第17回鑑賞ツアー  藤本由紀夫展 +/−
 
 


2007年9月2日
場所 大阪 国立国際美術館
参加者 見えない・見えにくい人 : 8名
見える人 : 24名+ガイドヘルパー3名

── 戸田直子報告 ──

 早いもので、ビューの鑑賞ツアーも17回目。どこに行こう?何を見よう?と毎回いろいろ考えますが、最近大阪から参加される方も増えてきたこと、ビューメンバーから「是非これを!」という強い要望があったことから、今回は久々の大阪遠征となりました。
初めての会場ということもあり下見に行ったのですが、これまでのツアーで鑑賞してきた作品とはかなり趣の異なる作品群を前に、「これを言葉でどう伝える〜? なんかすごく難しそう…」と、すっかりブルーな気分に。コーディネーターとしては、大きな不安を抱えながら鑑賞当日を迎えたのでした。

国際美術館外観  美術館に着いて、先ずその外観に驚かれたのではないでしょうか。何しろ建物がない!あるのは「竹の生命力と現代美術の発展・背長をイメージした」という巨大なオブジェだけ。そう、この美術館の展示室はすべて地下に潜っているのです。

 その巨大オブジェの中のガラス張りのロビーで、まずはグループ分けとスケジュール説明。実は今回のツアー、当日の少し前までガイド役の見える人の参加申し込みが少なく、いつものように見えない・見えにくい人1人と見える人2〜3人という形での鑑賞ができないのではと心配したのですが、再度広報をかけたところ、前日まで何人かの申し込みがあり、無事いつものようにグループ分けをすることができました。説明が一通り終わったところで地下1階のロビーへ移動、 ここで光島さんからこの日の鑑賞ツアーを韓国のテレビ局が取材する旨、説明がありました。

地下1階の受付を入り、エスカレーターで下りた地下2階がこの日の会場です。この階では「藤本由紀夫展」の他に、「コレクション2」という展示もあり、そちらも含めての鑑賞となります。午後1:30からいよいよ鑑賞がスタート。1グループほぼ4人の8グループが会場に散って行きました。では「+/−」を中心に、その鑑賞の様子をご紹介しましょう。

 まずは、今回のツアー先にこの展覧会を選ぶ一因となった作品「+/−」。聴覚的要素を持ち込んだ作品とはいったいどういうものなのか、みなさん興味津々だったことと思います。ただこの作品を前に、どのような言葉による鑑賞をするのか、言葉による鑑賞が成り立つのか… それが今回の鑑賞に不安を抱かせた大きな理由のひとつでした。そこでこの作品に関しては、鑑賞方法に少し工夫をすることにしました。つまり、いつもはガイドの見える人の方から作品説明の口火を切るのですが、この作品については、最初に見えない・見えにくい人の方から感じることを伝えたり質問したりすることにしたのです。

 展示室に近づいて行くと、ウワ〜ンというような、ゴ〜というような音が聞こえてきます。何もないだだっ広い部屋のず〜っと奥に、何か大きな四角いものが見えます。この時から、見えない、見えにくい、見えるに関わらず、「これはいったい何なんだ!?」という思いが胸に渦巻きはじめていたのではないでしょうか。おそらくどのグループでも、まず「この音は何?」という質問が出たのではないかと思います。そしてこの時点では見える人にもその音の正体が分からなかったはず。作品の前に辿り着くには、そこからまだかなり歩を進めなければなりません。(しかし後になって分かるのですが、この展示室の広さも、形のある作品までの距離も、実はこの「+/−」という作品の重要な一部分だったのです。)

