定外の出来事が起こるとカチンコチンに固まってしまうという弱点があります。

「Tくん、これやっといて」
「はい」
「うっそ~」

Tくんは僕を凝視したまま動かなくなってしまいました。ちょうどそのとき、近くの席にいた同僚のGさんが買い物に出るというので、お遣いを頼みました。

「ちょっと、自販機へ飲み物買いに行ってくるわ」
「あ、ついでに金の針も買ってきて」
「金の針?」
「Tくん石化したから。100ギルで足りる?」
「…」

GさんはFFファイナルファンタジーというゲームの略称。金の針は石化を治すためのアイテム。を知らないようでした。残念です。Tくんの方を振り向くと、彼はまだ僕を凝視したまま固まっていました。

「Tくん」
「…」
「TくんTくん」
「…」
「そんなに見つめられると恋が生まれるよ?」
「…」

渾身のボケも見事にスルーされました。

食べさし返却事件

連日夜遅くまで作業が続き、みんな疲れ切っていたときのコトです。僕はみんなの眠気を飛ばすために、買ってきガムを配りました。

「ガムあるよ。これ食べて」
「ありがとうございます。いただきまーす」

そこへ、席を外していたTくんが戻ってきました。みんなが僕からガムを受けとっているのを見て、Tくんも僕のトコロへ寄ってきて無言でガムを取り、口の中へ放り込みました。

別にお礼が欲しくてガムを配ってる訳ではないので無言でも構わないんですが、挨拶やお礼ができないと社会人として今後困るんではないかな、と思ってキツめに叱ってみました。

「誰が取っていいって言うたねん」

Tくんは目を見開いて驚き、慌てて口に放り込んだガムを手の上に吐き出して僕の目の前へ突き出しました。食べさしのガムを返されても嬉しくないです。

嫌々面接事件

社内で修行を積んだTくんが社外へ羽ばたくときがきました。ピシッとしたスーツを着て、先輩社員のHさんに引率されて面接の場へ出発します。

しかし、面接を終えて帰ってきたHさんの顔には焦燥の色が濃く刻まれていました。

「もさゆらさん、聞いてもらえます?」
「はいはい、なんですか」

Tくんは、正面に座っている面接担当に質問されると、身体は正面を向いたまま、機敏な動きで顔だけを真横にいたHさんの方に向けて喋りだしたそうです。なかなかトリッキーな動きですね。僕も同席したかったです。

「まだあるんです。一番酷かったのがね──」

そう言って話し始めたHさんのお話が衝撃的でした。

「今までで一番ツラかったコトは何でしょうか」
「今日、ココへ面接に連れて来られたコトです」

そりゃー精も根も尽き果てたでしょうね、Hさん。御気の毒様。

まとめ

似ているどころかひょっとしたらMr.ビーン本人なんじゃないかとさえ思えてしまうTくん。非常にマジメで記憶力も良いのですが、入社してわずか数ヶ月で数々の伝説を作り上げました。

定例進捗会議で新人なのか新人類なのかについてまじめに議論されたのは彼だけです。今後の活躍が大いに期待されます。

最後に1カ所訂正です。我々は彼を学院卒だと思っていたのですが、我が珍生の公開にあたりこの原稿を読んでもらったら、「院は出ていません」と本人から訂正が入りました。