第13回鑑賞ツアー
人と自然:ある芸術家の理想と挑戦、フンデルトヴァッサー展




2006年5月7日(日)
場所 京都国立近代美術館
参加者 見えない人/見えにくい人 9名
見える人 22名

鳥養庸子報告──

観光客の足も途絶え始めたGW最終日5月7日、しとしと雨の降るなか、たおやかな水の流れに新緑が映える疎水べりに建つ国立近代美術館へ「人と自然:ある芸術家の理想と挑戦、フンデルトヴァッサー展」を見に行きました。
そんなまわりのたたずまいに反して今回私たちはいろんな意味で気合いを入れて鑑賞会に臨み、また期待以上に多くの収穫を得ることができました。
"気合いを入れて"というのは「これまで数多くの鑑賞会を行ってきたけれどいつまでたっても自分のボキャブラリーの少なさや表現力のまずさに情けなくなり、沈黙が恐くていろいろ話してみても空回りしているような心細い気分になることもあるし。。。」という、あるメンバーのぽろっと漏らしたひと言がきっかけとなり、ここはひとつ奮起して少しずつでも成長できるように、もっと努力や工夫が必要なのではという気運が、グループ内で高まったからでした。これまで、もちろん思いがけない多くの楽しさも味わったけれど、確かにこんなんでいいのかという迷いは、みんなの共通した本音でもあったのです。
鑑賞風景1
そして今回は「作品のなかに入ってみよう」というテーマも決め、モデルチームを選んで記録を取り、鑑賞後もいくつかの項目について振り返りをしながら話し合い、みんなで分かち合うことにしました。

また美術館側からも、事前の解説は自由な鑑賞の妨げになる恐れがあるので敢えてしないが、その他の協力は惜しまないので自分たちの力で精一杯楽しい鑑賞会にしてというあたたかいお言葉に大いに励まされたのでした。

前置きが長くなってしまいましたが、講堂でスケジュールなどの説明の後、いつものように目の不自由なひと1名に目の見えるひと2、3名がひと組になり会場に出向いて三々五々に鑑賞をスタートしました。会場には版画や水彩画、タペストリー、建物の模型など約100点の作品が展示されていました。
鑑賞風景2 フンデルトヴァッサー(1928−2000)という美術家について名前も知らなかったという参加者も多かったようです。
鮮烈な色彩とさまざまな線を駆使した表現を用い、人と自然との共存を訴え続けたオーストリアの美術家であるということは、事前の案内文でも触れていましたが、ふつう私たちがイメージする自然の風景とは程遠い作品ばかりで、最初は「自然との共存」という彼のメッセージを作品から読み取ることも、細かく入り組んだ複雑な形やおびただしい色数をことばで説明するのも難しく感じました。
でもひるんではいられません、それぞれのグループが気になる作品の前でまず見たままを説明し、それらを手掛かりに、より作品にアプローチできるよう、ことばのやりとりが繰り広げられました。2点の作品の点図を用意していたので、構図を把握するのに大いに役立ったようです。

渦巻きの絵の一つ あるグループは「渦巻き」に注目しました。渦巻きの描き方が内から外へ、あるいは外から内へ流れているのか、渦巻きの形や勢い、さらに渦巻きの到達点がどのようになっているのかなどが話題になったようです。
また、別のグループは建物の模型での鑑賞で実際に建物のなかに入っていったらどんな感じなんだろう、曲線だらけの風変わりな形の建物の内部はきっと家具も変わった形なのかなと想像を膨らませたそうです。

大きな温泉保養地の模型もありましたが、全体の構造が複雑なため移動がたいへんそうでバリアフリー度が高いとは言い難いが、自然のもつ不自由さのなかで生きていくためにひとが助け合ったり、支えあったりするのも自然と人間との共存のひとつの形なのではという意見もでました。
建物模型を鑑賞1 建物模型を鑑賞2
鑑賞風景3 鑑賞風景4
多くの絵画は一見すると抽象的に見えます。でも、絵の前で立ち止まり、説明しているうちに、その絵に隠された様々なモチーフが突然見えてきたりしました。
大小いくつかの奇妙な装飾を施された窓の絵がありました。変わった窓だなあと思って説明していたら、実はその窓が人の顔でもあったのです。そして、よく見ると、大きい四角い窓が父親で、小さないくつかの窓が子どもたちで、丸い窓が母親のように見えてきました。
その他の絵のなかにも幾重にも重なったモチーフが潜んでいて、想像力もかきたてられ、「さっと見ていただけでは見逃してしまうところだったね。」と大いに盛り上がりました。

鑑賞の後には講堂でお弁当を食べ、各グループでその日の振り返りをし、話し合ったことをみんなの前で発表しました。
話し合い風景1
話し合い風景2 「グループで鑑賞すると、いろんな人の違った説明や意見や感想が聞けて楽しい。」、「口をはさむ余地もないほどひとりのひとが話し続けると会話が弾まなくなってしまう。」、「専門的な解説を聞くより、時間がかかってもいろんな発見をしながらともに鑑賞するほうが心に残る。」、「知識なく憶測で説明していいのかという不安はあった。」、「客観的な説明と主観的な印象とどちらか一方になってしまうことがある。」、「作品を自由に鑑賞した後、学芸員さんなどから解説を聞けるとより作品への印象が深まるのでは。」といったような意見が出ました。
話し合い風景3 そして、作品についていくつかの疑問が残ったので、急遽学芸員さんにお願いして質問に答えていただき、またフンデルトヴァッサーの作品の根底には近代合理主義への憎しみがあり、彼は身体の皮膚から衣服、住まい、社会、地球環境までを重層的に繋がった皮膚として捉えていたなどのさまざまな角度からの専門的な解説もしていただきました。
後でお聞きしたのですが、学芸員さんも会場で私たちの鑑賞の様子を見ておられたそうで「絵を媒介にいろんなコミュニケーションが成立していて驚いた、美術館の新しい存在意義を見たような気がした。これからもどんどんやってください。」といった感想をいただき、大いに力づけられました。
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