巨大な下駄箱のような作品  いよいよ形のある作品の前に到達です。一見、学校で使われている木製の下駄箱を巨大にしたような、縦3m、横10m程の白い棚があり、その棚の中は15×15に仕切られていて、それぞれに1台ずつボーズのCDプレーヤーが入っています。ただ一番下の段だけは左から3台だけで残りは空なので、合計213のプレーヤーが整然と並んでいるということになります。
 見えない・見えにくい人からの質問に答える形で、その大きさや形を説明したり、実際に移動しながら大きさを確認したり。その後はプレーヤーに耳を近づけて、そこから聞こえてくる小さな音の確認です。
「音楽が聞こえるね!」
「全部、ビートルズの曲らしいよ」
「これ、同じ曲? いや、違う曲やね」
「タイム表示が少しずつずれてるのは、どういう意味があるのかなあ…」
などというようなやり取り。
そして、そこから少し離れてみたり、ず〜っと離れてみたり、また近づいたり。鑑賞終了後のミーティングで感想が出ていましたが、この移動しながらの鑑賞というのがいつもとは違う珍しい体験で、なかなか楽しかったようです。
 近づくとそれぞれ別の音楽、音源から離れるとただの雑音(この音は、空調や換気扇のよう、新幹線や飛行機に乗っている時のよう、滝のよう、など、聞く人によって様々な印象だったようです)という現象は、実は日常的に私たちが毎日体験している現象なのですが、この作品を前にして初めて認識し直したことでもありました。常日頃、視覚に頼ることの多い見える人にとっては、特にそうだったのではないでしょうか。逆に聴覚に頼ることの多い、見えない・見えにくい人にとっては、このノイズはある程度馴染みのあるものだったかも知れません。少し離れたところから鑑賞していたMさん曰く、「街の雑踏の中で聴こえる音みたいですね。音が溢れているために、それぞれの音が消されて別のひとつの音になってしまう…」。まさにタイトルの+/−ですね!
 考えてみれば今の世の中、様々な情報が溢れかえっていて、好むと好まざるに関わらず雑多なものが私たちの中に流れ込んできます。ちょっと聞きかじって知った気になっていても、ほんとうは何も自分の中には入ってない、入ってないどころか、元の音源とは全く異なる音が聞こえたように、真実とは異なるものとして認識しているのかも知れない、この作品を体験して、私はそんなことを考えていました。

 同じ部屋の出入口側の壁面に、もう一つ、「DELETE」という作品が展示されていました。青りんごのイラストが描かれたビートルズのLPレコードが14枚、ズラッと横並びに並んでいます。
レコードの作品の前でそう、ボーズのプレーヤーから流れていたビートルズの曲が収録されているレコードです。ただ、近づいて見ると、盤面に溝がなく平らになっています。それを見て、レコードすべてが作品として作られたもの?と思ったのですが、どうやらそうではなくて既製のレコードの溝を削ったものだそうです。タイトルの「DELETE」はそこからつけられたものでしょうか。パンフには、「レコードは、形のない音を物理的に立体化していることに加えて、時間軸を伴いながら一つのオブジェにしている点で、原初的なサウンド・オブジェである」と書かれています。プレーヤーから流れる音楽と、その音源を視覚化したオブジェとしてのレコードと、そして広い部屋の空間を合わせて、一つの作品になっていると言えるのではないでしょうか。
鑑賞風景1 鑑賞風景2
鑑賞風景3 鑑賞風景4
 「+/−」の展示室の手前にある小さな展示室にも、20数点の藤本作品が展示されていました。こちらは「+/−」とは全く趣の異なる作品。真っ白なカンバス上にピンホールの文字を綴った作品(点字を連想させます)や、書かれた単語の一部がレンズによって浮かび上がって見える作品、また透明なアクリル板に孔を開けて文字を書き、ライティングによる影で下の白いキャンバスにその文字が投影されるという作品など…。実は下見に行った時、これらの作品についても、どう言葉で説明すればいいのかと考え込んでしまったのでした。絵画ではなく、文字(英語の文章)による作品…これを言葉で伝えて、果たして面白いんだろうか?けれどその心配は、嬉しいことに杞憂に終わりました。感想会の中でも、複数のグループからこれらの作品に対する感想が出ていて、好きな作品、興味を持った作品に挙げられていました。それは私にとっては意外なことであり、驚きでした。作品の中に印象的なモチーフがある訳でもなく、色彩もなく、物語性がある訳でもない。英語で書かれているので、文章の内容もよく分からない。非常にすっきりとした美しい作品ではあるけれど、すっきりし過ぎて無機質とも言えるこれらの作品を楽しむためには、いつも以上にたくさんの言葉のやり取りと想像力を必要としたのではないかと思います。もしかしたら困難なものだけに、何とか伝えたい、分かりたいの思いが強くなって、却ってそのやり取りがとてもうまくいったのかも知れません。視覚に障害のある人には伝わりにくいかと思われる光と影、屈折などが創り出す作品世界を、とても興味を持って楽しまれてたようでした。

