第23回鑑賞ツアー 京都市美術館コレクション展第2期
「作家の一言/見者の一見、美術館での一会」

 
 


2009年10月4日(日)
場所 京都市美術館
参加者 見えない人・見えにくい人 : 12名
見える人 : 18名
ビュースタッフ : 6名

── あべこずえ報告 ──

春の「二条城めぐり」ツアーが中止になり久しぶりの鑑賞ツアー。
2回目になる京都市美術館のコレクション展に伺いました。
今回の展覧会名は、ちょっと難しく『作家の一言(いちげん)/見者の一見(いっけん)、 美術館での一会』です。
作品が発しているメッセージやサインを読み解き、作品に語りかけ、 出会って欲しいという展覧会です。

大きな展示室は、以下の9つのテーマに分かれて作品が展示されていました。
1. 作者の「ここをみてくれ!」という叫びを見つけよう
2. 時間や距離は表現することができるのだろうか?
3. 京都発の「京KAWAII」を探せ!
4. 背景に「意味される」モノを見つけよう
5. 「不思議」の意味は色々
6. 「うつす」ことは一緒ではない
7. 同じかたまりではあるけれど
8. 作家が「描きたいモチーフ」を発見する時
9. 「表現」は自ら増殖する
作家ごとでもなく、時代順でもなく、 いろいろなジャンルのいろいろな作家が、学芸員さんが考えたテーマごとに 分類されて展示されています。
さて、どんなメッセージを読み取ることができたのでしょうか。

鑑賞風景1 まずは、グループごとに関心のあるテーマを選び、そこを中心に鑑賞を 始めてもらいました。
一番人気のセクションは、3番の「京KAWAIIを探せ!」のところでした。
京都らしいかわいい絵があるのかと思いきや、小合友之助『扇面ちらし』 上村松園『人生の花』同じく松園の『待月』など、どちらかと言うと 渋い日本画の作品が展示されていました。
どこがかわいいのだろう?と疑問を持ちながら、それぞれに答えを探し (もしくは、わからないまま・・)、クイズを解くように鑑賞を進めていきました。
鑑賞風景2 鑑賞風景3
今回の参加者は見えない人/見えにくい人が多めの12名。
その中に小学生と中学生合わせて4名の参加がありました。鑑賞ツアーでは 見えない子どもの参加は初めてです。
体験型や触れる作品ならともかく、少し前の時代の日本画の作品が多い展示の中で、 言葉だけで理解するのは、難しい体験だったと思います。
私と一緒に回った小学生の男の子は、会話で楽しむ鑑賞は難しくできませんでしたが、 ちょうど展示会場の途中に「触る絵本」がたくさんあり、そちらに興味津々でした。
触る絵本は、美術館のワークショップで作られたもので、テーマは今回の 展示作品の中からストーリを想像して作られたものでした。
絵本の中に出てくる絵は、どこにあるかなぁ、と実際に展示室に探しに出かけました。
触る絵本のコーナーで  
   

でも、中学生になると、だいぶ鑑賞が深くできていたようです。
『待月』が一番印象に残ったと言う中学生の感想を聞かせてもらうと、 「絵の中に月が描かれていないのに、月を感じることができたところが、 面白かった」とのことでした。
浴衣や扇子の絵柄から、月を感じ、また人物の後ろ姿から、その風情や 情緒をしっかり感じられていたので、感心しました。

最後に、グループごとの感想を聞いた後、学芸員の尾崎さんから、9つの テーマごとの意味や内容の詳しい解説がありました。時間のない中で丁寧に 説明していただき、学芸員さんの展示に対する熱い思いが伝わってきました。
参加者の感想で、テーマの意味や答えが分らなかったという声があり、 がっくりされていましたが、充分、作品に入り込むきっかけになったと思います。
ビューでは、見えない人がいることで、作品を言語化してやりとりすることで、 必然的に作品にむき合いメッセージを読み取っていきます。 その中で作品が最も心に響いてくるのは、鑑賞者のごく個人的な経験や感情と 作品のメッセージが合致する時です。
今回も、展覧会のタイトルどおり、たくさんの「一会」が生まれたツアーに なったのではないでしょうか。

さて、今回一緒にコーディネイトをした山川さんの感想と、3つのグループの 鑑賞の様子を紹介します。


会話を聞いて作品を想像して下さい

山川さんの鑑賞の様子
鑑賞者:山川さんと見える人(女性2人)
作品:『民族病理学(祈り)』小牧源太郎(1937)



── 山川秀樹感想 ──

「民族病理学」を鑑賞して

 お聴きいただいたのは、「不思議の意味」はいろいろと題されたゾーンに 展示されていた、小牧源太郎さん製作の「民族病理学」という作品を前に、 3人で対話しているところです。ちなみにこの作品が描かれたのは、1937年なのだそうです。
 この作品、一緒に鑑賞した方の解説によると、シュールレアリズム(フランス語で 超現実主義の意)というカテゴリーに属するのだそうです。
 音源でも説明されているように、荒涼とした原野と言おうか仮想世界と言おうか、 そんな場所に、壊されたブリキのおもちゃ・大砲・飛行機・ビルの壁etc.様々なものを 案じさせる、抽象的でよく分からない、でも壊されたのであろうことが容易に 想像される事物がたくさん描かれているようなのです。ぼくは説明を聴きながら、 文字通り「訳が分からないよね。」とも思いつつ、今思い起こすととても 重苦しい気持ちにもなっていたような気がします。
 「シュールレアリズムなんだから、訳が分からないんだよね。」と言いつつも、 3人はこの絵が暗に戦争を暗示しているのではという印象を強く抱いたようです。
 この作品が描かれた時代が、日本が既に中国や朝鮮半島などのアジア諸国を 侵略しつつ、欧米などとの不毛で悲惨な戦争へとまっしぐらに突き進んでいたときで あることを思えば、この絵には「どうかこんなふうになりませんように。」という 作者自身の祈りが込められていたようにも感じられてなりません。
 それにしても、当時の情勢を考えれば、こんな作品を堂々と展示できたとは 到底思えませんし、作者はどんな目的でこの作品を描いたのだろうと思ってしまいます。
 いずれにしても、作品の前で対話しつつ、作者がこの作品に込めて、誰かに伝えようと したであろうメッセージを読み解こう、ぼくらなりにその世界に近づこうと 試みていたように思います。
 音源を通して、そんなぼくらのアプローチ、共同作業の一端を、少しはリアル にお伝えできればと願っています。
 お聴きいただいての感想なども、ぜひメールなどでお気軽にお寄せください。
 よろしくお願いします。

山川さんへのメールは、こちらから、山川さんのメールアドレスをお問い合わせ下さい。ミュージアム・アクセス・ビュー担当者より、お返事差し上げます。

丸山さんの鑑賞の様子
鑑賞者:丸山さんと見える人(男女各1人)
作品:『流れの部分』伊藤久三郎(1933)



宮沢さんの鑑賞の様子
鑑賞者:宮沢さんと見える人(女性2人)
作品:『散華』竹内栖鳳(1910)




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