#22 水質>ph緩衝(ロック)剤の問題点        可良時寿子
動物&植物の国 FORUM8 #243 91/11/23 より転載
可良時寿子 ID:KBB53931

◆pHロック剤と称する商品。

 熱帯魚業界と言うのは、実にいい加減な商品を売り出すところで、私にとっ
て、信じられないものが多いのですが、pHを一定値に固定するというpHロッ
ク剤もそのひとつです。
 水質に関する知識が増え、ディスカスの産卵時はpH調整する必要があるなど
という知識が普及し、最近の電子技術の進歩でアマチュアが扱えるようなpH測
定器が出回るようになると、それに伴って、「pHさえ調整すれば、良い水を維
持できた」と言う、誤ったpH信仰のようなものが広がったようです。

 熱帯魚雑誌などで、水質の解説をするとき、必ずpHについての解説がありま
す。
 しかし、pHと言うのは、水質の一つの性質にしかすぎず、そのほかにも重要
な項目があっても、簡単に測定できない項目は知らん顔をして、測定し易いpH
だけを、さも、もっとも大切なものであるかの様に言っているに過ぎません。
 また、水質の結果を示す数値でしかないにも関わらず、多くの人に、pHを調
整することが良い水をつくることだと言う『誤解と信仰』が広がったと言うわけ
です。
 その信仰に悪のりした商品の一つが、ここで取り上げるpHロック剤です。

 確かにpHロック剤を使えば一定期間pHをロック出来ますが、それは決し
て、理想的な水質をロックできた訳では無いということに、気がつく必要があり
ます。
 もし或る一定のpHを保つことが必要だと信ずるのであれば、濾過システム
や、水草や、そのメンテを一定に保つことによって、pHを一定に保つべきで
しょう。
 普通、沢山の餌を与え居てる水槽では、亜硝酸の蓄積とともにpHが下がりま
すが、pHをロックしても、亜硝酸の蓄積が止まった訳ではなく、却って水質の
悪化を見逃すだけであり、pHが下がっていないことを根拠に、「水質は悪くな
いのに、魚の調子が良くない」と、全く見当違いの悩みを抱えたりします。
 pHは、あくまで、水質を調べる手段に使い、これが水質を調整する手段だと
誤解する人は無くなってもらいたいものです。


◆pHを緩衝する薬品と、その作用機序。

 余計なことを長々と書きましたが、pHロックの化学的な原理に就いて触れま
す。

 実を言うと、私は市販されているpHロック剤の成分は、どのメーカも発表し
ていないので、知りません。
 しかし、「知らなくても、解っています」。この表現、解るかな?。

 pHと言うのは、溶液の水素イオン濃度(もっと厳密に言うと、水素イオン活
量の濃度)の逆対数をとったものですが、薬品によっては、この水素イオン(或
いは水酸基OH-)と結びつき、多少酸性物質やアルカリ性物質の濃度が変化し
ても、pHを一定に保つ性質(バッファ=緩衝作用と言う)を持つ物質が存在し
ます。

 世の中にpH緩衝(ロック)剤と言うのは沢山あります。身近な物質で言う
と、何処の家庭にもある食塩も、効果は弱いが、pH緩衝作用を示します。
 化学のプロが使用するpH緩衝剤は、熱帯魚用のように、0.5刻みで緩衝出
来るような物はなく、値段も高く、とても熱帯魚ショップで販売できる商品とは
成らないでしょう。

 しかし、そこは良くした物で、商品として販売可能な、

        原価が廉い
        取扱いが容易。
        販売に当たって、法の規制を受けない。
        魚に対する毒性が低い。
        任意のpHロック値が得られる

と言う条件を満たすものと言えば、少し化学の知識を有する者であれば、市販の
pHロック剤を分析するまでもなく、二つの薬品名を挙げることが出来ます。

 一つは、水溶液がpH=4位になる弱酸性のpH緩衝剤、第1燐酸ナトリゥム
=NaH2PO4・H2O。
 もう一つは、水溶液がpH=9位になる弱アルカリ性のpH緩衝剤、第2燐酸
ナトリゥム=Na2HPO4・nH2O(n=2,7,12)。
 いずれも、白色の粉末状結晶で、バッファ効果を示し、値段も廉く、魚に対す
る毒性が低いので、昔から、広く使われてきました。
 ちなみに、この薬品を業務用として、大量に購入すると、食塩と変わらないく
らいの価格で購入できます。(それにしては、高い値段で売っているものです)

 一方はpHを4に、もう一方は、pHを9に固定する緩衝剤ですが、この二つ
の薬品を適当な比率で混合すると、pH=4〜9の間の任意のpHにロックでき
る緩衝剤を、簡単につくることが出来ます。

 しかし、問題はこれを使った結果です。
 pH緩衝効果と言うのは、無制限でなく、そこにとけ込んでいる、pHを変動
させようと言う物質が少ない間の話であって、酸性、或いは、アルカリ性物質の
量が、この燐酸ソーダの緩衝能力を越えたときには無力となります。