 もうひとつの「コレクション2」は、「美術と言葉」「宙」「街角」「光と風」「在日韓国人作家」「日本とイギリスの彫刻」の6テーマに分けての展示。文字あり、映像あり、絵画あり、立体ありとバラエティに富んでいて、楽しく鑑賞できたのではないでしょうか。ガイドする人が、自分の感じることをリラックスして話していた印象を受けました。

 「眼下の庭」という作品では、ガイドの「ポップな感じの作品」という説明から、
 「ポップって、ポップミュージックのポップ?」
 「音楽のポップスとは意味が違うけど…」
 「じゃあ、どんな感じ? 色彩的には?」
 「う〜ん、楽しい感じって言うか、弾むような感じって言うか、色的にはジュージーな感じって言ったらいいかな」
というような、楽しい会話が展開されていました。
 また、「ふたつシダ」という作品の前では、針金という素材、作品の形などの説明に対して、見えない人から「針金の色は?太さは?」という質問が出て、「あっ、普通の銀色の針金じゃなくて、白っぽいグレーです。それでシダの部分だけが緑色。かなり細い針金です。」と説明。もし質問が出ていなかったら、見えない人はこの作品を、太いがっしりとした銀色の針金で編まれたイメージでとらえていたかも知れません。たくさんの言葉を交わし合うことの大切さを、改めて感じさせられた場面でした。その質問の後、「素材は針金なんだけど、宙に浮いて展示されてることもあって、ふわふわと軽くて繊細な感じを受ける作品で、私はすごく好きです、この作品…。後ろの壁に影が映って、それも作品の一部っていう感じで素敵です。」と、話はふくらんでいきました。

講堂にて 午後3時になり、鑑賞は終了。その後、講堂に移動して感想を語り合いました。今回はガイド側に初参加の方が多かったのですが、初めてのガイドで、しかも橋本由紀夫作品という、ある意味特殊な作品を前に四苦八苦された面もあったことと思います。けど、「難しかった〜」という感想は勿論あったものの、皆さん、会話による鑑賞をとても楽しんで下さったようで嬉しかったです。「現代美術を一人で見るより、複数で見るのが面白かった。ガイドしてたんですが、逆にガイドしてもらってた感じです。」と話しておられた方がありました。また、見えない人・見えにくい人からも、「見えていた時には、こんなにじっくりと鑑賞することはなかった」「言葉のやり取りをすることで、見える、見えないに関わらず新しい発見ができると思う。一人だと現代美術を見ても、さ〜っと通り過ぎてしまうだけ」というような感想が出ていました。
 下見の時には「ツアー先を変えようか…」と弱気になっていたコーディネーターでしたが、案ずるより産むが安し!今回はほんとうに目から鱗がいっぱい落ちた鑑賞ツアーになりました。難しそうでも何でも、とにかく作品の前に立って言葉に出してみること、そうしたらその言葉が自然にいろんな方向へ導いていってくれる、そういうことを再認識できたツアーでした。これからもいろんなものを見に行きましょう!


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