 例えば、水槽の中に亜硝酸のような酸性物質が蓄積したとき、或る限度まで
は、その水素イオンと第2燐酸ナトリゥムが結びつき、pHの低下を食い止め、
pHロックが実現しますが、或る限度を越えると、第2燐酸ナトリゥムで、pH
の低下を防ぐ能力を越え、バッファ効果を失います。
 こうなると、次に効果を現すのは、pHを4まで下げる第1燐酸ナトリゥムの
効果に、硝酸や亜硝酸の効果が加わった物であり、水槽のpHは一気に4近くま
で急降下し、却って、pH不安定剤として働きます。
 この原理を知らないと、pHが不安定になったのは、薬の使い過ぎという誤
解をして、規定量より少なく使うような間違いを犯し、結果として、ますます少
ない溶存物質で、pHロック効果の限界が破られるという、逆効果を招き、
「pHをロックする薬を使ったために、pHが不安定になる」と言う、およそ目
的とは正反対の結果を招きます。
(過去に、JDOでこの話題が出たときも、規定量の半分以下しか使っていない
のに、pHが安定しないと言う内容でした。作用の原理を知らないと、失敗の悪
循環に陥ります)
 二つの薬品のバランスで、中間のpHに緩衝すると言うのは、基本的には不安
定なものですから、化学のプロは決して使わないものです。


◆簡単な実験の奬め 1。

 以上のことを、実験で確かめるのは簡単なことです。
 魚を犠牲にする必要はありませんから、生き物が入っていない1リッター程の
ビーカーにきれいな水を入れ、水の量に応じた量のpHロック剤のかけらを溶か
したものを用意してください。
 ビーカーはスターラで撹拌されて居れば理想的ですが、アマチュアの場合は、
割り箸でクルクルとかき混ぜながら実験をしても良いでしょう。

 このpHがロックされたビーカーのpHを測定しながら、塩酸か、硝酸のよう
なpHを下げる水溶液をビューレットで少しずつ加えて、pHの変動を観察しま
す。
 初めは、目的のpHにロックされており、確かに塩酸を加えているにも関わら
ず、pHは変化しないでしょう。使用するpHロック剤は、pH=6.5位の物
が、実験し易いと思います。
 このまま、少しずつ塩酸を加え続けると、ある時突然カタストロフィーが訪れ
ます。
 pHロック効果を越えた途端、塩酸を加える量を加減して途中のpHに止める
のが難しく、一気にpHの測定値は4くらいまで下がることが解るでしょう。

 この手のpHロック剤は、ビーカーの中では、かなり強力な緩衝能力を示して
くれますが、これはあくまでも他の不純物がとけ込んでいない実験室での話であ
り、実際に魚を飼育している水槽では、pHを変動させる物質として、実にさま
ざまなものがとけ込んでおり、pH緩衝作用に影響を及ぼす物質も、亜硝酸だけ
という、単純な環境ではありません。

 勿論、このような環境でも、pHロック剤を、魚に対する毒性を無視して多量
に使えば、それなりの緩衝効果は得られますが、それでは本末転倒という物で
す。


◆簡単な実験の奬め 2。

 もっと自分で実験したい方は、第1燐酸ナトリゥムと第2燐酸ナトリゥムを
別々に購入し、これを混ぜると、適当な中間のpH水溶液が得られる事を確かめ
てみて下さい。
 そうすると、二つの成分の比率が、ほんの僅か違っただけでも、ビーカーの中
の水溶液のpHは大幅に異なった物になりますから、排泄物から、餌の食べ残し
迄、様々な物質が作用する水槽の中で、絶妙のバランスをもって、中間のpHに
止める事がいかに難しいかと言う事が、実感できるでしょう。


◆ちょっと注意。

 以上、最も代表的なpH緩衝剤、第1、及び第2燐酸ナトリゥムを例に取り上
げて説明しましたが、なんだか、「**メーカーの成分は、分析したのか?」と
言う反論や、批判が聞こえてきそうなので、この件に就いてちょっと触れて置き
ます。

 pH緩衝剤は各種在って、これが他の薬品に置き代わっても、原価が高くなる
だけで、作用の原理は同じです。

 従って、「分析せずに評論するのがケシカラン」と、批判したいしたい方は、
私が述べたのとは全く別の作用機序で、0.5刻みくらいで任意のpHに固定で
きる薬品が、商品として存在する事を明らかにした上で、批判をお願いします。
 世の中の多くの化学関係者に感謝されるでしょう。


◆最後に、くどいようですが、もう一度繰り返します。

 魚によって、弱酸性が良いとか、弱アルカリが良いとか言って、或るpHを目
標にせよというのは、あくまでも、結果として測定されるpHが目標値になるよ
うな日常管理をせよということであって、魚はpHで生きているわけでは有りま
せん。
   「良い水だから、理想のpHを示している」
といえても、その逆の
    「pHが理想値だから、良い水である」
とは、決して言えないと言うことです。
 もし、pHそのものが大切なので有れば、魚に対して強力な毒性を示す、アン
モニア(pHを上げる物質で、魚の排泄物の主成分)と亜硝酸(pHを下げる物
質で、アンモニアから変化した物)を適当な比率で入れても、pHは7(純水と
同じ値です)に調整できるので、誰も濾過システムの工夫と維持に悩む必要がな
いでしょう。

 pHをロックしたいと拘るので有れば、薬品によってpHをロックするのでは
無く、結果として目標のpHに成るような環境、(濾過システムや水替えのサイ
クルなど)を整えるべきであり、薬品を使ってのpH調整で魚にとって良い水を
提供できると信じている人は、愛魚のために、直ちにpH測定器を捨てることを
勧めます。


PS:  YRさんが、pHロック剤の話しを期待していたようだが、自分で実験
        する方法を除いては、既にJDOで発表済みの内容ばかりで、期待に添
        えなかったようです。ザンネンデシタ。

可良時寿子